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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第7章 報復の目的

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これから

 フン、とリューデントが鼻で笑う。

「それで? 判ったようなことを言っているけれど、サシーニャ、おまえはどうするんだ?」

「どうするって?」

「復讐を終えたら嫁取りだったんじゃなかったか?」

「あぁ……」

サシーニャが話を()らすように窓の外を見る。


「いつの間にか、すっかり日が暮れましたね――まぁ、焦ることもありません。戦後処理が済んでからゆっくりと考えます」

その戦後処理を、望む結果が得られるように考えているのか? 気になっているのはそこだ。


 バイガスラ国に加担し、敵対国となったバチルデア国――その王女であるルリシアレヤの立場は微妙だ。そのあたりの折り合いをどうつけるのだろう? 


 リューデントとサシーニャには個人的にも、解決しなくてはならない問題が山積している。それらはこれからの人生を左右する。


 グランデジア王宮――魔術師の塔では次席魔術師チュジャンエラが各所より寄せられる苦情の対応に追われていた。


 中でも、矢継(やつ)(ばや)伝令鳥(カラス)を送ってくるダズベルには苦労したが、明日には筆頭魔術師が出向くと聞いてやっと静かになった。ベルグ経由で行くとなればもう一日必要となる行程、プリラエダ国からの国内通過許可がなければできない事だ。


 その次に面倒だったのが、王と筆頭魔術師の所在についてだった。


 フェニカリデに帰還したのはバイガスラ王宮に潜入するための目眩(めくら)ましであり、未だ二人はバイガスラ国内、帰還はまだ先になる――バイガスラ国降伏とともに発表されたが、勝利に沸き立つ以上に、国王と筆頭魔術師による〝策略の実行〟に非難が殺到した。


 なぜ軍人に行かせなかった? 二人にもしものことがあったら誰が()()責任を取るのだ? 大臣たちのみならず軍人や、普段は王宮に顔を見せもしないフェニカリデ在住の貴族たちが(こぞ)って魔術師の塔に押し寄せた。リヒャンデルの同行も伝えてあるのだから軍人に文句は言われたくないと、チュジャンエラは内心(あき)れている。何か言ってやろうかと思わないでもなかったが、サシーニャの指示通り、『出陣儀式ののち、急遽(きゅうきょ)決まったことで、リオネンデ・サシーニャ・リヒャンデルしか詳細は判らない』と言うだけで、全員追い返している。


 リオネンデ王の落命は、帰都し次第サシーニャが発表する。だから今は伏せている。発表時、()(おもて)に立たされるのは自分ではなくサシーニャだと判っていても、胃が痛くなる。どれほどの騒ぎになる事か……


 リューデントの復活については、()()()心配していなかった。ジャルスジャズナと王家の墓地に閉じ込められていたころ、地上では北から飛んできた大きな青い鳥が王宮魔術師の塔のあたりに降りたと騒がれていたからだ。


 塔内では不審な微振動と音に混乱していたこともあるが青い鳥の存在に気付いた魔術師は皆無、そこへ相次いで問い合わせが舞い込んでいた。降り立った後、どこに行ったか判らない青い鳥は青き鳳凰(ほうおう)だと思うものの、迂闊(うかつ)なことは言えないチュジャンエラ、これもサシーニャの指示を仰いだ。


『そうですか、青い鳳凰を目撃した人がいるのは好都合ですね』

その鳥は青き鳳凰、だから恐れることはないとだけ発表しておいてください。あとはリオネンデの件と併せてわたしが対処します――チュジャンエラはサシーニャの指示に、『青き鳳凰を目撃できるとは幸運』と上乗せした。不安に駆られて魔術師の塔に押し掛けた者たちは青き鳳凰を見たと誰彼となく自慢するようになった。


 その自慢話はバイガスラ王宮の庭での目撃証言――スイテア、リヒャンデルとその三人の部下、ジョジシアスと二人の罪人だけでは多少説得力に欠けていた〝リオネンデ王の帰還〟のフェニカリデでの、間接的ではあるが目撃談となる。リューデントをバイガスラ王宮の庭に連れてきた青き鳳凰は、リオネンデを王家の墓に運んだ。降り立ったのはリオネンデを運んできた鳳凰だ。


 不思議だったのはマジェルダーナとクッシャラデンジが一度も魔術師の塔に来なかったことだ。特にリオネンデとサシーニャのバイガスラ王宮潜入の件を厳しく追及してくるだろうと予測していたのに、顔を見せないどころか使いの者さえ寄越さない。かと言って、こちらから行くわけにもいかず放置するしかない。


 チュジャンエラを悩ませたのはもう一つ、バチルデア王女とその侍女のことだ。悩ませると言ってもその二人が厄介なことを言いだしたわけではなく、二人についてサシーニャの耳に入れておくべきことを伝えておらず、その事が心を重くしていた。


 一度は言おうとしたのだが、サシーニャからも『二人のことは帰ってから』と言われ、機会を失した。エリザマリの養女縁組の話も進捗(しんちょく)がない。バチルデアが参戦する前に動けなかったのが尾を引いている――


