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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第7章 報復の目的

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急がせて遅らせて

 混乱する議場で、いつもならどっしり構えているマジェルダーナとクッシャラデンジも顔色を変える。マジェルダーナの後ろに控えているジャッシフは呼吸を乱し、今にも泣きだしそうだ。


「いや! なんの悪ふざけだ!?」

大声で抗議するのはワズナリテだ。

「リオネンデ王なのでしょう!? なんでリューデントさまのお衣装で? 我らを()(らか)って面白うございますか!?」


 刺すような視線の中、平然と座に着くリューデント、それを見届けてからサシーニャが立ちあがる。

「静粛に! 王太子の面前での醜態、不敬と心得よ」


「王太子!?」

「廃太子された事実はありません。ならばリューデントさまは現在も王太子。何かご不満がおありか?」

「いや、しかし、本当にリューデントさまなのか?」


 ちっと舌打ちしたサシーニャ、リューデントに向かい

「ご無礼を承知でお願い申し上げます――お(しるし)を、みなにお見せください」

と言えば、『うむ』とリューデントが立ち上がった。

「あの火事より八年。混乱するのも無理はない」

と、左袖を(めく)り上げる。

「が、これがなければリューデントと認めて貰えないとは情けない話だ」


 (あらわ)にされた二の腕に、くっきりと(しる)された青き鳳凰、見守る者が息を飲む中、ジャッシフがとうとう嗚咽を漏らす。

「生きておいでだったのですね?」

守り切れなかった王子を目の前にして、ジャッシフの声が震える。


 ジャッシフ以外は誰も言葉を失した中、『しかし……』と切り出したのはマジェルダーナだ。

「生きておいでなら、今までどこにいらしたのですか? なぜお戻りにならなかったのです?」

「それは閣議で明らかにしたいと思っております」

そう答えてからサシーニャがリューデントに頷く。頷き返したリューデントが袖を直して腰を降ろすと、サシーニャが議場を見渡した。

「緊急閣議を始めます――チュジャンエラ、議事進行を」

サシーニャも席に着いた。


 魔術師の塔ルリシアレヤの居室では、沈みがちなエリザマリをルリシアレヤが励ましていた。


 閣議が始まるはずなのに、急に現れたチュジャンエラから『マジェルダーナさまの養女に』と言われ、フェニカリデに在留するにはそれしかないと承諾したエリザマリだ。外聞防止術で話が聞こえなかったルリシアレヤは、エリザマリから事の次第を聞いた。


「マジェルダーナさまは穏やかで優しいかたよ」

ルリシアレヤがエリザマリの背を撫でる。


 一の大臣マジェルダーナが仮親ならば、グランデジアでの安全も身分も保証される。お腹の子の父親との婚姻になんの支障もなくなる。だけど……エリザマリの気掛かりは、そこではなかった。


「明日にはこの部屋から出なくてはならないの。ルリシアレヤさまをお一人にしてしまうわ」

「彼から一緒に暮らそうって言われてたんでしょ? それと同じよ、思ってたより早くなっただけ。それに、わたしだってフェニカリデにずっといるのよ――これで安心して出産に臨めるわね。彼とはいつ一緒になれそう?」


 これにはエリザマリが頬を染める。

「明日、彼のところへ行くの。マジェルダーナさまもそれでいいって」

「まぁ、よかったわ! そう言うことなら彼の名くらい教えてくれるわね?」

「そうよね、もう隠しておかなくていいって事よね。でも……」

「でも?」

「彼が、わたしのことは自分の口で(おおやけ)にしたいって」

ほんのり頬を染めるエリザマリに、微笑むルリシアレヤだ。

「幸せになるのよ、エリザ。親と国を諦めて大好きな人と一緒になるのだもの。幸せにならなくちゃ」

そんなルリシアレヤをエリザマリが複雑な表情で見る。


 サシーニャの館に泊まった朝は、サシーニャとチュジャンエラの三人で朝食を摂っているエリザマリだ。サシーニャとチュジャンエラがルリシアレヤのことを話題にすることがある。はっきりしたことは判らないが、なんとなくサシーニャとルリシアレヤの関係を察していた。


