死者は魔法で舞い踊る
バイガスラ王宮ジョジシアスの館――ジッチモンデ金貨の保管に使っていた部屋の真下でリオネンデたちは時を待っていた。 設えてあった台に掛けられた松明がちりちりと燃え、梯子の上部まで揺れる光を届けている。
瞑目していたサシーニャが目を開け、顔をあげる。
「駆け寄る者がいます」
「来たか?」
リオネンデに答えずサシーニャは片手をあげ、静かにするよう合図する。
扉が叩かれる音、大声で何か言い争う気配、大声はやがて消え、乱暴に扉が閉められる。それらは遠く、何を言っているかまでは不明だが、サシーニャでなくとも聞こえた。
「リヒャンデルが正門で騒ぎを起こしてくれたと思って間違いないでしょう」
サシーニャとリオネンデが頷き交わす。
「部屋の中があの時のまま、なんの調度も置いていないといいのですが」
呟いてサシーニャが梯子を上り始める。
「もし何か置かれ、石畳を持ち上げられなかったらどうする?」
「その時は魔法を使いますよ。気付かれるのが少し早くなるだけです」
梯子の上段で手を伸ばして石畳を押してみる。びくとも動かない。腰を折って数段昇り、膝の力を借りて肩で押す。すると石畳が僅かに持ち上がり、隙間から部屋の空気が流れ込んだ。さらに力を籠めると、ズズズッと音を立てて石畳は滑るようにずれていく。頭を出せる空間ができると最初の石畳の左右・背後の三枚は、下が空洞の部分を上から抑え、持ちあがった向こう側に押しやって開口部を広げた。
部屋に入り、一つしかない扉の向こうの気配を探る。何かぼそぼそ話す声が聞こえるが、この部屋の侵入者に気が付いた様子はない。
リオネンデがサシーニャに続き、スイテアはリオネンデに手助けされて部屋にあがった。
グランデジア魔術師の塔――
「もっと下だ!」
チュジャンエラとジャルスジャズナが階段を駆けおりる。とうとう地上階、塔の出入り口まで来てしまった。
「次席さま! 守り人さま!」
肩を寄せ合うように震えていた三人の扉番がチュジャンエラとジャルスジャズナを見て、泣き出しそうな声を出す。
「この音はなんですか? 今度はゴーーン、って」
「うん、今、調べているから――外部からの侵入はないね? 問い合わせは?」
扉を開けていったん外に出たチュジャンエラが、すぐ戻り扉番に声を掛ける。
「もちろん誰も入れたりしてません」
「うん、判った……怖いかもしれないけど音がしているだけだ。実害はないから、もう少し辛抱してて。扉をしっかり守ってるんだよ」
外には音が響いてなかった。音源は塔の内部だ。
「そう言えばジャジャは? ここに来なかった?」
ついてきているものだと思って気にしていなかった。遅れているのか? いや、ここに着いた時、扉番は守り人さまと言っていた。
「守り人さまは地下に行かれました」
「ありがとう!」
そうか、始祖の王の部屋か……慌ててチュジャンエラが地下室に向かう。
「ジャジャ!?」
部屋に飛び込むと、ジャルスジャズナが情けない面持ちで振り返った。
「チュジャン、音の源はここじゃなかった」
地下室では唸るような音も、何かがぶつかるような音もしなかった。始祖の王の魔法が防いでいるのかもしれない。
「そうだね、ジャジャ。でも、いったいどこなんだろう? 早く見つけなきゃ。行くよ、ジャジャ」
「待って、チュジャン、サシーニャが……」
「サシーニャさまが?」
ジャルスジャズナが少し退いて、チュジャンエラから死角になっていた壁が見えた。壁の一部が輝いている。思わず駆け寄るチュジャンエラ、光源を確かめる。
「サシーニャ・グランデジア?」
輝いているのは壁に掘られたサシーニャの名だ。チュジャンエラが息を飲む。
まさか、サシーニャさまに何かが起きた? 魔術師が落命するといつの間にか始祖の王の部屋の壁に刻まれた名が消える……誰も見たことない消失を、目の当たりにしているのか?