 グリッジ門近くでサシーニャたちを出迎えたのはリヒャンデルから本陣を任されていたコップポラヌだ。ビピリエンツ行きにはモンモギュ隊の指揮官を行かせていた。

「バイガスラ軍総司令は自国の王の命令書を見て腰を抜かしていました」


 将校以上のバイガスラ軍人は拘束し、緩衝地帯に設営した天幕に幽閉していると言う。それ以外の兵たちには魔術師が作った見えない檻の中で野営を命じた。

「バチルデア軍はご指示通り、自国へ帰しました。渋っていましたが、バイガスラ軍総司令の一声で言うことを聞いてくれました」

バチルデア軍は援軍に過ぎない。援護するべきバイガスラ軍が停戦に応じれば、それに従うしかない。

「そもそもバイガスラ軍は今回の(いくさ)、あまり乗り気ではなかったようです」

友好国であり王家同士が血縁、そんなグランデジア国といきなり戦と言われ、随分と戸惑ったのだろう。


 コップポラヌから報告を受けたあとはニュダンガに向かった。干渉地帯に置いたグランデジア軍はそのまま陣を張り続け、バイガスラを監視しつつバチルデアに(にら)みを()かせる。


 ダンガシク軍本部への到着は夜半だった。ワダに借りた馬車と護衛は到着と同時に返した。ここからジョジシアスたちはグランデジア軍が用意した護送用の馬車でフェニカリデに送られる。リューデントたちは馬で移動することにしていた。


『馬車の返還』には、実は重要な秘密が隠されていたが、万事滞りなくワダが済ませている。


 軍本部ではジョジシアスはそれなりの寝所と食事を与えられたが、二人の罪人は拘束を解かれることもなく牢に繋がれ、水のみが与えられた。魔術師の手が希薄なダンガシクで魔法による拘束を解除するのは無謀とサシーニャが判断したからだ。フェニカリデに着いたら充分な食事を与えるよう指示を出している。


 到着から(しば)しの休息を取ったものの、リューデントとサシーニャは三人の軍人を従えるだけで、夜も明けやらぬうちに軍本部を出ている。他国内を通過するのに多すぎる従者は問題にされると三人のみとした。


 無事にプリラエダを通過し、サーベルゴカからグランデジアに入国する。ダズベルに着いた頃には昼が近かった。


「思ったよりも噴出量が多いようですね」

ダズベル領主アスリティスの館、見晴らし台でサシーニャがニッコリと言う。

「領内、いたるところが水浸しだ。しかもどんどん湿地が広がりつつある」

アリスティアが難しい顔で訴える。


「もう、今年の農作物は絶望的、領民の中には住処を失ったものも多い」

「蓄えはどれほどありますか? この様子では今までと同じほどの収穫に戻すのに数年かかりそうです」

「数年……領民全員に充分行き渡らせると考えたら二年がやっとだ」

「判りました。不足は王宮が何とかしましょう――水害については、王宮に戻り次第、人の手配をし水路を作らせます」

「水路? 川でも作る気か?」


「必要な分の水をダズベル領内に流すようにします。で、噴出口あたりに水溜(みずため)……湖を作ります」

「決壊したりしまいか?」

「しません。溢れる水はフェルシナスに流します」

「フェルシナスに? バチルデアの了承は?」

「バチルデアとの交渉はこれからです。なに、向こうは敗戦国、いやとは言えない立場――工期は半年を見込んでいます。水の流入はそれより早く止まるはずです。それまでは領民を守って頑張ってください」


 アスリティスとの話に、リューデントは一言も口を挟んでいない。アスリティスはリューデントをリオネンデ王だと思い込んでいたことだろう。リオネンデ王を(かた)っていたと、あとから言われないよう、紋章入りのものは身に着けずにいた。


 早々にダズベルをあとにし、フェニカリデに向かって馬を急がせる。途中、グリニデで休憩を取り、馬を替えた。


「フェニカリデに(はい)れるのは明日早朝……ジョジシアスたちは夜半には着いていると思います」

卵入りのスープを口に運びながらサシーニャが言う。

「フェニカリデに着いたら、まずはバチルデア国への書状を作成したいと思っています」

「おまえ、寝るつもりがないようだな?」

「寝ている場合ではないので――ジャジャに回復術を使って貰えば三・四日、眠らなくても大丈夫です。あなたは遠慮なく休んでください。昼過ぎくらいには起きていただきます」


「閣議を招集するか?」

「えぇ、さすがに帰都したからには王位を放置するわけには行きません」

「大臣どもは納得するかな?」

「二の腕を見せれば誰も疑いませんよ――閣議ではバイガスラ・バチルデア両国への対応が議事に上がるでしょう。アイケンクスとルリシアレヤをどうするか、とかね」

「うん、アイケンクスはともかく、ルリシアレヤはどうするつもりなんだ?」

「どうするもこうするも、バチルデアに返すほかないでしょう?」

「サシーニャ……おまえ、それでいいのか?」

「いいも悪いも……婚約はリオネンデとの間のもの、破棄と言うより失効されたのです。そうなるとルリシアレヤをフェニカリデに(とど)めて置く理由がありません」

「サシーニャ……俺はあの髪飾りを知っているんだ。シャルレニが箱に入れた書付のこともな」


 サシーニャが食事の手を止めてリューデントの顔を見る。が、

「なんのことでしょう?」

(しら)ばっくれる。


「サシーニャ!?」

「繰り返しますが、ルリシアレヤさまはバチルデアの王女、留め置く理由が無くなればお返しするのが道理です――戦後処理が終わればバチルデア国も落ち着きを取り戻します。我がグランデジアとの国交も正常化されるでしょう。そうなれば、婚姻の申し込みをする物好きも現れるかもしれません」

「あ……」


 今度はリューデントがサシーニャの顔をまじまじと見る。そして『コイツ……』と心の中でニヤリと笑う。このままフェニカリデに居させては、ルリシアレヤは人質扱いを免れない。サシーニャはそれを回避し、対等な立場になることを考えていると気づいたのだ。


 ふっとリューデントが笑った。

「まったく……おまえには敵わないな。好きにしろ」

だからなんのことですか? 相変わらず澄まし顔でサシーニャが答えた。

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