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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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異大陸の王子

 サシーニャの祖父母はグランデジアの民ではなかった。海を渡り、はるか遠い国から来たのだと聞く。グランデジアがある大陸とは別の大地、そこにあった(・・・)国の王族、しかしその国は隣国に攻め滅ぼされた。若い王子は妻を伴い、敵の(やいば)から(のが)れるため海に身を投げた。どれほど海を漂ったかは判らない。気が付けば、黒い髪に黒い瞳、淡褐色の肌、聞き覚えのない言葉で話す人々に取り囲まれていた。漂流していた王子と妻は、どうやら漁船に拾われたらしい。


 彼らがゴルドントという国の漁師たちだという事を理解できたのは、船が港に入った時だった。見たことのない文化、未知の大陸に来てしまったのだと、悟った。


 連れていかれたのは港を仕切っている男の屋敷、ふんぞり返った横柄な態度、王子は(にわ)かに緊張する。あの男の目、わたしの妻を見るあの目は、妻を己のものにしようと企んでいる。


 幸い拘束されていなかった。隙をついて近くにいた男の腰から剣を奪い、妻の手を引いてその場を逃れた。逃げ込んだ先は馬小屋で、そこで馬を盗んで逃げた。


 追手は全て漁師だったようで、すぐに馬で追いかけてきたが逃げ切るのは容易(たやす)かった。


 だが、どこへ逃げたらいい? まったく土地勘がないうえ、言葉も判らない。それよりも、ここの民たちの髪も目も黒く、肌は淡褐色だ――王子とその妻は、金色の髪に青い瞳、そして白い肌をしていた。


 どこに逃げようと隠れようと、この容姿では逃げ切れない。なんとか永らえた命だけれど、見つかれば捕らえられる。殺されるなだけらまだしも、妻は辱めを受けるかもしれない。誇り高き王の血を継ぐ者の妻を凌辱させてなるものか。


 人の目を避けるため、(おび)える馬を(なだ)めすかして山に分け入った。だが、夜の訪れとともに、人間よりも恐ろしい獣たちが今度は我らを襲うだろう。しかも獣たちには隙がない。隙を見て逃げるのは難しい。


 木立を透かして見ると、草原が見える。その先に光るのは泉か? 考える間もなく王子は馬を光へ向かわせる。


「!」


 気付いた時には遅かった。その草原、今まさに、両軍がぶつかろうかという(いくさ)の場、対峙するその狭間に王子は馬を躍らせていた。


 誰かの怒号とともに、近くの軍勢から数名の兵士が馬を走らせ、王子を囲む。槍を突きつけられ、剣と手綱を奪われる。何か言っているが、なんと言っているのだろうか?


 そのまま手綱を引かれ、軍兵の中、後方に連れていかれる。そこには上層部と判る上等な(よろい)を着た数名がいて、王子に近寄ってきた。そして馬から降ろされる。


 何かを尋ねられたが答えられない。すると、首を振り、また尋ねてくる。違う言葉だという事だけは判る。だが、何を訊かれているかは判らない。


 何度か繰り返された後、後ろにいた一人が急ぎ足で近寄ってきた。そして妻の足を指さす。


 血だ。妻が血を流している。指さした男が何か早口でまくし立てている。そこに三人の女が現れ、妻を連れて行こうとする。抵抗し泣き叫ぶ妻、取り返そうとする王子の肩に男が手を伸ばす。そして妻を連れて行こうとする動きが止まる。肩に手を置いた男が王子に(うなず)く。


 任せろというのか? 王子の怒鳴り声に、王子を見詰めたまま、またも男が頷く。男が何か言い、近くにいた別の男が石板とチョークを持ってくる。


 男は石板に円を描き、そこに真直ぐな線を何本か加えた。どうやら人を示しているようだ。さらに腹にあたるところに半丸を描く。


 妊婦? 妊婦……妻は子を宿していた? あの血は子が流れたという事か? 崩れそうになる王子を男が支えた。そして少し歩かされ、椅子に座らされる。妻は女たちに宥めすかされ連れていかれた。男は熱い茶が入った杯を王子に手渡した。


