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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第7章 報復の目的

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行き違いの夜

 魔術師の塔・サシーニャの執務室――チュジャンエラとジャルスジャズナはテーブルで、明日早朝に執り行う予定の婚儀の打ち合わせをしている。婚儀の場所はリューデントとスイテアがこの夜を過ごしている貸与館、列席するのは王家の一員と筆頭・次席魔術師、そして王家の守り人……王家の儀式はどんなものでも守り人が執り行うと決められている。


 王家の一員は婚姻の当事者リューデントとスイテア、そして筆頭魔術師でもあるサシーニャ、その妹のレナリムだ。ジャッシフには言ってあるが、夜明けには馬車がレナリムを迎えに行く。


「お支度(したく)にはどれくらい時間がかかるかな?」

「手伝いにそれぞれ二名つければあっという間に済むんじゃない?」

「僕たちも正装だったっけ?」

「わたしたちは魔術師の正装、サシーニャは……どうするんだろうね?」

「どうするって?」

二人揃ってサシーニャを盗み見る。

「王族と魔術師、どっちにするのかなと思って」

「婚儀って筆頭魔術師の出番はないんだ?」

「王子の出番もないよ……」


 明日の閣議の申し送り書を作成すると言って執務机に向かったきり、サシーニャは物思いに(ふけ)っている。物思いというよりは、単にボーっとしているようだ。机の上には紙片が一葉(いちよう)置かれているがインク壺は(ふた)がされたままだし、ペンはペン皿の上にある。魔法を使っている気配もない。


「どうしちゃったのかな?」

「どうしちゃったんだろうねぇ? まぁ、サシーニャの意味不明な行動は今に始まったことでもないさね」

「ねぇ、僕たちの話、聞こえてるよね?」

「聞こえているけど聞いちゃいなさそうだね」


「それにしてもお(なか)()いた。そろそろ夕食にしようか?」

「チュジャン、街館に一度帰る? エリザが寂しがるんじゃないか? 衣装の用意もあるだろう?」

「衣装は塔の居室にあるさ。エリザには今夜は帰れないって、さっき使いを出したから大丈夫。召使の一人が今夜は泊ってくれるって――エリザと同じ(とし)で意気投合したみたい」

「いっそ住み込みになって貰ったら?」

「それは……護衛を兼ねた住み込みには夫婦者を雇ったから。若い女の子を住み込ませるのはちょっと、ね?」

「ヘンな噂が立ってもってことか?」

ジャルスジャズナが溜息を吐いた。


 チュジャンエラが、厨房に夕食を頼んでくるよと部屋を出る。話し相手がいなくなったジャルスジャズナも黙るしかなくなり部屋は静かだ。するとサシーニャがチラリとジャルスジャズナを見た。


「……とうとう会いに行かなかった?」

「うん?」

「スイテアさまがね、リューデントは焼きもち妬きだからって言ったんです――リューデントに思いはある。だけどリオネンデと愛し合った自分はリューデントを苦しめてしまう。もう戻れない、リューデントを苦しめたくないって言ったんです」

「うん……」

「そんなスイテアさまを、『何しろリューデントと話し合うことです』って説得しました……ねぇ、ジャジャ、ワダに会いに行きましたか?」

「……いや、行かなかった」

「そうですか……」


 サシーニャが執務机に向き直り、出されていた紙片やペンを片付け始める。

「明日の閣議は中止にします。婚儀が終わったら国内に出す触れや諸国への通達、祝菓子の手配など、通常以外にしなくてはならないことが山積しています」

そして一つ溜息を吐く。


「説得したのは間違いでしょうか? リューデントを思うスイテアさまの気持ちを否定したことになりますか?」

「いや、そんなことは……」

「説得したのが間違いじゃないとしたらですよ、相手を思って諦めてしまったジャジャや……わたしが間違っている?」

「サシーニャ……」

答えに詰まるジャルスジャズナ、サシーニャもそれきり黙り込む。何も知らないチュジャンエラが戻り、二人の様子を(いぶか)りながらも配膳を始めた――


 言葉もないままに互いの衣装を取り払い、少しでも多く触れ合うように素肌で抱き締めあう。唇を求め、愛撫を求め、求められるままに相手を愛でる――貸与館、リューデントとスイテアだ。


 リューデントとリオネンデの違いが判らない、とスイテアが思う。以前のリューデントが思い出せない。以前の自分も思い出せない。仕草も反応もまるで同じ。どこをどうすればどうなるかを知っている。だけどどことなく遠慮している。でもそれは思いやりから……


 もっと強くしてと()()()()()、『体力が落ちているから激しくするなって言われた』と切なそうに言った。体力が落ちているのはわたしだ。ずっとまともに食べていないし、自分でも痩せたって判ってる。言ったのは多分あの魔術師だ――


 言いたいことはいろいろあった。なのに目の前に立つ姿を見た途端、言葉よりも先に抱き締めてしまった。会いたくないなんて言うな、おまえは俺のものだ……つい行為が激しくなりそうになる。慌てて自分を抑えるのはリューデントだ。コイツの腹には俺の子が宿っている。まだ安定していないのだから大事(だいじ)を取るようにとジャルスジャズナに釘を刺された。サシーニャがスイテアを迎えに行っている間のことだ。


 本人はまだ気づいていない、だから無茶もできる。でもね、気遣ってやりな……ジャルスジャズナが言った通り、スイテアは激しさを求めてくる。まるで何かを忘れようとしているかのように、熱中したがっている。


