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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第8章 輝きを放つもの

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輝くもの

 リューデントが不思議そうにジャルスジャズナに問う。

「バーストラテを忘れているぞ? アイツも上級魔術師だったのでは?」


 リューデントの疑問に答えたのはサシーニャだ。

「ゴリューナガの監視と補助に付けようと思ってるんです」

「バーストラテを? 以前、ゴリューナガと不仲だって聞いた覚えがあるが?」

「ゴリューナガ、バーストラテを虐めていましたからね。でもそれをゴリューナガは悔いています。修復するいい機会かと。それに、バーストラテはまだまだ伸びしろがある。魔術師としてはゴリューナガのほうが上、きっと彼女は兄から多くを学ぶでしょう」

「なるほど、可愛い教え子を修行に出すか?」

「そんなところです。わたしは過保護気味のようなので」

「おまえの二人の教え子は両極端だよな。一人は出しゃばりだし、一人は引っ込み思案だ」

「個性的とは言えませんか?」

「過保護に納得――で、ジャジャ、魔術師を続けるとして、ワダと一緒になるって話は?」


 茶請けの菓子を食べる手を止めてジャルスジャズナが答える。今日の茶請けは例によってスイテアが溜めこんでいる栗の糖衣掛け(グラッセ)だ。そろそろ処分しないとリューデントから新栗は使わせないと言われそうで焦り始めている。


「この(とし)になって夫を持つことになるとは思ってなかったんだけどねぇ」

と照れるジャルスジャズナ、

「あいつはどうせ、あっちに行ったりこっちに行ったりで落ち着かない。フェニカリデにいるのは月に十日もあればいいほう。わたしゃ、夫の帰りを温和(おとな)しく待つような女じゃないさ」


「住処はフェニカリデにあるワダ所有の宿にするんでしょう?」

栗で口をモグモグさせてチュジャンエラが言う。

「ジャジャって、ワダの留守には酒場で大暴れしてそうだよね」

「それがさぁ、チュジャン。一緒に飲むのはワダの知り合いだけにするって約束させられちゃったんだよ」

横ではサシーニャが、

「知らない連中と飲むこと自体が問題です」

と呆れ顔だ。


「ワダも焼きもち妬くんだね」

とチュジャンエラが笑えば、

「チュジャンは妬かないのかい?」

ジャルスジャズナがニヤリとする。


「妬かないよ。エリザは僕に夢中だから」

「その割にはエリザの尻に敷かれているように見えるのはなぜだろう?」

混ぜっ返したのはサシーニャだ。


「馬鹿馬鹿しいから逆らわないだけです。そのうちサシーニャさまだってそうなりますよ」

ツンと言い放つチュジャンエラ、リューデントがそっと『言えてるな』と呟き、スイテアに睨みつけられ小さくなった――


 その日のうちにポッポデハトスから『王家の守り人の大役、謹んでお受けする』と、いささか(おお)(ぎょう)な申し出があった。すぐさまジャルスジャズナが王家の墓地に赴いて、王廟に伺いを立てている。王廟にはサシーニャも同行した。


 扉が開いた時、始祖の王の笑い声が聞こえたような気がしたサシーニャ、 始祖の王は眠ると言っていたはず、空耳だと思うことにした。


 ジャルスジャズナの解任とポッポデハトスの就任は翌日の閣議で周知された。閣議の最後にはクッシャラデンジが、ジュラーテンの差配の娘を養女としたこと、その養女とサシーニャが婚約したことを報告している。


 それから一月(ひとつき)半ほどで雨期は終わり、フェニカリデ・グランデジアに夏の風が吹き始めていた――


 ジッチモンデ王宮ではジロチーノモがサシーニャからの手紙を受け取っていた。文面に目を落とし、嬉しそうに微笑むジロチーノモ、その様子にテスクンカが少し(むく)れる。


「サシーニャさまはなんと? ジッチモンデにお()でになるとでも?」

「多忙なサシーニャがこんなところまで来るものか――結婚したそうだ」

「誰と?」

「以前から思っていた相手って書いてあるぞ」

「あれ? フラれたようなことを言っていたのに?」

「諦めきれなかったんだろうな。農民の娘をグランデジアの大臣が養女にしてくれたらしい」

「なるほど……サシーニャさまの立場では、ジロチーノモほど勝手はできなかったのですね」

「なんだ、それは厭味か?――サシーニャの相手も平民だったから、わたしたちを後押しくれたのかもしれないな」


 また同じころ、プリラエダ王宮ではスザンナビテ王が妻の姪ドレスティナの訪問を受けていた。ドレスティナは明日、ジョジシアスの妻となるべく、バイガスラに向けて発つ。その挨拶のため訪れていた。


