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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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リオネンデの怒り

 リオネンデ帰還の報はもちろん後宮にも届いている。レナリムはせわしなく指示を出し、食事や湯殿の準備をさせている。さらにスイテアにも湯を使わせ、着飾らせて化粧を施した。


「リオネンデさまのことです、きっと無理難題を言い出します。自分の都合でお出かけなさったのに、まるでスイテアさまに非のあるようなことを口になさいます。ですが、すべて笑顔でお受け取りなさいませ。言いたいだけなのです。スイテアさまに甘えたいのです」


 レナリムの助言にスイテアは黙ったまま頷く。レナリムはリオネンデさまを深く理解しているのですね、そう言いたいが言えば皮肉となりそうだ。下手をすれば、いつかのリオネンデとレナリムの密会を、知っているのだと気付かれてしまうかもしれない。言えない、と思うスイテアだ。


 空気を入れ替えましょうと開け放たれた窓、庭から秋の風が心地よく忍び込んでくる。後宮の隅々まで行き届いた風は王の寝室はもちろん、王の執務室をも清めるように通り過ぎていく。


 王宮に入ったと報せはあったが、リオネンデは戻ってこない。謁見の間にでもおられるのでしょう、とレナリムが笑う。今頃、詰め寄る大臣からどう逃げ出そうかと、頭を悩ませておいでですよ、と笑う。レナリムはきっと、そんなリオネンデの顔を思い浮かべて笑うのだと、スイテアは感じている。そして思う。わたしは王としてのリオネンデを知らない。


 どのように大臣たちと接し、大臣以外の臣下と接し、王として、何を命じ、何を決断していくのか?


 ベルグへ赴く理由や、その先の展望は聞いた。でも、それだけだ。自らの計画を実現するため、リオネンデが王としてどんな働きをしているのか? わたしは全く理解してない。


 庭を見ていたスイテアがふと立ち上がる。

「ハサミはありますか?」

「ハサミでございますか?」

レナリムが訊き返す。

「えぇ……そこに咲く花を少しばかり部屋に飾りましょう。せっかく美しく咲いているのですから、()でましょう」


 スイテアが降り立った庭先に、黄色い秋桜(コスモス)が揺れている。いつかリオネンデが言っていた。夢の中で貰った、嬉しかった、と。


 すぐにレナリムが細く美しいハサミを手渡してくる。

「すぐに瓶をご用意いたします。でも……リオネンデさまには、お部屋に花を置くご趣味はなかったかと記憶いたしております」


 あなたはよくリオネンデをご存じのようですね、そんな言葉が口を突いて出そうになる。そうだとしてもあなたは選ばれなかった、心に苦い味が広がる。


「かまいません。わたしが部屋に置きたいのです……王は、リオネンデは許してくれないでしょうか?」

「リオネンデさまは、スイテアさまにはお優しゅうございます。それくらいのことを許さぬと仰ることはないでしょう」


 レナリムの微笑みに嘘は感じられない。瓶を探してまいります、と屋内に戻るレナリムを黙ってスイテアは見送った。


 レナリムの心が判らない、とスイテアは思う。いや、ジャッシフに近づいたレナリムの気持ちならなんとなく判る。愛しい人のため、役に立ちたい。だけど……


 好きな男がほかの女を(いと)しむのを目の当たりに、なぜ心穏やかでいられる? 自分も同じように愛されるならまだしも完全に拒まれて、ほかの男のものになれと言われた屈辱に耐え、慕わしい男が他の女を愛でる手助けがなぜできる? その女に仕え、助言ができるのはなぜだ?


 リオネンデが愚かなのかもしれない――それほどの思いを受け取らないリオネンデ、彼こそが愚か。


 だが、本当にそうだろうか? 確かにレナリムのリオネンデへ向ける思いの強さや深さは尊く思えるけれど、もし自分がリオネンデの立場なら、どう感じる?


