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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第8章 輝きを放つもの

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始祖の王の告白

 すでに照明が落とされた蔵書庫、それがサシーニャが入るなり一斉に燭台に火が灯された。もちろんサシーニャの魔法ではない。しかも、常に開け放たれている扉がばたりと閉ざされた。

(閉じ込められた?)

いつになく蔵書庫は魔力で満たされている。この魔力は始祖の王のものか?


 どうしたものかと思う間もなく、書架から本が飛び出してユラユラと宙を彷徨(さまよ)い始めた。そう言えば、蘇りの奇跡が起きた時も、蔵書たちが大騒ぎしたと、チュジャンエラとジャルスジャズナが言っていた。王家の墓で奇跡を見届けたチュジャンエラたちが蔵書庫に戻ると既に静まり返り、書籍の傷も修復されていたと聞いた。


 その時と同じことが起きているのか?……サシーニャが俄かに緊張する。そのうち、一冊の本がサシーニャの目の前で止まり、他はまた書架に戻っていった。目の前に浮かんだ本を手に取ると、イニャの本だった。


 サシーニャが本に触れた途端、蔵書庫に声が響いた。

『イニャの言葉を理解する知恵を手に入れたようだな』

「始祖の王?」

思わずサシーニャが問う。


 声は耳から聞こえている。だがきっと、蔵書庫の外には漏れていない。サシーニャにしか聞かせる気はない。だから扉を封じ、他の誰かの入室を防いだ。扉は誰が開けようとしても、おそらくサシーニャでさえも開けることはできないだろう。


『サシーニャ、おまえの祖父母がこの大地に漂着した時から、この日を、イニャの言葉を伝える日が来ることを待っていた。伝えるのは本来ならばおまえの祖父母のはずだった。だが、あの二人は自分たちの持つ魔力を隠してしまった。そしてでき()る限り魔術師を避けていた』

「えっ?」


『一つ教えてやろう。イニャの同族は誰もがみな、魔力を持って生まれてくる。その魔力はわたしの魔力とはまた別の物だった……生まれつきの魔力、そして成長とともに力を増していく――』

「嘘だ! 祖父母は魔術師ではなかった。父もだ!」


『グランデジアの魔術師たちを恐れ、隠したのだ。魔力の異質さは迫害を招くと、おまえの祖父は考えた。イニャの同族は己の魔力を隠す力に秀でている。おまえもその力を最近手に入れたようだな――グランデジアで生まれる魔術師はすべてわたしとイニャの血を引いている。だが、イニャの血は薄れ、グランデジアの魔術師たちは、おまえの祖父母と同じ魔力が己に潜んでいることに気付けなくなった。自分たちと大きく違う者が迫害されることは、サシーニャ、おまえなら身に染みて知っているはずだ』


「しかし……では、わたしは? わたしが魔力を有することを、なぜ父は(おおやけ)に?」

『おまえの母親はグランデジア王家の生まれ、その息子が魔力を持って生まれたとしても、誰も不思議と思わない――おまえたちが〝能力過多〟〝能力膨張〟と呼ぶ現象は、その者に流れるイニャの血が引き起こすものだ。時にイニャの魔力はわたしから受け継いだ魔力と衝突を起こす。それが能力超過や膨張がその者の命を奪う原因だ……わたしとイニャに子が二人しか授からなかったのは魔力の衝突が、母体と胎児に悪影響を及ぼすからだ』


「神官たちはあなたが堕胎させたと言っていた」

『堕胎させなければイニャの命が危うかった』

「乳を飲む我が子に嫉妬したというのは?」

『乳飲み子は無意識に魔力を放つことがある。イニャを守っただけだ――二人の王子を守るため、二つの魔力が衝突することは明かせなかった。膨大な二つの魔力を持つ王子、恐怖に支配される者が出るのを案じた』


