第12話「解呪への道」
【前回までのあらすじ】
御堂レンがコンビニに来訪。
深淵狩り専門のA級ハンター、通称「深淵殺し」。
悠真の呪印に興味津々で、眷属の襲撃を撃退してくれた。
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【12月7日(土) 昼2時 霞が関・影守り本部】
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眷属襲撃から一日後。
俺は影守り本部の1階にある、オープンテラスのカフェにいた。
「……で? 改まって話って何かしら」
対面に座るシオリさんが、優雅に紅茶のカップを傾ける。
午後の日差しを浴びる彼女は、ファッション誌から抜け出してきたような美女だが、その口調は少しだけ不機嫌そうだ。
無理もない。俺が「重要な話がある」と言って、彼女のデスクワークを中断させて連れ出したからだ。
「単刀直入に聞きます、シオリさん」
俺は安っぽいアイスコーヒーのストローをいじりながら、意を決して顔を上げた。
「この『呪印』、完全に消す方法はないんですか?」
俺の言葉に、シオリさんの手がピタリと止まる。
「……マリアから週一で浄化してもらえるって聞いたわ。それじゃ不満?」
「進行を遅らせるだけで、完全には消えないって言われました。魂に刻まれた呪いは、表面を浄化しても根本は残るって……」
俺は胸に手を当てた。
目には見えない。だが、確かにそこにある——魂に刻まれた呪い。
昨夜の眷属襲撃。トングで魔犬を受け流した時の恐怖は、まだ体に染みついている。
「勘弁してください。昨日の一件で目が覚めましたよ。守られてるだけじゃ、いつか寝首をかかれる」
それに、体が勝手に作り変えられていく恐怖もある。
自分を鑑定した時に見えた【種族:人間?】の文字。あのクエスチョンマークが、どうしても頭から離れない。
「俺は元の『ただの人間』に戻って、平穏なコンビニ生活を送りたいんです。そのためなら、多少のリスクは負います」
「……そう。覚悟を決めた顔ね」
シオリさんはふっと笑みをこぼした。
「いいわ、教えてあげる。ただし、最初に言っておくけど——どれも確実じゃないわ」
「確実じゃない?」
「魂に刻まれた呪いを解いた前例がほとんどないの。理論上は可能だと言われてるけど、成功例は数えるほどしかない」
シオリさんは長い指を三本立てた。
「それでも聞きたい?」
「……聞きます」
「分かったわ。考えられる方法は三つ」
◆ ◆ ◆
「一つ目。『術者の討伐』。呪いをかけた存在を殺せば、その魔力供給が断たれて呪印は消える」
「術者って、深淵の王……ですよね」
俺は廃ビルでの記憶を思い出した。
空間の裂け目から覗いた、巨大な金色の目。
あの時、俺は鑑定結果をシオリさんに伝えた。
『深淵の王』。『新宿大深度地下迷宮・第99層』。
シオリさんも、あの恐怖を共有している。
「ええ。あなたが鑑定した通り、第99層に封印されている存在」
シオリさんの声が、わずかに震えた。
「人類が到達した最深部は、第40層よ。それでも、S級ハンターが命懸けで辿り着いた記録。第99層なんて……次元が違う」
「あの時、俺たちが見た目……」
「忘れられるわけがないわ」
シオリさんが俺を見つめた。その瞳には、隠しきれない恐怖が滲んでいる。
「視線が合った瞬間、体が動かなくなった。呼吸すら忘れた。……あれは、生き物が本能で感じる『死』そのものだった」
「……ええ」
俺も同じだった。
あの金色の瞳に見つめられた時、魂を鷲掴みにされたような感覚があった。
「とにかく、その深淵の王を殺せば呪印は消える。でも——」
「パスで。第99層なんて、人類には到達不可能です」
俺は即答した。
「賢明ね……。いえ、当然だわ」
シオリさんは深く息を吐いた。
「じゃあ、二つ目は?」
「『解呪の聖遺物の使用』よ」
「聖遺物?」
「ダンジョンの未踏破領域には、現代の魔法技術を超越した古代の道具が眠っていることがあるわ。その中には、あらゆる呪いを浄化する『女神の涙』のようなアイテムが存在する」
「それだ! それなら俺の『目』で探せるかもしれない!」
俺は身を乗り出した。
ガラクタの山から指輪を見つけたように、ダンジョン探索のついでに探せばワンチャンある。
「甘いわよ、ユウマ君」
シオリさんは冷めた声で釘を刺した。
「それらはS級相当の国宝級アイテムよ。市場に出れば数十億の値がつくし、そもそも滅多に見つからない。砂漠でダイヤを探すようなものよ」
