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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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王子の棺

 純白のシルクに多く(ひだ)を取り、腰を締める帯は幅広の深紅、襟元を飾るのはオニキスが複雑な模様を描いて()め込まれた黄金、(ひたい)には獅子の目と言われるルビーが輝いている。いつもは(あさ)下穿(したば)きも今日は上衣と同じ純白のシルクだ。


 絶世の美女と言われた母親の面影を残す端正な顔立ちに、すらりとした背、すっきりと伸びる背筋、(きた)えられた体躯(たいく)、正装をしたリオネンデは黙って澄ましていれば彫像のように美しい。


 まだ夜も明けやらぬ後宮で女たちに(かしず)かれ、リオネンデが身なりを整える。その(かたわ)らには、すでに身支度を終えたスイテアが控えていた。


 時刻をレムナムが告げ、リオネンデが(うなず)く。マントの肩止めを確認し剣を手にすると、『ついてこい』とスイテアを促した。


 リオネンデは後宮の奥へと歩みを進める。やがて下方に続く階段となり、外界の光が途絶え、壁に掛けられた松明(たいまつ)の光だけが頼りとなる。


 前を進むリオネンデのマントが引きずられ、後ろを歩くスイテアが(すそ)を踏む。リオネンデが歩みを止めて振り向くと、マントを引いて裾を(から)げた。


 儀式が終わるまで声を発してはいけない。どうやらそれは王であるリオネンデとて同じようだ。怒鳴られるのではないかと身を縮めたスイテアを一瞥(いちべつ)し、フン、と不機嫌な顔を見せただけで前を向いてしまった。


 階段を降りきったところでサシーニャが燭台(しょくだい)を持って待っていた。サシーニャの衣は黒で、長く伸ばした金色の髪が燭台の灯で揺れて(きら)めいている。リオネンデと(うなず)()わすと、やはり何も言わず歩き始めた。


 そこからは壁に灯される松明もなく、サシーニャが持つ燭台の頼りない光だけとなった。両腕を伸ばしたほどの広さの廊下がどこまで続いているのか、その場からは予想もつかない。


 辿(たど)り着いた広間で、サシーニャが壁に設えられた灯火台に火を移すと次々と炎が移っていき、やがてぐるりと広間を照らした。奥のほうに大きく間隔をあけて、いくつもの石棺が並べられているのが見える。手前に立派な(びょう)があった。


 リオネンデが剣を(さや)から抜いて、廟の扉の前で捧げ持つ。サシーニャが手にしていた杖でその剣を撫でると、廟の扉がゆるゆると開いた。剣を手にしたまま、リオネンデが入っていく。サシーニャが『行け』とスイテアに(あご)で合図する。スイテアが廟に入ると、サシーニャが後ろに続いた。


 廟には格子窓があり、広間の灯火が薄明るく照らしていた。奥に祭壇があるが、他には何もない。その祭壇の前にリオネンデが立った。サシーニャに押されてリオネンデと向き合う形でスイテアが立つ。


 リオネンデがスイテアに手を伸ばしたと思うと、スイテアの髪を一房(つか)む。そして手にしていた剣で、その髪を切り取った。

「!」

恐怖と驚きで叫び出しそうな口をスイテアが手で押さえる。


 リオネンデはそんなスイテアを気にする様子もなく、切り取ったスイテアの髪を祭壇の供物台に捧げた。さらに剣で己の髪を切り取り、捧げられたスイテアの髪に乗せた。それを見届けたサシーニャが廟から出て行くと、剣を鞘に納めたリオネンデも出ていった。廟の外に出たリオネンデとサシーニャに睨み付けられて、慌ててスイテアも廟を出た。するとサシーニャが廟の扉を杖で撫でる。扉はゆっくりと閉まっていった。


