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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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湯殿の間

 いったいこの男は、わたしをどうするつもりなのだろう。踊り子の口元に葡萄(ぶどう)を運ぶリオネンデを(にら)み付けながら、踊り子――スイテアが思う。やっと(つか)んだチャンスを棒に振った。だが、そばにいる限り、再び機会が訪れないとも限らない。


 なんとしても、この男の息の根を止める。復讐してやる。そう決意して四年の月日が流れた。


 四年前のあの日、この男はわたしの大事な人を二人も殺した。二人の無念をわたしが晴らさず誰が晴らす?


 リオネンデは(うら)みと憎しみに燃えるスイテアの顔を眺めていたが、やがて敷物に寝ころんだ。大皿はすでに空になっている。


「おまえ、どこから王宮に忍び込んだ?」

スイテアは答えない。すぐそこで無防備に横たわる男に、向ける(やいば)を持っていないと嘆き、身動きを封じられて首を絞めることさえできないと悔やむ。こんな事なら広間では温和(おとな)しく、誘惑するだけにしておけばよかった。今こそ、男に小刀を向ける好機なのに。


「おまえ、四年の間、どこにいた?」

「……」

思わずギクリとスイテアの身体が動く。今の言葉は何を意味している? 顔色を変えてしまったと、自分でも判る。リオネンデがそれを見逃さない事も……


 そこに『湯あみの準備が整いました』とレナリムが告げる。うむ、とリオネンデはスイテアの(ひざ)(しば)(ひも)()くと立ち上がり、スイテアを(かか)えて立ち上がらせる。


「わたしをどうするつもりだ?」

「うるさい。そんな大声でなくても聞こえる」

ニヤリとリオネンデが笑む。


「おまえの身体を王が清めてやろうというのだ。温和(おとな)しく従ったほうが身のためだぞ。ついでにその身体、存分に味わわせて貰おう」

「なにを、なにを!」

「暴れるな。暴れれば痛い思いをするのはおまえだ。俺の肉を味わったのだ、俺がおまえを味わったところで、文句を言われるものでもない――さらにおまえの下の口に俺の肉を味わわせてやる。だがその前に、湯あみだ。おまえ、汗臭いぞ」


 暴れて悪態をつく女を無理やり引っ張って現れた王に、後宮の女たちは驚いて息を(ひそ)め、様子を(うかが)う。それでも王が向かう先では女たちによって御簾(みす)が開かれ、王の歩みを邪魔することはない。


 湯殿(ゆどの)()では湯あみする王を世話しようと、数人の女が控えていた。後宮に仕える女たちが同時に湯あみできそうなほど広い湯船に、湯がなみなみと(たた)えられ、湯気がもうもうと立ち込める。


 広い湯船にいきなり放りこまれ、スイテアはやっとのことで水面に顔をあげた。水深はスイテアの(へそ)の上ほどある。もう少しで(おぼ)れるところだった。


 リオネンデは、と見ると、衣類を女たちが脱がせ、下帯だけの姿になったところだ。

「もうよい、みな下がれ。呼ぶまで誰も来るな」

リオネンデの(めい)に、(かしず)く女たちが湯殿の間から消えた。


 鍛え上げられた身体、端正な顔立ち。その姿は、獅子王と呼ばれても名前負けすることはない。


(あの火傷の(あと)は……)

スイテアはつい、リオネンデの左肩から二の腕へ広がる火傷の痕に目を向けた。

(四年前のあの日、自ら放った火で負った火傷はあれか)

自業自得だ、スイテアが心の中で悪態をつく。


 おもむろに湯に入り、こちらに近づくリオネンデ、後ずさりしたい衝動にやっとのことでスイテアが()える。負けるものか、負けてなるものか。


「フン、観念したか? 温和(おとな)しくなったな」

そんなスイテアに腕を伸ばすとリオネンデはスイテアを縛る紐を解いた。紐はリオネンデの手を離れ、プカプカと水面を漂った

「さぁ、どうする? おまえに俺が殺せるか?」

「おのれっ!」


 殺す! 殺してやるっ! スイテアの復讐心が再び燃え上がる。力任せにリオネンデを突き飛ばすと、思いもよらずリオネンデは後ろに倒れ、そのまま水中に沈み込む。ならば!


