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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第8章 輝きを放つもの

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最後の秘密

 その日、フェニカリデ・グランデジアは霧雨に包まれていた。雨期が始まろうとしている。


 王宮内にある王族の墓地――王位に就くことのなかった王子たちとその妃が眠る墓地で、新たに掘られた墓穴に木棺が静かに降ろされた。それを眺めているのはリューデント王、王子サシーニャ、王家の守り人ジャルスジャズナ、 魔法を使って埋葬しているのは次席魔術師チュジャンエラだ。サシーニャは魔術師ではなく王子として参列している。


「これで良かったのか、サシーニャ? モリグレンの荒野に放置してもいいと言ったのは冗談じゃなかったんだぞ?」

「わたしが言った冗談を真に受けられては困ります。それに、その話は事実を知る前のこと……はっきりとした素性が判った今、ここに埋葬するほかありません」

木棺に土が被せられ、だんだんと見えなくなる。


 スイテア王妃の懐妊が公表された二日後、予定通りに恩赦が行われ、猛獣飼育地域の地下牢は閉鎖することになった。それが昨日の事だ。ノリガゼッツはピカンテアに向かって旅立っていった。


 地下牢に残されているのは既に死して一月(ひとつき)以上が経とうというモフマルドの遺体だけだ。木棺に納めたものの埋葬先が見付けられずにいた。防腐魔法は使っていない。


 どんな罪人であろうとも土に返すべきと、サシーニャが判断したからだ。その代わり木棺に魔法をかけて、内部からの流出を防いでいる。それがなければ木棺は染み出したものとともに朽ち、周囲に腐臭を漂わせていたことだろう。埋葬が終わり次第、その魔法は解くことにしている。


 棺が土に覆われ完全に見えなくなるとジャルスジャズナが呟いた。

「モフマルドが王族だったとはね……」

それには誰も答えない。サシーニャもリューデントも、複雑な心境を持て余していた。


 モフマルドの素性を明かしてくれたのはクッシャラデンジだった。ルリシアレヤの件で来たものと思っていたサシーニャは

『モフマルドという魔術師をご存じないか?』

と問われて、思わず顔色を変えてしまった。


 なぜクッシャラデンジがその名を口にする? 隠していた罪人の存在を知り、詰問するために来たのだろうか? だとしたら隠せば藪蛇(やぶへび)だ。

『その男、バイガスラ王ジョジシアスを(そその)し、グランデジアを陥れる画策をしておりました』


『金貨紛失・樹脂塗器の焼失に関する報告書にあった〝側近〟なのでしょう? 名はモフマルドだと、チュジャンから聞いている……所在を教えていただけないだろうか?』

『尋問し、罪状をはっきりさせてから閣議にかけるはずでした。が、その尋問中、自らの衣装の袖に仕込んであった毒を飲み、落命しました』


『なんと?』

クッシャラデンジの顔が蒼白になる。

『死んでしまわれた……』


『どこに埋葬するか判断つかず困っております――魔術師の塔の見習いになるまでは王宮にて養育されていたと判っています。貴族であることは間違いないと思うのですが、縁者をご存じありませんか?』


 クッシャラデンジがサシーニャを見詰める。そして諦めたようにこう言った。

不憫(ふびん)なおかただった――モフマルドさまをグランデジアから追放するとき、当時の国王はどれほど心を痛めたことか……』

『モフマルド〝さま〟?』


『……サシーニャ、モフマルドさまはあなたの伯父に当たる』

『えっ?』

『クラウカスナさまの父ぎみナッテシムさまが農民の娘との間に設けた子、それがモフマルドさまだ』

『いや、それは?』

『娘は王のブドウ園で働いていた孤児だった。若かったナッテシムさまは娘と恋に落ち、深い仲となった。だがそれは許されることではなかった――二人は引き裂かれ、ナッテシムさまは定められたお相手とご結婚された。レシニアナさまとクラウカスナさま、二人のお子を得たのは知っての通りだ』


『モフマルドは幼いころ王宮に連れて来られたと聞いています。それまではどうしていたのでしょうか?』

『娘は法外な慰労金を渡され、王のブドウ園を出された。その時すでにナッテシムさまの子を宿していたのだが、娘はそれを告げることなくブドウ園を去ってしまった。判っていれば後宮に入れることもできない話ではなかったのにな』

『それで?』


『娘は一人でモフマルドさまを育てるつもりだったようだが、重い病に(かか)り命が尽きることを悟った。案じられるのはモフマルドさまのこと、そこで唯一、王宮への()()であるわたしの父に相談の手紙を寄こし、頼ってきた』

『それでクッシャラデンジさまの父上がモフマルドを引き取って王宮に?』


『そう言うことです……それを見届けるといくらも経たないうちにモフマルドさまの母親は他界したらしい――出生を知っているのはナッテシムさまとわたしの父、そしてわたしの三人だけ。当時モフマルドさまは七歳、わたしは十二歳、父はわたしにモフマルドさまのご身分を決して漏らしてはいけない、だが、でき()る限りモフマルドさまの力になるようにと言い付けた。いずれは自分もこの世を去る、そのあとのモフマルドさまが気掛かりだったのでしょう』