「そんなこと、あるもんか!」
チュジャンエラが叫び、部屋の出口へと向かう。
「チュジャン!?」
茫然としていたジャルスジャズナが驚いて声を掛ける。
「サシーニャさまの部屋に行く! 権利者不在の部屋は扉を開かない。無権利者なら扉は開く。サシーニャさまの部屋は開かないはずだ!」
部屋を飛び出したチュジャンエラ、ジャルスジャズナも後を追った。
ジャルスジャズナが追い付くと、チュジャンエラはサシーニャの執務室の前で膝をついていた。気配に気づいて振り向くと、
「扉はびくともしないよ」
と泣き笑いした。
ゆっくりと立ち上がり、
「塔の外では唸るような音も衝突音もしてなかった。音は塔の内部にだけ聞こえている。だけど塔に音源はない――ジャジャ、僕の執務室に行こう」
さっさと歩き始める。
「チュジャンの執務室?」
「ジャジャの部屋でもいいけど、ここなら僕のはすぐだ――王家の墓を見に行く」
魔術師の塔から王家の墓地に行くには隠し通路を使う。チュジャンエラは次席魔術師となった時、王家の墓への出入りを許され、サシーニャがチュジャンエラの執務室にも隠し通路を作った。
「チュジャン、王家の墓に音源があるなら、後宮にも音は届くんじゃないのか?」
「異音がしたら後宮から知らせがくるはずだ――音源が王家の墓で、聞こえているのが魔術師の塔だけなら、守り人が呼ばれているか、魔術師への警告か、どちらかじゃないかな? とにかく王家の墓を調べてみよう」
執務室に入り、隠し扉を開ける。
「音が大きくなったね」
チュジャンエラの呟きにジャルスジャズナが頷いた――
ジッチモンデ王宮――やっと話が本題に入り、ジロチーノモが身を乗り出すように神官の話を聞いている。
「此度のことに関連すると思われる死者の蘇り、これは始祖の王の二人の王子の伝説に由来いたします」
「一人は青き鳳凰、もう一人は赤き鳳凰ってあれか?」
「そんな俗説もありますがそれを信じれば、三羽の鳳凰伝説に説明がつきません。母親である白き鳳凰を赤き鳳凰が嫉妬を理由に追放するのは無理があります」
「継母であったとか?」
「始祖の王の子はこの二人の王子のみ、そして始祖の王の子を産んだのはイニャ一人でございます」
「ふむ……」
「この二人の王子、一人はグランデジア王家の祖、もう一人は名もなき山の祭祀、つまりジロチーノモさまのご先祖、我がジッチモンデ王家の祖であると言うのが通説ですが、他にも数々の逸話が残されております。今回問題になるのはそのうちの二つ、二人の王子は実は一人だったという物語と、先に亡くなった王子を嘆く残された王子の前に落命した王子が現れ、二人が一人になると言う物語です。今回には関係ありませんが続きがございます。一人になった王子は時おり二人に戻り、仲良く暮らすという物語です」
「関係ない話は今日のところは置いておけ。で、その二つの物語、この微振動とどう関連する?」
「二人の王子が実は一人だったと明るみになる場面、死んだ王子が現世に姿を現す場面、どちらもその直前に微振動が起きます。ただ……」
「ただ?」
「どちらの物語も、微振動以外にも予兆があります。王子が一人の場合はグランデジア王家の墓の王廟が唸り、落命した王子が現れる場合は棺の円舞が始まります」
「棺の円舞?」
「はい、死者の宴と似ておりますが、死者の宴は単に棺の蓋が次々と開閉するだけです。それに対し死者の円舞は棺が舞うように宙に浮くものです」
「な……なんだ、ただの伝説、だよな?」
「伝説か真実かは、グランデジア王家の守り人に尋ねるほかありません。死者の宴と円舞が繰り広げられるのはグランデジア王家の墓地……始祖の王の魔法が今も生きるグランデジア国、フェニカリデでは信じられない事でさえ起こることがあり得るのです」
「始祖の王の魔法……」
「さらに二つの物語に共通するのは、三羽の鳳凰の集いが行われること――三羽の鳳凰が真実を連れてくるのです」
「それで、この微振動は二人だと思われていたのが一人だと明かされるのか? それとも死んだ王子が蘇るのか?」
「それは……グランデジア国に問い合わせ、王家の墓地を見て貰うより確認のしようがありません」
「そうか……で、我がジッチモンデ国は何をしたらいい?」
「ただ黙って事の成り行きを見守るしかありません。この微振動は、事が起きれば治まります」
神官が済まなさそうな顔をした。
バイガスラ王宮、ジョジシアスの居室の居間で、考え込んだゴリューナガにジョジシアスが、
「確かに四人で襲ってくるとは考えにくいな。いくら国境に兵を集めたって、王宮の警備にはそれなりに残すと考えるのが普通だ。おそらく後続が来るのだろう」
と不安げに言う。
するとゴリューナガが、
「後続? それは何人ずつ? どれほどの時を置いて? いくら強者でも四・五人ずつバラバラ来たって勝ち目なんか見えて来やしない。来るならそれなりの兵数の部隊だ。が、部隊で動けば王宮前広場にだって辿り着けやしない」
嘲り笑う。
「かと言って、グランデジアがリヒャンデルを見殺しにするはずもなかろう。次の手を必ず打ってくる」
そう言ったのはモフマルドだ。
「例えば、そうだな……わざと捕らえられ、牢に繋がれたリヒャンデルが王宮内部へグランデジア軍を手引きする、とか」
「今度は牢に横穴を開けておくのか? どこから今度は繋ぐ? それなりの隊を引き込むのなら、相当遠くからじゃないと無理だ。兵を隠しておく場所がないぞ」
またもゴリューナガが嘲笑する。
「ならば、おまえならどうする?」
ゴリューナガに尋ねたのはジョジシアスだ。
「俺か? 俺なら、そうだな……」
いつの間にか、ジョジシアスと気安く口を利くゴリューナガ、イライラするのはモフマルドだ。
「どうせ大したことは思いつかないのだろう? おまえは小賢しいだけで、本当は賢くないからな」
「なにをぉ!?」
「二人ともやめろ」
低いジョジシアスの声に険悪になりそうだった二人が黙る。が、
「ん?」
とゴリューナガが首を傾げた。
「寝室には誰もいないよな? 愛人を引っ張り込んで楽しむ暇なんかないはずだ」
「無礼だぞ」
モフマルドがムッとする。
「いや、今、あの部屋で何か音がしなかったか? 引きずるような?」
「あの部屋? あれは空き部屋だ。例の横穴があった部屋だ」
「その横穴、塞いだんだよな?」
「古館の口と倉庫の口は石畳で塞いで解放禁止の魔法をかけた」
「魔法が破られた気配は?」
「あればこんなところで落ち着いているものか!」
モフマルドの剣幕に『悪かったよ』と言いながら、不安げに空き部屋の扉を見るゴリューナガだった。




