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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第7章 報復の目的

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仕舞いこんだ宝物

 サシーニャがマジマジとリューデントの顔を見る。青ざめた顔は信じられないと言いたそうだ。

「今、なんと? なんと言いました?」

「いや……」

サシーニャから感じる怒りにリューデントがタジタジとなる。

「おまえはリオネンデに引きずられて、リオと俺のために復讐に賛同したんじゃないかと思って」


 それに加えて、リューデントにリオネンデを名乗らせる条件に王廟が復讐を提示したこともあるが、入れ替わりを知らないジャルスジャズナとチュジャンエラの前では言えない。


「おまえの両親を殺めたのがモフマルドだと知ったのは、復讐を決めてからだ。火事騒ぎだけではおまえに復讐を決意させるには――」

「リューデント!」

乱暴に立ち上がるサシーニャ、身体がブルブルと震えている。同時に部屋全体がガタガタと音を立て始めた。


「本気で!? 本気でそんなことを言うのか!?」

リューデントを睨みつけるサシーニャの声は低い。が、それだけに怒りの深さを感じる。部屋はガタガタと音を立て続け、グラグラと揺れ始める。揺れは徐々に大きくなっていく。


「サシーニャ、落ち着け!」

慌ててジャルスジャズナが立ち上がり、サシーニャの肩に腕を回す。

「魔力が暴走しているぞ!」


 ハッと息を飲んだサシーニャが深く息をして、自分を落ち着かせようとする。すると部屋の揺れがだんだんと納まり、やがて音も立たなくなった。

「今のが……魔力の暴走ってやつなんだ?」

蒼褪めたチュジャンエラが呟いた。


 最後に一つ大きく息を吐き、サシーニャが腰かければ、ジャルスジャズナも席に着く。


「わたしを怒らせるな、リューデント――怒りで自制心を失えば、自分でも何を起こすか判らない」

「どういうことだ?」

「いつか話したでしょう? 能力膨張……激しい感情は一気に魔力を増大させ、本人の体力と言うか、生気とともに発散しようとします。体内に(とど)めて置けなくなるのです――最初の暴走は父の遺体を目の当たりにしたときです。これも以前お話ししましたね」

「あぁ、確かチュジャンエラを弟子にした理由を聞いた時だ」


「二度目はジャジャも見ています――覚えてる?」

サシーニャがチラリとジャルスジャズナを見ると

「あぁ、覚えてる。忘れるもんか……そうだね、あれも魔力の暴走だったんだね。あん時は癇癪(かんしゃく)って思ったけど、うん、あれは魔力の暴走だ」

と考えてから答えた。


「なにがあったんだ、ジャジャ?」

「サシーニャが嫌がることを無理強いして怒らせちまった。そしたら地響きがして地面が揺れた。(うち)の裏庭での出来事、揺れてるのは(うち)の敷地だけ……わたしが見習いのころだからサシーニャは十歳にもなってなかった。魔力の強さに、随分と驚かされたモンだよ」

「そして今が三度目です。ジャジャが止めてくれなければ危うく王宮を、少なくともこの館を崩壊させるところでした」

サシーニャが話を締めくくる。


 リューデントがマジマジとサシーニャを見る。

「自分の意思でってわけじゃないんだな?」

「無意識だから困るんです。だから常日頃(つねひごろ)から激高しないよう心掛けているのに、なんでリューデントはわたしを逆撫(さかな)でするようなことを平気でするのか?」

最後は溜息交じり、ほとほと困り果てているのが判る。


「まぁ、滅多なことでは暴走を起こしたりしませんよ。五歳のころから自分に課していたことです。何事にも動じるな――復讐の件ですが、リオネンデから真相を聞いた時、わたしがどれほど悔しかったかリューデントには判りませんか? わたしもグランデジアに生き、王に忠誠を誓った魔術師の一人。そしてマレアチナさまに慈しんでいただいき、双子の王子は従弟……リオネンデから聞いた話にどれほどの憤りを感じたことか」


「だが、魔力の暴走を起こすほどではなかった?」

「リオネンデを即位させ、グランデジア王宮の体制を立て直さなければならない、そんな使命がありましたからね。それが暴走を止めたんじゃないかな? 何しろ筆頭魔術師も王家の守り人も落命、自分がしっかりしなければという気持ちが強かった――なぜ、わたしが復讐を望んでいなかったなどと思ったのですか?」


 サシーニャの話を聞いて、やはりサシーニャに無理をさせてしまっているとリューデントは感じていた。


 自分がしっかりしなければ……それは他の誰にも、リオネンデとして王になったリューデントにさえも、サシーニャは頼れなかったという事だ。


「何度も言うけれど、本来おまえは気持ちの優しいヤツだ。だからだろう、殺生が嫌いだ。恨みも憎しみも、すでに昇華しているんじゃないかと思った。だからモフマルドをバイガスラの王宮で助けもしたし、遺体の始末をどうするかなんてことも考えられるんだと、そう思ったんだよ」


 これにはサシーニャも少し考えてから答える。

「きっとすべてが終わったからではないでしょうか? しかもモフマルドは落命した。死者を責めてみても自分が惨めになりそうです――遺体をどうするかは現実に目が向いているからでしょう。明日、クッシャラデンジに意見を聞いてみます。そのうえで決めましょう……では、そろそろお(いとま)いたします」

