第11話「深淵殺しの来訪」
【前回までのあらすじ】
聖女マリアから呪印の真実を聞かされた悠真。
呪印は放置すれば魂を侵食し、最終的には深淵の王の眷属になってしまう。
しかも眷属を呼び寄せる効果まであり、襲撃される運命に。
マリアは毎週浄化に来ると約束してくれたが——進行を遅らせることしかできない。
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【12月6日(金) 深夜0時 新宿・コンビニ】
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聖女様との約束から一日。
俺は再びコンビニのレジに立っていた。
昨夜、聖女様から告げられた言葉が、頭の中でリフレインしている。
『その呪印、『眷属を呼び寄せる』効果もあるですぅ』
『最初は仲間だと思って寄ってくるですけど……実際に来てみたら、店員さんは人間ですぅ。だから——たぶん、襲ってくるですぅ』
……考えたくない現実だ。
思えば、影守りに入ってすぐの夜にも魔物に襲われた。あれも呪印のせいだったのか。
これからも、ああいう連中が俺を狙ってくるわけだ。
俺は深いため息をつき、雑誌の品出しを始めた。
聞き慣れた蛍光灯のジジという音。廃棄間近のホットスナックの匂い。
ああ、落ち着く……と言いたいところだが、今日は妙に落ち着かない。
「……はぁ」
俺は自分の手のひらを見つめた。
昨夜、聖女様が施してくれた『応急処置』のおかげか、体調は悪くない。
むしろ、不思議なほど調子がいい。
影門で受けた酸の火傷も、完全に消えていた。
これが呪印の効果なのか、それとも聖女様の浄化のおかげなのかは分からない。
ウィーン。
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開き、見覚えのある人物が入ってきた。
◆ ◆ ◆
少しラフなニット姿に着替えたシオリさんだった。
彼女はカゴを手に取ると、少し緊張した面持ちで店内を見回している。
まだ「一般客として振る舞う」ことに慣れていないようだ。
「……お疲れ様。調子はどう?」
レジに来たシオリさんが、小声で尋ねる。
カゴの中には、高級なミネラルウォーターと、ファッション誌が一冊入っていた。
「見ての通り、絶好調ですよ。……昨日、聖女様に応急処置してもらったので」
「聖女……?」
シオリさんの眉がピクリと動いた。
「ああ、そういえば。電話で言ってた『呪われてる』って話、詳しく聞かせて」
「ここで話すのもアレなので、あとで」
「……そうね。ラグジュアリーチキン一つお願い」
シオリさんはイートインコーナーの一番奥に座ると、雑誌を広げた。
だが、その目は活字を追っておらず、出入り口を監視している。
足元の影から、雪兎がひょっこりと顔を出した。
こいつもまだ落ち着かないのか、俺が並べたおにぎりの列を、物珍しそうに鼻をひくひくさせて眺めている。
その時、シオリさんがスマホを取り出して、誰かに電話をかけ始めた。
「……私よ。少し確認したいことがあるの」
声を潜めて話しているが、レジからはほとんど聞こえない。
時折「呪印」「浄化」「眷属」といった単語の断片だけが耳に届く。
数分後、シオリさんは電話を切り、難しい顔で俺の方を見た。
まだ「馴染んでいる」とは言い難い二人(一人と一羽)だが、その不器用な護衛ぶりが少し心強い。
◆ ◆ ◆
だが、その平穏は唐突に破られた。
ゾワリ。
背筋に走る悪寒。
——その瞬間、視界の端に赤い文字が浮かび上がった。
【緊急警報:敵性存在接近中】
【脅威レベル:B級】
【推定到達時間:3秒】
真贋鑑定の派生スキル——『緊急警報』。
自分に危険が迫った時、自動的に警告を発してくれる。
聖女様が言っていた「眷属が寄ってくる」という警告。
影守りに入ってすぐの夜、コンビニを襲った魔物。あれも呪印に引き寄せられて来たのだ。
あの時は原因が分からなかったが、今なら理解できる。
ウィーン。
自動ドアが開く。
だが、誰も入ってこない。
センサーの誤作動か?