 微かに始祖の王の笑う声、

『まぁ、確かに少しは嫉妬した……イニャは王子たちに夢中で、わたしを放っておくことが多くなった。だが、そんなイニャも愛しかった』

独り言のように始祖の王が呟く。


 おまえが生まれた時……と始祖の王が話を再開した。

『シャルレニはおまえの魔力を隠しきれないと判断し、おまえの母親の弟だけには打ち明けた。おまえの〝能力膨張〟は起こるべくして起こるもの、だからおまえの魔力は封印されることがなかった。イニャの同族にとっては当たり前のことだ』

「……」


『おまえの背にある鳳凰(ほうおう)についても話してやろう。グランデジアの王族に時おり現れる鳳凰の(しるし)、あれはイニャの呪いだ』

「呪い?」

『イニャの同族たちは、子が生まれるとその能力に応じてあの刻印を施した。戦闘に()けた者には赤い刻印、指導者として優れた者には青い刻印、白い刻印はすべてを凌駕する者に』

「すべてを凌駕するとは?」


『すべてを内包し、すべてを許し、すべてを生かす。(いや)しと命の、魔力というよりも能力、それが白い刻印の意味。だがそんな能力を持った者はイニャの大地でも滅多に生まれなかった。伝説だと思われていた。だが、イニャは生まれた。そしてイニャは追放された』

「どういうことだ?」


『生まれてすぐは大事にされた。だが人々はどんどんイニャに魅了されていく。そんなイニャの存在に、イニャの兄たちは危機感を覚えた。イニャが次の王に指名されるのではないか?』

「イニャは王女だった……」


『そうとも。サシーニャ、おまえの祖父はイニャの生まれた地の王族。遠くなったとは言えイニャの血縁。だからこそおまえの祖父にイニャの伝言を託したかった。が、これで良かったと今では思っている。祖父ではなく、おまえこそイニャの伝言を受け取るのに相応(ふさわ)しいと思っている』

「……わたしの身には余るのでは?」


 サシーニャの疑問に始祖の王は答えず、話しを続けた。

『イニャが十になる頃、兄たちが共謀してイニャを海に流した。イニャの同族は海では魔法が使えない。大地に根付いた魔力だからだ――おまえも海上では魔法が使えなかっただろう? それに大地に作用する魔法が得意。おまえは二つの流れを持つ魔力を有しているが、イニャと同じ魔力のほうが強い』


 バイガスラに金貨を受け取りに行った際、帰りは船を利用したことをサシーニャが思い出す。遠隔伝心術が繋がらずチュジャンエラが随分と心配していた……


『そしてイニャはわたしが開いたこの大地に流されてきた。浜に打ち寄せられた小さな舟に横たわる少女を見て、どれほど驚いたか……少女の存在にも驚いたが黄金の髪を見たのは初めてだったのもある――幸い少女は生きていた。揺り起こすとわたしを見て、〝助けて〟と言った……初めて聞く言葉だった。通じていないと気づくとイニャは、すぐに我らの言葉で語り始めた。全てを内包しているイニャの能力なのだと、あとで知った』


 黒髪、せいぜい茶色味が掛かる程度の髪しか見たことがなければ、黄金の髪に驚いても無理はないとサシーニャが目を伏せる。


『すぐに連れ帰り介抱した。そして兄たちに追放された話を聞いた。わたしと同じだと思った』

「始祖の王と同じ?」


『なぜわたしがこの地を目指したか? わたしもまたイニャと同じ、兄弟に(うと)まれて生まれた地を出たのだ。王位を狙う野心などないと言っても聞く耳を持たぬ兄、国の乱れを避けるため、わたしを慕ってくれる者だけを引き連れて、自ら生まれた大地を離れた。追放されたわけではないが、気持ちはイニャと同じだった』


