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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第6章 春、遠からず

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伝えたいこと

「攻め込むのは我がバイガスラから、グランデジアはこちらの出方を見て方針を立てることになる。ここは定石通り、挨拶代わりの合戦からですな」


 モフマルドの説明にジョジシアスが頷く。王宮で何度も話し合った事を確認しているに過ぎない。


「次はバチルデアの国境近くのテスレム。門前に出す兵数を抑えてあるが、これはこのテスレムこそが我らの弱点とグランデジアに誤認させるため。最後はモンモギュ、ここで少しはグランデジアに痛い思いをして貰いましょう。すると兵の配置の関係からもグランデジアはテスレムを狙ってくるはずだ」

「ふむ……」

熱心に話すモフマルド、だがジョジシアスは聞いているうちに自分がそこに行くわけでもないと、聞く気も失せてくる。視線をグランデジア軍に戻した。

「リオネンデが何か言っているようだな」


 地上ではリオネンデが前に出て演説を始めている。呼応した兵たちが雄叫びを上げているようだが、音はさっぱり聞こえない。暫くすると王の片割れが腰の険を引き抜いて頭上高く掲げれば、兵たちも一斉に剣を抜いて振り上げた。リオネンデの激励は終わったのだろう。そこに西から駆けてくる一騎、いつの間に中央を抜け出したのか、サシーニャだ。


 サシーニャが宝剣を捧げ持ち、馬で駆けていく。色とりどりの光の粒が宝剣から湧きたって、兵士たちの頭上に降り注いでいる。


「あれが筆頭魔術師の加護か? 美しいし、なんだかあれが身に掛かれば守られた気分になるな」

「気分だけではありませんよ……」

憎々(にくにく)しげにモフマルドが答える。


「疲労回復、気力充実の効果がある魔法です」

「モフマルド、おまえにもできるのか」

「いや、それは……わたしの魔力では兵数千までがいい所です。魔法にも、人によって得手不得手があるものです」

悔しさを(にじ)ませてモフマルドが答えた――


 その頃、バチルデア国では慌ただしく出陣の準備が始められていた。前夜のララミリュースの告白に、時を置かずバイガスラに援軍を送ると決めたエネシクルだ。


「リオネンデでないとしたら誰だ?」

ルリシアレヤの相手がリオネンデではないとララミリュースに聞かされ、蒼褪めたエネシクルが妻に詰め寄る。


「それは判りません」

この状態でサシーニャの名は出せない。出せば二人の仲は裂かれてしまう。それに、間違いないとは思っていても、もし勘違いだったら?


「なぜ言えない?」

「言えないのではなく判らないのです」

「嘘を吐け! おまえはルリシアレヤと一緒にフェニカリデに行った。向こうでのあの子の人間関係を承知しているはずだ」

「わたしが帰国してから知り合ったのかもしれません!」

「かも知れません? それは、そうじゃないかも知れないということ、そしておまえはそうじゃないと判っている」

「なぜあなたはいつもそうやって決めつけるの!?」


(うるさ)い!」

叫んだのはアイケンクスだ。


「夫婦喧嘩は余所(よそ)でやれ」

「なにっ!?」

憤りを息子に向けようとするエネシクルだが

「父上! ルリシアレヤはグランデジアに(もてあそ)ばれたのですよっ!? きっとリオネンデは気に染まないルリシアレヤを他の男に宛がったんだ! 初心(うぶ)なルリッシュはそんな事にも気が付かないでその男の誘惑に……」

悔しさに涙ぐみ言葉を途切らせたアイケンクスに茫然とする。

「ルリシアレヤは、リオネンデとその男に騙されているという事か?」


「違う!」

ララミリュースが悲鳴を上げる。

「なんでそんな馬鹿なことを考えるの!?……リオネンデ王はそんな無体なことをするような(ひと)ではありません」

「父上、母上さえも騙したグランデジアを、このままにしておくのですか?」


 ララミリュースが愕然と息子を見る――何を言っても無駄なのだ。違うと言えば言うほど、夫と息子はわたしを否定する。娘が可愛いから、妹が大事だから……でも、それはあの子のためにはならないのに? いいや、この二人は娘や妹よりも、国や自分のメンツが大事なのだ。


