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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第6章 春、遠からず

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流れは止まらない

 その夜、諸国に送る檄文(げきぶん)を考えていたモフマルドを怒らせたのは例の倉庫の持ち主だった。現場を見てきたがあれではもうどうにもならない、補償してくれと言いに、王宮に出向いてきたのだ。


「買い上げてやると言っただろう? 金額はそちらの言い値でいい」

そう答えたモフマルドに、そんな話は聞いていないし、売る気はないと倉庫主は言い張った。


「おまえの息子は火事を出した倉庫では客が付かないと言って喜んだぞ?」

「息子? あたしにゃ子はおりませんで。だから老いて働けなくなった時のために、(たい)枚叩(まいはた)いてあの倉庫を買ったんでさ」

「なにっ!?」

怒りを(あらわ)に顔色を変えるモフマルド、怯える倉庫主、つい怒鳴りつけそうになったのを抑え、『判った、それなら今しばらく貸してくれ』と言って、倉庫主をなんとか帰した。


 ギリギリと歯軋(はぎし)りするモフマルドにジョジシアスが問う。

「どういうことだ?」


 横穴発見の経緯をジョジシアスに話し、モフマルドが決めつける。

「息子を(かた)った男は間違いなくサシーニャの手先だ。横穴を発見させるためにわざと床石を踏み外す芝居をしたんだ」


「なぜそこまでして、我らに横穴の存在を知らせる必要がある?」

「判り切ったこと。我らの怒りを増長し、我が方からの宣戦布告を(うなが)すため。金貨紛失と商品焼失だけでは決め手に欠ける、だから横穴を発見させたかった」

「なるほど、人工の横穴が見つかれば、間違いなく『誰かの仕業』だと確定されるな」


 モフマルドがイライラと、部屋の中を歩き回る。

「どうしたものか……」

このままではサシーニャの思惑通り、バイガスラから(いくさ)を仕掛けることになる。その先についてもサシーニャは考えているはずだ。


 溜息をついてジョジシアスが静かに言った。

「やはり(いくさ)はやめてしまおう」

「ふざけるな!」

モフマルドの迷いを代弁するようなジョジシアス、それがますますモフマルドを苛立たせる。


「閣議で決定したことだ、しかも反対する大臣たちを黙らせてだ。今さら、なんて言い訳するんだ?」

「言い訳はともかく、おまえは横穴の工法を確認しに行っていないじゃないか。グランデジアのものだと断定したが、そうとは限らないだろう? ただの盗賊かも知れない」

「いいか、ジョジシアス。金貨だけなら盗賊の可能性もある。だがな、倉庫の荷を燃やして得をするのはグランデジアだけだ。それに(にせ)息子! 盗賊なら、わざわざそんな芝居はしない。だから横穴は間違いなくサシーニャの企みだ」

「それならなおさら、このままでは向こうの思う(つぼ)だぞ?」

「うぬぅ……」


 そうだ、それが悔しいし恐ろしい。このままサシーニャの思惑通りに動いていいものか? なんでサシーニャはグランデジアではなくバイガスラに宣戦布告させたいんだ? ここまで手の込んだことを考えるサシーニャだ。バイガスラに難癖(なんくせ)をつけ、自国が宣戦布告することもできるはずだ。


「……そうか、難癖か」

ポツリと言うモフマルドをジョジシアスが不安そうに見る。


「難癖?」

「結局この(いくさ)、どちらかが難癖をつけて始めるしかない。横穴の工法がグランデジアのものだと我らが言ったところで、それを諸国が確かめることはない。グランデジアは言い掛かりだと主張するだろう。そして我らがここで退()いても(いくさ)になる。グランデジアが我が国に『難癖』を付けるからだ」

「我が国に?」


 モフマルドがジョジシアスを見据える。

「やはりここはこちらから仕掛けよう。金貨も商品も用意するのは無理だ。グランデジアはそれを根拠にどう難癖をつけてくるか? 紛失も焼失も我らが管理下で起きた事実で、しかもジッチモンデに知らせてしまった後だ。諸国はグランデジアに味方する公算が高い」


「だがモフマルド、それならグランデジアはなぜそうしない?」

「考えられる理由は一つ。ゴルドント・ニュダンガと立て続けに侵攻している。ここでバイガスラにまでとなると、諸国の反応も微妙になる。が、ジョジシアス、どんな難癖をつけられるのか不明なうえに援軍を見込めないのなら、ここはいっそサシーニャの思惑通りに動いてみようじゃないか――グランデジアからの宣戦布告、しかも理由がバイガスラの債務不履行とくれば、諸国はバイガスラに味方しない。だか、こちらからの宣戦布告となればジッチモンデやバチルデアを味方にできる。きっとヤツはバチルデア王女が自国にいることで、バチルデアは動かないと見ている。だからこそ、バチルデアが味方になると見込める、我が国の勝利だ」

「確かにバチルデアと併せれば、兵力で我が方が大きく上回ることになるな」

ジョジシアスが頷いた。


「ひょっとしたら……」

モフマルドが呟く。

「いいや、ひょっとしなくても、ジッチモンデとの取引もサシーニャの計画の一部。取引に応じた時から、(いくさ)になると決まっていた」

「ジロチーノモもグランデジアとグルなのだろうか?」

「いや、それはない。以前から懇意にしていたならまだしも、交流などなかったはずだ」

自分でそう言いながらモフマルドは、本当にそうだろうかと、一抹の不安を感じていた――


 サシーニャからの遠隔伝心術が届いたのは翌朝、チュジャンエラが食事を摂っている時だった。ガッシネで手配していた馬の到着が遅れていたと愚痴を聞かされたが、いつもと変わらないサシーニャの様子にチュジャンエラはホッとしている。


