成功の決め手
感触は良いと見たリューデント、サシーニャに訊いておきたい最後の問いを口にする。
「ところでおまえ、プリラエダに嫁を世話しろって言ってた件はどうなった? 取り消したのか?」
「こちらから頼んだことを取り消せやしませんよ。落ち着くまで待って欲しいと連絡したら、本気になるのを待っていると返事が来ました。実はその気がないと察したようです」
「だったら、ジョジシアスに身を固めさせてバイガスラを纏めるのが先決ってことで話せるな。縁組の紹介を申し込んでいる相手に縁談を持っていくってのも抵抗があると思っていたんだが、その心配もなくなった。サシーニャ、プリラエダ王スザンナビテにジョジシアスを推薦しろ」
「推薦文を書けと?」
「うん、ジョジシアスとの縁談を打診する文書は俺の名で出す。それにおまえの推薦文を付けたい。おまえならスザンナビテを知っている。巧くその気にさせられるだろう?」
「巧く行くと保証はしませんよ。でも、王のご命令、推薦文は用意しましょう――でも、随分と急ですね」
「さっき思いついた。思いついたらすぐに実行したいのが俺だ」
「えぇ、そうでしたね」
サシーニャが笑顔を見せる。
「ドレスティナさまが未亡人になったのはグランデジアも無関係ではないこと、二人のお子も含めて行く末をグランデジアも案じていると、そんな文章にします。シシリーズ逝去からもう四年、そろそろ再婚を考えてはどうか、とね。お相手はグランデジア王家の親戚筋、ジョジシアス王ではいかがでしょう、って感じでいいのでは?」
「ジョジシアスを褒めるのはいやそうだな?」
「そんなこともないんだけど……〝売り〟は国王であることかな? そしてグランデジア王家と親戚だって事……ドレスティナさまはニュダンガ国王妃だったのだから、再婚相手も国王のほうが釣り合いがとれるとか、グランデジア国とも絆が深まる、なんて内容じゃダメですか?」
自分がエネシクルを脅したのと同じ発想だと、少し驚くリューデント、が間違ってもサシーニャには言えない。
「なんだかんだ言って、ジョジシアスを褒めたくないんだな」
と笑って終わらせた。
「それで、いつまでに用意したら?」
サシーニャの問いにリューデントが事も無げに答える。
「今、言っただろう、すぐに、だ」
「はい? すぐって? えっ?」
慌てるのはサシーニャだ。
「今夜中に伝令鳥を飛ばしたい。今、ダンガシクにいるのは誰だ?」
「オジナツワレをガッシネから回しました。ガッシネはチキチクパスだけになりましたが、彼もかなり経験を積んだので一人でも大丈夫でしょう――早くバイガスラとバチルデアから上級魔術師をグランデジアに呼び戻さないと国内が手薄になってます」
「まぁ、それは後で考える――明日の早朝にはスザンナビテに書簡が届くようにしたい。間に合わせろ」
「ご命令とあれば、すぐにでも書きあげますが……そこまで性急でしたっけ?」
疑いの眼を向けるサシーニャ、
「俺はジャジャにジョジシアスとスザンナビテあての文書を書いて貰いに行く。書けたらジャジャの執務室に来てくれ」
追及されるのを避けたリューデント、逃げるようにサシーニャの部屋を出た。
ジャルスジャズナの執務室に行くと、心配していたのだろう
「どうだった?」
リューデントが部屋に入るなり、ジャルスジャズナが成り行きを訊いてきた。チュジャンエラは街館に帰らせた。サシーニャに見付かって、怪しまれるのを避けたのだ。
「すぐに書けって言うのをヘンだと思ったようだけど、まったく気が付いてない。ルリシアレヤがジョジシアスと結婚させられそうだってのは、コペンニアテツが言ってこない限りアイツは気付かないさ」
「サシーニャは今すぐ書くって言ったんだね?」
ジャルスジャズナがほっと安堵の溜息を吐く。
ルリシアレヤとの縁談をエネシクルが打診したと知ったあとで、ジョジシアスに別の縁談を持ち込むのは諍いのもとだ、とリューデントが言った。下手をすれば再度戦が勃発し、そうなればバチルデアにいるコペンニアテツ・バーストラテ、そして水路建設のため派遣した技術者たちが捕虜にされかねない。
『バチルデアが申し込んでいるとは知らず、ジョジシアスに王妃候補を推挙したことにするんだ――俺はあいつの甥だ。しかもアイツはリオネンデに縁談を持ってきた。その仕返し……じゃない、返礼の意味合いもあるってことで、グランデジアがジョジシアスに縁談を持ち込むのは不自然な話じゃない』
肝心なのは、グランデジアがエネシクルの思惑を知らないって前提だ。だから今日中に文書を作成し、明朝、ジョジシアスとプリラエダ王の手元に届くようにしたい。
「ジョジシアスとスザンナビテに送る文書はできたか?」
「あぁ……こっちがジョジシアス、で、これがスザンナビテ」
ジャルスジャズナが出した紙片を手に取って読み始めるリューデント、ジャルスジャズナが呟くようにリューデントに問う。
「ジョジシアスはどっちを選ぶかな?」
チラリとリューデントがジャルスジャズナを見た。
「いつもジャジャは良い文章を書く……だけど今回は、申し訳ないが、ジョジシアスあてのものに少し書き加えて欲しい」
「どう書けばいい?」
「すでにプリラエダにも打診済みである。グランデジアの顔を立てて欲しい」
「なるほど……」
ジャルスジャズナはニヤリと笑ったが、リューデントは