「おまえという話し相手がいなくなるのは寂しいものだ」

「今さらですか? バイガスラに行くことを勧めてくださったのは義伯父(おじ)さまじゃなかったかしら?」

コロコロとドレスティナが笑う。


 サシーニャからの手紙が届いたのはそんな時だった。

「サシーニャさまはなんて?」

「ふむ。我が国の娘をグランデジア王宮に送るのは諦めなくてはならないようだ」

「はい?」

「結婚したそうだよ。相手はグランデジアの大臣の娘、だが養女だ」

「あら、それはお目出たいこと……って義伯父さま、何を笑ってらっしゃるの?」

「いいや、サシーニャのヤツ、思う相手がいるのに嫁を世話しろなどと言っていたんだ、と思ってな――まったく、油断のできない男だ」


「思う相手?」

「どうか内密にと書かれているが、相手の娘は自領の農民なんだと。国王の許しが得られず悩んでいたらしい」

「それで大臣の養女に? そうですか」


 ドレスティナもクスッと笑う。

「真っ直ぐなサシーニャさまらしいわ」

「おや、ドレスティナ、サシーニャは真っ直ぐか?」

「えぇ、嘘の付けないかた。その分、誤魔化すのはお上手ですけど」

そんなもんかね、とスザンナビデが苦笑した。


 バイガスラ王宮にもサシーニャの手紙は届いている。

「サシーニャにも()()()嫁の()()があったらしいぞ」

ジョジシアスが一人きりの居室で誰かに話しかける。いつもの悪い癖だ。

「ふむ……」

誰もいないことを思い出し、溜息を吐く。


 まぁいいか……明後日には婚約者がこの王宮に到着する。その翌日からは妻が話し相手になってくれるだろう。穏やかな日々がきっと待っている。


 バチルデアでサシーニャの手紙を受け取ったのはララミリュースだ。グランデジアからの手紙と聞いて国王アイケンクスも両親の居室に来ていた。


 何を言ってきたのかと、びくびくしながらララミリュースが読み上げる。実はルリシアレヤはフェニカリデにいる。そんなことが書いてあったらどうしよう……それは見守っているエネシクルとアイケンクスも同じだ。

