表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第2章 不遇の王子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/404

散策

 モフマルドの思惑通り、投獄されていた三人の自死に()って、ジョジシアスの悪行はなかったこととされる。そしてジョジシアスの懇願により、投獄された罪状及び自死について三人の若者への責めも取り下げられた。


 ジョジシアスの『王の子』としての立場は回復されたわけだが、回復であって上向きになったわけではない。元に戻っただけだ。が、それでよしと思うモフマルドだった。まだ始まったばかりなのだ。


「身近な者にお心をお配りください」

モフマルドがジョジシアスの耳元で(ささや)く。


 単に自分の役目を果たしただけであっても必ず労うのです。(めい)じたことであれば尚更、たとえどんなに身分の低い者であろうと忘れてはなりません。女給、(うまや)番、湯殿で使う湯を運ぶ者たち、何かしらの役目を終えたらお声をおかけください。


「身分低き者に気安く声をかけてはならないと教えられている……父上も兄上たちも、よほどのことがなければ家臣を褒めたりしない」

そう言うジョジシアスをモフマルドが笑う。

「父上や兄上もなさらないことをジョジシアスさまはなさいませ。同じであれば、誰もジョジシアスさまを見直そうとは思いますまい」


「しかし……言いつけに逆らうことになりはしないか?」

「もし(とが)められたならこう(おっしゃ)い――自分のような者に仕えてくれる。ありがたいことだと、つい(・・)思ってしまうのだ」

「ありがたい……」

「忘れてならないのはつい(・・)という言葉。なぁに、最初は言葉にしずらいでしょう。でもすぐに慣れます。それが普通となっていきます」


 そんなものなのだろうかとジョジシアスが呟く。それは拒否ではなく、モフマルドに従う意思があるという事だ。実行できるか不安なのだ。


 モフマルドの助言(・・)は続く。

「できる限り穏やかな心持でいるようお努めください」


 常ににこやかに、微笑みを持って世を見渡すのです。それは人のみならず、草木や花、そこに遊ぶ小鳥、小動物、世の中に存在するすべての生き物に慈愛の眼差しをお向けください。


「にこやかか……やたらと笑んではならないと言われ――」

「この際、今まで教えられてきたことはお忘れください。わたしがお話しすることと違う事柄、それらはジョジシアスさまの良さを隠してしまうとお考えのほどを」


「俺の良さ?」

「はい、僭越(せんえつ)ながらこのモフマルドが、ジョジシアスさまの素晴らしい面を表に引き出して差し上げます」


「俺に素晴らしい面などあるのか?」

「もちろんです。モフマルドをお信じください――母上譲りの穏やかさ、美しいお顔立ち、心根のお優しさ、父上から授かった威厳、それらを自覚し、最大限に生かすのです」


「まるで周囲を(たぶら)かせと言われている気分だ」

苦笑するジョジシアス、

「誑かしではありません。抑えているものを開放し、皆に知られるようにしていくだけです。これがジョジシアスだぞと胸をお張りください。あなたの魅力は多くの心を惹きつけましょう」

と、答えるモフマルドの言葉が本心からと疑いもしない。


 誰にも認められたことのない若い王子は言葉の甘さに酔うだろう。そしてモフマルドに傾倒していく。自分を認めるモフマルドに執着を抱いていく――


 他愛ない――他愛ないと思うモフマルド、だがジョジシアスに掛けた言葉は本心からだ。もしもジョジシアスが本当に平凡で取り柄がなかったなら、王子であろうと相手にしなかった。何もバイガスラでなくてもいいのだ。ジョジシアスだからこそモフマルドはすべてをかけた。


 ジョジシアスがモフマルドに執着するより先に、モフマルドがジョジシアスに執着している。そしてどこかで心酔している。この王子こそ我が王、必ずジョジシアスに玉座を、必ずジョジシアスを王位に就ける、就けてみせる――モフマルドの復讐とジョジシアスの覇権は、もはや切り離しては考えられないものとなっていた。


 モフマルドが見込んだとおり、ジョジシアスは素直な性質だったようだ。言われたとおり、仕える者たちへの労いを忘れず、穏やかでいることも忘れない。鷹揚な物言いが影を潜め、声音さえも優しさを帯びる。


「モフマルド……不思議なものだ。おまえの言うとおりにしていたら、なんだか最近気持ちが軽くなったぞ」

「ジョジシアスさまを押さえつけるものが、少しずつ取り払われて行くからでございましょう」


「そうか――確かにそうなのだろう。おまえに言われたこと、最初は気恥ずかしいことばかりだったが、今となっては心地よく感じている」

モフマルドがニッコリと笑む。

「それはよろしゅうございました」


「仕える者たちに親しみを持てるようになった。庭で風に揺れる木々、咲く花々や飛び交う小鳥、そんなものさえ愛しく思え、我がバイガスラが平和である(あかし)と感じるようになった――以前は気に留めたこともなかったのに不思議なものだ」

「ジョジシアスさまが成長されたという事です――庭を散策されますか? まだ陽が落ちるには数刻ございます」

「おまえと?」

「はい――失礼ですが、ジョジシアスさまは花の種類をあまりご存じないのではありませんか?」

「うむ。花の名など、知っていてもなんの役にもに立たないと思っていた」

「わたしがお教えいたします。名を知ればまた、愛でる楽しみも増えましょう」


 あの華やかな花はダリア、赤く燃え立つように咲くのはサルビア、漂ってくる芳香はそこで黄金色の花を咲かせるキンモクセイのもの――モフマルドの説明を聞きながら庭の散策路をそぞろ歩く。まだ明るい庭では逢引の気配はない。同時に散策する人もない。


「あの花は?」

「エキナセアでございます。このお庭にはたくさん植えられているようですね」

「うん……」


 心なしかジョジシアスが何かを懐かしがっているように見えた。母親との思い出でもあるのだろうか? モフマルドがそう感じていると不意にジョジシアスの足が止まった。


「これは――王妃さま」

ジョジシアスが(ひざまず)く。モフマルドも慌てて散策路から外れて跪いた。向かう先から姿を現したのは王妃ナナフスカヤと侍女数名、ジョジシアスを認めてあちらも足を止める。


「フン――農民の息子がこんなところで何をしているのです?」

(さげす)んだ目をジョジシアスに向ける。モフマルドには目も向けず、そこにいるとも気が付いていない様子だ。もちろんわざと(・・・)だ。


「王妃さまが起こしとは知らずご無礼(ぶれい)(つかまつ)りました――時には花を愛でたく存じ、散策していた次第でございます」

「花を愛でる? そんな心をお持ちとは。農民であれば植物に親しみをお持ちになるも道理。が、愛でているわけではありますまい」


「この王宮で養育していただけたことで花を愛でる心が育まれたのでしょう」

「なるほど、そうであるなら納得できるというもの――花を愛でていると言うなら、贔屓(ひいき)の花もあるかと察するが、如何(いか)に?」


「はい、エキナセアを好んでおります。上向きに咲きながら、花弁(はなびら)はまるで女性のドレスのように広がる可憐な姿。長い期間、庭を飾る忠義者。一番はエキナセアでございます」


「――ジョジシアス、顔をあげよ」

怒気を含んだナナフスカヤの声にジョジシアスが躊躇(ためら)う。


 跪いたまま動かずにいるモフマルドもじりじりと緊張している――ジョジシアスよ、なんでエキナセアなど地味な花を選んだ? ナナフスカヤは見た目から察するに、派手好きに違いない……背に冷や汗が流れるのを感じる。ナナフスカヤの不興を買ったのではないか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