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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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王を待つ身

 フェニカリデ・グランデジア、王宮・王の執務室ではジャッシフを相手にスイテアが、剣の稽古に励んでいた。(かたわ)らで見守るのはレナリム、スイテアの動きを熱心に見つめている。

「今の左への一歩、その動きは無駄!」

レナリムの声が響く。


 思った以上にスイテアの上達は早い。未だ枝を使った稽古だが、そろそろ模造剣に切り替えようかと思うジャッシフだ。が、リオネンデの了解なしに進めるのも気が引ける。


 予定より二日遅れると連絡があったものの、さらに伸びる可能性もある。思いついたらすぐに行動するのがリオネンデの良いところでもあり、周囲を振り回す短所でもある。それがまたぞろ頭を(もた)げないとも限らない。


 剣を稽古するのならばついでだからと、短刀の扱いを教えるようレナリムに指示を出した。が、こちらは五日もするとレナリムが『もう、教えることがない』と言いだした。


 もともとレナリムは、リオネンデに(めい)じられて短刀の扱いを後宮の女たちに仕込んでいる。目的は護身と、万が一には自己(おのれ)の命を絶つためだ。さほど奥の深いものでもなかった。


 あとは実践あるのみでございます……嫣然と笑むレナリムに、ジャッシフは『実践することなどなきよう尽力したしております』と答えた。


 ジャッシフは十歳で王宮に呼ばれ、二人の王子の守り役を任じられた。その時、二人の王子とともにいたのが、準王子サシーニャ、そしてその妹レナリムだった。


 準王子と準王女――王子・王女に準ずる者の意だが、サシーニャ兄妹が孤児となった時、二人の身分をどうするか王宮内で揉めた。当時の王の妹で前王の娘、そんな王女(・・)を母親に持つ二人は、王孫までは王家の一員と考えられているグランデジアでは本来『王子・王女』と呼ばれる存在だった。複雑な事情で〝準〟が加えられたのだが、そのあたりの事情をジャッシフは知らない。


 十歳のジャッシフは、子ども心にサシーニャとレナリムの美しさに圧倒された。特にレナリムは人形のように愛らしく、可憐だった。双子の王子とその従兄妹の準王子と準王女、四人を守ると心に決めたジャッシフだった。


 それ以来、ずっとレナリムに憧れてはいたものの、その心を得られるとはジャッシフには想像もできなかった。


 それが火事騒ぎも収まり王宮も落ち着きを取り戻し始めた三年ほど前、リオネンデから王宮の庭の奥まったある場所(・・・・)に呼び出される。なぜこんな場所に? 不思議に思ったが王の呼び出しには応じるしかない。


 行ってみるとそこに現れたのはレナリムだった。王から預かってきたと渡された手紙を読むと、『好きにしろ』とだけ書いてある。そして背中に、撓垂(しなだ)れかかってくるレナリムの身体を感じた。


 リオネンデに見透かされていたと、冷たい汗が背中を流れる。そしてその背をレナリムが熱くする。好きにしろ、その言葉をどう受け止める?


 女を知らないわけではなかった。持ち込まれる縁談も少なくはなかった。王のお気に入りの側近、取り入りたい者も多い。それでも身を固める決心がつかなかったのは、心にレナリムがいたからだ。


 好きにしろ……好きにしていいのだな? ジャッシフが、心の中でリオネンデに問いかける。


「好きにしていいのだな?」

そして声はレナリムに問いかける。レナリムは目を閉じて、ジャッシフの腕の中にいた。


 それからというもの、ジャッシフはレナリムと王宮の庭で忍びあうようになる。庭に二人にだけ判るしるし(・・・)をレナリムが残し、ジャッシフは指定された時刻に指定された場所に赴く。指定するのはいつもレナリムだった。


 王の従妹とはいえレナリムを、王女扱いする者など今はいない。サシーニャが()かが(・・)魔術師と影で言われるのと同じだ。それでもジャッシフにとってレナリムは、今も大事な王女のままだ。表面上、他の者と同じようにリオネンデの後宮の女官として扱っているが、心の中では憧れ敬い続けている。