 スイテアが沈み込むリオネンデを押さえつけ、そのまま溺死させようとする。リオネンデに抵抗する様子がない。(いぶか)ったスイテアが思わずリオネンデの顔を見る。


(リューズ!)

湯の中のリオネンデの髪がゆらゆらと水の動きに沿って揺れる。そして穏やかな眼差しでスイテアを見詰めている。


 あの瞳をわたしは知っている――リューズさまの髪、リューズさまの頬、リューズさまの眉、リューズさまの鼻、リューズさまの唇、そしてあの眼差し。忘れ得ぬすべて……(あふ)れ出す涙にスイテアが両手を自分の顔にあてた。


 押さえつけているものを失ったリオネンデが水面に浮き上がる。

「どうした、もう終わりか?」

あぁ、リューズさまの声!


 泣き崩れ、足元がおぼつかなくなったスイテアの身体をリオネンデが支える。そしてその手でスイテアの衣装を剥ぎ取っていく。されるがままのスイテアをリオネンデは持ち上げて、湯船の端に腰かけさせた。


「なにを?」

リオネンデの動きに力なくスイテアが抵抗する。が、リオネンデは許さない。スイテアの足を押し広げ、覗き込むと内腿に口づけ、さらにその奥に舌を()わせた。

(リューズさまっ!)


 スイテアの身体を何かが走り抜け、(たま)らず倒れそうになる。その身体を立ち上がったリオネンデが抱き止め、唇を重ね、舌を忍び込ませてくる。そして指がスイテアを(いじ)り始める。


(リューズさまの唇。リューズさまの舌。リューズさまの指……)

スイテアの意識が遠い昔へと引き戻されていく――


 戦況はもはや決していた。村のあちこちに放たれた火は人々を(あぶ)り出し焼き殺し、グランデジア国の勝利は確定している。


 スイテアの母は自分の身を(やかた)を襲った兵士に差し出し、その(すき)をついて娘を逃がした。娘はまだ十一になったばかりだ。


 だけど、どこへ逃げればいい? 髪を切り、男の服を着せられても、捕まれば女と知れる。女と知られる前に無残に切り殺されるかもしれない。どうせなら、まだその方がましだ。


 (やぶ)から藪へと身を(ひそ)ませ、目についた天幕(てんまく)に潜り込んだ。敵の天幕の中ならば、捜索されることはない。(しばら)くはここに隠れ、敵が陣を払うのを待とう。逃げ延びる好機を見つけ出せるかもしれない。


「リューデントさま、お戻りください」

息を()らしていると、天幕の外で声がした。

「国王がお呼びなのです。王太子と言えど、国王の(めい)には逆らえません」

「王太子は血の匂いに酔ったと伝えよ」


 天幕の中に二人の人物が入ってくる。

「しかし……」

王太子を追ってきた臣下にしても、リューデントの言い分も(もっと)もだと思っている。(うい)(じん)もまだなのに後方に控えよと連れてこられ、今度は攻め込んだ村の長の斬首に立ち会えと言われる。まだ十三の子どもには荷が重すぎる。


「なんだったら、僕など廃してリオネンデを王太子にすればいいんだ」

「リューデントさま、王はあなたを世継ぎにしたいと仰せです」

そう言いながら御付きの者は『仕方ない、なんとか王を納得させましょう』と天幕を出て行った。


 遠ざかる気配を暫く窺っていたリューデントだったが、やがて天幕の中を見渡し始めた。泣きたかった。泣きだすのを我慢していた。どこなら外に泣き声が漏れない? どこなら急に誰かが来た時、涙を隠しやすい?


