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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第2章 不遇の王子

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交渉

 グランデジア側は国王リオネンデ・筆頭魔術師サシーニャ・一の大臣マジェルダーナ、バイガスラ側は全権大使の魔術師カッターデラ・補佐役の魔術師が二名、記録係は両国二名ずつだ。茶菓の用意やこまごました雑用はグランデジアの下級官僚が勤めた。進行役はグランデジアのサシーニャ、モフマルドは記録係の一人として同席している。


 昨夜、サシーニャとの寸時(すんじ)邂逅(かいこう)の後、バイガスラ国控室に戻ったモフマルドを驚愕させたのは、配下の魔術師が聞きこんできた、王宮内のみならずグランデジア王都フェニカリデ・グランデジアに広まる噂だった。


 リオネンデ王が今、夢中になっているのは魔術師サシーニャ――馬鹿な! 思わず叫びそうになり、思い直す。モフマルドの策略で幼いリオネンデに男色の喜びを教え込んだ。それがここに来て、この結果を招いたか?

(いや、違う――)


 なぜバチルデア王女との縁談が持ち込まれたこの時期に、そんな噂が広まったのか? それを考えると噂の理由に思い至る。


 表情を硬くしたモフマルドが次には大笑いを始め、周囲を焦らせる。まさかモフマルドの不興を買ってしまったのか? だがモフマルドは『そんな噂は気にするに及ばず』と、自分に与えられた部屋に引き籠ってしまった。


 王とその側近が男色の関係にある――そんな噂を利用したのは自分たちが先だ。自分とジョジシアスも、事実無根のそんな噂を大いに利用しているではないか。

(やはりグランデジアはこの縁談、できれば破談にしたいのだ)


 仕組んだのはサシーニャ、バイガスラから使節を寄こすと連絡が来た時から、あれこれ考えを巡らせたのだろう。そんな噂ごときで拒める話ではない。このモフマルドを甘く見て貰っては困る――記録係の席に着き、会議の場を見渡すモフマルドだ。


 型通りの挨拶、茶菓の接待、そしていよいよ本題に移る。ここまで進行を勤めたサシーニャが、発言を一の大臣に譲った。


 リオネンデの相手がバチルデア国王の末娘だという事は事前に伝えてある。(よわい)はリオネンデの五つ下の十七、健康も美貌も教養も、申し分がないとバイガスラが保証する――


 一の大臣マジェルダーナが、ゆっくりと言った。

「我が国にとって、願ってもないご縁です――ぜひ、良しなにお取次ぎいただけるようお願い申し上げます」


 今、なんと言った? 予測に反したグランデジアの答えに、カッターデラが戸惑い、そっとモフマルドを盗み見る。モフマルドがリオネンデとサシーニャを見ると二人とも涼しい顔をしている。


 うぬ……それならそれでいい、話が簡単についたというだけだ。モフマルドが(うなず)いて、カッターデラに合図を送る。このまま話を(まと)めてしまえ――


「だが、お聞き届けいただきたい条件がございます」

カッターデラが発言する前に、マジェルダーナが再び口を開いた。そう来たか、と心内でモフマルドが笑う。そうでなければ面白くない。無理にでも従わせる、そこにこの話の旨味(うまみ)があるのだ。バイガスラには逆らえない、そう思い知らせるのも目的の一つだ。


 無論、グランデジアが条件を提示してくる場合も想定してカッターデラとは打ち合わせ済みだ。少しくらいは譲歩してやれと言ってある。追い詰めすぎてはよくない結果を招きかねない。縁談が(まと)まれば、それでいい――


「ほう、条件ですか?」

カッターデラが受けて答える。

「果たしてどのような? こちらにも、飲める条件と飲めない条件がございます」


「貴国とバチルデア国にご迷惑をかけるようなことではございません」

やはり涼しい顔のマジェルダーナが数葉の紙片を下級官僚に手渡し、それがバイガスラ使節団に渡される。記録係のモフマルドの手にも渡る。


「紙片に書かれていることをご説明いたします――まず、現在リオネンデ王の後宮には九百を超える女官がおります。この人数は随時増減いたしますが、大きく減らすことは考えておりません」

マジェルダーナが平然と語るのをフンとカッターデラが鼻で笑う。


「どう考えても不必要と思える人数、一割まで減らしていただきたい」

「なりません――この女官たちは王の側室を兼ねるものの、多くは戦災孤児。リオネンデ王は身寄りをなくした女子(おなご)を集め、しかるべく教育を受けさせ、身の立つよう導いております。のちには後宮から貴族のもとや、市中に戻すのです。いわばこれは政策の一つ。変えることはできません」


「いや、それはしかし――リオネンデ王の(ねや)(はべ)ることはないという事か?」

「まさか!」

これにはマジェルダーナが失笑する。


「王の求めがあれば後宮の女は拒めません。これはどこの王宮でも同じなのではありませんか?」

「うむ……」

リオネンデがそんな大勢の女に囲まれていると知ったら、バチルデア王が破談を言い出さないだろうか? カッターデラが迷い、沈黙する。


 マジェルダーナはそれを了承と受け止めたのか、次の条件を口にした。

「ご存じの通り、数年前、我が国の王宮内、王の居住館は後宮を含め焼失しております。再建はしたものの(きゅう)(ごしら)え、とても大国バチルデアの王女さまをお迎えできるものではありません」


