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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第2章 不遇の王子

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身分

 国によって祝宴も、随分違うものだとモフマルドを感心させた。酒や料理が振舞われ、音楽が奏でられるのは同じだが、その供されかたが違う。


 グランデジアでは基本、食事は床に腰を降ろして摂るものだった。だが、ここバイガスラでは、料理の皿が高足のテーブルに並べられ、立ったまま食べるらしい。王族以外は決められた席もなく、客たちは各々好きなものを食べ、移動しては思う相手と談笑に興じている。杯に注がれた酒は盆に乗せられ、その盆を捧げ持った給仕係がそこかしこに立ち、あるいは客に酒を勧めて回っている。客は給仕係に好みの酒を持ってこさせることも、盆から取って飲むこともできた。


 立ちづめで疲れないのかと問うと、大広間の端々に置かれた椅子に座って休むのだとジョジシアスが言った。どの椅子が誰の、ということなく空いている席を使えばいい。


 また、バイガスラには余興らしきものがなかった。グランデジアでは踊り子や、時には見世物(みせもの)が宴の中央で催されたものだが、ここではそれがない。広間いっぱいに料理を乗せたテーブルが並べられ、客が(ひし)めきさんざめいて(・・・・・・)いれば、余興など不要なのだ。それに、グランデジアと違って集まっているのは男だけではない。踊り子なんか侍らせたら高貴(・・)なご婦人がたの顰蹙(ひんしゅく)を買う。


 客の多さだけでもグランデジアの比ではないバイガスラ王宮の祝宴は、モフマルドに両国の国力の差を思い知らせるには充分だった。この国で、ジョジシアスで間違いないと、モフマルドはさらに確信を強めて行った。


 そうなると、このタイミングで末の子で唯一の王女マレアチナがグランデジアに嫁ぐのも天が我に味方していると思えてならない。できればマレアチナとも懇意になっておきたいところだが、欲張れば失敗する。まずはジョジシアスだ。マレアチナはグランデジアでの足掛かり、いずれ必ず有効に使う手駒、今はそれでいい。


 ところでそのジョジシアスだが祝宴の場に来たものの、誰と言葉を交わすこともなく、入ってすぐに手に取った杯を片手にふらふらと人ごみの中をそぞろ歩いている。誰かを探しているのかと最初は思ったモフマルドだが、どうもそうではなさそうだ。ついて歩き、よくよく見ていると、ジョジシアスと知ると誰もが皆、さりげなく距離を置いていく。


(ふぅん……高貴な身分に遠慮して、という顔ではないな。近づきたくないというわけか)


 モフマルドは上座の、数段高くなった場所を見る。そこには明らかに玉座と判る椅子が置かれ、その両側に玉座よりは幾分小さな、それでも充分立派な椅子が二脚ずつ置かれている。王と第一・第二王子、そして王妃と王女の席だろう。王子の一人でありながら、王族の中にジョジシアスの席はない。国王と兄王子二人は既に着席し、祝いに駆け付けた貴族たちの挨拶ににこやかに答えているのが見える。王妃と王女の座は空席のままだ。


(母親が農民の出だからか……それにしてもあからさまな。嫌気がさして自棄(やけ)を起こすのも判らないでもない。王子の身分を剥奪して欲しいと願っても無理はない)


 だがジョジシアスよ、約束しよう。今はおまえを避ける(やから)どもがいずれ平伏し、尊敬と従属の意思を瞳に(たた)えておまえを見る日が来る。そしてその時、実質的にその眼差しの先いるのは、おまえの後ろに控えたこのわたしだ。なに、案ずることはない。この事実を知るのはわたし一人。おまえもおまえの家臣も民たちも、おまえを(あが)めていると信じて疑うまい。


 不意に楽曲が中断され、王妃と王女の入場が()れられる。広間にいた者たちは一様に膝を折り、(こうべ)を垂れる。ジョジシアスもその一人だ。上座の国王も二人の王子も腰かけたままふんぞり返っているのに、ジョジシアスは臣下と同じ扱いか――


 再び音楽が流れ始める。先ほどまでと違う調べ、ひょっとしたら王妃の生国バチルデアの曲なのかもしれない。


 王妃と王女の登場に、上座に向かう人の流れができた。王妃と王女へ挨拶しようというものだ。


 ジョジシアスと言えば、相変わらずふらふらと人の間を抜けるだけだが、よく観察するとチラチラと上座を気にし始めている。タイミングを見計らって妹王女に声を掛けようというのだろうか。


 だが、王妃の前の(むら)がりが解消されてもジョジシアスは動かない。どうするのだろうとモフマルドが思っていると、なにやら王女が側近に耳打ちしている。側近は広間の中をジョジシアスに向かって進んでくる。