 その草原での戦は単なる小競り合いと王子は後で知った。王子を助けたのはグランデジアのその時の王太子、彼は王子たちを王宮に連れ帰り、客として扱うように指示を出した。


 幸い妻に宿った子は助かり、王子が日常会話に不自由しなくなるころ男児が生まれた。それがサシーニャの父親だ。そして助けた王太子はリオネンデたちの祖父にあたる。


 王太子は異大陸の王子に興味を持ち、その文化や知恵に感心し、それを自国に生かすことを考えた。助けられた異大陸の王子も感謝の念を忘れることなく王太子に仕えた。


 臣下の中には異大陸の者などと、まして髪の色や瞳の色、肌の色を気味悪がって処刑しろという向きもあったが、王太子はそれを許さなかった。国王は王太子の気まぐれと高をくくったふりをした。我が子の聡明さを信じて疑わぬ国王だったが、それを公に言うのは(はばか)られた。王太子の敵を増やすことにもなりかねない。


 かくして異大陸の王子はグランデジア王宮にて王太子の庇護のもと、徐々にその才覚を現していく。


 グランデジアにて生まれた異大陸の王子の息子に王太子(その頃は王位を継いでいたが)は自分の娘を与えた。そして死期が近づき、王位を自分の息子に譲ると決めると同時に、異大陸の王子の息子を一の大臣とした。すでに異大陸の王子もその妻も世を去っていた。


「グランデジアを、わが王子たちを頼む」

サシーニャの父親は、リオネンデの祖父から託されたと、幼いサシーニャに幾度となく語っていた。我らがグランデジアでこうして幸せに暮らしていけるのはすべて王家の恩情、それを忘れてはいけないと繰り返していた。


 サシーニャに異大陸の血が流れていることを知らぬ者は王侯貴族の中にはいないだろう。だいたい、一目瞭然なのだ。サラサラと流れる黄金の髪、青い瞳、白く透き通るような肌。およそグランデジアの民にはいない。妹のレナリムも同様だが、レナリムはブロンズがかっているが黒髪だし、肌の色は兄と違って淡褐色だ。サーニャのほうが体色については父方の血を強く受け継いだ。


 だが、能力はまさしく王家の血を継いでいる。グランデジア建国の王は魔術師だった。魔法を駆使してグランデジアを成立させたと伝えられている。


 グランデジアの大臣たちは、そんなサシーニャを無視するわけにもいかず、だからと言って王家の一員とすることも本心では(・・・・)承服できない。立場上、血筋上、サシーニャになんの問題がなくてもだ。


 サシーニャの父親が暗殺された時、リオネンデの父王はサシーニャを王子の一人として王宮に迎え入れたいと望んだが、断念した。サシーニャを危険にさらすことになると判断したのだ。暗殺された父親の二の舞を避けるため、サシーニャを魔術師にすると決めた。


 それから二十年近くの時が過ぎ、サシーニャは魔術師筆頭となり、王家の守り人となっている。だが、リオネンデはサシーニャを王家の一員に戻すことを諦めてなどいない――


 スイテアが王の執務室に呼ばれるころには、すでにジャッシフもサシーニャも姿を見せていて、リオネンデもにこやかに談笑していた。


「おう、来たな――ここに座れ」

先ほど見せた殺気も怒りもなかったことのように、リオネンデがスイテアを招き寄せる。


「サシーニャが俺の愛人と勘違いされた話を今、していたんだ」

リオネンデが愉快そうに笑う。サシーニャは不愉快を(あらわ)にし、杯を傾けている。


 今日のサシーニャは、(ひたい)に巻いた鮮やかに青い細い帯で髪を抑え、さらに肩より少し下のあたりで同じ帯を使い、後ろに一纏めにしている。やはり鮮やかに青い、ゆったりとした衣装は瞳の色を美しく映し、金色の髪をひときわ(きら)めかせている。


「フン、皆、髪や肌の色に惑わされているだけですよ。わたしを見れば皆、一度は息を飲む」

サシーニャが、飲み干した杯にレモン水を注ぎ足しながら言う。


「だがな、サシーニャ。その容姿、使いようによっては武器になる。判っているのだろう?」

リオネンデがニヤリと笑った。

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