すでに食事は終わっていた。


 バチルデア王宮――すっかり元気をなくして帰ってきたルリシアレヤをララミリュースが持て余していた。護衛としてついてきたバーストラテに訊いても『お答えできることはありません』と言うだけで、何も教えてくれない。


 バーストラテはサシーニャからの親書を持参していた。それによると、バーストラテをバチルデアにて休養させたいとある。どこかにルリシアレヤのことが書かれていないか何度も読み返すが一言も触れていなかった。


 いつもの(くせ)でバーストラテを観察する。根っからの真面目、控えめだが情熱を持っていないわけではない。その情熱を奥に秘めて、表に出すことはない。感情は真っ直ぐ、優しさも持ち合わせている。言葉数(ことばかず)は少ないがその分、余計なことを言いはしない――フェニカリデでもルリシアレヤの護衛を勤めていたらしいが、サシーニャがバーストラテを抜擢したのがなんとなく判るような気がした。


 ララミリュースの中ではルリシアレヤの相手はサシーニャと確定していた。フェニカリデで使っていた荷物は後日荷馬車で運ばれてくることになっているがそれとは別に、ルリシアレヤは大事な物だけ袋物に入れて、手ずから持ち帰っている。その中に有った紫色の布に包まれていたのは銀の(はさみ)だった。


「その鋏はどうしたの?」

見れば大きな金剛石(ダイヤモンド)が嵌め込まれている。さぞや高価な物だろう。

「髪を切ってあげたお礼に貰ったの」

そう言ってルリシアレヤは慌てて布に包み直し引き出しに仕舞っていた。大切な物を入れている引き出しだ。サシーニャが黄金の髪を短くしたのは噂で聞いていた。髪を切ってあげた相手はサシーニャに違いない。


 その次にルリシアレヤが袋物から出したのは小さな木箱、そこには豪華な黄玉石(トパーズ)の髪飾りが入っていた。ルリシアレヤはチラリと見ただけで引き出しに入れたが、ララミリュースは見逃さない。フェニカリデの舞踏会で付けていたものだ。どうしたのかと聞いたら、内緒よ、と笑って誤魔化された。だが、あんな高価なものをルリシアレヤが買い入れられるはずはない。きっとサシーニャからの贈物だ。


 その次に出してきたのは小さな髪飾り、これはそのまま袋物に入れられていた。

「その髪飾りは? 初めて見るわ」

ララミリュースの問いにルリシアレヤが素直に答えた。

「プリムジュを(かたど)っているの。可愛いでしょ?」

(しばら)く眺め、溜息を吐いてからルリシアレヤは引き出しに仕舞った。どうやって手に入れたのかは敢えて聞かなかった。自分で買ったにしても誰かに貰ったにしても、肝心なのは〝プリムジュ〟だ。


 やはり文通の相手はサシーニャだった。フェニカリデの王宮でサシーニャを一目(ひとめ)見て『あなたが文通の相手ね?』と指摘したルリシアレヤの直感は当たっていたのだ。


 手紙を通じて互いを認め、求めあい始めていた二人が、実際に相見(あいまみ)えれば恋に落ちても無理はない。だけど……


「政情が落ち着けば、フェニカリデにはまた行けるわ」

励まそうとララミリュースが掛けた言葉に

「もう二度と行くことはないわ」

ルリシアレヤはきっぱりと答えた。


「だってあなた……エリザマリに会いたいでしょう?」

いきなりサシーニャの名を言えず、エリザマリを引き合いに出したララミリュースだ。


「エリザのことは心配ないわ。夫になるかたは次席魔術師、それにとっても楽しくて優しい人。エリザは幸せになれるわ。子どもも生まれるしね」

「ほかにもほら、お友達ができたんじゃなくって?」

「あいにくフェニカリデの住処ではお茶会すらできなかった。友達なんていないのよ」

「向こうでの暮らしは楽しくなかったの? まさか閉じ込められていた?」

「そんなことないわよ!」


 声を荒げたルリシアレヤ、そして小さな声で付け加える。

「きっと……きっとわたしの生涯で一番楽しかった季節になるわ――疲れているの、もう休ませて。お願いだから放っておいて」

何も言えず、すごすごとルリシアレヤの部屋を出るしかなかった。


 アイケンクスのことも気になったが、息子のことは男親に任せようと思っていた。まずは娘の心の傷を癒さなくてはと思った。それにはどんな傷を負って帰ってきたのかが知りたい。ララミリュースはバーストラテに与えた部屋に向かった。

「よかったら話し相手になってくださらない?」

少し戸惑ったようだが断るのも無礼と感じたのだろう、バーストラテは部屋に入れてくれた。


 椀に茶を注ぐバーストラテに

「魔術師ってお茶も魔法で淹れるのかと思っていたわ」

ララミリュースが微笑むと、

「魔法でなければできないことに使うため、力をなるべく使わないようにしております」

と丁寧に答えてくる。

「次席魔術師……エリザマリさまのご婚約者のチュジャンエラが持たせてくれた菓子です」

皿に盛った焼菓子を勧められた。


「チュジャンエラなら知っているわ。まさかあのかわいい子がエリザマリといい仲になるとは思ってなくって、結婚するって聞いた時は驚いたわよ」

これには笑んだだけのバーストラテだ。


 バーストラテが席に着くのを待ってララミリュースが話を切り出す。

「答えられることはないって言ってたけど、それって知っているけど言えないって事よね?」

獲物を狙うようなララミリュースの目、一瞬ララミリュースを見たが、バーストラテはすぐ目を逸らした。

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