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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第2章 不遇の王子

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始動

 どの国も、おおよそ王都は治安がいい。治安が悪いとしたらその国が亡びるか、王家が断絶させられる(・・・・・)かの兆候と思っていい。


 ここバイガスラも例外になく、これと言って治安に問題は見つけられない。まして王宮内の庭ともなれば、真夜中だろうが一人でそぞろ歩いても危険を感じることなどない。


 だからこそ、うっかり散策路を外れて歩いてはいけない。夜の闇に紛れ、植栽の影に隠れ、愛を交わす誰かと遭遇しかねない。たいてい彼らは人に知られては差し障りのある仲、例えば今はまだ(おおやけ)にできないとか、ほかに婚約者がいるとか、すでに婚姻しているとか、事情はともかく、なにしろ隠していたいはず。そうでなければ、何もこんな場所で互いを(むさぼ)りあう必要もない。


 そんな気配(・・・・・)を感じながら、ジョジシアスの屋敷へと散策路を歩くのはモフマルドだ。駆けだしたい内心を隠して、さも夜風を楽しんでいるかのようにのんびり(・・・・)と歩く。要所要所に配置された衛兵に会釈し、後ろに衛兵の『あれは誰だった?』と、こっそり(ささや)きあう声を聞き流す。今はまだ、わたしが誰かなど知らなくてもいいことだ。そのうちいやでも知ることになる――


 表には回らず、出てきた時と同じように庭から部屋へ入った。ジョジシアスの屋敷を護るのは正面玄関の衛兵だけ、外出は誰にも知られていないはずだ。


「王子! ジョジシアスさま!」

酔いつぶれたジョジシアスはモフマルドの不在に気付かず、眠ったままだ。


「召し上がり過ぎましたか? こんなところで眠られては体調を崩されますよ」

モフマルドの声に、ジョジシアスがうっすらと目を開ける。


「うん? 俺は眠ってしまったのか?」

「いいえ、眠ってしまいそうだったので、声をおかけしました」

「そうか……しかし、一瞬、眠ったようだ。夢を見た」

「ほう、どのような?」

「いや……どんな夢だったか、忘れてしまった」


 えぇ、それでいいのです――モフマルドが心の中で(つぶや)く。こっそり酒に混ぜたのは酔いを速め、幻覚を見せる薬です。意識を失ったあなたの耳元で囁いたわたしの言葉、その言葉通りの夢を見たはず。この夢はいずれ、あなたを雁字搦(がんじがら)めにすることでしょう。


 ふらふらと立ち上がるジョジシアスを支え、寝室まで運び寝台に横たえさせると

「お休みなさいませ」

と、モフマルドも自分に与えられた部屋に戻った。


 翌朝、大扉がある居間に誰かが入った気配でモフマルドが目を覚ます。入っていったのは寝室から、ジョジシアスで間違いない。慌てて身嗜(みだしな)みを整えると、モフマルドも居間に入っていった。


 昼くらいまで、ジョジシアスは寝ているだろうと思っていた。すでに日の光りが明るく世の中を照らしているが、夜明けから幾らも経っていない。


 居間ではジョジシアスが壁に取り付けられた紐を引いているところだった。紐は女給の控室まで続いていて、向こうに吊るされたベルを鳴らすらしい。ほどなく女給が現れた。


 昨夜、祝宴から帰ったジョジシアスに(めい)じられ、酒や料理を用意したのもこの女給だ。ジョジシアスは『老女』と言い、『耳が悪くなった』とボヤき、『年のせいで小言が減った』と笑ったが、なんの、まだ五十を過ぎた程度、美女とは言わないが、男によってはこの女に相手をさせたいと望む者もいそうだ。充分その願いに応えられそうに見える。後妻の口があっても奇怪(おか)しくない。


「昨夜の分を始末して、朝食の用意を」

ジョジシアスに頷いて女給が床に置かれ食い散らかされた皿や杯を片付け始める。


 祝宴では立ったままだったが普段はテーブルと椅子を使うのだと、部屋に戻ったジョジシアスは言った。それを、『今日は随分と疲れている』と、モフマルドはグランデジア風を願った。床に座し、低いテーブルに皿を並べるグランデジア、だがそんなテーブルがないと言われ、床に並べられた料理たちだ。本人に気が付かれないようジョジシアスを眠らせる計画に、椅子を使うのはいろいろな意味で危ない。


「思ったよりも飲んでないな……」

女給が片付けるのを眺めて呟くジョジシアスに、

「王子も思いのほかお疲れだったのでしょう――昨日はいろいろとご活躍でした」

モフマルドが用意した言い訳をする。


 ジョジシアスが起きだす前に、酒も料理も少し庭に捨てるつもりだった。思ったよりも早く起きだしたジョジシアスにその暇がなかったのだ。夜のうちにやっておくべきだったと後悔するが、もう遅い。昨夜はほかにも用事があって、冗談抜きで疲れていた。ジョジシアスが先に起きたと気づいた時から考えていた言い訳だ。


「それもそうだな……」

疑いもなくジョジシアスが頷く。モフマルドに一服盛られたなどと思いつきもしない。


 朝食はテーブルと椅子を使う。もう、石張りに板も打ってないような固く冷たい床に座る理由はない。慣れない椅子での食事も思ったほどは食べずらくなかった。しかしこれでは寛げない。


「寛ぎたいのなら、食べ終わったら向こうの長椅子を使え。茶くらいなら向こうでも大丈夫だ」

長椅子はふかふかと柔らかく、足元には毛織物が敷いてある。暖炉の前に置かれていて、きっと冬にはこの前を離れたくなくなるだろう。モフマルドが長椅子に腰かけたのを見て、

「もう一脚、用意するかな」

と呟いて、ジョジシアスは同じような仕様の、だが長椅子ではなく肘置きのついた一人用の椅子に座った。


「その長椅子は、ゴロリと横になるのにもいい」

と、ジョジシアスが笑う。なるほど、転寝(うたたね)に良さそうだとモフマルドも思う。


 女給が茶を長椅子の高さに合わせたテーブルに運び、食べ終わった食器を下げていった。


「そう言えば、寝室にも暖炉があるのですね」

「うん、この部屋のよりは小さいが、冬には眠る時も暖炉に火をくべる」

そうしなければ、時には凍死することもあるとジョジシアスが遠い目をした。


 バイガスラの食べ物はあれが旨い、これが旨いとジョジシアスが話し始める。冬の海で身の引き締まった魚は脂がのって肉よりも旨いぞ、と笑う。


「だが、今の時期は鳩だ。鹿もいい――そうだ、一緒に狩猟(かり)に行こう。弓は扱えるのか?」

楽しげに話すジョジシアス、今まで話し相手がいなかったのだろう。適当な相槌(あいずち)にも満足そうだ。そんな中、近付くけたたましい(・・・・・・)足音にモフマルドがいち早く気が付く。が、そんなことは(おくび)にも出さない。


「ジョジシアスさま!」

息急(いきせ)き切って入ってきたネデントス、何事かとジョジシアスが顔を向ける。

「ジョジシアスさま、その――」

大急ぎで来たくせに、伝えるべき言葉が出てこないネデントスをジョジシアスが(いぶか)っている。


「どうしたのだ、ネデントス? なにがあった?」

「それが、その……昨日、牢につないだ三人が縊死(いし)いたしました――」

「なにっ!?」


 立ち上がり、息を飲むジョジシアス、同じように立ち上がり、驚きを装ってネデントスを見るモフマルド、心の中でニヤリと笑う。

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