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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第2章 不遇の王子

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懐柔

 なるほど、と呟いて、ジョジシアスが魔法使いを見た。顔に薄い笑みを浮かべている。

諫言(かんげん)できるほどの地位の家臣を、気に入らないからと簡単に任を解き追放した王なのだろう? それなのに、元は主と言って愚昧(ぐまい)とは言わない。それは魔法使い、おまえの諫言には何かしらの目論見(もくろみ)もあった、それが理由ではないのか?」

「そ、それは……」

魔法使いが僅かに顔色を変える。


「図星のようだな――後ろめたさがグランデジア王を愚昧とは言わせなかった。王女を自分の妻にと願ってでもいたか?」

愉快そうにジョジシアスが笑う。


「いえ、決してそのような……」

ジョジシアスの憶測を否定しながら魔法使いが思う。愚昧ではないのは王子、おまえだ。


「違ったか? では、そうだな。愚かな王に仕えていた、それを認めれば己の価値も下がる、そんなところか」

そうは言うもののジョジシアスの目は、魔法使いの否定を信じていないと言っている。


「だがどちらにしろ、グランデジア王は英明なのであろう。素性がはっきりしない者を臣下に引き上げ、その英知を治世に生かした」

「お言葉ながら――」

魔法使いがジョジシアスを再度否定する。


「異大陸から流れついた者を出仕させたのは前王、現国王の父。先ほども申しあげたとおり、新たな知識や技術を(もたら)したのは王女が嫁した男の両親。今更でございます」

「そうか――そうだとしてもだ、自国に益を齎した者の子の地位や身分を保証した現国王の判断も賢明だ。子であれば、親から引き継いだものがあるかもしれない。その流出を防いだと言える」


「くっ……」

これ以上、ジョジシアスを否定できない、魔法使いがそう思う。ならば――


「そう……そうかもしれません」

魔法使いが顔を(ゆが)める。

「結局のところ、わたしは政敵に敗れた――」


「ふぅん――おまえは魔法使いとして仕えていたと言っていたな。異民族の子は何を任されていた?」

「王太子の相談役です。もともとはわたし同様、守り役の一人として召し抱えられました――グランデジアでは、魔法使いはすべて王直属の家臣となります。魔法使いになると定められたのは十一の時、その時よりわたしは王の家臣なのです」

「二人とも王太子の守り役、ふぅん、古馴染みと言ったところか。少なくとも旧知の仲ということだな――しかし国王の直臣なら、魔法使いになったおまえのほうが立場的には上だな。なるほど、おまえの悔しい気持ち、判らないでもないぞ」


「現グランデジア王は王太子と貴国王女さまご成婚の暁には退位し、王座を王太子に譲られる御所存です」

「あぁ、それもこの度の婚儀の条件として、提示されていると聞いている」


「王太子は即位ののち、きっと異民族の子を大臣に据えるでしょう――わたしは、王太子があの者に騙されているように思えてなりません」

「ふん。ならば追放されてよかったではないか。閑職に追いやられ飼い殺しにされるよりマシだ」


 ジョジシアスの言葉に、つい魔法使いが笑う。やはりこの王子だ。気に入った。なんとしてでも近づき、わたしの駒にしておきたい。


「そうですな、うん、王子の仰る通り」

その笑いにジョジシアスが顔色を曇らせる。

「俺は何か可笑(おか)しなことを言ったか?」


「いいえ、賢いおかたと感心し、嬉しくなってしまったゆえの笑いです」

魔法使いが今度は顔を引き締めジョジシアスに向かう。


「わたしの話を聞いて、同意する人や同情する人は多い。でも『よかった』と言ったのは、ジョジシアス王子、あなたが初めてです」

「なんだ、やっぱり俺は変わり者か」


「いいえ、誰よりも聡明なおかたとわたしは見ています」

自分を見つめる魔法使いにチラリと視線を投げる。そして悲しげに笑む。


「聡明なものか。聡明な者が、あのような下衆(げす)どもと組んで村娘を弄んだりなどしない――無駄話は終わりだ」


 言い捨てて、馬に向かうジョジシアス、慌てて木立から飛び出した魔法使いが(あし)(ばや)なジョジシアスに追いつこうとする。


「俺についてきても、なんの得にもならないぞ」

魔法使いを振り向きもせずにジョジシアスがそう言うと、

「いいえ! 王子、わたしをお傍にお置きください」

思い切って魔法使いが本音を暴露する。だが、ジョジシアスに歩みを止める気配はない。


「さっきも言った。俺は王子とは言え、母は農民の出、王宮での地位などない。この先もなんの地位も役目も与えられず、命を長らえさせるだけの惨めな存在――おまえのように追放されたほうがよっぽどマシだが、父上がそれを許さない」

「それで、それであのような者どもと? このままでよいと王子は思っていらっしゃると?」


 馬の手綱を取ったついでにジョジシアスが、ようやく追いついた魔法使いを見る。

「どうしようもあるまい、そう生まれついたのだから」

「勿体ないとは思いませんか?」

「勿体ない?」


「お母上がどうであれ、お父上は間違いなく国王、あなたは王子であり、しかもご聡明、必ず兄王子のお役に立つおかた。それをむざむざ埋もれさせたままでいる」


 ジョジシアスが溜息を吐く。

「長兄は王太子、次兄は貴族の有力者の一人娘との婚姻が約束されている。次期体制は二人の兄が権力を握る。俺はその兄たちから(うと)まれている。入り込む(すき)などない」


「隙がないのなら作ればよいのです!」

「ほう、どうやって?」

できるはずがないと言外に、ジョジシアスが魔法使いに揶揄(からか)うような目を向ける。その目に、魔法使いも同じ視線を向ける。


「兄上の歓心を買う必要はありません。あなたの聡明さを利用することができない者を頼る必要など、どこにありましょう?」

「兄を頼らずしてどうする?」


「兄上と言えど、いいえ、国王だろうと、一人で国政を動かせるわけではありません。国王を支える大勢の臣下、その者たちの心を手に入れるのです」


 魔法使いの言葉にジョジシアスが(あざけ)り笑う。

「臣下ども? ヤツ等は王の機嫌取りに忙しい」

嘲りは魔法使いに向けたものか、それとも臣下ども(・・・・)に向けたものか。

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