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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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王家の事情

 ベルグを後にしたリオネンデたちはワダの隠れ村に立ち寄った後、往路と同じくリッチエンジェに宿をとっている。ただ、復路は貴族たちが使う宿にしている。


「リッチエンジェなら懇意にしている宿がある――懇意と言うより、我らの宿と言ったほうがいい」

そう言ったのはワダだった。


「俺は、仲間が食えればそれでいいと言った。だが、豊かな暮らしがしたくないとは言っちゃいない。それに、盗賊をしていれば未来が開けるなぞ、これっぽっちも思ってない」


 貴族相手のその宿を、どんな手段を使ったのかワダは手に入れ、手下に采配を任せていた。どうせロクな手段ではない、ワダが入手方法を口にしないのは感心できたことではないからだ。リオネンデもサシーニャも、深く追求しなかった。


「強奪せずとも大金を落としてくれるのは、貴族だけだ。商売(・・)するのなら貴族相手がいい。違うか?」

ニヤリと笑うワダに、

「ふん、代金なりの部屋と料理を用意しなけりゃ、大暴れしてやるぞ」

リオネンデも笑う。


「あぁ、間違っても刺客が入り込んだり食いモンに毒が仕込まれる、なぁんてことはない。それは保証しよう」

宿で働く者は全員盗賊上がりだ。その辺の鼻は効く。


 おかげで行きとは違い、リッチエンジェでは何事もなく過ぎた。ワダが同行したこともあり、リオネンデが街を見て回りたいと言い出すこともなかった。ただ、宿の部屋でワダを相手にあれやこれや、これからの展望を話すものだから、サシーニャを慌てさせた。今はまだ誰にも漏らして欲しくない、そうサシーニャが考えていることもペラペラとリオネンデは(しゃべ)ってしまう。


 未来に向けての計画を、包み隠せず話せる相手はサシーニャだけだった。新たな聞き手を得たリオネンデが、いくら語っても語り飽きないのも無理はない。


 しかしその大半はワダには理解できなかったようだ。目を白黒させて、『へぇ』とか、『なるほど』とか、間抜けな相槌(あいづち)を打つばかりのワダに、サシーニャもリオネンデを(たしな)めるのを途中でやめた。


 リオネンデはワダに理解を求めているわけではない。ただ語りたい、それだけなのだ。リオネンデはワダに語りながら、自分に語っているにすぎない。ならば語らせておけばいい。ワダに語ることで、リオネンデはおのれを奮い立たせたいのだろう。


 部屋に運ばせた食事を摂りながら、サシーニャがワダに指示を出す。

「明日は一足先にフェニカリデ・グランデジアの門をくぐりなさい。薬草をいくつか買い求めて、薬草屋を装うように」


 そして木札を渡す。

「王宮の門番にこの木札を見せれば、王宮への入場が許される。もちろん、王宮の中を自由に行けるわけではない――衛兵が魔術師の塔まで案内するからついて行けばいい。塔の前でおまえを魔術師に引き渡したら、衛兵はいなくなる。おまえを引き受けた魔術師に『筆頭に頼まれた薬草を持ってきた』と言えば、わたしの執務室に通してくれる」


「俺が……王宮に入る?」

「怖じ気づくことはない。非公式とは言え、王の直属になった。王宮など平気で歩けるようにならなくてはね」


 ワダが唇を噛み締める。

勿体(もったい)ないことです……」

どんなご命令にも必ずお応えいたします、そう心で思ったが、声にすれば浮つきそうで何も言えないワダだった。


 しばらくして落ち着きを取り戻したワダがサシーニャに問う。

「ところで、『魔術師の塔』とは?」

リオネンデが失笑し、サシーニャがそんなリオネンデを窘める。


「王宮にある塔だ。魔術師が集められ、そこで日々の職務をこなし、修練を重ねている。塔は魔術師の街にも通じ、魔術師の多くはそこで暮らす」

「魔術師の街?」


「うん、それも王宮の一角にある」

「サシーニャさまもそこにお住まいで?」


「わたしは……魔術師の塔にあるわたしの部屋にいることが多い。ほかに王宮にも部屋を与えられているが、そこにはまず帰る暇がない――私館は王宮の外にあるにはあるが、今は誰もいない。荒れないように手入れしているだけだ」


「サシーニャは王家の守り人、つまり王家の墓守だ。任を解かれれば王家の一員に戻るのだから、王宮に部屋を与えなければ格好がつかない」

横からリオネンデが、瓜を(かじ)りながら言う。


「王家の墓守? まぁ、なんとなく判るけど、王家の墓なんてどこにあるんだ?」

首を捻るワダ、

「王宮の深層部に。歴代の王と王妃が眠っておられます」

サシーニャがそう答えると、

「こいつはな、俺の従兄、母親が前王の姉だ。俺が死ねば実質的な王位継承権第一位だ」

訊かれもしないのにリオネンデが解説する。


「しかも俺なんかより知恵がある。なにしろ魔術師さまだ。だから俺よりもさらに(いのち)を狙われる」

驚いたワダがサシーニャの顔を見る。


「なぁに、わたしに王位継承権などありませんよ。魔術師で王家の守り人、王の血筋とは言え、王家の一員からはとうに外されている」

サシーニャの言葉に

「守り人を辞めればいい。辞めればすぐに復権できる」

リオネンデが薄く笑う。


「王の片割れスイテアを王位に就けるのは無理だ。俺がいなくなれば王位を任せられるのはおまえだけとなる」

「ならば早くお子を(もう)けなさい」

サシーニャも薄笑いする。


「王の片割れって?」

ワダの質問に、

「その名の通りの立場のおかた。王の影であり、名代であり、時には王そのもの。もちろん王家の一員」

レモン水の盃を口元に運びながらサシーニャが答える。

「近いうちにお目通りが叶うよう手配いたしましょう――ワダ、無礼があってはなりませんよ」


 はい、と答えながらワダが思う。お偉い人たちの世界は理解できねぇ。血のつながった家族でも他人行儀で、しかも家族から外されたり、戻ったり、どうしてそんなことができるんだろう? 俺たちは、家族は一生家族のままだ。俺はそのほうがいい。今のままがいい――


 ワダが退出した後で、サシーニャがリオネンデに訊いている。

「ワダの、王家への基礎知識はあんなものでよかったでしょうか? あれくらい知っていれば、王宮で判断に迷うこともないと思ったのですが」


 リオネンデがそれに答える。

「サシーニャ、おまえの判断を俺が疑うはずもない。だいたい、一度にすべて理解できるものでもない」


 夜も更けた、明日は王都に帰る。自分の寝台が待ち遠しいぞ、リオネンデはそう笑うと眠りについた。それを眺めてサシーニャは、『待遠しいのは寝台ではなく、寝台を共になさるおかたでしょう?』と心の中で笑った。

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