「王家の墓だ」

リオネンデの声が穏やかに木霊した。ついてこい、と並べられた(ひつぎ)の間を進んだ。


「これは父上……前王の棺」

リオネンデがとある(・・・)棺の前で足を止めそう言った。そして次の棺へと進む。

「これは母上……」

さらに次へと進む。そして振り向く。

「どうした、リューデントの棺を見たくはないのか?」

スイテアの足は亡き王妃の棺の前で止まり、ガタガタと震えている。(こぶし)で口元を押さえ、目からはポロポロと大粒の涙が次々と溢れ出す。


 リオネンデが戻ってきてスイテアの腕を掴んで引き()って行く。許して、とスイテアのか細い声が広間に力なく木霊する。広間の入り口で待つサシーニャは聞こえないフリをしている……


「よく見ろ、棺に『リューデント・グランデジア』と刻まれている。文字は読めるはずだ。それにこの紋章はドラゴン。なんだったら、棺を開けて中を見るか?」

ついにスイテアが叫び声をあげた――


 泣き叫び、泣きじゃくり、それでもやがてスイテアも落ち着いてくる。リオネンデはあれきり何も言わない。まさかこの場に置き去りにされた? そんな不安がスイテアに、リオネンデの姿を探させる――リオネンデは『棺を開けるか』と言った場所から動いていなかった。


 自分を見るスイテアに気が付いたリオネンデが言った。

「俺を殺したいか?」

スイテアは答えられない。胸がいっぱいで、混乱から立ち直れていない。でも判っている。殺したい、この男を殺すためにわたしは生きている――


「おまえになら殺されてやらんでもない。だが、今はまだ駄目だ。俺には成さねばならないことがある。それが果たせたならば、おまえに殺されてやる」

この男は何を言い出した? わたしを騙そうとしている? スイテアが目を見開いてリオネンデを見る。


「成さねばならぬこと――我ら兄弟の願いを俺は叶えねばならない。おまえが愛した男の願いでもある。だが、待ちきれないなら、いつでも俺を(おそ)え。俺を倒せると思うのなら、(すき)を突けばよい。しかし、そう簡単にはいかないぞ。成さねばならぬことがある限り、そう易々(やすやす)とおまえに()られはしない」


 リオネンデが穏やかな笑みをスイテアに向ける。スイテアがそんなリオネンデを見詰める。


「王よ、戻りましょう。そろそろ死者が目覚める時刻かと……」

遠くでサシーニャの声が聞こえた。


「夜が明けるらしい――戻るぞ、遅れるな。遅れれば、ここは闇に閉ざされる。そして夜明けとともに起き出した死者の(うたげ)が始まる」


 広間の入り口に足早に向かうリオネンデのあとをスイテアが慌てて追った。


 サシーニャと階段の下で別れ、後宮への長い階段を昇る。途中息切れして歩みが止まるスイテアを『世話が焼ける』とリオネンデが抱きあげ、そのまま階段を昇り切った。


 そこでスイテアを降ろすと

「さあ、歩け」

さっさと行ってしまう。半ば走りながらスイテアが追うと、後宮の広間でレムナムや他の侍女たちに迎えられた。


 湯あみの準備が済んでいて、やはりリオネンデはさっさと湯殿に消える。どうしたものか迷うスイテアを

「死者の不浄を(はら)わなくてはなりません」

レムナムが湯殿に(いざな)った。


 連れていかれた湯殿にリオネンデはいなかった。スイテアが(おぼ)れそうになった湯船より、ずっと小さな湯船だが、スイテアが与えられた部屋より広い。そこで数名の侍女に世話をされ、身体を清められる。


