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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第7章 報復の目的

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約束なしの約束

 バーストラテから視線を外し、

「おまえが言わなくても、すぐに知れることです。気にすることはありません」

サシーニャが小さな溜息を吐く。


「噂についても自分の都合で流したものです。それなのに、あの人にだけは知られたくないなんて、わたしの身勝手でしかありません。むしろ、今までよく防いでくれたと感謝しています」

「サシーニャさま、違います。わたしは悪意を持って――」


「もしそうだとしても、おまえにそんな思いをさせたわたしが悪い。おまえが言うとおり、残酷なことをしたのだと反省しています」

「そんな……わたしはサシーニャさまを責めたいわけじゃないんです――責められたいんです。なんてことをしてくれたんだと、罰して欲しいんです」


 両親を死に追いやった相手でさえ糾弾できなかったわたしに、部下の些細な失敗を罰せるはずもない。サシーニャが微かに失笑する。それが自嘲だと判るはずもないバーストラテは狼狽(うろた)える。


 さらにサシーニャが

「バーストラテはルリシアレヤが嫌いなのかな?」

と唐突に尋ねれば、ますますバーストラテは混乱し、よく考えもせず正直に答えてしまう。


「まさか! 嫌いだなんて有り得ません。ルリシアレヤさまは素敵なかたです……わたしなんかにも気を遣ってくれて、明るくて屈託がなくて」

「わたしとは正反対でしょう? おまえとも」

「サシーニャさまと正反対? サシーニャさまはともかく、本心を言うことが怖いわたしと違ってルリシアレヤさまは心をお隠しになりません。それが正反対と言われればそうです」


「執務に関してはともかく、私人となるとわたしは他人(ひと)の目を気にして無難(ぶなん)なことしか言えなくなってしまいます……あの人はまったくそんなことを気にしない。気にしたことなどないでしょう。思ったこと、感じたことをそのまま口にする。羨ましいと思いました」

「はい……わたしもルリシアレヤさまを羨ましいと感じています。こんなふうに成れたらと、憧れすら感じています」

バーストラテのその返事を、サシーニャは聞いていただろうか? ぼんやりと宙を見据えているようだった。

「サシーニャさま?」

「うん?」


 呼びかけに、視線をバーストラテに戻したサシーニャが提案する。

「嫌でなかったら、少しバチルデアでゆっくりしてきなさい。慣れない警護で疲れも溜まっていることでしょう。ルリシアレヤの監視ということにすれば名目も立たつし、ララミリュースさまにお願いしておきます」

そして微笑んだ。

「日常から離れて、これからどうしたいのかじっくり考えてみるのもいいと思いますよ。気持ちが決まったら戻っていらっしゃい。そのうえでもし、魔術師を辞めると決めたなら、その時はもう止めません」


 そう言って立ち上がると水屋から懐紙を持ってきて、焼き菓子を包んで渡す。

「チュジャンが焼いてくれた菓子です――明日、見送りはできません。気を付けていってらっしゃい。帰りを待っていますからね」


 サシーニャが手ずから扉を開ける。魔法を使わなかったのはせめてもの気遣いだと受け止めたバーストラテ、退出するほかなかった。


 夕刻、食事の支度をしようとチュジャンエラがサシーニャの執務室に行くと、扉の前にヌバタムが寝ころんでいた。チュジャンエラを見るとニャオンと一声鳴いて尻尾を伸ばす。するすると伸びた尻尾がサシーニャの部屋の扉を開けた。


「サシーニャさま?」

部屋に入り、声を掛けるが返事がない。テーブルを見ると焼菓子には布が(かぶ)せられ、その横に一葉の紙片が置いてある。


『出かけます――プディングを忘れないように。ヌバタムにも何か食べ物をあげてください』


 チュジャンエラが紙片を読むと、身体を摺り寄せていたヌバタムが尻尾をピンと立てて扉に向かう。

「ヌバタム、サシーニャさまはどこ?」

チュジャンエラが尋ねる。するとヌバタムは(ひげ)の手入れをしながら、伸ばした尻尾で扉の引手を(もてあそ)んでいる。

「なるほどね。探すなってことか」


 案内(あない)猫に頼れないと悟ったチュジャンエラ、諦めて水屋に行くとプディングを持ってサシーニャの執務室を出た。自分の執務室に行こうか迷ったが塔内の気配を探ってジャルスジャズナの執務室に行くことにした。ヌバタムはなぜか察して先を歩いている。


 エリザマリはサシーニャの館に行ったあとらしい。召使に頼んで荷物をチュジャンエラが使っている部屋に運び込んでいる頃だろう。

「ルリシアレヤはバーストラテが戻ってきたら一緒に貸与館に行ったよ。一言も声を聞けずに、わたしはお役御免になった」

苦笑するジャルスジャズナだ。


「バーストラテは明朝まで休暇のはずだったけど?」

プディングを食べながらチュジャンエラが言う。足元で(くつろ)ぐヌバタムは、すでに自分の分を食べ終えていた。

「あぁ、バチルデア出張の支度は済んだし、ほかにすることもないからって言ってたね。それよりチュジャン、サシーニャはどこに行ったんだろう?」

「塔の中に気配がないから、扉番に聞きに行ったら馬で出かけたって。早駆けに行くのはいつも西門からだけど、向かったのは西門じゃなく南門方向らしい。たぶん南裏門から王宮を出たんじゃないかな?」