いや、違う。
「——来るわよ、ユウマ君!」
シオリさんが弾かれたように立ち上がった。
同時に、俺は『鑑定』を発動し、何もない空間を凝視した。
【名称:深淵の影】
【ランク:B】
【分類:眷属(深淵の王の配下)】
【特性:物理無効、影移動、暗殺】
【備考:呪印の匂いを追って来た】
「見えない敵だ! 影の中にいる!」
俺の警告と同時だった。
入り口のマットの影が、黒い刃のように変形し、俺の喉元めがけて射出された。
「させないッ!」
シオリさんが手を振るう。
瞬時に生成された氷の壁が、黒い刃を受け止めた。
ガギィン!
硬質な音が響き、氷が砕け散る。
「今までの雑魚とは違う……! 深淵の王の直属(眷属)ね!」
シオリさんが叫ぶ。
黒い影は床を滑るように移動し、今度はシオリさんの死角へと回り込んだ。
速い。
だが、俺の目にはその軌道が見えていた。
「右だ! 雑誌コーナーの影!」
俺の指示に従い、シオリさんが氷の礫を放つ。
影はそれを避けるために実体化——黒い狼のような姿を現した。
「グルルルゥ……!」
漆黒の毛並みを持つ魔犬が、牙を剥いて俺を睨む。
その瞳は、あの新宿の廃ビルで見た巨大な目と同じ、冷酷な金色をしていた。
間違いない。
こいつは、俺の『呪印』——その匂いを嗅ぎつけて来た刺客だ。
聖女様の予言が、的中してしまった。
「雪兎! 足止めを!」
俺の足元から雪兎が飛び出す。
雪兎は魔犬の足元に滑り込み、床ごと凍結させて動きを封じようとする。
だが、魔犬はそれを嘲笑うかのように影へと溶け込み——
【緊急警報:正面・至近距離】
——俺の目の前に再出現した。
「ガァッ!!」
目前に迫る牙。
シオリさんの援護は間に合わない。
だが、警報のおかげで一瞬早く反応できた。
俺は咄嗟に、レジカウンターにあった「ホットスナックのトング」を掴み——
「レジ内は立ち入り禁止だッ!!」
俺は『人間(?)』の反射神経で、噛み付いてくる魔犬の鼻先をトングで挟み、強引に横へと受け流した。
そして、カウンターの下に隠してあった魔弾銃をゼロ距離で突きつける。
「消えろ!」
ズドン!
魔力弾が魔犬の顔面で炸裂する。
ダメージは浅いが、怯んだ隙は作れた。
「凍りなさいッ!!」
その一瞬を見逃さず、シオリさんの放った極大の氷柱が、魔犬を串刺しにした。
断末魔もなく、魔犬は黒い霧となって消滅し、黒い石が転がった。
「はぁ、はぁ……」
俺はトングを握りしめたまま、その場にへたり込んだ。
店内は荒らされたが、商品は無事だ。
ギリギリセーフ。
「……大丈夫?」
シオリさんが駆け寄ってくる。
「なんとか。……でも、これって」
「ええ。マリアが言ってた通りね。あなたの『呪印』を嗅ぎつけて、眷属が殺しに来た」
シオリさんの顔色が悪い。
「マリアから話は聞いたわ。呪印のこと。……どうして私に先に相談しなかったの」
「すみません。俺も昨日の夜、初めて知ったんで」
「……そう。まあいいわ。とにかく、事態は悪化してる。ただ守っているだけでは、いずれもっと強力な眷属が送り込まれてくるわ」
◆ ◆ ◆
その時だった。
ウィーン。
再び自動ドアが開き、一人の客が入ってきた。
——いや、客じゃない。
黒いライダースジャケットに、使い込まれたブーツ。
背中には細長いケースを背負っている。
ギターケースに見えるが、あの形状は——刀だ。
赤みがかったショートヘアが、蛍光灯の光を受けて揺れる。
一見すると少年のようにも見えるが、違う。
彼女は、女だ。
整った顔立ち。
だが、その目には獲物を狙う猛禽のような鋭さがあった。
そして——ライダースジャケットの下で、確かに女性らしい膨らみが主張していた。
Eカップはあるだろうか。
ボーイッシュな外見とは裏腹に、その胸は控えめながらも存在感がある。
彼女は戦闘の痕跡が残る店内を見回し、そして俺を見てニヤリと笑った。
「へぇ……。『影追い』を退けるコンビニ店員とはな。面白い」
低めだが、女性特有の艶を帯びた声。
彼女から漂うのは、魔物とは違う、研ぎ澄まされた刃物のようなプレッシャー。
俺は反射的に彼女を『鑑定』した。
【氏名:御堂 レン(みどう れん)】
【性別:女】
【年齢:22歳】
【職業:魔物ハンター(フリーランス)】
【ランク:A】
【スキル:斬撃強化(Slash Boost)/深淵感知(Abyss Sense)】
【称号:深淵狩り(Abyss Slayer)】
【所属:御堂一族(深淵狩りの末裔)※10年前に壊滅、唯一の生き残り】
【目的:深淵の王の『逆鱗』を探している】
A級の『深淵狩り』——しかも女性。
そして、『御堂一族』という見慣れない文字。
スキル欄には二つの能力が記載されていた。
『斬撃強化』は分かる。武器の威力を上げる戦闘スキルだろう。
だが、もう一つの『深淵感知』——これは珍しい。
深淵の気配を察知する能力か。だから俺の呪印にも気づいたのか。
さらに目的の欄には、『深淵の王の逆鱗を探している』とある。
逆鱗——あの存在の?