「うっ……数十億……」
時給1200円の俺には、天文学的な数字だ。
だが、可能性がゼロではないだけマシだ。
「じゃあ、三つ目は?」
「『S級聖女による解呪』よ」
シオリさんは三本目の指を立てた。
「魂に刻まれた呪いを浄化できるのは、S級以上の聖女だけ。マリアはA級だから、進行を遅らせることしかできない」
「S級聖女って、世界にどれくらいいるんですか?」
「確認されているのは、バチカンに一人だけよ」
「一人……」
「しかも、面会には莫大な寄付金と数年待ちの予約が必要。日本政府が外国の宗教組織に頭を下げることになるから、政治的にも難しいわね」
シオリさんは紅茶を一口飲んだ。
「もう一つの可能性は、マリアがS級に昇格すること。彼女は日本で最もS級に近い聖女だと言われてるわ」
「昇格の見込みは?」
「分からない。本人次第よ。才能はあるけど、いつ昇格するかは誰にも予測できないわ」
◆ ◆ ◆
俺は腕を組んで考え込んだ。
選択肢を整理する。
①深淵の王を倒す → 第99層は人類未到達。論外
②聖遺物を見つける → 砂漠でダイヤ探し
③S級聖女に頼む → バチカンは現実的じゃない。聖女様の昇格は未知数
どれも簡単じゃない。
だが、座して待つよりはマシだ。
その時、突風が吹いた。
オープンテラスの特性上、風が直接吹き込んでくる。
「きゃっ」
シオリさんのスカートがふわりと舞い上がった。
白い太ももが一瞬だけ露わになり、俺は慌てて視線を逸らした。
だが、逸らした先にはシオリさんの胸元があった。
風でブラウスの襟が開き、豊満な谷間が覗いている。
どこを見ても危険地帯だ。
「……どこ見てるの?」
シオリさんの声が、氷点下まで冷え込んだ。
「い、いや、見てないです! 風が! 風のせいです!」
「ふーん」
シオリさんがテーブルの下で足を組み替える。
その動作で、俺の膝に彼女の膝が軽く触れた。
柔らかい感触が伝わってくる。
……いや、これは事故だ。事故だから。
「で、結論は?」
シオリさんは何事もなかったかのように話を続ける。
俺は動揺を押し殺して、咳払いをした。
「……決めました」
俺は顔を上げた。
「全部、狙います」
「全部?」
「俺は鑑定士としてダンジョンに潜って、解呪の聖遺物を探します。見つかる保証はないけど、俺の『目』なら可能性はある」
「それだけ?」
「いえ。バチカンへの依頼も視野に入れます。莫大な寄付金が必要なら、稼ぐしかない。数年待ちなら、今から動かないと間に合わない」
俺は拳を握りしめた。
「解呪できなきゃ、俺は眷属になる。そうなったら終わりだ。だから——使える手は全部使います」
シオリさんは少し驚いたように俺を見た。
「……随分と覚悟を決めたのね」
「昨日の眷属襲撃で、吹っ切れました。守られてるだけじゃダメだって」
「マリアの週一浄化は?」
「もちろん続けます。進行を遅らせてる間に、他の手を打つ。聖女様がS級に昇格する可能性だってゼロじゃないですし」
「そうね……。マリアも、あなたのことは気にかけてたわ」
シオリさんが呟いた。
「電話で話した時、珍しく真剣だったもの。『店員さんを助けたい』って」
「……ありがたいです」
「感謝するなら、ちゃんと生き延びなさい。死んだら、マリアの努力も無駄になるわ」
シオリさんは紅茶を飲み干し、立ち上がった。
「とにかく、アイテム探索は私が付き合う。バチカンへの根回しは局長に相談しましょう」
「ありがとうございます」
◆ ◆ ◆
カフェを出た俺たちは、そのままエレベーターで最上階へと向かった。
天城局長の執務室だ。
エレベーターのドアが閉まる。
狭い空間に、シオリさんの香水の匂いが漂ってくる。
——ガクン。
突然、エレベーターが大きく揺れた。
「きゃっ!」
シオリさんがバランスを崩し、俺の方へ倒れ込んできた。
俺は咄嗟に彼女を受け止めた——が、その手が柔らかい何かに触れた。
(……やわらかい)
俺の手は、シオリさんの胸を鷲掴みにしていた。
スーツ越しでも分かる、たわわな弾力。
心臓が止まるかと思った。
「……ユウマ君」
「は、はい」
「三秒以内に手を離さないと、凍らせるわよ」
「すみませんっ!!」
俺は弾かれたように手を離した。
シオリさんは真っ赤な顔で俺を睨んでいたが、すぐに咳払いをして姿勢を正した。
「……今のは事故よ。分かってるわね?」
「は、はい。完全に事故です。故意じゃないです」
「当然よ。故意だったら、今頃あなたは氷像になってるわ」
エレベーターが目的の階に到着した。
ドアが開く。
俺たちは何事もなかったかのように、局長の執務室へと向かった。
