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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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ドラゴンの紋章

 やがてリオネンデが立ち上がり、スイテアを抱き上げる。リオネンデの愛撫(あいぶ)はスイテアを()かしてしまい、意識があるのかも覚束(おぼつか)ない。


 寝台に置かれたのは判る。そして再開された愛撫も判る。でもなぜ? なぜすべてがリューズと同じ? 朦朧(もうろう)とする意識の中でスイテアが問う。誰に? 自分を裏切ってリオネンデの愛撫に応える自分の身体に。


 とうとう貫かれれば、喜びに震えているのが自分で判る。もっともっとと求めている。わたしを抱き締めるこの腕も、この腕の力も、繰り返される口づけも、すべてリューズと同じなのに。


 急にガクガクと引き()りはじめたスイテアの身体を、リオネンデがグッと強く抱きしめて動かなくなり、やがて腕の力が抜ける。全身の力が抜けて、スイテアの身体に体重がかかってくる。熱い息を()くリオネンデの唇が、スイテアの耳たぶを甘く()んだ。


 そんな(くせ)仕種(しぐさ)もリューズと同じ。でも、この男はリューズではない。リューズは死んだ。リューズはこの男に殺された。


「スイテア……大丈夫か?」

自分を呼ぶ(かす)かな声にハッとスイテアがリオネンデを見る。リオネンデは軽く(こうべ)をあげてスイテアを(のぞ)き込んでいる。今、なんと言った? 教えてもいないのに、わたしの名を呼ばなかったか?


「……大丈夫そうだな」

リオネンデは身体を起こし、下穿(したば)きを()くと、テーブルに向かった。先ほどジャッシフが座っていたテーブルだ。(さかずき)と水差しが置かれている。湯あみしている間に用意されたのだろう。


 まずは一杯、水を飲み干し、更に杯に水を注ぐ。それをスイテアの許に運び、抱きかかえて飲ませた後、杯をテーブルに戻す。そして(つるぎ)が掛けられた(かべ)を見る。


 手を伸ばし、刃で己の小指に傷を付ければ、真っ赤な鮮血が(あふ)れ出る。その小指を(くわ)えて再び寝台に戻り、スイテアを抱き起す。


「いいか、後宮に入るには乙女でなければいけない。おまえは今宵、俺に処女(おとめ)を破られた。話をあわせなければ、王を(たばか)った罪でおまえは命を奪われる」

スイテアの耳元で、リオネンデがそう(ささや)く。そして小指から溢れる血をスイテアの口元と股間に撫でつける。さらに、汗や体液でグシャグシャになった寝具に血を(したた)らせた。


「レナリム! レナリムはいないか?」

大声で女官を呼べば、すぐに後宮への入り口からレナリムが現れる。


「あの女の身体を清め、服を着せて連れてこい。それから寝具を変えろ、グシャグシャだ」

「かしこまりました――王、その指に巻かれた布は? 血が(にじ)んでいるのでは?」

「あの女、抵抗して俺の指を()んだ。なに、()めておけば治る。気にするな」


 レナリムはいったん寝台に近づいてスイテアを見たがすぐに後宮に戻り、湯を()れた(うつわ)と布を持ってきた。布を湯で(しぼ)り、スイテアの体を拭き始める。


 その様子を椅子に腰かけリオネンデは眺めている。もちろん途中でレナリムを、スイテアがハッと見たのを見逃(みのが)していない。


 レナリムがあらかたスイテアの身体を拭き終えた頃、二人の侍女が新しい寝具と一枚の布を持って王の寝所に入ってきた。


 レナリムが布でスイテアを包み、『こちらへ』と促す。レナリムに支えられ、後宮へとスイテアは姿を消した。もう一度湯殿に連れて行き、拭ききれない汚れを湯で洗い流すことだろう。残った女官が王の寝台を整える。与えられた仕事を終えれば、汚れた寝具を抱えて二人の侍女も後宮へと戻っていく。

