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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第8章 輝きを放つもの

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片恋の純情

 バチルデア王宮の庭――いつか大喜びで読もうとした封書の中身が目録で、がっかりしたルリシアレヤが座っていたベンチは、バラに囲まれた泉水広場のものだ。そのベンチの近くに大きな()の木(ンフェ)が立っているが、その大木の中ほどの太い枝に腰かけて話す二人の人影が見える……ルリシアレヤとハルヒムンドだ。


「木登りの腕前は衰えていませんね」

笑うハルヒムンド、

「そう? 久しぶりだから時間が掛かっちゃったわ」

ルリシアレヤも微笑む。木の上で話したいと言い出したルリシアレヤに戸惑ったハルヒムンドだが、確かに誰にも知られたくない話をするにはうってつけかもしれない。それに、木登りがルリシアレヤの心を少しは明るくしてくれるかも?……どうやらそれは当たったようだ。微笑みとは言え帰国以来、初めてルリシアレヤが笑顔になった。


 フェニカリデに戻りたいなら力になるというハルヒムンドの申し出に、寝室の扉を開けたルリシアレヤだ。居室には母親も侍女もいない。ハルヒムンドが人払いしたのだと、ルリシアレヤは思った。国王が認めた婚約者なのだ、それくらいの自由は利きそうだ。


 木の上なら誰にも聞かれないだろうと思いつつ、それでも声を潜めて訊ねる。

「それって、結婚したら旅行に連れていくとか?」

「あれ? 俺と結婚してくれるんだ?」

一抹の寂しさを感じながら、それを(おもて)に出さずハルヒムンドが冗談を言って笑う。


「お父さまがそうお決めになったわ。まさか知らないの?」

「いや、知ってるよ。でもルリシアレヤは俺とは結婚したくない――恋人ができたんだろう?」

「誰がそんな事を!?」

「帰ってきたルリッシュを見て、一目で判った。びっくりするほど綺麗になっていた。それに、病気でもないのに元気がないのは初めてだ……なぜだろうと考えて気が付いた。元気がないのはやっぱり病気のせいだ、恋患(こいわずら)いだ。そうだろう?」

「ハルヒムンド……」

「その人の事をエネシクルさまには話したの? ララミリュースさまには?――どんな人なんだい? 詳しく話してくれれば、なんとかお二人を説得してみるよ」

「ダメなのよ。わたしが壊してしまったの」

「壊した? ってことは、相手の人も一度はルリッシュに好意を持ってくれたんだね? でも、どう壊れたんだ?」


 ハルヒムンドの顔を見詰めていたルリシアレヤが部屋を見渡す。

「ここではダメ、誰かが急に入ってくるかもしれない。テラスから庭に出て……そうだ、泉水広場の楠の木(カンフェ)がいいわ」

こっそり部屋を抜け出して、ここに来た二人だ。


 バチルデアは爽やかな風が吹く季節、木の上の二人の頬を優しく撫でて、風は通り過ぎていく。好奇心旺盛な小鳥たちが二人を遠巻きに覗き込んでは何やらチッチと(さえず)っている。まるで冷やかしているようだ。


 ルリシアレヤの話を聞いてハルヒムンドが溜息を吐く。

「それって、向こうはルリシアレヤにフラれたって思ってるよ、きっと」

「そうよね、わたし、酷いことをしたのよね?」

「なんでちゃんと話を聞いてあげなかったんだい?」

「だって、我慢できなかったのよ。わたしだけって言ったのに、しかも()りに()って、なんでエリザなのって」

「そっか、それほど彼が好きなんだね」

「うん、彼じゃなきゃダメなの。帰国の馬車の中で、痛いほどそれが判った。バチルデアに近付くにつれフェニカリデは遠ざかる……彼からどんどん離れていく。もう二度と会えないかもしれない。そんなの堪えられないって」

「泣かないで、ルリッシュ」


 痛む心を隠してハルヒムンドは慰める。なんでその彼に、自分は()()()()()()んだろう? だけどそれは、言ってみたところで意味はない。自分が惨めになるだけだ。


 子どもの頃は毎日一緒に遊んだ。ルリシアレヤが一番好きな遊びは木登りで、大人たちに見付かると二人して怒られた。いつも元気で明るくて、よく笑うルリシアレヤ……ちょっと我儘なところもあるけど、みんな彼女が好きだった。ルリシアレヤがいるところは、いつも笑顔で溢れていた。


 十二の時、八つ年上の姉が王太子妃になった。その祝宴で、いつもは厳しい顔しかしていない王太子が別人のように優しげに微笑み、いつも不満ばかり口にしてツンケンしている姉が満ち足りた顔で穏やかに王太子を見詰めている。幸せに溢れた二人に感動を覚え、いつかルリシアレヤのあんな顔を見たいと思った。ルリシアレヤにあんな顔をさせたいと思った。ルリシアレヤへの思いを自覚したのだ。


 初めて気持ちを伝えたのは十五の時、破裂しそうなほど脈打つ心臓、やっとのことで『好きだ』と言ったのに、事も無げに『わたしもよ』と李果(プリュナ)を齧りながら答えてきた。王宮の庭の散策の途中、よく熟した李果(プリュナ)()いで食べるのに夢中になっていたルリシアレヤ、甘酸っぱい匂いが漂っていた。