 遠隔伝心術が届かなかったことについてはサシーニャにも不思議だったようで、時間ができたら調べると言い、それよりも、

「閣議はどうでした?」

と、関心はそちら、当然のことだ。


「巧く行きました。サシーニャさまの読み通りです」

そう答えると『チュジャンのお陰だね』と、チュジャンエラがサシーニャの笑顔を思い浮かべてしまうような明るい声で言った。


 ガッシネからは南部平原に向かって急斜面を上る。未整備の脇道だが、街道を使うとガッシネからキャッシズ、さらにモリジナルと遠回りになる。


 この急斜面は北はスカンポ山脈に連なる難所だが、上り切ってしまえば南部平原、フェニカリデまでなだらかな勾配が続く。ただ、南部平原はほとんどが貴族の私領、宿屋があるような街はない。そこでサシーニャはジェラーテン(サシーニャの私領)の領主館、通称絹の館(サラセイダ)に寄って、仮眠をとることにしている。


「明日の夕刻までには余裕でフェニカリデに着きますからね。それまでよろしく頼みましたよ」

こちらはこれから帰都するだけ、何もなければ遠隔伝心術は使わない。だけど困ったことがあれば遠慮なく、いつでも話しかけてください、とサシーニャは術を切った。閣議を受けてチュジャンエラが忙しいことを見越していた。


 やるべきことは山積している。表向きはバイガスラ国境の兵の増強だが、実質的には開戦準備だ。だから昨夜、ジャルスジャズナとあんな話をした直後でバーストラテと顔を合わせるのが気拙かったが、ルリシアレヤの貸与館に寄って『暫く魔術師の塔に来ても相手はできない』と告げてきた。


「どうせすぐ知ることになると思うから言っておくよ。バイガスラの動きが少しばかりキナ臭いんだ」

「まさかサシーニャさまに何かあったの?」

勢い込んでそう訊いてきたのはエリザマリだ。


「ううん、そうじゃない。サシーニャさまは昨日の夜、無事にラメアリスを出港しているよ。明後日には戻るからご安心を」

「それならよかった……」

ルリシアレヤとエリザマリが見交わしてほっと小さな溜息をつく。


「でも、戻ってきても(しばら)く館に帰れないかもしれない。サシーニャさまだけでなく僕もね。それほど忙しいんだ」

そう言ってルリシアレヤの貸与館を辞したチュジャンエラ、バーストラテとは互いに会釈しただけだった。


 昨日の閣議で当面、王の謁見と閣議は中止と決まっていた。王宮に出仕し、魔術師の塔に行くとチュジャンエラは、まずはジャルスジャズナの執務室に行き、サシーニャと連絡が取れたことを報告している。そのあと魔術師を集めての事態の説明と各自の持ち場の確認、それが終わってから軍本部に赴き、王宮近衛隊も交えての談合、さらには王の執務室でリオネンデ王との打ち合わせと、目まぐるしく動いている。


「やっぱりアイツ、船酔いだったんだろう?」

サシーニャと連絡がついたと聞いてリオネンデが笑う。

「船酔いではなかったみたいですよ――サシーニャさまが戻ったら、本人に聞いてください」

不機嫌にそう言うチュジャンエラに

「なんだ、どっぷり疲れた顔だな」

とニヤニヤするリオネンデだ。


「……サシーニャさまには(かな)わないってツクヅク思い知らされました。ゴルドントの時もニュダンガの時も、ほとんど一人でこんなこと、してたんですものね」

蒸して板状に切ってから干した甘藷(いも)を噛み千切りながらチュジャンエラがボヤく。


「僕、明日、サシーニャさまが戻るって思うから頑張れるけど、これがずっと続くとなると、魔術師なんか辞めてどこかに行っちゃいたくなるかも」

「次席魔術師が情けないことを」

そう言いながらリオネンデが微笑む。

「まぁ、そんなこと言っても結局成し遂げるのがチュジャンだよな」

「買い(かぶ)りですってば」

謙遜するものの、照れくささを隠しきれないチュジャンエラだ。


 ジャルスジャズナが王の執務室に駆け込んできたのは、明日以降の予定の綿密な打ち合わせが終わる頃だった。いつものことだが案内もなしに執務室に飛び込んできたジャルスジャズナ、それが珍しく血相を変えて叫ぶ。

「ニュダンガから伝令鳥(からす)が来た!」


「落ち着いてジャジャ、伝令鳥(からす)がどうかしたの?」

「チュジャン、サシーニャの読みが外れた。バイガスラが思ったよりも早く動き出したんだ」

「なに? ジャジャ、ニュダンガからはなんと?」

リオネンデも顔色を変える。


 ◇◆◇


 この(たび)の貴国の行いは断じて許せるものではない。我が国およびジッチモンデ国にて策謀を巡らせ、両国に多大なる損害を与えんとしたことは明白なり。また、首謀者は貴国の王子にして筆頭魔術師サシーニャであることも判明している。


 我が国はこれを重大と捉え、貴国に対し宣戦布告するものなり。ただし、貴国は関与しておらず、サシーニャ個人の計略と貴国が主張する、あるいは(いくさ)を回避したいとの考えならば、謝罪と損害賠償、首謀者の引き渡しでこれを受け入れる。期限は五日後、()が中天に上り詰める(こく)、それまでに謝罪および首謀者の引き渡しが行われない場合、即刻貴国に攻め入ると明言する。なお、首謀者は魔術師であることから、魔力を封じての引き渡しに限る。また賠償額ついては相談に応じる。


 この事実を広く知らしめるため、すでに檄文(げきぶん)を諸国に送付済みである――バイガスラ国王ジョジシアス・バイガスト

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