 黄花秋桜の茎にハサミを当てて、思い直して切るのをやめる。よく見れば花の盛りをとうに終え、花は散る寸前だ。茎にハサミを入れれば、その衝撃で散ってしまうだろう。


 見渡せば、そこかしこに咲く花は色とりどりに風に揺れ、誘っているように見えなくもない。


(リオネンデは派手な色がお好き。ならば……)

ひときわ大きなダリアの花が、目が覚めるような鮮やかな朱鷺(とき)色に輝いている。その茎に、スイテアはハサミを入れた――


 前触れも寄越さずに執務室に戻ったリオネンデに、控室で待機していたジャッシフが慌てる。


「俺が自分の部屋に戻るのに、誰の許しが必要だと言うのだ?」

ジャッシフの苦情にリオネンデが怒鳴り声をあげる。


 一緒にいるはずのサシーニャの姿がない。さてはサシーニャと揉めたか? サシーニャが本気で立腹していなければよいが。リオネンデの機嫌はすぐに直るが、腹を立てたサシーニャは何を言っても無視を決め込んでしまう。間に立たされるジャッシフは(たま)ったものではない。


「サシーニャさまはご一緒ではなかったのですか?」

怒鳴るリオネンデを気にもせずジャッシフが問う。


「サシーニャ? 俺よりもサシーニャか?」

「王の次は王家の守り人、という事でございます」


「フン! ドイツもコイツも似たようなことを――いくらも経たぬうちに顔を見せよう。魔術師の塔にいったん戻っただけだ。あいつが来たら、ここで食事を摂る。ジャッシフ、同席しろ」


 サシーニャと揉めた訳ではないと知り、ジャッシフが胸を撫で下ろす。でも、それなら何がリオネンデの不機嫌の理由なのだ?


 ジャッシフの気掛かりを置き去りに、リオネンデは後宮に(はい)ってしまう。湯を使って戻るのだろう。ジャッシフは再び警護の控室に戻る。護衛兵に指示を出している途中だった――


 ダリアの茎にハサミを入れ、部屋へ戻ろうとスイテアが顔をあげる。

「リオネンデさま……」


 王の寝室、庭への降り口で、こちらを見ているリオネンデがいた。旅の装束、短めのマント、そして剣はしっかりと腰にある。その剣が半ば(さや)から引き抜かれている。(つか)に手を置いたリオネンデが、スイテアを怖い顔で睨みつけている。


「王の帰りを出迎えもせず、そんなところで何をしている?」

はっとスイテアが(ひざまず)き、(こうべ)を垂れる。

「申し訳ございません……お許しを――」


「何をしている、と聞いている」

「はい……部屋に飾る花を選んでおりました」


 押さえようとしてもスイテアの声が震える。目があった途端、リオネンデの瞳に宿る殺気に気付いた。王はわたしを殺めるつもりだ、そう感じた。


「フン!」

剣を鞘に納める音がし、スイテアがリオネンデを見上げる。


「俺の寝室の花はおまえひとりで充分だ。手にした花はレナリムに渡せ――サシーニャが来たら執務室で食事を摂る。同席しろ」

 

 リオネンデの後ろで真っ青な顔で控えていたレナリムに、『湯殿の準備はできているな?』と尋ね、リオネンデは後宮の奥に消えた。もちろんです、とレナリムがリオネンデを追った。残されたスイテアは何がリオネンデの怒りを呼んだのか判らず、その場に(たたず)む。あれほどの怒り、出迎えなかっただけとは思えない。


 暫くして戻ってきたレナリムに入室を促される。御簾(みす)を降ろすレナリムにスイテアが問う。


「リオネンデはなぜあれほど?」

「……判りません」

レナリムにさえ判らない怒り――ベルグで何かあったのだろうか?


「リオネンデさまはすぐに機嫌を直されます。お気になさってはいけませんよ」

そうは言われても、リオネンデの殺気から受けた恐怖はスイテアを、そう簡単に放してはくれなさそうだ。

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