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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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リオネンデの縁談

 ジロリとリオネンデを睨みつけ、サシーニャが答える。

「これはまた……リオネンデはわたしに色仕掛けでもしろと仰るか? 誰を攻略したいのやら……」

不機嫌を隠しもしない。


「色仕掛けか、それもいいかもしれないな」

面白そうにリオネンデが言う。そして、(ふところ)から一通の書状を取り出し、サシーニャとジャッシフの前に放った。


「バイガスラ王からの書状だ――四日ののちに、魔術師カッターデラを我が王宮によこすとある」


 サシーニャが書状を手に取り読み始める。そして、『ほほう』と笑う。

「縁談ですか、良縁ですね」


「えっ?」

ジャッシフがサシーニャから書状を受け取り、慌てて目を通す。

「バチルデアと言えば、バイガスラの隣国にして同盟国、そこの王女――いやはやこれは……お受けしない訳にはいかないのでは?」

そう言いながら、帰還直後のリオネンデの不機嫌の原因はこれかと思うジャッシフだ。


「バチルデア王家はリオネンデの祖母(そぼ)さまのご実家。その祖母さまは美貌をバイガスラ前王に見初められての輿入れ、リオネンデの母ぎみはその血を受け継いで美貌――それを考えれば、この王女が見目麗しいと、バイガスラ王が書いているのも世辞ではないと思われます。家柄・後ろ盾・美貌……断る理由を見つけるのは難しいですね」

不機嫌はどこへやら、サシーニャはすっかり面白がっている。


「いや、そういうわけにはいかない」

リオネンデがにこり(・・・)ともせず言った。


「王の片割れの件がバイガスラに伝わった。そこでわが後宮に間者を忍び込ませたい。その間者が王女。そんな王女さまがいらしたのでは、我々は動くに動けなくなる」

サシーニャが

「そうでしょうね」

と笑う。

「ついでに王の子を孕めばグランデジアを手に入れるのが容易(たやす)くなる。バイガスラ王にとっては一石二鳥にも三鳥にも化ける話」


「判っているならどうにかしろ、サシーニャ」

「またわたしですか?」

「そうだ、おまえだ――おまえ、俺の愛人になった(・・・)って事にしろ。リオネンデはサシーニャに夢中で女には目もくれないとでも噂を流せ」

驚いたジャッシフが吸い込んだ息で咳き込み、サシーニャは目を丸くする。


「まったく、あなたという人は、いつも滅茶苦茶言ってくれる……さらにご自分の評判を落とすおつもりだ」

「ベルグ帰りでちょうどよかった。ベルグ行きの間に深い仲になったとでもしろ」

「リオネンデ、虐殺好きで好色だという評判が、虐殺好きで色情魔だか色情狂だかに変わりますよ? なんでもありで見境(みさかい)ないと、そのうち馬をも犯すんじゃないかって言われますよ」


「――馬? 馬はさすがにどうにもできそうにないぞ?」

「えぇ、さすがに馬を孕ませるのはやめてください」

ついサシーニャが笑い出す。そして笑顔のまま頭を抱える。


「確かにリオネンデが言うのも一理ありますね。後宮に間者、間者でなくてもバイガスラの息のかかった者を入れるのは危険です。それにそうなれば、我らが密談するのもままならなくなる」

「そうだろう?」

サシーニャが助けてくれると見込んで、リオネンデの表情が明るくなる。


「では、ジャッシフ」

サシーニャが、見守っていたジャッシフに向かう。

「ベルグ行きの間、宿でリオネンデとわたしは常に同部屋だった。もちろん寝台は別だが」

ここでクスリとサシーニャが笑う。

「それをベルグに同行した五人は知っている。ペリオデラたちを一人ずつ呼んで、こうお尋ねなさい。なるべく周囲に他者のいる場所で」


――リオネンデとサシーニャは同室だったと聞いたが、寝台は別だったか?


「彼らは、部屋に用意された寝台は二台だと知っている。だから、『そうだ』と答えるでしょう。でも、なぜジャッシフがそんなことを聞くのかと疑問に思う。王と王家の守り人が同衾(どうきん)するなど普通では考えられない事です。訊くまでもないのに、なぜ訊くのだろうと」


「しかしサシーニャ」

ジャッシフが異を唱える。

「もし疑問を持ったとしても、彼らがそれを漏らすはずがない」

「そうですね、それでいいのです。ジャッシフ」

サシーニャがニッコリ笑う。


「周囲に他人のいるところ、と言ったはずです。ジャッシフたちの話が聞こえた者たちはどう感じるでしょう? ペリオデラたちの表情を誤解する確率も高いと思いますよ」

「あ……なるほど、うん、なるほど。噂とは、そうやって流していくものなのなんだな」


 納得するジャッシフに微笑んで、サシーニャがリオネンデに向き直る。

「王はしばらくわたしを片時も離さず傍に置くことです」

「わかった。が、小煩いことを言うなよ」

ジャッシフが置いた書状を取ってリオネンデが懐にしまう。


「五年くらい待ってくれ、とでも、その使いの魔術師と交渉しましょう。断ることはさすがに無理です。五年で状況を変えられれば、その時は堂々と拒めばいい。そうできるよう、力をおつけなさい。もちろんわたしもお力添えいたします――五年待てとの交渉は一の大臣マジェルダーナにやっていただきます。そうなるよう誘導いたしましょう」


「へぇ、どうやって? マジェルダーナは受けろと言うと思うがな」

リオネンデの疑問に、サシーニャがにこやかに答える。

「ここでもジャッシフさまのお手をお借りします」


 ジャッシフがぎょっとしてサシーニャを見る。

「俺にどうしろと?」


「マジェルダーナに泣きついて貰います。なぁに、マジェルダーナはジャッシフにとって伯父、泣きつけない相手ではない」

「そりゃあそうだが……なんと言って泣きつく?」


「リオネンデがとうとうサシーニャに手を出した。リオネンデもサシーニャも互いに相手に夢中だ。どうしたらいい? とでも。マジェルダーナがどう判断するか見ものですね」

ここでリオネンデがフンと鼻を鳴らす。


「それが、どうマジェルダーナに縁談を断らせることになる?」

「ただでさえ言うことを聞かないリオネンデ、そのリオネンデを黙らせることができるわたしが取り込まれ、リオネンデの言いなりになっていると聞けば、マジェルダーナは慌てて事の真偽を確かめにわたしに会いに来る。わたしはマジェルダーナにこう言いましょう。リオネンデを温和(おとな)しくさせたいのなら新しい女を連れてくるな、わたしからリオネンデを取り上げるなってね」


 ブッ、とリオネンデが吹き出し、大笑いする。ニヤリとサシーニャが笑い、ジャッシフが呆れ返る。

「サシーニャ、おまえ、だんだんリオネンデに考え方が似てきたぞ」

ジャッシフのボヤきにリオネンデが『やっぱり従兄弟だからかな?』と、さらに笑った。

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