「なんだ、自分の館に帰ったのか?」

「多分そうだと思うんだけど……」

「思うんだけど?」


 チュジャンエラが重苦しい顔になる。

「遠隔伝心術で話しかけても気配を掴めないんだ」

「うん?」

「つまりサシーニャさまは強力な結界の中にいる」

「強力な結界の中……バラ園?」

「うん――サシーニャさまは館の自室にも結界を張ることがあるけど、それでも遠隔伝心術で捕まえられるんだよ。捕まえられないのはバラ園の中にいるときだけ。あのバラ園と同じような保護をかけるには数日かかるって言ってたから、他とは考えにくいんだよね」


「アイツ、子どものころ虐められると実家(うち)の館の庭に隠れて泣いてたんだ。バラ園に隠れちまったか?」

「うーーん、それは思いつかなかった。でも、ありそうだね――僕は、ルリシアレヤを待ってるんじゃないかって思ったんだ」

「ルリシアレヤを?」

「うん。あの二人の約束なしの密会場所はバラ園なんだ」

「約束なしの密会?」


「会いたくなったらいつでもバラ園に来ていいってルリシアレヤに言ったらしい。だからバラ見物(けんぶつ)って理由で出入を許した。で、入ったことをバーストラテ以外に知られず、中に他の人が居なければ、何を話してもいいって約束なんだって」

「約束してないんだか、約束してるんだか、よく判んないな。まぁ、どうでもいいけどさ――それで二人は頻繁に会ってたんだ?」

「それがよく判らない。バラ園の中に誰がいるかは探れないんだからね――でも、サシーニャさまは早朝、庭に出てることがよくあったから、その時はルリシアレヤが来ていたのかも。僕が起きる前に帰してるんじゃないのかな? バラ園から出てくれば僕にも判るから」


「髪を切って貰ったって話もそれか? 庭で髪を切ってたらルリシアレヤがバラを見に来たって言ってたけど――バイガスラへの出陣当日だ。サシーニャのヤツ、ルリシアレヤが来るって確信してたな?」

「二人きりで会ってても、ルリシアレヤの話を聞くだけだったらしいけどね。で、本人に言えばいいのにサシーニャさまったら、こんなこと言われただのって僕に愚痴るんだ」

「そりゃチュジャン、サシーニャの惚気(のろけ)だろう?」

「多分ね、まったく素直じゃないんだから――ねぇ、ジャジャ。ルリシアレヤはバラ園に行くかな?」

「来なければサシーニャは待ちぼうけか……ん? 来なければサシーニャのヤツ、朝までバラ園に居続けるんじゃないか?」


「出立までにルリシアレヤが落ち着くといいんだけどね――まぁ、一晩くらい寝ずに屋外で過ごしたって、サシーニャさまなら回復術でなんとかするだろうから身体の心配はしないけどね」

「心が心配?」

「失恋なんかサシーニャさま、したことないだろうからなぁ……」

「ルリシアレヤに『見納めだからバラを見に行ったら?』とでも言いに行く?」

「僕やジャジャが誘っても行かないんじゃ? 下手すれば余計に(こじ)らせそうだし」

「リューデントさまの言うとおり、放っとくしかないのかね」


「リューデントさまで思い出したけど、ルリシアレヤをいったんバチルデアに返してからって、サシーニャさまは考えていたみたいだよ」

「うん?」

「国交が正常に戻れば結婚を申し込む物好きもいるだろうって言ったらしい」

「サシーニャが?」

「うん。まぁ、サシーニャさまがその物好きとは断定できないって僕は思うけど、このままフェニカリデに置いておけばルリシアレヤは戦利品扱いになるってリューデントさまが。それにはなるほどって思った」


「戦利品か。サシーニャは嫌がりそうだね――うん、その物好き、わたしはサシーニャが自分を言ったんだと思うよ。対等な立場になってから申し込むつもりだってリューデントさまに宣言したんだ。でも、そうだとしたら、ここまでの縁とは言わなさそうだね」

「大嫌いって言われて拗ねてるって言ったのはジャジャだよ?」

「あ……」


 一瞬、言葉が止まったジャルスジャズナ、チュジャンの顔をまじまじと見て、

「なんかさ、サシーニャとルリシアレヤのことを心配するのが馬鹿馬鹿しくなってきた」

と言うと、プッと吹き出す。


「いつかはルリシアレヤの機嫌も直って誤解にだって気付くだろう――そしたらバチルデアから手紙を寄こすさ。ルリシアレヤは手紙好きなんだ」

「二人の仲はもともと手紙から始まってるしね……いつもの喧嘩とはちょっと違ってたから心配になったけど、どのみち他人がなんとかしてやれるものじゃない。判っちゃいるけど、どうもサシーニャさまは放っておけなくて」


「チュジャンの気持ち、判らないでもないよ。サシーニャ本人は自覚してないみたいだけど、抜けてるところがあるから」

と、さらに笑うジャルスジャズナ、

「怒られますよ?」

チュジャンエラもつられて笑う。


「さてっと、ご馳走さま。僕はこれから(いくさ)(つい)えの精算書と今後の必要経費の予算書を作成するんだ。明日の閣議に出す予定」

「それを今から?」

「いや、前から言われてて、だいたい終わってるから見直して確認するだけ――ヌバタム、行くよ。それじゃあね、ジャジャ」

「あぁ、また明日だな――早く終わらせて、エリザのところに帰ってやりな」


 笑顔で見送るジャルスジャズナ、『揶揄(からか)わないでよ』と口では言っても満更(まんざら)でもなさそうな顔で、チュジャンエラは部屋を出ていった。

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