『本当に? それなら俺と結婚してくれる?』

『あら? 結婚を申し込むのが流行っているの? こないだジョニシクからも言われたわ』

『えっ? それで承諾した?』

蒼褪めるハルヒムンド、面白そうにルリシアレヤが笑う。


『まさか! わたし、まだ十五よ? いつかは結婚しなきゃならないだろうけど、相手を決めるのはずっと先がいいわ』

『でも、姉上は十五の時にアイケンクスさまと婚約したよ?』

『それはお二人が互いに、相手をただ一人の人と感じたからでしょ。そしてお父さまもそれをお認めになったって事よ』

『ただ一人の人?』

『そうよ。わたし、〝この人〟って思える人が現れるのを待ってるの。その人が王女の夫に(ふさ)()しいかたならいいのだけれど……そうでなければお父さまがお許しにならないわ』


 ルリシアレヤは現実を突きつけられながらも、夢を見ていたいのだと思った。ならば夢から覚めた時、目の前にいるハルヒムンドこそが〝たった一人の人だった〟と思って貰えるよう、自分を磨けばいい。だが、それこそ現実はそんなに甘くなかった。


 グランデジアのリオネンデ王と婚約が整ったと聞いた時、ルリシアレヤに訊いている。

『ただ一人の人はとうとう現れなかったんだね』

『そんなの判らないわ。リオネンデさまがそうかもしれないじゃないの』


 その時、悟った。ルリシアレヤは夢を見ていたんじゃない。夢に(すが)っていたんだ。今度は動かせない現実に縋ろうとしている。どう頑張ってもハルヒムンドを、ルリシアレヤは『男』と見ない……


 それでも簡単に思い切れるものではない。婚姻は五年先と決められている。思いが通じることはなくともそれまでは傍に仕え、真心を尽くそうと思った。だからララミリュースと二人でフェニカリデに行くと聞いた時、自ら望んで護衛に就いた。ところが、フェニカリデであんな不祥事を起こしてしまった。


 ハルヒムンドにとって、ルリシアレヤのたった一人の相手はリオネンデ王でなければならなかった。それがルリシアレヤを幸せにする。リオネンデ以外がルリシアレヤに近付くなんて許せない――


 帰国し、エネシクル王と父親にさんざん説教され猛省する。中でも父親の言葉を噛み締めた。人生は思い通りに行かないものだ。その時、どうするかでその人の真価が判る。


 父にはルリシアレヤのことを相談していた。答えはつれないものだった。おまえの姉は王太子に嫁いでいる。おまえが王女を娶れば、バチルデア貴族の均衡を崩すことになる。エネシクル王はお許しにならないだろう――父の説教はハルヒムンドを慰める意味合いも強かった。


 ルリシアレヤはグランデジアで幸せになれると信じようと思った。そう思うにはサシーニャの存在も大きかった。ルリシアレヤの後見となり、グランデジアに居る限りルリシアレヤを守ると言ってくれた――あの人は信用できると感じていた。自分の不祥事を不問にしてくれた恩だけでなく、穏やかさや堂々とした佇まい、リオネンデ王に意見できる立場とその意見の隙の無さ、あの人がルリシアレヤの味方なら安心できる。それなのに……


 バイガスラがグランデジアに宣戦布告し、エネシクル王はバイガスラに(くみ)すると決めた。ルリシアレヤは見捨てられたのだ。


 近衛隊を任されているとはいえ、政治に意見を言える立場にないハルヒムンドは父に働きかけ、なんとかルリシアレヤを助けられないか、あるいはエネシクルをグランデジア支持に変えられないか画策したがよい結果を見ない。どうしたものかと焦っているうち、あっという間に(いくさ)が終わる。


 今度もグランデジアのバチルデアへの対応は格別と言えるものだった。捕虜にしたアイケンクスを無傷で返し、ダズベルに噴出した水の権利をバチルデアにくれるという。エネシクルの退位を求められるなど安いものだと思った。


 だからと言ってハルヒムンドの心配がなくなるわけでもない。リオネンデの死が報じられれば尚更だ。ルリシアレヤはどうしているだろう?


 リオネンデ王には愛妾がいると聞いている。けれどそれだけでルリシアレヤがリオネンデをたった一人の人と思うことの妨げになるとは思わなかった。ルリシアレヤ自身が

『側室がいたとしても、王妃はわたし一人。わたしがリオネンデさまをただ一人の人と思い、リオネンデさまがわたしを特別と思ってくれればいいわ』

と、婚約が決まった直後に言っていた。


 幾分強がりにも聞こえたがフェニカリデ滞在中に、リオネンデはルリシアレヤのたった一人になっていたんじゃないのだろうか? だからララミリュースと一緒に帰国せず、フェニカリデに残ったんだとハルヒムンドは考えていた。


 リオネンデの死をどれほどルリシアレヤは悲しんでいることだろう? アイケンクスと一緒に帰ってくると聞いて少しは安心したものの、どうすれば慰められるだろうと思いを巡らせた。


 帰国したルリシアレヤは少し見ないうちにすっかり幼さが抜け、大人の女性になっていた――やっぱりリオネンデ王がたった一人の人だったんだ。最初はそう思ったが、すぐに違うと気づく。ルリシアレヤが沈んでいるのは恋人を失ったからじゃない。あれは何かに悩んでいる顔だ。ならば何を悩む?


 そして思いついた答え、たった一人の人はリオネンデ王ではなく、別の誰かだった……だとしたら許されない恋、その苦悩があれほどまでにルリシアレヤを美しくした。沈んでいるのは引き離された苦悩から、恋しい人を思ってのことだ。


 そこへ昨夜、父親からルリシアレヤとの婚約が決まったと告げられる。

『エネシクル王からの申し出だ。王女さまについてはいろいろな憶測が飛び交っている。おまえくらいしか貰ってくれる男はいないだろうと(おっしゃ)った』


 承諾できないと言ったが

『リオネンデ王と寝所を共にしていたという噂を気にしているのか? おまえの王女さまへの思いはその程度だったのか?』

と言われ、反論できなくなった――

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