「王女さまのご逝去、お悔やみ申し上げます――ですって」


 サシーニャの手紙はありきたりなお悔やみの言葉が続いている。それを淡々と読み上げるララミリュース、が、ふと声が途切れた。


「どうしたんだ?」

心配したエネシクルがララミリュースを覗き込む。

「いや、それが……」

ララミリュースが夫を見詰める。

「グランデジアの大臣のお嬢さんとご結婚なさったそうです」

「……サシーニャが、か?」

「はい……」


 憤りを見せたのはアイケンクスだ。

「なんだって? ルリシアレヤはどうなった? 捨てられたと言う事か!?」


 エネシクルがララミリュースの手から手紙を取って読み始める。

「ふむ……」

そしてララミリュースと頷き交わす。

「アイケンクス、落ち着け」

「しかし父上!」


「サシーニャはグランデジアの王子。だが、報せてきたのは王宮ではなくサシーニャ本人、しかも国王であるおまえではなく、ララミリュースにだ」

「それがなんだって言うのですか?」

(おおやけ)にできない話があるからだとは思わぬか?」

「公にできない話?」

「大臣の娘と言っても養女、しかも農民の娘だと書いてある」


「農民の娘? ルリシアレヤを捨てて農民!?」

「偶然にもルリシアレヤという名だそうだ」

「はぁ!? どこまで馬鹿にする気だ!?」

「同じ名の人物など幾らもいるだろう。怒ることではない。むしろわたしは喜んでいる――なぁ、ララミリュース?」

「はい……是非その娘さんには幸せになって欲しいものです」

「母上まで……ルリシアレヤを哀れと思わないのですか?」


「同じ名を単なる偶然とは思えない、これが運命だったのだろうとサシーニャが言っている。いつか、『わたしのルリシアレヤをお見せしたい』とまで書いてある」

「サシーニャを見損なっていた。新しい女に夢中か!?」


「見損なっているのはおまえだよ、アイケンクス。わたしたちのルリシアレヤは死んだ。そしてサシーニャのルリシアレヤに生まれ変わった。判らないのか?」

「えっ? いったい何を(おっしゃ)っているのですか?」

不思議そうなアイケンクスに、エネシクルは答えない。


 傍らではララミリュースが瞳を潤ませている。

「お祝いは、何がいいかしら?」

その呟きにエネシクルが言った。

「贈り物に添える手紙はサシーニャあてで……『王女ルリシアレヤの分も、あなたのルリシアレヤと幸せになって欲しい』と伝えてくれ」


 そして時は人々の思惑などお構いなしに過ぎていく。夏が終わり、秋が過ぎたころ、グランデジア国リューデント王は王子を授かっている。やや早産だったが母子ともに健康……早産というのは表向きで、月満ちての出産、知っているのはリューデントとサシーニャ、そしてワダの妻となったジャルスジャズナの三人だけだ。


 少し前にエリザマリも出産していて、こちらは女の子だった。リューデントとチュジャンエラは自分の子のほうが可愛いと影で自慢していて、同意を求められるサシーニャは話をそれぞれに合わせるものの、呆れ果てていた。


 春が顔を見せ始めて早々、バーストラテがモリグレン領ボポトリスに赴いた。サシーニャに(めい)じられて、領主にして魔術師のゴリューナガを監督し手助けするためだ。モリグレンをゴリューナガに領有させる際に編入されたボポトリスには、国営の孤児収容施設を建設することが決められている。


 ハルヒムンドはモリグレン領兵隊長としてその半年前に仕官していて、バーストラテが来るのを心待ちにしていたようだ。


 そして(かろ)やかな春から、雨が降り続ける雨期が約束通り訪れて、そしてそれも終わった――


 差し込む朝の光にサシーニャが目を覚ます。この一年、街館の寝室では身体を丸めて眠ることが無くなった。膝を折れば隣に眠る人に当たる。その存在に安心し、再び眠ることができたからだ。


 愛しい人はまだぐっすり眠っている。ふと思いついて鼻を摘まむと、フン、と(うめ)いてからルリシアレヤがパチッと目を開けた。


「もう! 何するのよ?」

「おや、摘まむところを間違えたかな? こっちのほうが良かった?」

「こら、サシーニャ!」


 鼻から離れて首より下に伸びていくサシーニャの手をルリシアレヤが軽く(つね)る。

「今はダメ、もう起きなくちゃ」

「ったく、せっかくの休みなのに」

そう言いながらもサシーニャが身体を起こし寝台に腰かける。


「だったら行くのをやめる?」

「ご冗談を、何人から怒られることか」

「あぁら、サシーニャが怒られたくないのは、三人の美女でしょう?」

ルリシアレヤも体を起こしながら言う。

「うーーん、確かに三人とも美女だなぁ」


 笑うサシーニャにルリシアレヤが拗ねる。

「ばかっ! こんな時は『おまえが一番美人だよ』って言いなさい」

「えぇ? 嘘を吐くなって言われてるのに?」


 さらに笑うサシーニャの背に、泣きそうなルリシアレヤが寄り掛かる。すると目の前にうっすら見える痣、つい唇を寄せ、後ろからサシーニャにしがみ付いた。

「もう、サシーニャの意地悪……ねぇ、今日は出かけるのやめようよ」

「うん? そうはいかないのは判っているだろう?――放してくれないかな? 特に握るのはやめて欲しい」

「いやよ――その気になってきたでしょ?」


 サシーニャが苦笑して立ち上がれば引っ張るわけにもいかず、ルリシアレヤが手を放す。

「ちょっと迷ったけど、やっぱり出かけよう。今日は会いたい人が来る。ルリッシュだって会いたがってたよね……続きは帰ってきてからってことでどう?」

「約束よ?」

「約束が好きだなぁ」

約束なんかするとロクなことにならないと思いながら『判ったよ』とサシーニャが微笑んだ。


 雨期が終わったばかりのフェニカリデの街は華やいで、多くの人がそぞろ歩いていた。その中を馬車はゆっくりと進んでいく。停まったのは最近できたばかりの建物の車寄せだ。見ると、少し先に着いた馬車から見慣れた二人連れが降りているところだった。二人は(うやうや)しく出迎えられている。

