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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第6章 春、遠からず

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グリッジ門の攻防

 ルリシアレヤの貸与館にチュジャンエラが着くと、ジャルスジャズナが困り果てていた。エリザマリの体調が悪く、塔まで歩いて行けないと言う。しかもルリシアレヤがエリザマリを一人に出来ないと言い張って、先行するのを拒んでいた。


 馬車は目立つから使えない。極秘裏に魔術師の塔に()れろとサシーニャから言われている。見れば確かにエリザマリは真っ青な顔で、腰かけてはいるが肘おきに身を投げ出して突っ伏している。


「ジャジャ、エリザはどこが悪いの? 回復術は?」

「いや……塔に戻ってしっかり診てからでないとなんとも言えないし、原因を特定してからじゃないと回復術も迂闊(うかつ)に使えないよ」


 サシーニャさまなら手を握るだけで(おおよ)その見当をつけるのに……舌打ちしたいチュジャンエラだが、それを言っても始まらない。

「判った、エリザは僕が運ぶ」


「待って、エリザに魔法を使っちゃいけない」

慌てて止めるジャルスジャズナ、なぜ? と思いながら、

「魔法なんか使うかよ――エリザ、僕に(つか)まって。首に腕を回すんだ」

チュジャンエラがエリザマリに近寄って屈みこむ。泣き出しそうなエリザマリがそれでも従うと、チュジャンエラはエリザマリの背に腕を回し、膝の後ろを持ち上げた。


「ダメ、チュジャン、吐きそうだわ」

か細いエリザマリの声、

「構わない、それこそ魔法でなんとかする。それよりしっかり掴まれ。僕も気を付けるけど、掴まってないと落ちるぞ」

怒ったように答えるチュジャンエラ、抱き上げると出口に向かう。


 呆気にとられたジャルスジャズナとルリシアレヤ、

「なんかチュジャン、いつもと雰囲気が違う?」

とジャルスジャズナが言い、

「エリザ……あんなとこ、恋人に見られたらまずいんじゃない?」

ルリシアレヤが心配する。とにかくわたしたちも行くよ、とジャルスジャズナがルリシアレヤを促した。


 ルリシアレヤの貸与館の召使たちには、誰に訊かれても王女と侍女はどこに行ったか判らないと答えるよう言い置いて、バーストラテも魔術師の塔に向かう。二人の部下には貸与館の召使たちを守るよう(めい)じた。


 足早なチュジャンエラ、(なか)ば走るように続くルリシアレヤとジャルスジャズナ、バーストラテは背後から目を光らせる。誰にも出会わず魔術師の塔に辿り着き、用意していた居住階の部屋に入るとすぐさま寝室に向かい、チュジャンエラは寝台にエリザマリを降ろした。


「それで? エリザはどこが悪いんだ?」

「チュジャン、おまえ、さっきから何を怒ってる?」


 ジャルスジャズナの指摘に、自分でもなぜこんなに腹が立つのか判っていないチュジャンエラが考え込む。こんな時に病気だなんて、そう思ったが病人の前でそれは言えない。それに、気が立っているのはそこじゃない。


「とにかく、これから診るから。チュジャン、あんたは自分の持ち場に戻んな」

「でもジャジャ――」

「女性を診察するんだよ? 男のあんたは遠慮したらどうだい?」

「だって、手を握れば判るんじゃ?」

「いいから、席をはずせ。何度も言わせるな」


 チュジャンエラの苛立ちが伝播したのか、ジャルスジャズナもいつになく強い口調だ。追い出されるようにチュジャンエラは部屋をあとにする。


 チュジャンエラを追い出すとジャルスジャズナは、エリザマリに付き添っていたルリシアレヤに居室で待つように言った。寝室を出て行くよう告げたのだ。心配そうにエリザマリを見詰め、『大丈夫よ』と髪を撫でてからルリシアレヤは寝室を出た。


「さて……」

ジャルスジャズナが椅子を寝台の横に置き、腰かける。

「エリザ、あんた、月の物が来てないだろう?」

エリザマリがジャルスジャズナを見詰めた――


 陣を出てくるのが遅いと思っていたグランデジア軍が、やっと動き出したかと思うと兵の全てを投入してきた。あっという間に衝突し、このままではバイガスラ側は初戦に敗れる。バイガスラには背後にまだ三千の兵がいる。援護に出てくるか?