魔物の次は、A級の女ハンターまでご来店かよ。
俺のコンビニは動物園か何かか。
「……ウチの店員に、何か用かしら?」
シオリさんが俺を庇うように前に出る。
その声には、警戒と——わずかな敵意が滲んでいた。
同じA級同士。
空気が張り詰める。
だが、レンと呼ばれた女は動じない。
むしろ、面白そうに目を細めた。
「あー、悪いな。いきなり物騒な空気出して」
レンはポケットから500円玉を取り出し、俺に向かって弾いた。
俺は反射的にそれをキャッチする。
「ただのガムを買いに来ただけだよ。……おい店員、そこのミント味、一個くれ」
「……110円になります」
「釣りはいらねぇ。残りはチップだ」
レンはガムを受け取ると、包装を破いて口に放り込んだ。
クチャクチャと噛みながら、店内を見回す。
その目が、床に転がった黒い魔石で止まった。
「『影追い』か。……深淵の眷属だな。このあたりに、奴の気配がある」
「奴?」
俺が聞き返すと、レンは俺をじっと見つめた。
その視線が——俺の胸元を貫くように鋭くなった。
「……へぇ。なるほどな」
「なにがですか」
「アンタ、『刻まれてる』な。深淵の呪印」
心臓が跳ねた。
一瞬で見抜かれた。
——そうか、『深淵感知』だ。
あのスキルがあれば、俺の体に宿る呪印の気配など、丸見えなのだろう。
聖女様に続いて、また一人。
俺の秘密を見抜ける人間が現れた。
「アンタみたいな奴を探してたんだよ」
レンが一歩、俺に近づいた。
シオリさんが氷を纏った手を構える。
だが、レンは戦う気はないようだった。
「安心しな、氷の嬢ちゃん。このコンビニ店員を狩りに来たわけじゃねぇよ」
「なら、何が目的?」
「情報収集だ」
レンは肩をすくめた。
「アタシは『御堂一族』の末裔でな。代々、深淵の存在を狩ることを生業にしてきた一族だ」
御堂一族。
深淵狩りの末裔。
鑑定結果と一致する。
本当のことを言っているようだ。
「アタシの一族は、十年前の『最初のゲート事故』で壊滅した。生き残ったのは、アタシだけだ」
——十年前の、最初のゲート事故。
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。
あの事故は、俺が『真贋鑑定』を手に入れたきっかけでもある。
あの日、俺は——。
……いや、今は考えるな。
レンの目が、一瞬だけ翳った。
だが、すぐに元の鋭さを取り戻す。
彼女もまた、あの事故の被害者だったのか。
俺とは違う形で、人生を狂わされた人間。
「それ以来、アタシは深淵の存在を追ってる。一族の仇を討つためにな。——そして今、アタシが追ってるのは『深淵の王』だ」
「深淵の王……」
俺は鑑定結果で見た名前を、思わず口にした。
「知ってんのか?」
「……名前だけは」
「そうか。まあ、呪印を刻まれたなら、奴の存在くらいは知ってて当然か」
レンは頷いた。
「奴を殺すためには、奴の『逆鱗』が必要になる。深淵の存在を殺すには、その逆鱗で作った武器を使うのが一族の掟だ」
逆鱗。
急所であり、最も硬い部位。
——待て。逆鱗といえば、つい先日。
権田が持ち込んだ『深淵の王の逆鱗の欠片』を、シオリさんが回収したはずだ。
あれは今、影守りが保管しているはずだが……。
俺がちらりとシオリさんを見ると、彼女は微かに首を横に振った。
——言うな、ということだろう。
レンは気づいていないのか、話を続けた。
「で、アタシはその逆鱗を探してる。だが、深淵の王はどこかに潜んでいて、簡単には見つからない。逆鱗の欠片でもあれば手がかりになるんだが……」
レンが俺を真剣な目で見た。
「アンタは、深淵の王に『呪印』を刻まれた。つまり、奴に接触したことがある。——何か知らないか? 奴がどこにいるとか、どんな姿をしてるとか」
レンが真剣な目で俺を見た。
俺は少し考えた。
正直、この女を信用していいのかは分からない。