「ルリシアレヤさまは? ルリシアレヤさまも幸せになってくれなきゃ……わたし一人が幸せじゃ申し訳ないわ」

「何を言ってるのよ?」

ルリシアレヤがうっすら笑う。

「わたしは幸せよ。きっとこのままずっと幸せ。だからエリザが遠慮することなんてないの」


 ルリシアレヤの言葉を強がりだとエリザマリは思った。バチルデアとグランデジアの関係を考えれば、先行きの不透明さにルリシアレヤはきっと震えている。それでも大丈夫だと自分に言い聞かせている。サシーニャが守ってくれると信じているのだ……けれど、それを指摘するのは酷と言うもの、エリザマリは何も言えない。部屋の片隅ではバーストラテがそんな二人を見守っていた。


 閣議の場ではリヒャンデルに続き、ジャルスジャズナが王家の墓地での出来事を話していた。二人の話が終わるまでチュジャンエラが一切の質疑を禁じている。大臣たちはみなそれぞれに、物言いたげな顔だ。それでも勿論、発言者の言葉に耳を傾けている。


「リヒャンデルさまのご報告によるバイガスラでの様子と、魔術師の塔での怪異、舞い降りた青き鳥、王家の墓地での出来事、それらを総合して考えれば、出せる答えは一つとなりましょう」


 ジャルスジャズナが議場を見渡す。

「リオネンデ王の不幸な事故死に際し、三羽の鳳凰(ほうおう)が合議の上、リューデントさまを蘇らせる奇跡を起こした――リューデントさまを王に迎え、グランデジアをますます栄えさせよ。それが始祖の王のご意思と考えます」


 イニャのことは話さなかった。話せば長くなるし、余計な混乱を招くだろう。王家の墓地に青き鳳凰が現れ、男の姿……リオネンデとなってリューデントの棺に横たわり、銘がリオネンデ・グランデジアに変わったとだけ伝えた。


 ジャルスジャズナが大きく息を吐く。話の締めくくり、ここを仕損(しそん)じれば(あと)が大変なことになる。くれぐれも失敗なきようにと、サシーニャからも言われていた。


「つまり、リオネンデ王の崩御は始祖の王も容認したと言うことです……リオネンデ王の死を(いた)む気持ちは隠せるものではありません。ですが、受け入れるしかないのです。承服できないのなら、なぜリオネンデ王の(いのち)を救わなかったのかと、始祖の王と三羽の鳳凰を責めねばなりません。同時に、リューデントさまの復活を拒むことになります――以上が王家の守り人としての報告と見解になります」


 ジャルスジャズナが着席しても、暫くは誰も発言しなかった。リオネンデ王の死の責任の所在を追求するつもりだった。が、王家の守り人の見解は、リオネンデ王の死の責任を始祖の王と三羽の鳳凰にあると明言したも同じだ。これでもう、責任(うん)(ぬん)は言えなくなった。


 立て続けに聞かされた夢物語のような事実に思考が麻痺(まひ)している面もある。それにより、ジャルスジャズナは一切触れていないにも(かかわ)らず、リオネンデ・サシーニャ・リヒャンデルの独断によるバイガスラ王宮潜入も始祖の王と鳳凰の意思と履き違え、追及する気と機を失していた。サシーニャの作戦勝ちだ。


 最初に発言したのはマジェルダーナだった。

「リューデントさまのご即位を急がねばなりませんな」

それを受けてチュジャンエラが

「今日明日中に魔術師の塔にて日程調整するということでよろしいですね?――これよりは次期国王としてリューデントさまのご意思を確認しつつ、閣議を進めてまいります」

と答え、次の議事へと移った。


 まずサシーニャが、

「バイガスラ国をどうするかについてですが、先ほどのリヒャンデルさまの報告にありましたが、紛失していたジッチモンデ金貨が地下の横穴から見つかったことも踏まえ、よくよくの検討が必要と存じます」