「ジャッシフ! いるんだろう?」

王が控室のジャッシフを呼んだ。


 眠そうな顔のジャッシフが王に(こた)えて控室から姿を現す。

随分(ずいぶん)とお楽しみだったようだな」

眠そうではあるが、眠っていたわけではなさそうだ。


「それにしても大したもんだ。女を抱くのは初めてだろう? それであれほど喜ばせるとは。いったいどこで覚えたのやら……」

ジャッシフの厭味(いやみ)をリオネンデが鼻で笑う。


「後宮の外にも女はいる。おまえの目を盗んで、どこぞの女と(ねんご)ろになっていたのかもしれないぞ?」

「いいや、あいにくそれはない。後宮以外でおまえをひとりになどしない」

王の身を守る、それがジャッシフが己に課した使命になっている。


「それにしても、女に指を噛み切られるとはおまえらしくもない。どれ、見せてみろ」

ジャッシフが王の手を取ろうとする。

「触るな! 傷が痛む」

顔をしかめてリオネンデが手を引っ込める。見られれば剣で付けた傷だと、一目で知られる。それに、()れられれば痛むのも本音だ。少し深く傷つけ過ぎた。


「おやおや、王はご機嫌斜めか。思ったよりも良くはなかったか?」

揶揄(からか)うようにジャッシフが笑う。

「それより、女の身元は聞き出したのだろうな?」


「あぁ、それか。忘れていた」

「忘れていた? 肝心なことを忘れるのだな」

呆れるジャッシフ、するとリオネンデがテーブルに一本の小刀を置く。(つか)の美しい装飾にジャッシフが目を見張る。


「これは……ドラゴンの紋章」

「あの女が持っていた。俺を刺そうとした小刀だ」

「あの女が? なぜこれを?」

「さぁな。リューデントが与えたのかもしれないし、リューデントが与えた女から奪ったものかもしれない」


 ジャッシフが小刀から目を離し、リオネンデを見る。

「なぜ、リューデントさまが与えたと?」

「ドラゴンの紋章ならば、リューデントの持ち物に間違いない。あのリューデントから奪えるはずがない。ならば与えた」

「なぜ女だと?」

「ジャッシフ、手間(てま)のかかる男だな……男なら小刀ではなく剣を与えるし、己の紋章を配したものを与えはしない」

「ふむ……」


 ジャッシフもリオネンデの言う通りだと思う。

「紋章の入った小刀を与えた……リューデントさまには想い人がいたという事でしょうか」

言うまでもない、とリオネンデは何も答えない。

「もしそうであれば、まさかお子がいるなどという事は?」


「それを調べるのは俺の仕事ではない」

今度は答えたリオネンデだ。チッとジャッシフが舌打ちする。

「判りました。極秘裡(ごくひり)に調べておきましょう」


 殺された王太子に子がいたとなれば、リオネンデの王位を脅かす。

「もし、いたとしても決して殺すな」

「始末した方がよいのでは?」

「それは……顔を見てから俺が決める。生かして俺の前に連れてこい」

「抵抗されたらいかがいたしましょう?」


 ジロリとリオネンデがジャッシフを見る。

「いたとしても、幼子だ。どれほどの抵抗ができると言う?」

あきらかに侮蔑(ぶべつ)を含んだリオネンデの笑みに、

「守る大人がいるはずです」

ジャッシフが抗議する。

「ならば、その大人たちは殺せばいい。まぁ、なるべく殺さず、その者たちも連れてこい。訊きたいことがある。行け、俺はそろそろ眠る」


 見れば後宮からレナリムに連れられたスイテアが姿を現した。

「そうだ、あの女、名はスイテアだ」


 立ちあがるとリオネンデはレナリムからスイテアを受け取る。そしてレナリムに

「下がってよいぞ」

と笑みを向ける。


 何か言いたげなレナリムも、半ば追い出されたジャッシフも、王の寝所から出るしかない。寝所の護衛は控室にいる二人の部下に任せて、ジャッシフも王の寝所をあとにした。


 二人が消えるとすぐさまリオネンデが、後ろからスイテアを抱きすくめた。そして首筋に唇を這わせると、

「レナリムはおまえが乙女でなかったと気が付いたか?」

小さな声で(ささや)いた。それにスイテアが首を振る。そうしながらもリオネンデはスイテアの胸もとに手を忍び込ませ乳房を()でる。スイテアは身を固くするだけで、拒む様子はない。


「どうした、随分おとなしいな。俺に(そむ)いても無駄だと、レナリムに(さと)されでもしたか? それともよっぽどよかった(・・・・)のか?」

笑いながらリオネンデがスイテアを放した。


 レナリムに諭された――確かにレナリムは王に逆らうな、とスイテアに言った。

『なぜ王宮に戻ったのです? 王妃さまの侍女たちは、殆どが殺されたのに』

スイテアの身体を湯殿で清めながら、レナリムはスイテアに言った。

『わたしはリオネンデさまと懇意にしていたから助かったのです』

レナリムもリオネンデたちの母親の侍女だった。スイテアとは旧知の仲だ。

『いいですね、リオネンデさまに逆らっては駄目です。あのかたは世間では酷い言われようだけど、本当はお優しいかたです。その寵愛を得たのだから、あなたは幸せなのですよ』


 幸せ? わたしの幸せはリューズさまと共に殺された。けれど、それを言うわけにはいかないスイテアだった。王妃の侍女が王子と深い仲になるなんて、決して許される事ではなかった。


 リオネンデは、スイテアがリューズに(もら)った剣を手にして(なが)めている。リューズが(はずかし)められているように感じるが、今はどうすることもできない。取り戻すチャンスが来るのを待とう。それまでは、この憎い男にどれほど凌辱(りょうじょく)されようと耐えて生き抜くほかはない。そしていつかあの小刀で、必ずこの男の寝首を()いてやる――


 リオネンデが軽く溜息(ためいき)()いた。そしてドラゴンの紋章が付いた小刀をチェストの引出に放り込んだ。


「さて、寝るとするか――来い、可愛がってやる」

リオネンデに手を引かれ、スイテアは王の寝台に向かった。

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