確かに——深淵の王を殺すという目的は、俺の呪印を解く方法の一つでもある。
聖女様が言っていた。呪印を完全に解くには、術者を倒すか、聖遺物を使うか、S級聖女の力が必要だと。
だが、初対面の相手に鑑定結果をベラベラ喋るわけにはいかない。
シオリさんにすらまだ詳しく話していないのだ。
「……すみません。俺が知ってるのは、巨大な金色の目を見たってことだけです。空間の裂け目から覗いてきて、それで呪印を刻まれた」
「空間の裂け目……。どこでだ?」
「それは……ちょっと言えません」
俺がそう答えると、レンは少し残念そうに肩をすくめた。
「まあ、初対面の奴に全部話せってのも無理があるか。警戒心があるのはいいことだ」
だが、すぐに俺を指さした。
「おい、コンビニ店員。アンタ、名前は?」
「……橘悠真」
「タチバナユウマか。覚えとく」
レンはガムを噛みながら、出口へと向かった。
だが、ドアの前で立ち止まり、振り返った。
「気をつけな、ユウマ」
彼女の赤い瞳が、真っ直ぐに俺を捉えた。
「『深淵の王』を狙ってるのは、化け物だけじゃねぇぞ。人間の中にも、アンタの呪印を利用しようとする奴がいる。組織、闇社会、宗教——いろんな連中がアンタを狙うだろうさ」
「……ご忠告、どうも」
「それと——」
レンが、不敵に笑った。
「アタシはまた来る。アンタ、面白いからな」
その言葉を残して、レンは夜の闇へと消えていった。
自動ドアが閉まる。
店内に、再び静寂が戻った。
「……何者なの、あの女」
シオリさんが呟いた。
その声には、警戒と——少しの苛立ちが混じっていた。
「A級のハンターです。『御堂一族』の末裔で、深淵狩りの異名を持ってるらしい」
「御堂一族……聞いたことがあるわ。十年前に壊滅した、深淵狩り専門の一族よ。生き残りがいたなんて」
シオリさんが腕を組んで考え込む。
「あの女、また来るって言ってたわね。あなたの呪印に興味があるみたいだし……厄介なのが増えたわ」
「敵じゃないとは思いますけど」
「それはそうだけど」
シオリさんの目が、微かに細まった。
「——なぜ、あの女に名前を教えたの?」
「え、まあ、聞かれたので……」
「そう」
シオリさんの声が、少しだけ冷たくなった気がした。
……なんか、まずいこと言ったか?
「とにかく、今日は大変だったわね。呪印のこと、明日改めて詳しく聞かせて」
「はい」
「それと——変な女に近づかないでね」
シオリさんはそう言い残して、店を出て行った。
俺は、手の中の500円玉を握りしめた。
聖女様の予言通りの眷属襲撃。
そして、深淵を追う女ハンターの出現。
御堂一族。
深淵の王の逆鱗。
深淵の王を殺すための武器。
——俺の知らないところで、何かが動き始めている。
聖女様は週一で浄化に来てくれると言っていた。
シオリさんは毎日護衛に来てくれている。
そして今日、新たに深淵狩りのハンターまで現れた。
俺の周りに、どんどん美女が増えていく。
……喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか。
とりあえず、今は目の前の仕事をこなそう。
俺は深いため息をつき、荒らされた店内の片付けを始めた。
(第11話 完)
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
新キャラ登場! 御堂レン——深淵殺しの一族。
クールビューティーな女ハンターです。
深淵の王を殺すための武器「深淵の王の逆鱗」を探しているとか。
悠真の周りにどんどん美女が増えていく……。
聖女様、シオリさん、そしてレンさん。
コンビニ店員なのに、なぜこんなことに?
次回「影蜘蛛の巣」
新たな脅威が迫る……!
少しでも面白い、続きが気になる!
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