調査の時間が欲しいと要請した。盗賊が何かの不都合で置き去りにしたのか、それともバイガスラが隠したのか、調査してはっきりさせる必要があるとサシーニャは主張した。大臣たちも、すぐに出せる答えではないとバイガスラ対策の先送りを了承した。


 ジッチモンデ金貨はリヒャンデルが罪人とともにダンガシク軍本部から王都に戻る馬車に積み込んで運び、既に魔術師の塔にある。ビピリエンツからダンガシク軍本部までは、サシーニャたちの馬車で運んだことにした。


 ダンガシクまで乗ってきたワダ所有の馬車二輛を、引き取る()()()()に紛れて、金貨を積み替えた。もちろん金貨はワダが預かり、ベルグに保管していたものだ。


 次にチュジャンエラが議題にしたのはジッチモンデ国のことだった。

「かねてより我が国で生産しているガラス製品の――」

「いや、待て!」

チュジャンエラの発言を遮ったのはワズナリテだ。

「そんなことは後でもいいだろう? まずは戦後処理の話だ」


 チュジャンエラも負けてはいない。戦後処理に移るには材料が揃っていない。バチルデアに行ったグレリアウスからの伝令鳥(カラス)を待っていた。今は別の議題で時間を稼ぎたい。


「ジッチモンデ国との約束の期限が迫っています。それに今回の戦でジッチモンデ国が損害を受けているのも事実。そのあたりの調整も重要ですし、早急に決めなくてはなりません」

「うん? ジッチモンデが受けた損害をグランデジアが補填するとは言い出さないよな?」


「その責はバイガスラにあるでしょう。が、我が国が立て替えてはいけないものでもありません――我が国のガラス製造技術を伝授するかわりに、ジッチモンデ国で産出される(しょう)(せき)を安価に譲って貰う約束を後回しにしてジロチーノモ王の不興を買えば、契約不成立もあります。我が国にとって大損失です」

「硝石?」

「ガラスの原材料となるものです――ガラス製品の量産ができない一因に、硝石の入手困難さがあります」


 黙っていたサシーニャがここで、

「樹脂塗り器の取引先にジッチモンデ国を選んだのは、この硝石の取引を交渉する狙いもありました」

と口を挟む。


「ジッチモンデ国はご存知の通り、豊富な金脈を保有しています。そして硝石は金鉱から金を取り出した残滓に多く含まれます――ジッチモンデ国ではガラスの生産が行われていません。そこに目を付けたわけです」

「しかしサシーニャ、それは緊急閣議で話すような事ではないだろう?」

「事前調査に担当者をジッチモンデに向かわせること、その者の()の地での(つい)えにはジッチモンデ金貨を使用すること、この二点をご承認いただきたい――明日には現地に向け、技術者を出立させる予定になっています」

「いやそれは……なんの問題もない」

ワズナリテの声が尻すぼみになっていく。


 硝石についても、技術者をジッチモンデに送る件も、すでに何度か閣議で話し合われ、決められていたことだ。サシーニャはそれを繰り返したに過ぎない。サシーニャにしてみれば時間稼ぎ、ワズナリテたち大臣にとっては何を今さらな話だ。


 が、確かに一旦紛失し入手できないことになっていたジッチモンデ金貨を、魔術師の塔の一存で動かすのもどうかと思う。持ち帰られたジッチモンデ金貨三千六百枚は魔術師の塔にて預かっている。


「では、ジッチモンデに技術者を送る事とバイガスラ王宮地下の横穴から押収したジッチモンデ金貨を使用することについてご意見をお願いします」


 チュジャンエラが議事を進めるふりをして、話を停滞させた。今さら反対する者はいないはずだ。

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