「王女さまがお呼びです」

苦々しげな側近の声がモフマルドにも聞こえた。同時にジョジシアスの顔に喜びの光がさしたと、見なくても判るモフマルドだった。


 ありきたりな祝いの言葉をジョジシアスが言上する。マレアチナにはそんなことはどうでもいいようで、終わるのを待ちきれない様子で(しゃべ)り始める。


「お兄さまがあの者どもを牢に入れたと聞いております」

可愛らしい声が嬉しそうに喋り続ける。

「改心されたのですね。必ずこうなると、マレアチナは信じておりました」

隣に座った王妃――マレアチナの母親が、フンと忌々(いまいま)しげな顔をした。


 なるほど、美女の誉れ高いバイガスラ王妃、三人の子を産んでさえも衰えることのない美貌、しかしツンと澄ました高慢さを感じる表情は、とてもとても親しみやすいとは言い難い。


 それに引き換え末娘は明るい表情をころころと変え、優しげな可愛らしい声でよく喋る。

「これで安心してグランデジアに行けるというもの……お兄さま、ずっとお元気でいてくださいませね」

「王女さま、もったいないお言葉です」


 ジョジシアスの言葉に、モフマルドは少なからず驚く。妹に対してさえ、ここまで(へりくだ)らなくてはならないのか? 第三王子の身分を剥奪されたわけでもないのに?


「この者は旅の魔法使いですが……」

ジョジシアスがモフマルドをチラリと見て言った。どうやら紹介する気らしい。深く頭を下げるモフマルド、広間で他の貴族たちを観察した甲斐があったと思っている。バイガスラ風のお辞儀の仕方はこれでいいはずだ。


「グランデジアにも長くいたようで、あちらの事情にも詳しいと……王女さまがご興味を持たれると思い、連れてまいりました」

「まぁ、嬉しい! ぜひお話を――」

「下がりなさい!」


 マレアチナを遮って一喝したのは王妃ナナスフカヤだ。

「よくもそのような下賤の者をわたしの前に引き連れたものだ」

「お母さま……」


 母を(なだ)めようとするマレアチナ、だがナナスフカヤは聞く耳を持たない。

「改心したと? 改心すれば罪が消えるのならば、罰せられる罪人はこの世に存在しなくなりましょう――不快だ、下がれ!」


 蒼褪めるジョジシアス、ナナスフカヤの隣ではジョジシアスの父国王も蒼褪めている。王妃の声は広間中に響き、集まった者たちは成り行きを固唾(かたず)を飲んで見守っている。


「失礼いたしました――」

そんな中、ジョジシアスが一礼し、モフマルドに『行くぞ』と声をかける。

「お兄さま!」

マレアチナが立ち上がり、国王を挟んだ向こうに座る王子の一人が釘をさす。

(はした)ないぞ、マレアチナ。あんなヤツに構うな」

「兄上、そんな……」

それでも大人しく腰を降ろすマレアチナだ。


 居並ぶ客の狭間を抜け、ジョジシアスはどんどん歩みを進める。広間の出入り口を守る召使は躊躇(ためら)いもせず、ジョジシアスが近づけば扉を開く。一瞬たりとも足を止めず広間からジョジシアスは出て行った。


 王の宮殿から庭に出ると、フンと鼻を鳴らしてから、

「どうだ、これで判っただろう? 俺についていてもいいことなど一つもないぞ」

と、怒ったような物言いだ。


「ジョジシアスさまの辛いお立場は充分に――」

「上座に居た兄ふたりを妹は兄上と呼ぶ。が、俺のことはお兄さま、妹にさえ分け隔てされるのだ。だけどその妹が一番マシだ」

「王女さまはお母さまに遠慮なさっておいでなのでは?」


 ジョジシアスが足を止める。

「王妃さまに? 確かに王妃さまは俺を嫌って……いや、憎んでいる」

「憎む?」

「父王がナナスフカヤ妃以外に子を産ませたのは俺の母だけだ。夫の愛をひとときでも盗んだと、母と俺を憎んでいる」

「そうでございましたか……」

これは使える、モフマルドが脳裏に(しる)す。


 大広間の祝宴の騒がしさと違い、王宮の庭は嘘のようにに静かだ。時折吹く風が心地よい。

「これでは酔いも醒めるな」

少し気を取り直したジョジシアスがうっすら笑う。


「酔うほど召し上がっていらっしゃらないのでは?」

「うん……屋敷で飲み直そう」

そう言いながら、ジョジシアスは足を止め、(かたわ)らの建屋を見る。


「その建屋は?」

モフマルドの問いに、

「地下に牢がある。昼間捕らえた者たちが繋がれている――ヤツ等に振る舞いはあったんだろうか……」


 最後は独り言になっているジョジシアスだ。モフマルドがニヤリと建屋を見たのには気が付かない――

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