 グリッジから先陣を切ったバイガスラ軍の部隊指揮官が門に目を向ける。出撃予定のなかった待機兵は慌てふためき出陣準備を始めているが、このまま衝突を続ければ自分の隊は持ちそうもない。


「退却! いったん退いて後続と合流するぞ、退け!」

バイガスラ兵たちが後退し始め、グランデジア軍は勢いを増す。


 待機兵がようやく先陣隊の援護に向かうと、門が開き始めた。防壁の向こうに控えていた兵を導入する気だ。


「なにっ!?」

ドジッチ門防壁上、バイガスラ本陣で軍総司令が慌てる。テスレム方面からグリッジに向かうグランデジア軍に気が付いたのだ。兵数は六千か? (とき)の声を上げずに近寄るグランデジアの新手(あらて)に、気付くのが遅れた。

「門を閉ざせ! 急ぐんだ!」

慌てて指示を下すが、間に合うか?


 グランデジア軍グリッジ隊――最後部で戦況を見ていたリヒャンデルが、

「バイガスラが後退を始めた」

と言えば、

「行くか?」

リオネンデがニヤリと答える。それにニヤリと返したリヒャンデルがグランデジア兵の中に身を躍らせた。リオネンデ、スイテア、サシーニャとそれに続き、リヒャンデルが抜擢した三人の軍人もそれに続く。もちろん全員、グランデジア雑兵の(かっ)(ちゅう)(めん)(ぽう)をつけ、瞬く間に兵の中に紛れ込む。目指すのはグリッジ門だ。


 リヒャンデルが敵兵を()ぎ払っては道を作る。もちろんリオネンデも負けてはいない。サシーニャはリオネンデの傍に付き、(すき)を狙ってくる敵兵を退ける。


 三人の軍人はスイテアを守っていたが、どうも必要なかったようだ。華麗な足(さば)きで、(しな)る刀身を自在に操り、迫る敵を(かわ)していく。それを目にしたリオネンデ、スイテアに実戦経験がない事を密かに危ぶんでいたがホッと胸を撫で下ろした。


 グリッジ門が開かれていく。バイガスラは兵を新たに出すようだ。リオネンデとサシーニャが見交わして頷いた。


 グリッジ門の内側ではバイガスラ兵が()()()()していた。出撃命令が出たにもかかわらず、一度は開かれた門が閉ざされ始める。まだ半数ほども出ていない。開けろ閉めろと罵声が飛び交う。


 門防壁上ではバイガスラ軍総司令が腰を抜かしかけていた。テスレム方面からだけでなくモンモギュ方面からもグランデジア軍が迫っていた。こちらも推定兵数六千、初戦からグランデジアは決戦を挑んできたのか?


「早く門を閉めろ! テスレム隊、モンモギュ隊に伝令! 大至急、グリッジに集結せよ。グランデジアの総攻撃だ!」


 テスレムにはそろそろバチルデア軍も到着するころだ。それも合わせれば負けは回避できる。いや、勝てる……だが、それまでここは持ち(こた)えられるか?


 伝令! と、部下が叫ぶ声を聞きながら、バイガスラ軍総司令は身体が強張っていくのを感じていた。


 伝令鳥(カラス)が運んできたフェニカリデ・魔術師の塔からの指令書にサーベルゴカを任されている魔術師ククルドュネが唸る。

「まさかとは思っていたが――苔むす森にダズベルの領民が入り込んでいけなければよいが……」


 森の恵みを求めて森に入る民人はダズベルからだけではない、フェルシナスの民もだ。それをバチルデアは判っているのか?


