王子と孤児
リオネンデを睨みつけたままワダが口を開く。
「それじゃあ、こっちを先に答えて貰おう。俺に何をさせたい?」
するとリオネンデが
「それを聞きたいならおまえの手下を遠ざけて、おまえだけもっと近くに来い。おまえにだけ話す」
と答える。ふん、とワダが鼻を鳴らす。
「それならこうしよう。俺は一人でそちらに行く。おまえも一人でこちらに来い。中間地点でおまえと俺、二人で話す――それでどうだ?」
「いいだろう」
リオネンデがにやりと笑んで同意する。
サシーニャが慌ててリオネンデの進路を塞ぐ。
「行かせません」
リオネンデを抱き込むように止めようとするサシーニャを振りほどき、
「無礼者! 触れるな!」
リオネンデが一喝した。
「しかし!」
平伏したものの、サシーニャがなおも食い下がる。それを無視してリオネンデは歩みを進めた。見守っていた護衛兵も迷いながらもリオネンデの進路を塞ごうとする。だが、『退け』と言われれば控えぬわけにはいかない。サシーニャが馬に駆け寄り、預けたままだった弓を手にする。そして矢をつがえ、キリキリと引き絞る。狙うのはワダだ。
「我が主に危害を加えてみろ。わたしの矢が、必ずおまえたちの首領の胸板を射抜く!」
声たかだかにサシーニャが宣言した。
様子を見守っていたワダがクスリと笑い、
「おまえたち、手出しするなよ」
手下に命じ、リオネンデに向かって歩み始めた。
みなが緊張し見守る中、リオネンデとワダが対峙する。
「おまえの従者はおまえを守るのに必死のようだな」
リオネンデの、砂避けに隠された顔をじろじろ見ながらワダが薄笑いを浮かべた。
「おまえが矢に狙われれば自分の身を呈して盾となり、言うことを聞かぬおまえを守るために弓を引く」
「あの男は弓の名手だ。狙いを外すことはない。気を付けるんだな」
「ふぅん……弓どころか剣を使う気もなさそうに見えたが?」
「おまえたちを相手に使うこともないと踏んでいただけだ」
「俺たちは随分と見縊られてたんだな」
ワダが苦笑した。そして続ける。
「それで俺に何をさせる? と言うか、何を企んでいるんだ? 国を亡ぼそうとでも言うか? それとも王を殺すか?」
「国とはどの国を言う? 王とはどの王を言う?」
「知れたこと、グランデジアにリオネンデ王」
「グランデジア、あるいはリオネンデ王に恨みがあるのか?」
「訊いているのはこちらだ」
「なぜ、グランデジアとリオネンデをここで出した?」
「リオネンデは目的のためには手段を選ばず惨殺も厭わない。恨みを持つ輩も多いと聞くからだ」
「なるほど――目指すはリオネンデの殺害とグランデジアの傾国、と言ったらどうする?」
ふぅん……と舐めるようにリオネンデの顔を見ながらワダがさらにリオネンデに近づく。そのワダから目を離すことなくリオネンデもさらに近づく。
後方ではサシーニャも回り込むように移動している。ワダとサシーニャの間にリオネンデが回り込んでいるからだ。なにを考えている? 退け、リオネンデ! そう叫びたいが、両者の緊張が高まっているのが目に見える今、叫べば火花を呼び起こすだろう。
「リオネンデ王の何を知っている?」
そう言ったのはワダだった。
「おまえこそ何を知っている?」
リオネンデの答えにワダが舌打ちをし、剣の柄に手を乗せる。リオネンデも剣の柄を握った。
「! なに!?」
叫んだのはリオネンデだ。剣を抜くと思っていたのに飛んできたのは拳だ。腹に打ち込まれて思わず前屈みになる。そして襟首を掴まれ起こされたところに再び拳が繰り出された。
リオネンデ、それは辛うじて避け、空振りになったワダの伸び切った腕を後ろに捻じり上げ、足を払う。たまらず転がったワダの背に膝をつき、手首を掴んで腕を締めあげ、あっという間に形勢を逆転させた。