『……つまり、わたしの母の異母兄?』

『そうなりますな――モフマルドさまがレシニアナさまに恋い焦がれ、その結果グランデジアを追放されたのは知っているでしょう? あの時、ナッテシムさまはどれほどレシニアナさまとは異母兄妹なのだと告げたかったことか。王女への乱暴は死罪をも覚悟しなければならない罪、それを免じたのは温情であり、国外追放としたのは、離れればモフマルドさまも別の恋を見つけるだろうとのお考えから……そして王宮に置いておけば、モフマルドさまへの報復を考える輩が出て来ないとも限らない。いろいろと考えての追放だった』


 クッシャラデンジから聞いた話をサシーニャはリューデントに報告している。さらに復讐の全貌を知っているチュジャンエラとジャルスジャズナには打ち明けた。二人の魔術師は驚き、あれこれ感想を述べたが、リューデントは『そうか』と呟いただけだった。そして『王族の墓に葬ってやれ』と迷うことなく決断した。


 霧雨の中、王族の墓地に新しい墓標が立った。だがその墓標には銘がない。グランデジア王家の名鑑にモフマルドの名は記載されていない。


 リューデントが墓標を見詰めて言った。

「不思議なものだ――我ら従兄弟は伯父の二人と……」

言葉はそこで途切れた。サシーニャがその続きを催促することはなかった。

「終わりました……帰りましょう」

チュジャンエラの声に促され、四人は王族の墓地を去っていった――


 霧雨は降り続く。何もかもがしっとりと濡れていく。音までも濡れているようだ。


 仮王妃宮・王の居室に落ち着くとリューデントがサシーニャに尋ねた。

「それで、肝心のルリシアレヤはいつフェニカリデに?」

「今朝早く、迎えの馬車を行かせました――バーストラテにお願いしています」

「ならば今日中には到着する。街館のほうに?」

「そのまま街館で暮らすことにしようと考えています」


一安心(ひとあんしん)ね」

熱い茶の椀をテーブルに置きながらスイテアが微笑む。チュジャンエラとジャルスジャズナも同席している。


「で、王子の成婚だ、披露目はどうする?」

「王妃さまがご懐妊なさっているのです。こちらは控え目がよろしいかと――国内は触れを出すとして、諸外国には各国王あてに私信としてお知らせするだけにいたしましょう」

「ジロチーノモが祝いの品を贈ってきそうだ」


 苦笑するサシーニャ、

「どうしてもというなら街館にお届けくださいと、ジロチーノモさまにはお願いしてあります」

と言えば、

「あくまで個人の祝事としたいわけか?」

リューデントが愉快そうに笑う。


「まぁ、そうだな。王家として披露目をすれば、妻の出自も明かさなくてはならなくなる。それも面倒だ」

上流貴族(クッシャラデンジ)の養女と言っても元は農民の娘ですから」

「クッシャラデンジはそれで納得したか?」

「王と相談して決めていいとのことです――すべて事情を察してのお申し出、まだまだ元気ですし、首根っこを押さえられたと思っていたほうがよさそうです」

「クッシャラデンジが(しゅうと)と考えると、少し気の毒な気がするぞ」


 気の毒に思っているよりも明らかに面白がっているリューデント、それでもすぐ真面目な顔に戻る。

「まぁ、国内はどうとでもなる。問題はバチルデアだな」

「自ら王女は死んだと言い出したのです。何も言ってこないと考えています」

「だが、アイケンクスあてに私信を出すのだろう?」

「バチルデアに関してはララミリュースさまあてにしようかと。王女のお悔やみを兼ねて」

「なるほど、王宮とは別に、か」

「バチルデア王女の後見人だった者として……不自然さはないものと思います」

「まぁ、サシーニャに任せる。考えがあるのだろう?」


 曖昧な表情を見せただけで答えないサシーニャ、話しはジャルスジャズナへと移っていく。

「それでポッポデハトスは王家の守り人を引き受けてくれたのか?」

「暫く考えたいとの返事です」


 黙って聞いていたジャルスジャズナが遠慮がちに言った。

「あの(じい)さん、引退を考えていたんだ。やっぱりサシーニャ、ちょっと無理があるんじゃない?――腰も痛むみたいだし、田舎に引っ込んで孫たちとのんびりしたいって言ってた」


 それにはサシーニャ、ニヤリと笑うだけで何も言わない。が、チュジャンエラが

「ポッポデハトスの口癖は『孫と暮らしたい』と『若いモンには負けない』なんだよ、ジャジャ。でもさ、さすがに(とし)で、重い鍋とか持つのは(つら)いらしいんだ」

「あぁ、そう言えば、よくそんなこと言ってる」

「ってわけで、サシーニャさまは引き受けてくれるって見込んでる」


 するとサシーニャが、

「ポッポデハトスの魔力は衰えていません。それを生かさないのは惜しい、と言ってみました。引退はもっと活躍してからでも遅くはありませんよと、さらに(くすぐ)っておきました」

と言えば、リューデントが

「でも、すぐに〝ウン〟とは言わない。嬉しいくせに、仕方ないからってことにしたいんだろう。あの(じい)さんらしいな」

と笑う。


「で、ジャジャ、守り人は辞めるけど、魔術師は辞めないんだって?」

「あぁ、サシーニャに居てくれって頼まれたら、見捨てられないさ。ゴリューナガは戻ったけどモリグレンに付きっ切りになるだろうし、上級魔術師は手いっぱい、フェニカリデに常駐できるのはサシーニャとチュジャンの二人、実質その二人は魔術師の仕事って言うより内政で忙しい。もう(しばら)く魔術師でいるさね」


 するとリューデントが首を(かし)げた。

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