「スイテアさま」

レムナムがスイテアの背に湯を流しながら言う。

「今日がどのような日か覚えておられますか?」

レナリムの言葉使いを不思議に思いながらもスイテアが答える。

「四年前、王妃さまがお亡くなりになった日」

リューデントの名は口にできなかった。


「はい……毎年この日、リオネンデさまは王家の墓地にて一年のご報告をなされます」

「……」

「祭壇に髪を捧げられたのですね」

「えぇ……」

「これでスイテアさまは王家に迎え入れられた」

「え?」


 思わずスイテアが腰を浮かす。

「どういう事?」

「おかけください――リオネンデさまも髪を捧げた?」

「えぇ……」

「後宮と王家の中では正式に、表向きには非公式に、スイテアさまがリオネンデさまの妻になったと、祖先に報告なさった」

「……」

「リオネンデさまは何もおっしゃらなかった?」


 スイテアの瞳が再び涙で満たされる。それに気が付かないレムナムが続ける。

「控室の寝台を変えろとリオネンデさまが仰ったとき、やはりリオネンデさまはスイテアさまがお気に召したのだと思ったものです」

スイテアの気も知らず、レムナムは上機嫌だ。

「でもまさか、妻になさるとまでは予測しておりませんでした。表立って『妻』とか『妃』とか呼ばれることはなくても、後宮では最大の権力者となられたのです。この先、リオネンデさまがどこかの姫ぎみをお迎えになるようなことがあっても、後宮ではそのかたよりもスイテアさまのほうが格上なのですよ。スイテアさまは王家の一員となったのですから」


 とうとうレナリムはスイテアが泣き濡れている事に気が付かないまま、スイテアの無造作に切られた髪を揃え整え乾かし、真新しい衣装を着せた。そして薄く化粧を(ほどこ)す。その頃にはスイテアの涙も枯れて、ただ瞳が赤く染まっていた。衣装はリオネンデが望んだローゼルの燃えるような赤い色の物だった。


 王の寝所にはサシーニャが来ていた。スイテアを見ると『お疲れなのではありませんか?』と、声を掛けて来る。


 手にした細い剣を眺めながら、リオネンデがサシーニャに言った。

「墓場に続く階段も上り切れなかった。情けない体力だが、どうにかなるかな?」

「それはこれからの鍛錬(たんれん)次第かと」

「どうだ、スイテア?」

急に名を呼ばれスイテアがたじろぐ。

「なにか?」

「この剣だ。普通の物ではおまえには重かろう」

「剣?」


 わけが判らず戸惑うスイテアに、リオネンデが壁から一振りの剣を下すとスイテアの隣に立つ。

「持ってみろ」

と、(つか)(にぎ)らされる。


 恐る恐る柄を手にして受け取ろうとする。

「あっ!」

手から滑り落ちそうな剣をしっかりとリオネンデが受け止めている。

「どうだ、重いだろう? で、今度はこっちだ」

次に細身の剣を渡してくる。


 ずっしりとした質感を感じるが、壁に掛けてあった剣のように取り落とすほどではない。


 数歩離れてリオネンデが笑む。

「どうだ、掛かってくるか? 俺を殺したいんだろう?」

そう言われても、掛かっていけるものでもない。王家の墓所で、先ほどの湯殿で、起きた出来事にかなり消耗してしまったスイテアだ。


「フン、随分疲れてしまったようだな」

動かないスイテアに諦めたのか、リオネンデがスイテアから剣を取り上げる。

「まぁ、サシーニャに、おまえでも持てるような剣を探すよう頼んでいたところだ。すぐにもっと軽いものを見つけ出してくれる」

スイテアに返答する様子はない。


 何を言っても反応の薄いスイテアに、機嫌が良かったリオネンデも舌打ちをする。

「怒るな、リオネンデ。先ほどの儀式の意味を、レナリムに教えられたのでしょう」

サシーニャがリオネンデを(なだ)める。リオネンデは軽く溜息(ためいき)()いだけだ。


 レムナムが朝の食事の用意を始めると、食べて行けとリオネンデが言うのを辞してサシーニャは退出した。

「本日は予定がおしてございます」

再び墓所に戻り、死者の御霊を慰めるのだろう。


 二人きりになるとリオネンデはスイテアを抱き寄せて、食事を始めた。が、好きなものを取って食べろ、と言ってもスイテアは動かない。暫く食べたり飲んだりしていたが、

「飲め、ブドウの果汁だ」

と、スイテアの口元に杯を運ぶ。それでも飲もうとしないスイテアの耳元で

「どうした、元気がないな。そんなにリューデントが恋しいか?」

侮蔑(ぶべつ)を帯びた(ささや)きを投げる。


 リオネンデの言葉が、スイテアの瞳に憎しみの炎を(よみがえ)らせた――

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