遭遇
村はずれの広く開けた畑地では野良仕事の手を休めて農夫たちが肩を寄せ合っている。一様に眉を顰め、声を潜め、何やら内緒話のようだ。畑地の端にある農具小屋からは若い女の悲鳴が聞こえていた。
「ソゾロムの娘だったな」
「あぁ、この村じゃ三人目だ」
「昨日は東の村……そこも三人目のはずだ」
「それじゃ、明日は北の村で三人目が出るな」
「そうだね、そして明後日は西の村で三人目だ」
「困ったものだな」
「以前はこんなことをするようなお人ではなかった――いったい何がこんなことをさせるのやら」
農夫がそっと農具小屋を見やった。
通りがかった旅の魔法使いが農夫たちのヒソヒソ話を聞きつけて呆れていた。ほんの少し前、魔法使いはこの広い畑に辿り着いたが、道の先では農夫たちの目の前で一人の娘が四人の若者に無理やり農具小屋に連れ込まれるところだった。若者たちの目的に気が付いていないはずはないのに、農夫たちからは娘を助けようとする気が微塵も感じられない。ヒソヒソ話の内容から、娘のこともその親のことも知っているのが明白なのに、だ。
それにどうやら同様の被害が相次いでいるようだ。普通だったら若者たちを捕らえて、懲らしめようとするのではないか? そうしない理由は何か?
(貴族のバカ息子ども、金にものを言わせたか)
農夫たちの目を盗んで魔法使いは農具小屋の裏手に隠れ、聞き耳を立てた。口を塞がれでもしたか、娘の悲鳴は聞こえなくなっている。
「そう怖がるな、おまえもすぐに夢中になる」
男の声が聞こえた。そして幾分声が小さくなる。
「ハチミツは持ってきているだろうな?」
「もちろんだとも」
誰かが問いかけ、誰かが答える。
(ハチミツ……ハチの蜜に媚薬を仕込んだものを使う気か。惨いことをする……)
娘はまだ幼いと言っていいほど若かった。きっと男を知らないだろう。あの薬を使えば強烈過ぎる快感に酔い、この先一時も男なしではいられなくなる。
(どうせ四人で何度も犯す気だ。それならいっそ気が触れたほうがマシか……)
さて、どうしたものかな……魔法使いが迷い始める。娘を助けるのは簡単だ。農民どもの謝礼は大したものではないだろうが、この若者たちに懸賞が掛けられていたらそれなりになりそうだ。だが、そうとは限らない。予測通り、金で被害者を黙らせていれば狼藉もなかったことになる。
「そうだ、いい子だ、温和しくしろ……すぐにもっと気持ちよくなるぞ」
最初の声の男だ。どうやらハチミツを娘に塗って弄んでいるようだ。微かに喘ぎ声も聞こえる。衣擦れが聞こえるのは娘の衣装を脱がしている音だろう。
「思った通り、いい乳をしている。柔らかく膨らんでいるぞ」
「そうだな、揉み応えがありそうだ――こっちにもハチミツを寄こせ」
別の男の声が聞こえ、娘の喘ぎが大きくなる。乳房にもハチミツを塗りこんだのだろう。
「ああっ!」
ついに娘が声を上げ、興奮した男の声が大きくなった。最初にハチミツと口にした男の声だ。
「こいつ、指を締め付け始めた――王子、そろそろいい塩梅です!」
(王子?)
魔法使いが耳を澄ませる。
(王子がこんな悪ふざけを? それとも王子と渾名されているだけの貴族のドラ息子か?)
誰かが深く溜息を吐いた。そう言えば小屋の中に入っていった男は四人、まだ三人しか声を聞いていない。溜息の主は小屋の隅にいたようだ。騒がしさに近寄っていく気配がし、次には娘の叫び、さらに大きくなる喘ぎ声、荒れていく息遣い、交接する肉が立てる猥雑な音が聞こえてくる。だが――
(男の息はたいして上がっていない。行為に夢中になっている訳ではない)
娘はそろそろ絶頂に達しそうだ。
「こらっ! 王子にしがみ付くなっ!」
「押さえつけておくから思う存分楽しんで――」
「いや、もういい」
王子と呼ばれた男が身体を離したのだろう、娘が『出さないでっ!』と叫んだ。もっと、もっと、と繰り返している。
「俺はもういい、あとはおまえたちで好きにしろ。俺は先に帰る」
「もういいのか、ジョジシアス」
ハチミツを持ってきた男が王子と呼ばれた男に訊いている。それに応える声は聞こえない。
「おおっ! こいつはいい! ぐいぐい締め付けてきやがる」
最初に聞こえた男の声、娘が再び喘ぎ始める。気配から、娘が自ら腰を振っているのも判る。もう助けようもない。まぁ、初めから助ける気もなかった、面倒に巻き込まれるのはごめんだ。農具小屋の裏手から木立に隠れて魔法使いが移動した。
(ジョジシアス、この国の第三王子……)
先に帰ると言った。すぐに出てくるだろう。魔法使いはジョジシアスが出てくるのを木に隠れて待った。
小屋から出てきたのはまだ若い男、せいぜい十六か十七だ。小屋の戸を後ろ手に閉めると物憂げな表情のまま、意識をわずかに小屋に向けた。そしてひとつ溜息を吐くと、道を森へと向かっていく。魔法使いは木立に隠れて後を追った。
(なるほど、王宮から馬でここまで来たのか)
ジョジシアスの向かう先に四頭の馬が寛いで草を食んでいる。馬に乗られたら追うのが厄介になる、その前に捕まえるか。魔法使いがそう考えていると、ジョジシアスの足が止まった。何やら足元を見ている。
そこには編み籠が転がり、キノコが散らばっているようだ。きっと、小屋に連れ込まれた娘のものなのだろう。どうするのかと魔法使いが見ていると、ジョジシアスはまた溜息を吐いただけで、馬に向かった。が、すぐに再び足を止めた。
「そこにいるのは誰だ?」
ジョジシアスの視線が木立の中に向けられ、魔法使いが冷や汗をかく。
(油断した。せめて気配を消す魔法を使うべきだった)
どうやらこの王子、思いのほか掘り出し物かもしれない――魔法使いがニヤリと笑った。