「バイガスラ国に援軍を送ると同時に苔むす森からグランデジア国に侵攻する――バチルデアを馬鹿にすればどうなるか、目に物を見せてやる」


 (くずお)れて床に突っ伏したララミリュースに目もくれず、エネシクルとアイケンクスは閣議を招集する相談を始めていた――


 手紙を見ながら真剣な顔をしているルリシアレヤに、レモンを絞りながらエリザマリが話しかける。


「昨日来たお手紙でしょう? 昨夜からずっとそのお手紙と(にら)めっこね。なんて書いてあるの?」

「うん……お母さまからなんだけど、それがよく判らないのよ」

ルリシアレヤが口を尖らせて答えた。


「判らないって?」

「なんかね、意味不明なの……お兄さま、どうかしたのかしら?」

「お兄さまってどっちのお兄さま?」

「アイケンクスのほうよ」

「よかったら見せて貰っても?」

エリザマリが差し出すレモン水を受け取りながら、ルリシアレヤが頷く。


「えっと……」

エリザマリがララミリュースからの手紙を読み上げた。


――愛しいルリッシュ、元気にしていますか? 母はあなたの居ない寂しさに時おり悲しくなるけれど、あなたはフェニカリデで幸せにしていると思い、すぐに元気を取り戻しています。


 ところでルリッシュ、久しぶりにバチルデアから始めましょう。


 アイケンクスがね、フラフラしてんのおバカでしょう? ドジッチってあの川がもしも、もちろん一昨年のこと、でももう終わり。氾濫しないってアイケンクスが言うのよ。きっと大丈夫ね。


 だから心配しないで、あなたはあなたの幸せだけを考えるのですよ――


 読み終わったエリザマリが

「確かに難解だわ。だいたい、どうしてララミリュースさまがドジッチ川を気にするのかしら?」

困り顔でルリシアレヤを見た。でしょう? とルリシアレヤが苦笑する。

「ドジッチって、グランデジア・ベルグを流れてる川よね?――文章もヘンだけど、わたしにルリッシュって呼びかけるのもヘン」


「いつもは違うの?」

レモン水を飲みながらエリザマリが問う。

「いつもはちゃんとルリシアレヤって書いてるの」

「ふぅん……特に変なのは中ごろよね。まるで何かの暗号みたい」

「暗号?」


 はっとルリシアレヤがエリザマリの顔を見、もう一度ララミリュースの手紙に目を落とす。

「そうよ、暗号よ。子どものころよく内緒のお手紙を送りっこして遊んだの。その時の暗号だわ。合言葉は〝から始めましょう〟」


 じっくり文面を見るルリシアレヤ、サッと蒼褪め

「わたし、マジェルダーナさまに会ってくる!」

と立ち上がった。


 グリッジ門の上部では、鳥籠を持ってやってきたゴリューナガがグランデジア軍を見渡していた。

「遅かったな……それで巧く行ったのか?」

不機嫌に問うモフマルド、フン、とゴリューナガが鼻で笑う。


「久々の使役魔法、さらに視野借用術……結構高度な魔法だぜ。時間がかかるに決まってる――で、サシーニャは?」

「あのでかい天幕に入ったきりだ。いい加減出てくるんじゃないかな?」


 二人の様子を窺っていたジョジシアスが、この鳥は? と鳥籠を見る。

「それは……大地鴫(ガリナゴ)ですな」

モフマルドが答える。


「ここにいるゴリューナガはわたしの腹心ですが、この鳥を操ってサシーニャを追跡させます」

「鳥を操る? しかし、追跡させてどうするのだ?」

「さらに視野借用、つまり鳥が見えている景色がこの男にも見えるという事です。サシーニャたちがフェニカリデに帰るのか、ベルグあたりに留まるのかを確認します」


「お、出て来たぞ!」

ゴリューナガが声を上げ、慌てて鳥籠の鳥を放つ。モフマルドが地上を見ると三頭の馬が天幕の後ろ側からワースルーに向かう木立に消えるところだった。鮮やかに赤い甲冑、朱鷺色、白、そして白い甲冑の主は黄金色の髪を棚引かせている。