 そんなレナリムが自分を呼び出し求めてくる。ジャッシフが夢中にならないはずもない……


 スイテアの相手をするジャッシフを眺めながらレナリムが思う――そんなことは判り切っていた。リオネンデはやはり冷たく残酷だ。わたしの思いもジャッシフの気持ちもよく知っているはずなのに、よくもわたしをジャッシフに(あて)がうような真似ができたものだ。


 やっと物心が付くころに親を亡くし兄とも引き離されて、引き取られた王妃のもとには一つ年上の二人の王子がいた。


 リューデントは明るく屈託がなく、よく遊んでくれたけど気まぐれで、それに引き換えリオネンデは物静かで、常に温かく見守ってくれた。そんなリオネンデがレナリムは好きだった。愛とか恋とか、そんなものではなく、ただただ(・・・・)リオネンデが好きだった。リオネンデがくれる安心感、それがレナリムの孤独を紛らわせてくれた。


 王子たちが年ごろとなり王妃の間から出され、会えなくなってすぐのころは寂しさに泣くこともあった。けれどそれは兄を慕うのと変わりない。


 それがあの火事でリオネンデに助け出され、初めて思い知る。わたしは、レナリムはリオネンデを慕っている――懐かしいリオネンデが、懐かしいあの声で、しっかりしろと、わたしに語り掛ける。炎に包まれ逃げ惑いながら、心が喜びに震えている。


 (いのち)を助けられたのだから、すべてを捧げてリオネンデのために……そこに嘘はない。けれど奥底にはまた別の理由を持つレナリムだった。


「えいっ!」

手にした枝を繰り出してスイテアが、なんとかジャッシフを突こうとする。が、僅かばかり届かない。せめてほんの少しでも、ほんの先端だけでいい、身体に触れさせれば、微かな傷でも負わせられる。しかし相手は、子どものころから鍛錬を重ねたジャッシフだ。数日前に初めて剣を手にしたスイテアにそう易々と隙を見せたりしない。とうとう弾かれて、スイテアが手にした枝が宙に飛ぶ。


「今日はこのあたりで終わりにしましょう」

少しばかり息が上がったジャッシフが言う。


「どんどん上達なさっています――始めた頃はわたしに汗をかかせることなどなかった」

そう言われてジャッシフを見ると、(ひたい)にうっすらと汗を滲ませている。


「でも……この程度ではリオネンデさまがご満足なさると思えません」

スイテアの言葉に、ジャッシフとレナリムが顔を見合わせて笑う。


「いくらリオネンデが言いたい放題でも、そこまで無茶を言いはしない。安心なさっていい」

レナリムが盆に乗せて持ってきた杯を取るスイテアにジャッシフが笑う。そして次には自分に盆を差し出したレナリムに『ねぇ?』と同意を求めた。


 ジャッシフの瞳に籠る熱に同じように瞳で応えてから、レナリムがスイテアに笑顔を向ける。

「ジャッシフさまのおっしゃる通りです――明日はお帰りになるとのこと、待遠しゅうございますね」


「ご無事であれば、それでよろしいかと」

飲み干した杯を盆に戻しながらスイテアが答える。


 リオネンデを殺すつもりでここに来て、あっと今に飲み込まれた。そして今はレナリムが言うとおり、リオネンデを待っている。


 王宮を離れる前にリオネンデがしていた話の全てが、時とともに矛盾しているように思えてくる。違う、リオネンデが(そば)にいないことが不安を呼び、その不安が不信を呼んでいる。


 七日で帰ると言った。なのに、今日は八日目。明日戻ると連絡があったけれど、ジャッシフは当てにならないと笑う。


 あの顔を目にしたとき、またわたしはリューデントを思い出すかもしれない。きっと心が再び揺れる……そんな予感に(さいな)まれるスイテアだった。

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