威厳
ジョジシアスの部屋には寝室が三部屋、一番奥がジョジシアスの寝室、残りのどちらでも好きなほうを使えとジョジシアスが言う。では隣の部屋を、とモフナルドが答えているところにネデントスが顔を出す。
「今日くらいは温和しくしていて欲しかったと、陛下はお怒りでした」
部屋に入ってくるなり苦情だ。
「いつも通りで済んだのだろう?」
そう答えてジョジシアスがニヤニヤ笑う。
「先方は黙るほかないのとご承知でしょう。惨いことをなされますな」
「惨いことねぇ――それよりも今宵の晩餐、魔法使いも同行させる。相応しい衣装を用意しろ。それと湯あみの準備を」
「同行って! 今宵がどんな日かお判りか?」
「あぁ、マレアチナの婚儀を祝っての宴だったな。明後日には国を発つ――この魔法使い、グランデジアに詳しいそうだ。聞かせてやれる話があるかもしれない」
「しかし――」
「俺の命が聞けぬか?」
ジョジシアスが声色を穏やかにし、寂し気にネデントスに問う。
「いや、そんな……」
たじろいだネデントス、しぶしぶだったが『すぐに湯を運ばせましょう』と部屋を出て行く。
どうやら、若い臣下はジョジシアスに同情しているようだ。手を焼いているが見捨てられない。若い貴族の同情を買うほどジョジシアスの王宮での待遇は哀れなものなのか?
「明後日の朝早く、妹はグランデジアに発つんだ」
聞いてもいないのにジョジシアスが語り始める。
「王宮で俺を王子、自分の兄と認めてくれているのはマレアチナだけだった。俺を見かけると、『お兄さま』と声をかけてきてニッコリ笑ってくれる」
「お寂しくなりますね」
「ふむ……」
ジョジシアスの顔が曇る。
「だがこのところ、俺を見ても悍ましいものを見るように顔を背ける。無理もない、俺の素行の悪さが招いた結果だ」
素行の悪さとは、村娘への暴行か……結婚を前にした乙女に毛嫌いされても仕方あるまい。だがジョジシアスよ、そんなことは判っていたのではないか?
「なぜあのような卑しい男どもに加担するようなことをなさった?」
「加担? そうか、加担になるのか。俺がいることによって、ヤツ等の仕業ではなくなる」
ジョジシアスが虚ろな笑いを浮かべる。
「いい憂さ晴らしはないものかと、ヤツ等が話しているところにたまたま通りがかった。で、あるなら俺も連れて行け、と言った」
「それであのような?」
「連れられた先は炭焼き小屋だった。こんなところで憂さ晴らし? 不可解だったが待っていろと言われて待っていた。そしたらヤツ等、どこからか少女を拐ってきた。何が起こるのかはすぐ判った――ヤツ等は少女を押さえつけ、最初の権利は俺にやると言った。何の権利だ? 怒りを感じないでもなかった。だが、その場の光景に足がすくんだ。欲望をむき出しにした男たちは獣のようで、助けを求める少女の叫びは命乞いに聞こえた。俺は戦に行ったことはないが、きっとこんななんじゃないか、そう感じた。そんな俺にヤツ等は言った……怖いのか?」
モフマルドが『うむ』と唸る。怖い、それはきっと図星だ。この王子、それまで女を知らずにいたのだろう。少女を、いや、誰かを凌辱する恐ろしさ、危害を加える恐ろしさを、感じたのは心が健やかだからだ。戦場を連想したのも面白い。
だが同じ年頃の男たちに、揶揄われるように怖いかと訊かれたら、若さゆえ怖いとは言えまい。
「更にヤツ等は女にこう言った。王子さまはおまえのような下賤の女、触れるのも厭わしいそうだ――気が付けば、女に覆いかぶさろうとした男を押しのけ、俺がその男がしようとしていたことをしていた」
「後悔しているのでしょう? なぜ以後も同行しているのです?」
「さぁな。こんな憂さの晴らし方もあるのか、と思ったのかもしれない。少女を可哀想だと思うと同時に、ヤツ等のことも哀れだと感じた」
「あの若者たちが哀れ?」
ジョジシアスが溜息を吐いた。
「皆、貴族の庶子だ。妾が産んだか、跡取りの兄がいるか――将来が見えない。俺と同じだ」
モフマルドも溜息を吐く。
「それで? 憂さは晴れましたか?」
「どうだろう?」
ジョジシアスが苦笑いする。
「すぐに父に呼び出され、説教された。王子がしていいことではない、とな。まぁ、その通りだろうね」
そして今度はニヤリと笑う。
「あまりクドクド言うものだから、『父上が我が母にしたと同じことをしたまで』と言った。見る見る父上の顔が蒼褪めた――あの時は少しだけスカッとしたかな」
「同じこと?」
「さっきも言っただろう。母は農民の娘だ。どこで見染めたかは知らないが、どうせ父が手籠めにでもしたんだろうさ。俺のことが言える立場か? 父の呼び出しも最初きり、あとはネデントスが駆けずり回って終わらせるようになった」
詰まらなさそうに言うジョジシアスを見ながらモフマルドが考える。
ジョジシアスを操るのは簡単だ。王子としての誇り、母の血からくる劣等感、この二つを旨く使い分ければどうとでもなる。だが、今のジョジシアスではいかに思い通りに操ろうとも大した益を産まない。まずは不良どもを遠ざけねば……
「ジョジシアスさま」
「説教は聞きたくないぞ」
「説教ではございません――あの者たちはジョジシアスさまに後悔させ、苦しむようなことをさせた。なぜ、罰さないのです?」
「えっ?」
「ジョジシアスさまにすべての罪を着せ、自分たちは影に隠れている。このままにしておいていいのですか?」
「ヤツ等は俺が手を付け、下げ渡した女を好きにしただけだ。罰など――」
「そう仕向けたのは彼ら、それにうまうまと乗せられたままでいいはずはございません」
「モフマルド、俺にどうしろと?」
「あの若者たちに罰を与えるのです――そしてこれ以降、無体なことは許さない、そう宣じなさいませ。王の子としての威厳を取り戻すのです」
「王の子……」
「さすれば王女さまも、再び兄と呼んでくれましょう」
ジョジシアスは見開いた目でモフマルドの顔を見詰めた。