「ジョジシアスさま、そろそろお時間です」

将校の声が聞こえ空を見ると、太陽が中天に差し掛かろうとしていた――


 ルリシアレヤの来訪に、マジェルダーナがひやりとする。まさか今さら帰国したいと言い出す気か?

「マジェルダーナさま、大変なんです。母が(しら)せをくれました」

「ララミリュースさまが?」

とにかく中に……と、執務室に迎え入れる。もちろんバーストラテも一緒だ。


 見せられたララミリュースからの手紙を読んで、マジェルダーナが困惑する。

「確かに変わった文章だとは思いますが……」

「それ、暗号なんです」

「暗号?」

「〝から始めましょう〟の後ろから暗号になってて、〝終わり〟で終了、〝から始めましょう〟の前の文字数ごとに文字を拾うんです。この場合は『バチルデア』だから読むのは五文字ごとです。そして『、』と『。』は無視します」

「うん?」

マジェルダーナがもう一度文面を確認する。


 ところでルリッシュ、久しぶりにバチルデアから始めましょう

アイケン()スがね フ()フラして()のおバカ()しょう? ド()ッチって()の川がも()も もちろ()一昨年の()と でもも()終わり


「く、ら、ん、で、じ、あ、し、ん、こ、う?」

首を捻るマジェルダーナに

「最初の『く』は、グです、思いつかなかったのだわ。だから暗号の正解は『グランデジア侵攻』になるんです」

「いや、ルリシアレヤさまの思い違いと言うことは? 考えすぎということはありませんか?」


 俄かには信じられないマジェルダーナだ。奇妙な文章に思い悩んだルリシアレヤが、暗号だと無理にこじつけたのではないか? いくらルリシアレヤを案じているからと言って、バチルデア王妃が軍事機密を軽々しく漏らすだろうか? だが同時に、可愛い娘に誤情報を掴ませるとも思えない。どう判断したものか?


「いいえ、子どものころに母とよくやった遊びなんです。それを思い出させようとして母は、ずっと使っていなかった、わたしの子どもの頃の呼び名『ルリッシュ』を使っています」

「うむ……となると、バチルデア国がグランデジアに侵攻することをララミリュースさまが報せてきたと、そう(おっしゃ)るのですね?」

「はい、間違いありません」


 判りました、とマジェルダーナが立ち上がる。グランデジアに知られたくない情報を、ララミリュースがルリシアレヤに伝えてきたのは親心だ。子どもの遊びを利用したのは親子の情に賭けたから……ならば、わたしも自分の勘に賭けてみよう。この情報は間違いないものだ。


「バーストラテ、ルリシアレヤさまを貸与館にお送りして――わたしは魔術師の塔に行ってくる」

バーストラテが頷いて、ルリシアレヤに『戻りましょう』と声を掛けた。


 同じころ、その魔術師の塔では大騒ぎするゲッコーにチュジャンエラが顔色を変えていた。どんなに宥めてもサシーニャの名を大声で呼び続けるゲッコーにとうとう匙を投げ、遠隔伝心術を使ってサシーニャに指示を(あお)いだ。


『サシーニャの代わりに聞くよ、と言ってみてください』と言われ、その通りにすると、ようやくゲッコーは『肝心なこと』を話し始めた。その内容は遠隔伝心術でサシーニャにも伝えた。


「判りました、事前の指示通りの行動を」

サシーニャはそう言って術を切った。


 行動を起こそうとしたチュジャンエラに塔の立ち番が、マジェルダーナが会いに来たと知らせにくる。同時に二箇所に行けるはずもない。チュジャンエラが迷う。どうしよう?

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