「やめろ! 誰も動くな!」
リオネンデが叫ぶ。
その一声で、色めきだって矢をつがえ始めていたワダの手下ども、剣を抜き放ちリオネンデに駆け寄ろうとしていたリオネンデの護衛、双方がその場で動きを止めた。
「ちっくしょうっ! 殺せ、殺しやがれ!」
大声で喚き散らし、じたばた暴れるのはワダだけだ。そのワダにリオネンデが静かに訊いた。
「おまえとリオネンデの関係は? 俺を王の敵と見て、討とうとしたのはどんな理由からだ?」
「うるさい! それを知ってどうする? 知ったところでおまえが得することなんかない」
そのワダをリオネンデがふふんと笑う。
「先ほどおまえは、グランデジアでもニュダンガでもないと言った。それなのに、なぜリオネンデを狙う者を討とうとした?」
クッとワダが口を噛み締める。
「おまえなんかに判るものか! あの双子の王子はな、王宮を抜け出しては、フェニカリデ・グランデジアの農園に来ていた。下働きの子どもたちと一緒になって草むしりをしたり、収穫の手伝いをしていた」
「フェニカリデ・グランデジアの農園? 王のブドウ畑のことか……」
話すうちに落ち着いたのか、ワダは暴れるのをやめ、軽く溜息を吐いた。
「あそこは昔、孤児を集めて下働きをさせていた。俺もそんな一人だ――王子たちは成人したら来なくなった。お立場上、来られなくなったんだろう。でも……あのお二人の優しさを、俺は今でも忘れちゃいない」
「ならばリューデントを殺したリオネンデを憎んでいるのではないか?」
リオネンデの問いにワダが再び溜息を吐く。
「お二人は、それはそれは仲が良かった。少し我儘なリューデントさまをリオネンデさまが静かに窘め、リューデントさまはそんなリオネンデさまを深く信頼されていた。リオネンデさまがリューデントさまを殺すなんてありえない。誰かがリオネンデさまを陥れたんだ。あの火事だってきっと……」
ふむ……とリオネンデがワダの腕を離し、立ち上がる。
「火事の飛び火であの農園も焼けたと聞いた。おまえの手下はみな孤児か? あの農園で働いていた者たちか?」
急な開放を不審に感じたのだろう、恐る恐るワダがリオネンデを仰ぎ見る。
「農園の孤児たちを集めたが、どうにも食っていけたもんじゃなかった。お陰で盗賊に落ちぶれるしかなかった。だがな、ほかの盗賊みたいに、むやみやたらと襲っちゃいない。俺たちは、仲間が食えればそれでいい――食いっぱぐれを集めるうちに、いつの間にか大所帯になっちまった」
「フン、何をどう理由をつけようが盗賊は盗賊だ。すぐにやめろ……王の農園にいたなんて金輪際、口にするなよ。前王の名に傷がつく」
「……あんた、いったい――砂除けを外して、顔を見せてくれないか?」
ワダの声が震えた。
成り行きを見守っていたサシーニャが弓を降ろし馬に預けると、ほかの従者も剣を鞘に納めた。それを見て、ワダの手下どもも弓を降ろす。
「俺の顔を見たからには、必ず俺に従ってもらう――なに、心配はいらない、リオネンデを王座から引きずり下ろす気は今のところないし、グランデジアの繁栄を誰よりも望んでいるのは多分俺だ」
そう言ってリオネンデが砂除けを外しにかかる。ワダが食い入るようにそれを見守る。ワダの手下どもが息を飲んでそんなワダを見ている。
「リュ……リューデントさま――」
絞り出すようなワダの声、フンと笑うリオネンデ。
「俺はリオネンデだ。まぁ、見分けのつく者はいなかった、無理もない――俺の下で働くことに不服はないな? 手始めに我らに水と食事、そして今宵の宿を手配してもらおう。ベルグに今日中に着くのはどうも無理そうだ。詳しい話は食いながらしよう」
仰せのままに……嗚咽混じりにワダが答えた。