 王族に生まれた者の定めか? サシーニャの父も王位争いに息子(サシーニャ)が巻き込まれるのを防ぐため、鳳凰の(しるし)を隠そうとした――


『同情したわたしはイニャを保護し、手元に置いて養育すると決めた。得体が知れないものを傍に置いてはいけないという声は無視した。そんな事を言う者も、やがてはイニャに魅了されていった。イニャは無意識のうちにその能力を周囲に作用させてしまう、みなの心に温かな風を吹かせていた――そして一番イニャに魅了されたのはわたしだった。いつしかイニャに恋心を抱いていた。イニャは生き甲斐であり、わたしを癒してくれる唯一の存在だった。イニャへの恋慕を自覚するものの、自分からは言い出せはない。わたしはイニャの養育者だ。どの(つら)()げて妻にしたいなどと言えるのか?』


 再び始祖の王が笑う。自嘲の笑いか、それとも違う何かか?


『そんなわたしに勇気をくれたのはイニャ自身だった。十七になった祝に何が欲しいと訊いたわたしに、イニャは答えた。〝命を救ってくれ、大事に育ててくれた。そんな人を好きになっては可怪(おか)しいのでしょうか? いつになったらわたしの気持ちに気付いてくれるのですか?〟……わたしを見詰め尋ねるイニャは、この娘はこれほど美しかったかとわたしに思わせた。気が付いたら妻にと請うていた』

またも笑う始祖の王、これは照れ笑いだろう。


 白い刻印を初めて目にしたのは初夜だったと始祖の王が言った。


『こんな傷を見せたくなかった、恥ずかしいとイニャが泣いた。この刻印を呪っているともイニャは言った。どうしたらイニャを慰められるだろう? わたしはイニャの刻印を祝福し、魔法をかけた。我らの子孫にはこの刻印と同じものを持つ者が時として現れるだろう。それは祝福であり、我らの力を強く受け継ぐ者の証だ……イニャは驚きわたしを止めようとしたが、すでに魔法は発動されていた。暫く後に生まれた双子の一人は青い(あざ)、もう一人には白い痣が現れた。イニャの刻印と同じ形だった――呪いだと思うか? 祝福だと思うか? おまえとリューデントに現れた痣は、イニャの恨みとわたしの祝福が込められている。どちらになるのか、きっとそれは生き方次第だと思うのは、わたしの身勝手だろうか?』

始祖の王にサシーニャは答えなかった。どう生きていくかでそれを示せと言われているのだ。


 黙ってしまった始祖の王にサシーニャが尋ねる。気配はまだ続いている、始祖の王はここにいる。

「バイガスラに三羽の鳳凰が現れたのは、あなたの魔力によるものでしょうか?」

フッと感じたのは始祖の王の溜息だろうか?


『やはり気が付いていなかったか? 三羽の鳳凰を呼んだのは、サシーニャ、おまえ自身だ――両親の仇を打つべきという思いと、おまえが持つすべてを許す能力、その二つが(せめ)ぎ合い、迷うおまえが答えを求めて鳳凰を呼んだ。モフマルドを闇に陥れることをおまえは良しとしなかった。それが答えだ』


「魔力を持たないリューデントに鳳凰の(しるし)があるのはなぜでしょうか?」

『鳳凰の(しるし)は魔力の有無を示すものではない。だが、(しるし)自体は魔力を持っている。時に持ち主を助け、(いさ)める――判っているのに訊いたのだろう?』

愉快そうな始祖の王の笑い声が響いた。


 笑い声は蔵書庫の隅々に広がり、眼差しに変わったとサシーニャが感じた。始祖の王はわたしを見ている――


『サシーニャよ、わたしとイニャの末裔の一人、そしてイニャと同族の血を濃く受け継ぐ者よ。おまえにイニャの伝言を託そう。その伝言をどうするのかも、おまえに任せる。イニャを思い出させる姿のおまえなら、イニャの心を汲み取ることもできるだろう。そしてグランデジアで生まれ育ったおまえなら、わたしの気持ちも理解できると信じている』


 夜明けまで時間をやる。日の出とともにイニャの本は返して貰おう。そして二度と誰の目にも触れさせない――この言葉を最後に始祖の王の気配が消えた。

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