……手のひらに残る感触を、必死に忘れようとしながら。
◆ ◆ ◆
「——で、お前は解呪のためにダンジョンを荒らし回りたい、と」
俺の決意表明を聞いた天城局長は、革張りの椅子に深く腰を沈めていた。
笑わない。
それどころか、組んだ手の上に顎を乗せ、じっと俺を見つめている。
「はい。鑑定士として、聖遺物を探します」
「ふむ……」
局長は一度目を閉じ、何かを考え込むように沈黙した。
「如月から報告は受けている。第99層の件もな」
「……ご存知でしたか」
「ああ。『深淵の王』——十年前から、我々はずっと追っている存在だ」
十年前。
その言葉に、俺は心臓が跳ねるのを感じた。
俺が『真贋鑑定』を手に入れた、あの事故。
そして昨夜、御堂レンも同じことを言っていた。
『アタシの一族は、十年前の最初のゲート事故で壊滅した』と。
「しかし、いくら探しても尻尾すら掴めなかった。第99層という具体的な位置情報は——お前の鑑定で初めて得られたものだ」
局長が立ち上がり、窓際に歩み寄った。
霞が関のビル群を見下ろしながら、独り言のように続ける。
「十年前、あの事故で多くの人間が死んだ。そして、ごく一部の人間が——『変わった』」
「変わった……?」
俺は思わず聞き返した。
だが、局長は振り返らない。
「橘。お前の鑑定眼は、いつ目覚めた?」
「——っ」
心臓が凍りついた。
なぜ、それを聞く?
「……十年前です。あの事故の日に」
「そうか」
局長は短く答えた。
その背中からは、何の感情も読み取れない。
「まあいい。今は聞かないでおこう」
局長が振り返った。
その顔には、いつもの豪快な笑みが戻っていた。
「解呪の件、許可する。影守りの専属鑑定士として、お前のダンジョン探索を全面的にバックアップしてやる」
局長の目が鋭く光る。
「ただし、手に入れたアイテムの『優先買取権』はウチに寄越せ。それと、如月の護衛任務も継続だ」
「誰が護衛される側ですか。私が護衛してるんです」
シオリさんが冷ややかな視線を送るが、局長はどこ吹く風だ。
「バチカンへの根回しも、こちらで動いておく。すぐには無理だが、外務省経由でパイプを作れるかもしれん」
「ありがとうございます」
「礼はいい。お前の鑑定情報には、それだけの価値がある」
局長は俺の肩をポンと叩いた。
◆ ◆ ◆
「……ありがとうございました」
執務室を出た俺は、廊下を歩きながら考え込んでいた。
「どうしたの? 難しい顔して」
隣を歩くシオリさんが尋ねる。
「局長、何か隠してませんでした?」
「……気づいたの」
シオリさんが足を止めた。
「私も思った。十年前の事故のこと、局長は何か知ってる。でも、今は聞いても答えてくれないでしょうね」
「ですよね……」
俺は深くため息をついた。
だが、今は考えても仕方がない。
まずは、自分にできることをやるしかない。
「シオリさん」
「何?」
「俺、気づいたんです。俺の『目』があれば、他の奴らが見落としてる『お宝』や『隠し部屋』を見つけ放題なんじゃないかって」
俺はニヤリと笑った。
これまでの俺は、ただ巻き込まれていただけだった。
だが、これからは違う。
「俺、稼ぎますよ。コンビニバイトなんて目じゃないくらい。聖遺物を見つけて、呪いを解いてやります」
「……急に頼もしくなったわね」
シオリさんが少し驚いたように俺を見た。
「昨日の眷属襲撃で、吹っ切れました。守られてるだけじゃダメだって。自分の力で、呪いを解く方法を見つけてやります」
「そう……」
シオリさんは何か言いたげな顔をしたが、やがて小さく微笑んだ。
「期待してるわ。……でも、無茶はしないこと。あなたが死んだら、私の護衛任務が無駄になるんだから」
「素直じゃないですね」
「うるさいわね」
シオリさんは少し頬を赤くして、俺の肩をポンと叩いた。
こうして、俺の目標は定まった。
ただ守られるだけの「お荷物」は卒業だ。
これからは、呪いを解くための「冒険者」として、この狂った世界を渡り歩いてやる。
——そして、毎週来てくれる聖女様の力を借りながら、いつか完全解呪の日を迎える。
……ただ、一つだけ気になることがある。
局長が言っていた「十年前に『変わった』人間」。
俺の鑑定眼が目覚めたのも、十年前のあの事故だ。
偶然か?
それとも——。
俺は拳を握りしめ、その疑問を胸の奥にしまい込んだ。
今はまだ、その答えを知る時じゃない。
(第12話 完)
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