 天幕の入り口から一番遠い、物入れの横、ここだとリューデントは決めて、そこにしゃがみ込む。(こら)えていた嗚咽(おえつ)が口から()れ始める。初めて人が殺されるのを目の当たりにし、逃げ惑う人々の叫びを耳にした。心は打ち震え、恐ろしさに身が縮む。


 物入れの陰に隠れていたスイテアが目を見開く。いきなり目の前に誰かが座り、身体の側面を見せた。そして、忍びやかな嗚咽が聞こえてくる。泣いているのは誰だ? ここは戦勝国の天幕、なのに王太子と呼ばれた少年が泣いている。


 微かに感じた気配にリューデントが嗚咽を止める。物入の裏を覗き込むと、目を見開いた少女がいた。慌てて逃げ出そうとする少女に、口元で人差し指を立て

「静かに……見つかれば酷い目にあわされる」

と、小さな声で言った。僕が助けてあげる。もうこれ以上、人が苦しんだり殺されるのを見たくない……


 リューデントはスイテアを物入れに隠し、王宮に運んだ。そして母親である王妃に託した。十三だったリューデントはその頃はまだ、王妃の間と間続きの部屋にいた。


 折に触れスイテアに気を配り、話し相手をスイテアにさせた。そして女の子を授からなかった王妃は我が娘のようにスイテアを可愛がってくれた。


 自分の両親を殺した国の王妃と王子……スイテアの心は複雑だったが、他に行くあてはない。そして王妃と王子の優しさはスイテアを安心させた。


 (いくさ)はもう終わったのだ。故郷はもうない。ならばここで生きていくしかない。それが(いのち)()けて娘を守った母への恩返しだとスイテアは思った。


「王になるのは僕ではなく、リオネンデにすればいいのに」

王妃の庭で、リューデントがスイテアに言った。

「リオネンデは僕と違って、平然と打ち首の様子を見ていたそうだ」

「そんな、恐ろしい……」

「ごめん、打ち首の話などするべきじゃなかったね」

怯えて縮こまるスイテアの背をリューデントが撫でる。


「リオネンデは僕と違って猛々しいんだ。でも、僕はリオネンデが本当は優しいヤツだと知っている」

「リューデントさまより?」

「リューズでいいよ――それにリオネンデはバイガスラ国王、僕たちの母上の兄君に気に入られている」

「リューズさまは国王になるのがお(いや)なのですね」

「うん、国王はいろいろ制約が多い。責任も重い。できれば僕は気ままに暮らしたい」

そう言ってリューデントは笑った。


「僕だろうがリオネンデだろうが、どちらもそう変わりはしないしね」

「リオネンデさまは王妃さまのお部屋にあまりお顔をお見せにならない。スイテアはリオネンデさまにお会いしたことがありません」

「会えば驚くよ。僕と全く同じだ。ただ一つだけ違うのは、この二の腕の(しるし)だけだ」

(しるし)?」

リューデントの二の腕には鳳凰(ほうおう)の形をした(あざ)があった。


「あ……同じものがわたしにも」

「この(しるし)は『世界を制する者に現れる』って言い伝えがある。だから父は次期国王を僕にしたがっている――同じもの?」


「えぇ、内股に同じ痣があるんです」

「へぇ……見てみたいな」

躊躇(ためら)いながらもスイテアは内腿を(あら)わにし、鳳凰に見える形の痣をリューデントに見せた。


「本当だ、同じだね」

ひょっとしたら僕とスイテアの運命は重なっているのかもしれないよ、リューデントはそう言って笑った。


 十五になったリューデントが王妃の間から出される。そうなるとスイテアは、もうリューデントと会う事はできない。それがどれほど苦しいか思い知ったスイテアだった。だがどのみち、リューデントと結ばれることはない。自分は王妃の侍女なのだから。


 それがある日、王妃の庭にリューデントが忍び込む。リューデントが王妃の間から出されて、一年ほどが経っていた。


 会いたかったとスイテアを抱き締める。ここには王子と言えど入ってはなりません、言葉にするものの、スイテアは拒めない。その日からスイテアは人目を盗み、リューデントと愛し合うようになった。どれほど幸せな日々だったかことか……


 だがそんな日々は四年前のあの日、何が起きたか判らないうちに奪われてしまった。

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