 応えてやりたい、そう思うのにそうはできない。おまえと、おまえの腹の子のためだと言いたいが言えない。だけど……応えなければ不満に思われないか? リューデントはつまらないと思われないか? そんな不安に揺れていても、やがてその時は来る。


 (たかぶ)りを受け止めようと、ステイアがリューデントの背を撫でる。来いと言われている気がしてリューデントが最後に向かおうとする……


「えっ!?」

スイテアの小さな叫び、背中に回していた手をリューデントの胸に当て突き放す。

「スイテア?」

急変に驚くリューデント、何があったと思い巡らし、そして思い至る。今、スイテアは背中を撫でた。

「あ……」


 なんと言えばいい? 戸惑うリューデントの顔を見ながらスイテアが後退(あとずさ)る。離れてしまった愛しさを引き戻せず、なす()()もないリューデントをスイテアが睨みつける。

「あなた、リオネンデね!?」


 スイテアはリューデントの背中、肩甲骨の骨折跡の段差に気が付いたのだ――


 サシーニャだけでなく、ジャルスジャズナまで押し黙ってしまった筆頭魔術師の執務室、一人で喋っていたチュジャンエラも諦めて二人と同じように黙々と食事を続ける。それでも時おり、食が滞りがちなサシーニャに『ちゃんと食べなきゃダメですよ』と注意する。そして、いつも通りサシーニャの生返事……いつもなら気にもかけないチュジャンエラがとうとう堪えきれず声を荒げた。

「二人ともなんだって言うんだよっ!?」


 はっとしたジャルスジャズナ、茫然とチュジャンエラを見るサシーニャ、ジャルスジャズナは

「ごめん、ごめん」

と苦笑いし、チュジャンエラを(なだ)めるが、サシーニャはチュジャンエラから目を()らし、もとどおりボーっとしている。

「サシーニャさま、ちゃんと食事して。よく噛まないと……ほら、ボーっとしてるから(さじ)のスープがポタポタしてますってば!」


 さすがにムッとしたサシーニャ、そそくさとスープを平らげる。チュジャンエラは気が済まないのか、『前掛け(スタイ)を用意したほうがいいかな?』と口の中で呟いた。これをサシーニャが聞き(とが)める。


(うるさ)いな。そんなに目障りなら一緒に食事しなきゃいいでしょう?」

「なに言ってるんですか? 僕が面倒見なきゃ、どうにもならないでしょ? 自分じゃなんにもできないんだから」

「面倒見てくれなんて頼んでません。自分でなんとかするんで心配ご無用」

林檎(ポッメ)の皮すら()けなかったじゃんか!――ジャジャ、聞いて、この人、十七にもなって林檎(ポッメ)の皮が剥けなかったんだ! 僕が好きだって知って厨房から貰ってきたんだけど、ナイフを持って『どうすればいいんだろう?』って途方に暮れてた」

「そんな昔の話を……」


「だから僕が皮を剥いたんだ。ナイフを使う僕を見て『上手ですね』って褒めてくれた。弟子になったばかりの頃だよ。十一の僕から見たらサシーニャさまは大人だし、凄い魔術師だって聞いてた。そのサシーニャさまがナイフも使えないんだって知って、僕、凄く安心したんだよ。大人だろうがどんな凄い魔術師だろうが苦手はあるんだな、僕が何もできないのも当たり前なんだって。そして思ったんだ、サシーニャさまにできないことで僕ができることならなんでもしようって」


 自分を睨みつけるチュジャンエラから顔を背け、サシーニャが舌打ちする。

「今ではなんでも魔法で出来ますから。あの時は果物用のナイフなんて見たことなくて、何に使うんだろうって思っただけだから」


「魔力を封じられたら、なんにもできないってことじゃんか――だいたいあんたはつまるところ王族なんだ。身の回りのことはなんでも周囲がやってくれる……見習いがやらされる厨房の仕事も免除されたってポッポデハトスから聞いた。初日に皿を十枚も落として割ったんだって? 皿一枚満足に洗えなかったんだってね。きついことも言えないからってポッポデハトスが笑ってた。叱られた事なんかないんじゃない? 王族への遠慮に加えて、幼い頃に両親を亡くしたことへの同情から、みんなあんたを甘やかした。だからあんたは今でも大人になり切れていない。子どもの時のまんま、なんにも学んでこなかった。それにあんた、欲しいものがあっても自分じゃ言わないよね? がむしゃらに何かを求めたりしないよね? 誰かがいつもお膳立てしてくれるから、自分じゃなんにもしなくなっちゃったんだろ? 自分の力を(ふる)って、やっと手に入れたものってある?」


「チュジャン、言い過ぎだ」

さすがにジャルスジャズナが止めようとする。


「言い過ぎなもんか。この人はいくら言ったって聞きゃあしないんだ。これでも足りないくらいだ」 

「そんなに不満なら師弟契約を解除すればいい。魔術師としておまえに教えることはもうないし、わたしのことは放っておいて次席魔術師の仕事に専念したらいい」

「ふざけんなっ!」


 チュジャンエラが乱暴に立ち上がった。勢いで、椅子がガタンと倒れる。

「チュジャン!」

驚いて止めようとするジャルスジャズナ、ずかずかとサシーニャに歩み寄るチュジャンエラ、冷ややかにチュジャンエラを見詰めるサシーニャ、チュジャンエラが腕を振り上げ振り下ろす。


 バシッ! 派手な音が部屋に木霊した。チュジャンエラの平手打ちが立てた音だ。見る見るうちにサシーニャの頬が赤く染まっていく――

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