「これでプリラエダに否と言われたら目も当てられないな……サシーニャ、巧くスザンナビテをその気にさせろよ」
と、祈るように呟いた。
バチルデアではルリシアレヤの話を聞いたバーストラテが考え込んだ。
「ワダとは既知ですがそれほど親しいわけではありません。サシーニャさまが信任なさっていることを考えると信用できると思います。でも……」
「でも?」
チラリとバーストラテがルリシアレヤを見、すぐ目を逸らす。
「ルリシアレヤさまはワダに会ってどうするおつもりなのですか?」
バーストラテにはワダに紹介して欲しいとしか言っていない。明日でなければ間に合わないとも言った。
「急いでお会いになりたいのは、何か理由がおありなのでしょう?」
「バーストラテに迷惑は掛けないわ」
「いいえ、わたしのことはどうでもいいのです――ルリシアレヤさまが何をなさろうと、物を言う立場にございません。ですが、グランデジアの魔術師の端くれ、グランデジア王と筆頭魔術師に忠誠を誓った者です。リューデント王とサシーニャさまに仇なす事へのお手伝いはでき兼ねます」
「そんな!? わたしがサシーニャに酷いことをするとでも言うの?」
「ではなぜ、ワダに会う目的をお話しくださらないのですか?」
黙って聞いていたハルヒムンドが、怒りで身体を震わせるルリシアレヤを宥め、
「ルリシアレヤは本当にサシーニャさまのことが好きだよ」
とバーストラテに言った。
「存じております。しかしハルヒムンドさま、だからと言ってルリシアレヤさまがサシーニャさまを傷付けたりしないと、言い切れるものではありません」
「それって、わたしがサシーニャに嫌いって言ったことを非難してるの?」
抗議するルリシアレヤをハルヒムンドが抑え、
「バーストラテ、あなたはルリシアレヤに味方してくれないんだ?」
と、言えばバーストラテが、今度はハルヒムンドをチラリと見た。
「お味方したいと思っています。ルリシアレヤさまには良くしていただきました。それにずっと見守っておりました」
「見守っていたって? んッと、どういう意味だろう?」
「……わたしが言うのも差し出がましいのですが、どうにかサシーニャさまと結ばれて欲しいと願っておりました。今も願っています」
「だったらワダを紹介してくれないかな? ワダに、うーーん……」
少しだけ迷ったが、ハルヒムンドが思いきる。
「ワダに、フェニカリデに連れて行ってもらえるよう頼みたいんだ」
「ハルヒムンド!」
悲鳴のようなルリシアレヤの声、バーストラテが静かに、
「なるほど……」
と呟いた。
「ルリシアレヤはあなたに迷惑が掛かっちゃいけないと思って理由を言わなかったんだ。判ってくれるよね?」
言い募るハルヒムンドに、
「迷惑などと思いません」
と答えるバーストラテ、
「それで、フェニカリデに行って、どうなさるのですか?」
と訊ねてくる。
ハルヒムンドが暴露してしまったからには、もう隠しても意味がない。バーストラテに向かって、ルリシアレヤがきっぱり言った。
「サシーニャに会いたいの。会って謝りたいのよ」
バーストラテは、少し考えてから再び聞いた。
「サシーニャさまはご存知ですか?」
「わたしがフェニカリデに行きたがっている事? それともワダに頼もうとしている事? どっちも知らないわ」
「……お父上もお母上もご存じなさそうですね」
「えぇ、父には言ってない。でも母には打ち明けたわ」
バーストラテが、チラリとルリシアレヤを見た。
「ララミリュースさまはなんと?」
「わたしの相手は、きっとサシーニャさまだと思ってたって……お父さまを騙すように国を離れるのだから、もう二度と帰らない覚悟はあるのか、って訊かれたわ。サシーニャの心を取り戻せないかもしれないのに、それでいいのかって――それでもいいって言ったら、それでいいわけがない、必ずサシーニャさまと添う覚悟で行きなさいって言われた」
涙を堪えて訴えるルリシアレヤ、ハルヒムンドはそんなルリシアレヤを慰めようとしている。
「ララミリュースさまらしいお言葉ですね。それで……ハルヒムンドさまはそれでいいのですか? ルリシアレヤさまがフェニカリデに行ってしまっても?」
急に話を振られて慌てるハルヒムンド、だが
「俺はルリシアレヤの幸せに力を貸したい」
力強く言った。
それきり黙ってしまったバーストラテに、
「協力して貰えるのか貰えないのか、はっきりして欲しい。それに、協力してくれないのなら、せめてこの話は内緒にして欲しい」
ハルヒムンドが言い募る。声音には、焦燥よりも怒りが見える。
やっぱりチラリとハルヒムンドを見てからバーストラテが言った。
「わたしもワダに同行させてもらえるようお願いしてみます」
「えっ?」
「ワダの馬車に〝わたしも〟乗せて貰ってフェニカリデに帰ります」
「それって……?」
「協力するという事です――ただ、もっと計画をよく練る必要を感じました。いろいろ助言を差し上げたいのですがお許しいただけますか?」
「バーストラテ……」
思わず抱き着くルリシアレヤ、抱き着かれたバーストラテはどうしたらいいか判らず動けずにいる。
「ありがとうバーストラテ。あなたがいてくれてどれほど心強いか……一緒に考えてくれるのね? 頼りにしているわ」
そんなルリシアレヤに呆れるハルヒムンド、
「俺の時とはずいぶん違うなぁ」
と苦笑した。




