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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第7章 報復の目的

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愛する苦悩

 果たして恋心に正解はあるのだろうか? 湯船に()かってスイテアが考える。


 リューデントに会いたい……会いたかったと(すが)りつき、あの胸に抱き締めて貰いたい。リューデントは『俺も会いたかった』と耳元で囁いてくれるだろうか? そしてあの情熱的な接吻(くちづけ)をしてくれだろうか? そこまで夢想してスイテアが首を振る。

(リューデントを思い出せない。どうしてもリオネンデになってしまう)


 そもそもリオネンデは最初からリューデントと同じだった。リューデントと同じようにスイテアを翻弄し、だからスイテアは酔わされて抵抗できず、リオネンデのしたいようにさせてしまったのだ。それに……


 リューデントとリオネンデ、どちらを求めているのだろう? いや、答えはもう出ている。どちらも欲しいのだ。リューデントに焦がれれば焦がれるほどリオネンデを思い出す。なんと強欲な、と自分を(のろ)うがどうしようもない。


(やはりサシーニャに頼んで、王家から外して貰おう)

もしスイテアを許したとしても、リューデントはきっとリオネンデへの嫉妬を抑えきれないはずだ。そばにスイテアが居ればずっと妬心に苦しむことになる。だからリューデントのところには戻れない。苦しめたくない……歪んでしまった二人の愛には、いずれ破局が訪れるだろう。リューデントから見放される辛さを味わうよりも今、自分から離れていこう。きっと少しは惨めさもマシになる。


「スイテアさま? お急ぎください」

湯殿の外から世話係の魔術師が声をかけてくる。ジャルスジャズナに案内されたこの部屋で、やっと一息ついたという頃に来た、まだ若い女の魔術師だ。リューデントを失った時のスイテアと同じ年ごろの魔術師を見て、なんだか泣きたくなった。


 来るなりすぐに湯を使えと言う。疲れているから遠慮すると答えたら『仕来(しき)たりです』と言われ、魔術師の塔にはそんな仕来たりがあるのかと思い、従った。身体を清める手伝いをすると言うのを断ると『身体の隅々までお清めください』と言われムッとする。自分の身体も満足に洗えないと言われた気がした。


 湯殿を出ると用意されていた衣装を着せられる。後宮から持ってきたのか、リオネンデのお気に入りの桃色の衣装だった。髪は緩く後ろに束ねられ、薄い化粧と控えめな装飾品が(ほどこ)された。


 身支度が終われば退出すると思っていた魔術師は、意外なことを言ってスイテアを驚かせた。

「サシーニャさまが居間でお待ちです」

ゆっくり休めと言ったじゃないの……そう言いたいがこの魔術師に言っても意味がない。

「判りました」

魔術師の導くまま、スイテアは寝室を出た――


 居間でスイテアを待つサシーニャ、なんと言って貸与館に連れて行こうか考えている。ジャルスジャズナやチュジャンエラには聞かせられない話も出るかと思い、一人でこの部屋に来た。ジャルスジャズナには、手に負えなかったら呼ぶので助けてくれと言ってある。リューデントは既に貸与館、スイテアはいつ来るかと緊張していることだろう。


 寝室の扉が開きスイテアが姿を現す。淡い桃色の衣装に薄化粧――この人は衣装や化粧でガラリと雰囲気が変わるとサシーニャが感心する。世話係の魔術師はサシーニャに会釈して居室から出ていった。


 外聞防止術を掛けると同時にサシーニャが決断する。バチルデア王女のことであれほどの怒りを見せたスイテアだ。騙したり誤魔化したりして連れて行けば、話を(こじ)らせてしまうだろう。


「リューデントさまが貸与館でお待ちです。今宵はお二人でお過ごしください」

「えっ? リューデントにはわたしが王宮に居ることは内緒にする約束よ?」

「申し訳ありません。スイテアさまが魔術師の塔に居ると、リューデントに知られてしまいました。わたしの落ち度です」


 蒼褪めるスイテア、知らせたのはサシーニャだが嘘を言ったわけではない。サシーニャの落ち度でリューデントに知られた――平たく言えば約束を破ったのだが、はっきりとは言わず遠回しに言った。


「そんな……サシーニャ、お願い。わたしを王家の一員から外して」

「それは――」

「わたしはリオネンデの愛を受け入れてしまった……リューデントのところには行けない。あの人、わたしを見るたび嫉妬で苦しむわ」

「うーーん……」


 困ったとサシーニャが思う。ここでリオネンデ王とリューデントは同一人物と言えば済みそうだが、今まで騙していたのかと、スイテアがリューデントに不信感を持てば終りだ。


「なにしろリューデント王はスイテアさまに夜伽(よとぎ)を命じられた。魔術師であるわたしが王の命令に逆らえないのはご存知のはずです。どうかわたしの立場をお考え下さい」

「わたしに拒む権利はないと?」

「スイテアさまにではなく〝わたしに〟です。リューデント王の望みが叶うよう手配するのを拒めません――どうしてもおいやならその旨、リューデント王にお話しください。いやがるスイテアさまを手籠(てご)めになさるようなことはないでしょう。王家を離れる件もリューデントさまにご相談ください」

「そんな……」

スイテアが唇を震わせる。

「どうしても会わないわけにはいかないのね?」


 サシーニャがスイテアから目を(そむ)ける。後ろめたさを感じていた。

「お願いです。どうぞわたしと同行し、リューデント王の話を聞いてください」

「助けて、サシーニャ……」


 泣き声交じりのスイテアの声、ハッとサシーニャがスイテアを見る。すでにスイテアの頬は涙に濡れそぼっていた。

「スイテアさま……」

狼狽(うろた)えるサシーニャ、それほどまでにこの人はリューデントを拒むのか?