「リューデントさまとスイテアさまですね」

馬車に同乗してきたチュジャンエラが呟いた。


 先客を出迎えていた二人の男が、今度はサシーニャたちの馬車を出迎える。二人の男……ワダとモスリムだ。

「立派な作りですね」

サシーニャが微笑めば、

「グランデジア一、いいえ、この大地一の興行場と言われるよう頑張りました」

モスリムが答えた。


 グランデジアに限らず、曲芸や芝居を見せる一座は多い。どの一座も旅から旅へと移動し、その場限りの小屋を作って公演していた。ワダはそんな一座に作り付けの舞台を貸すことを思いつき、今日はその興行場の(こけら)()としだ。公演するのは曲芸一座ガンデルゼフト、きっとジャルスジャズナは開場時間よりずっと前に来て、楽屋に行っていることだろう。リューデント・サシーニャ・チュジャンエラは、それぞれの妻とともにワダから招待されている。


 馬車を降りたところで待っていたリューデントたちとともに、ワダに案内されて中に入る。正面に広い舞台が設えられ、ぐるりと取り巻く客席は満席のようだ。

「今日はね、みんな招待客なんだ」

ワダがポツリと言った。


「カルダナやモリグレンで働いてる連中とその家族を招待した。多少ガラが悪いかもしれないが、ま、あんたたちは王族だの貴族だのって言っても、そんな事を気にしないだろう? もちろん、ここは特別席で特等席、ゆっくり楽しんでくださいませ」

そう言うとワダは準備があると言ってどこかに消えた。六人の席は他より数段高い位置、舞台の正面に設えられていた。


 席に着くと女たちはすぐにお喋りを始めた。王子にはもう歯が生え始めただの、(うち)の娘はやっと寝返りを打ったわ、などと子どもの話が多い。話しに入っていけないルリシアレヤがわざわざ席を立ち、少し離れたサシーニャの傍に行くと

『約束だからね!』

と耳打ちした。ぞっとするものを感じながら、サシーニャは頷くふりをしてソッポを向く。


 何も気づいていないチュジャンエラがサシーニャに話しかける。ルリシアレヤは女たちの輪の中に、さっさと戻っていった。

「僕、曲芸って初めて見るんです」

「わたしもだよ?」

「俺もだぞ?」

リューデントも横から口を挟んできた。


「楽しみです。ワクワクしてます」

「枠って言えばこの枠にはあと三つ席があるが?」

「そっちですか、リューデントさま」

「一つはジャジャなのでは?――あ、来ました」


 少し上気したジャルスジャズナが

「わたしの可愛い娘たちが、飛び切りの芸を見せるよ。みんなピカピカ輝いてる。楽しんでおくれよ」

と笑う。そしてスイテアに『こっちに座って』と呼ばれ、お喋りに加わっていった。


「あとの二つは?」

「バーストラテとハルヒムンド、だろうね」

サシーニャの答えにチュジャンエラが驚く。


「モリグレンから?」

「バーストラテは王宮への定期報告を持参するってことで。ハルヒムンドを護衛につけるよう、ゴリューナガに頼みました。まぁ、休暇です」


 二人が来たのは開演直前だった。挨拶もそこそこに女たちの群れに引き込まれたバーストラテ、取り残されたハルヒムンドはグランデジアの貴人たちに囲まれて恐縮する。会いたい人――バーストラテの笑顔を見ただけで、サシーニャは満足していた。


「今日の客は俺たち以外は工夫(こうふ)とその家族だってワダが言ってた」

リューデントがポツリと言った。

「ここは身分も地位も関係なく、公演を楽しむところだ。しっかり楽しむんだぞ、ハルヒムンド」


 女たちの輪の中ではバーストラテが冷やかされている。

「ハルヒムンドとはどうなっているの? アイツ、優しいでしょ?」

中でも執拗(しつこ)く聞き出そうとするのはルリシアレヤだ。本当は幼馴染のハルヒムンドを冷かしたい。でもサシーニャの手前もあって、それはできない。

「どうも何も……何をお話したらよいのやら?」

要領を得ないバーストラテ、それでも頬は薄紅色に染まっている。


「付き合ってるんでしょう? 恋人なんでしょう?」

「えぇ、まぁ、そんな感じで……」

「やっぱり優しいから付き合うことにしたの?」


 ところがバーストラテは否定した。

「きっとそうではないと思います」

「それじゃあなんでよ?」

「初めてハルヒムンドさまを見た時、笑顔がキラッと輝いて見えたんです」


 公演が始まるようだ。華やかな音楽が聞こえてきた――

第八章 終了 = 【完結】

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