「それを理由に此度(こたび)の縁談、断ろうとでも?」

怒りを込めたカッターデラの声に、モフマルドが心内で舌打ちをする。手元にあった紙の切れ端に『落ち着け』と書き込んでカッターデラに届けさせれば、ハッとモフマルドを見て反省の色を見せた。


「いいえ、こんな良縁を逃すなどとんでもない」

マジェルダーナは顔色一つ変えずカッターデラに答える。

「我がグランデジア国王妃のため、新たに館……王妃館を建設したいと考えております」


「王妃館だと?」

「先ほども申しあげたとおり、後宮には身分の低い女たちが大勢おります。その女たちと同じところにお住まいいただくのはいかがなものでしょうか? また後宮を仕切るのは王の片割れ、王妃と言えど下に見られます。これもまた当王家の古くからの慣習、変えるわけにはまいりません。そのような環境を、バチルデア国王女に強いるのは不本意……新たに王妃館を建設する、苦肉の策でございます」

「うむ……」


 ここまでの話に突ける矛盾はない。飲める条件(・・・・・)を示されている。

「館を建設されるとなると経費もかかりましょう。援助をお望みか?」

カッターデラは建設の許可を求めているのではないと見たのだろう。建設をどうするかはその国の判断一つだ。これは読み間違いではない。だが、グランデジアの要求は違うところにある。


「いいえ――バチルデア王家の王女に相応(ふさわ)しく、グランデジア王妃に相応しい館をご用意する時間を所望いたします」

「どれほどの期間だ?」

「できれば八年」

「八年? 八年はかかり過ぎだ!」

「では、では――」

激昂しそうなカッターデラをマジェルダーナが宥めるように、慌てて修正の言を入れる。

「六年いただきたい。さすれば――」

「ダメだ、五年で完成させろ!」


 チッとモフマルドが舌打ちをする。マジェルダーナの策に乗り、王妃館建設を検討することもなく認めてしまった。まぁ、これはグランデジアの勝ちだ。どのみちこちらに拒む道理がない。そしてきっと五年は、マジェルダーナの思惑通りの期限だ。


 五年か……五年の間にリオネンデとサシーニャはどう動き、バイガスラとバチルデアの干渉をどう防ごうというのだろう。


 マジェルダーナの発言はすべて事前に二人と打ち合わせているはずだ。リオネンデもサシーニャも、まるで他人事のような顔でその場に座しているだけで、一言も口を挟まないのがその証拠だ。


「では、王女さまをグランデジアにお迎えするのは王妃館が完成する五年後でよろしいですね?」

「いや、それは――」


 ここでやっとカッターデラは自分が罠に()められたことに気付いたようだ。チラリとモフマルドを盗み見るカッターデラにモフマルドが頷く。思っていた展開とは違うが、これはこれで面白い。リオネンデとサシーニャはマジェルダーナと巧くやっているようだ。なに、五年などすぐに過ぎる。


「判りました――それで手を打ちましょう」

カッターデラの言葉に一番ホッとしたのはマジェルダーナだ。それをモフマルドは見逃さない。


 バチルデア王家に届けるグランデジア王家の誓紙にリオネンデとサシーニャが署名するのを眺めながら、モフマルドが考える。なるほど、グランデジアを支える王と筆頭魔術師は、家臣を巧く使う事にも()けている。多分マジェルダーナは国のため、この縁組をさっさと進めたいと思ったはずだ。最初にマジェルダーナが口にした通り、グランデジアにとって願ってもない良縁なのだ。


 リオネンデとサシーニャは、まずマジェルダーナを陥落したのだろう。あの噂(・・・)はそのために流されたものだ。噂は時とともに消える。今もなお、囁かれているのは最近になって広まったという事だ。


 マジェルダーナに泣きついたのはリオネンデか、サシーニャか? きっとサシーニャだ。リオネンデと引き離してくれるなと、あの顔で泣き落としでもしたのだろう。


 サシーニャを見てモフマルドが確信する。噂の相手はサシーニャでなくてはならなかったのだと。サシーニャがリオネンデの相手ならば、誰もが納得せざるを得ない。それほどサシーニャは美しい……


 グランデジア王家の誓紙を持ってバイガスラ使節団はその夕刻、フェニカリデ・グランデジアを()っている。自国に戻り、次にはバチルデアに赴いてグランデジアの意向を伝える仕事が待っている。


 バチルデアに否はないだろう。王女の若さを気にしていた。五年なら王女は二十二、二十七のリオネンデと似合いの夫婦となる。


 馬車に揺られながらモフマルドは移り行くグランデジアの景色を眺めていた。傾いた陽は山陰に隠れようとしている。懐かしいグランデジア――


 郷愁を覚えながらモフマルドが考えるのは、どうサシーニャを苦しめれば己の心が晴れるのか、その事だけだった。

第二章 終了

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