「リューデントが嫌いですか? それともリオネンデ王が恋しいのですか? リオネンデ王でなければなりませんか?」

「違うの。違うのよ、サシーニャ」


 泣き顔を隠しもせずにスイテアが訴える。

「リューデントを忘れられない。だけどリオネンデも忘れられない。こんなわたしじゃリューデントが可哀想だわ」

大きく息を吐いたサシーニャが

「それなら、そのあたりもリューデントに正直にお話になればよろしいかと……何しろ、お二人で話し合われることです」

と、心内で安堵したことを隠してスイテアを(さと)す。スイテアは、リューデントを嫌がって拒んでいるわけではない。ならば連れて行きさえすれば、なんとかなるだろう。リューデント次第だ。

「判りましたね?」


 微かに頷いたスイテアが、溜息を吐く。対決は避けられないと悟ったのだ。

「お化粧を直します。少しだけ待ってください」

「もちろんです」

寝室にいったん引き上げるスイテアを見送るサシーニャ、自分は話し合いを拒んでおきながら他人(ひと)には勧めていると、自嘲の笑みを浮かべた――


 玄関扉が開く音がし、近づく足音にリューデントが耳を(そばだ)てる。足音は三人、一人はサシーニャのはずだ。あとの二人は誰だろう? チュジャンエラ? ジャルスジャズナ? それともスイテア?……スイテアはここに来ることを拒んだかもしれない。


 サシーニャに連れていかれた貸与館の居室、広めの部屋には分厚い敷物の上に膳が用意され、そこそこ豪華な料理が並べられている。数種の酒にレモン水、果汁の瓶もある。見渡せば、部屋の隅には寝台も置かれていた。


 腹の子に障るからスイテアに酒は飲ませるなとサシーニャに言われた。レモン水と果汁はスイテアのためだ。いや、今日くらいは俺も酒を控えるか? そんな心配もスイテアが来たら、の話だ。


 スイテアは『リューデントと会う気はない』とサシーニャに言ったらしい。リオネンデがいなくなったからリューデントに、なんて、そう簡単に心変わりはできないと思うのももっともだ。会う覚悟をしなさいと、サシーニャは言ってくれたようだが、それは今朝のことだと聞いた。この短時間で覚悟がつくものでもない。


 サシーニャがスイテアを迎えに行くと言って部屋を出ていくとき、そっと耳打ちした言葉――リオネンデ王は自分だったと告げたほうがいい。スイテアさまは必ず見抜くと思います。


 だが正直に『リオネンデ王は自分だ、王廟との約束で打ち明けられなかった』と言ったところで、スイテアは許してくれるだろうか? 騙していたと(なじ)られて、もう信用できないと、心が離れていきはしないか? そんなことになったら堪えられそうにない。


 サシーニャの言うとおり、スイテアは入れ替わりに気付くだろうか? このままリューデントとして受け入れてくれるのではないか? もし受け入れてくれたら、リオネンデだったと言わなくてもよさそうな? でも……確かにスイテアは鋭いところがある。サシーニャの勘は当たるだろう。


 いったいどうすればいい? 迷いに迷い、考えは行ったり来たりで定まらない。けれどその迷いも、スイテアが来なければ意味のないものになる。来て欲しい……出される答えに恐怖しながら、それでもここに来て欲しい。来なければスイテアを取り戻すことができないのは明らかだ。


 居室の扉が開きサシーニャが入ってくる。

「お連れしました」

立ち上がったリューデント、サシーニャの後ろから入室してくるのはスイテアだ。その後ろに居るのはチュジャンエラだが、もはやリューデントはスイテアしか見ていない。


 なんと言えばいいか迷ったサシーニャが、何も言わずに部屋を出る。『ごゆっくり』と言うのもヘンだと感じたし、『それでは』だと、それでは()()()()()と思った。チュジャンエラは軽く会釈してサシーニャに続いた。残された二人は身動(みじろ)ぎもせず互いに見つめ合う。


 先に動いたのはリューデント、ゆっくりと歩み寄り両腕を広げスイテアを抱き締める。ただ見詰めているだけのスイテア、されるがままに抱き締められて(ようや)く目を閉じた。

「会いたかったぞ……」

耳元で囁くリューデントに、スイテアが『わたしだって』と心の中で呟く。スイテアにしてみれば後宮の火事以来八年ぶり、だがリューデントにとってはバイガスラで別れて以来、どちらもそんな齟齬に気づくことはない。


 一頻(ひとしき)り抱き締めてからリューデントがスイテアの顔を覗き込む。

「なぜ泣いている? 会えて嬉しいのか?」

答えないスイテアの頬をリューデントが拭い、そのまま(てのひら)をスイテアの(あご)へと移動させた。


 目を閉じたまま動かなかったスイテアが接吻(くちづけ)を受けて、リューデントの首に腕を回す。身体から力が抜けて崩れそうになるとリューデントが支えて抱き上げた。


 今、自分を酔わせているのはリューデントかリオネンデか? いや、リューデントだと判っている。でもリオネンデとどう違う? スイテアが苦悩の涙を止めどなく流す。そして思う。やっぱり拒めない……

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