「サーベルゴカ軍三千をダズベルに送る、準備を始めろ」

ククルドュネが部下に命じ、慌てた部下はサーベルゴカ軍本部に向かった。


 バチルデア軍が苔むす森から侵攻してくる――その(しら)せはダズベルにも届いている。


 ダズベルに配置された三人の魔術師……ザザーボスは(ただ)ちにダズベル隊本部に赴き、苔むす森の出入り口の前に布陣するよう指示を出す。シュワリツは領主アスリティスに領兵の配備を促すため領主館に向かう。ワンボワグネは飼育小屋に走り、オオカミを引き連れて苔むす森に単身乗り込んで、民人(たみびと)の有無を探った――


 テスレム方面からグランデジア軍が押し寄せるのに気づいたバイガスラ軍グリッジ先陣隊の司令官が叫ぶ。

「退却だ! 門の中に逃げ込め!」


 そのグリッジ門では出て来ようとする兵と、門を閉めようとする兵で揉み合いが続いている。

「門を開けさせろ! 自軍の兵を見捨てる気か!?」

先陣隊の指令の叫び声は他の兵たちの声や斬り合う雑音で門兵に届かない。


 背後で轟音(ごうおん)が起こる。テスレムからのグランデジア軍が到達しバイガスラ軍を襲い始めたのだ。戦闘に気を取られていたバイガスラ兵もさすがに気付き、慌てて門内に逃げ込もうとする。勢いを増すグラジア軍がグリッジ門を目指してバイガスラ兵を追う。


 ダメだ、もう手遅れだ……グリッジ先陣隊の司令官は身体から力が抜けて行くのを感じていた。


 グリッジ門防壁上ではバイガスラ軍総司令が、聞こえる轟音に(おのの)いていた。

「まだか? まだ援軍は到着しないのか!?」

焦れる総司令の怒鳴り声、呼応するように東側から伝令の声が聞こえる。

「テスレムから、すぐに出陣し、グランデジア軍の背後を突くと伝令です!」


 バイガスラ軍の伝令は声に()る。伝令専任兵が聞こえてくる隣陣の伝令の声を聞き取り、次の陣へと回す方法だ。走らせるよりよほど早い。


 ほっとするバイガスラ軍総司令に今度は西から伝令の声が聞こえる。

「モンモギュ、全兵引き連れ至急向かうとのことです!」

助かった、これでなんとかなる――一息ついた総司令が眼下を見降ろす。そうとなれば……


「開門しろ! 開門して、グリッジ隊は全兵防壁内に! グランデジア軍を門の中に誘い込め!」


 グリッジ隊は総兵数七千、防壁内に二千、合わせて九千がグランデジア兵を待ち受けることになる。そしてテスレム五千、モンモギュ六千、併せて一万千が背後から襲う。グリッジ門から出られないグランデジア軍一万八千は逃げ場を失い、降伏するか壊滅するしかなくなる。これで我が軍の勝利だ……そう考えながら、果たしてそう巧く行くのだろうかと不安に襲われるバイガスラ軍総司令だ。


 後退し始めたバイガスラ軍、そしてグリッジ門が再び開き始める。

「逃がすな! バイガスラ兵を門の中に追い込むんだ!」


 グランデジア軍グリッジ隊指揮官コップポラヌが叫べば、あちらこちらで同じ声があがる。指揮官の指令を兵の隅々に伝えるべく、将校たちが声を張り上げる。


 これが通常の戦なら、グランデジア軍はバイガスラ軍を門の中に追いやれば、それ以上の深追いはしない。攻めてくるバイガスラを撃退するのが宣戦布告を受けたグランデジア国の出陣目的だからだ。


 だが、コップポラヌはリヒャンデルから『グリッジ門の中に攻め込め』と命じられている。それならそれに従うまでだ。

「追え! 門に逃げ込んだバイガスラを逃すな!」


 グランデジア兵が、逃げるバイガスラ兵を追って門の中に潜入し始めた。

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