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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第6章 春、遠からず

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潮風は よろこびを 謳う

 チュジャンエラがリオネンデから解放されたのは夕刻、夕食に誘われたが塔に用事があると言って辞退した。サシーニャのことが気掛かりだった。


 今日は一度も遠隔伝心術が成功しない。サシーニャから術が送られている気配もない。閣議が終わった後の打ち合わせでリオネンデに話すと『船酔いでもしてるんじゃないか』と笑ったが、サシーニャに限ってそれはないと思った。どんなに馬車が揺れても長時間でも、自身は平然としたまま他者に回復術をかけ続けるサシーニャだ。リオネンデに『そうかもしれないですね』と答えたのは、心配させないための配慮だ。


 ジャルスジャズナに相談しようと居室に行くと、

「今日は早かったんだね」

と出迎えてくれた。


「うん……もう食事した?」

「なんだ、腹ぺこかい? いいよ、一緒に食べよう。閣議の様子を話してくれるんだよね?」

ジャルスジャズナの笑顔に、救われた気分のチュジャンエラだった。


 玉黍(コーン)を煮潰して濾したスープに千切った蒸餅(パン)浸してジャルスジャズナが言った。

「へぇ……ゴリューナガがねぇ」

「うん、グレリアウスが間違いないって。三回目の納品の時、モフマルドと一緒に船に乗り込んできたときはぞっとしたって」


「あぁ、グレリアウスは追いかけ回されてウンザリしてたからね」

「なんだ、ゴリューナガって男が好きなんだ?」

「男ならグレリアウスやサシーニャみたいに背が高くてすらっとしたのが好み、女ならエリザみたいに可愛らしくて温和(おとな)しいのが好み」


「両方行っちゃうんだ? エリザはあれで結構気が強いよ」

「性別問わずは珍しい話でもないさ――気が強いようには見えないけど?」

「ルリシアレヤと話してるのを聞いてると、叱りつけたりしてる。たまに言い争いになるけど負けてない」


 クスッとするがすぐ真顔に戻るチュジャンエラ、

「ゴリューナガがバイガスラにいたってことはリオネンデにも内緒にしろってサシーニャさまが。誰にも言うなって言われてるんだ」

とジャルスジャズナの顔を見る。


「判った、口外しない。バーストラテには?」

「彼女には決して知られるな、だって」

「そうか。もっともバーストラテだって、あんな薄情な兄の行方(ゆくえ)なんざ知りたくもないだろうさね」

「ゴリューナガってさ、塔にいる間もバーストラテを(いじ)めてた。自分の妹をなんで虐めるんだろう?」

「おまえんとこみたいに兄弟が仲がいい家ばかりじゃないんだよ。ましてあの兄妹は母親が違うし。父親が召使に手を出して、彼女を産ませたって話だ」

「だったら悪いのは父親じゃん。百歩譲って、母親につらく当たるのは判らなくもないけど、バーストラテは何も悪くないよね」

「目障りなんだと思うよ」

「それにしたってさ、顔を見れば『出来損ない』だの、呼ぶときも名前じゃなくって『不細工』だの。あれじゃあバーストラテじゃなくても委縮するよ」

「そうだよねぇ……自分がそうさせているのに、『あんなに懐かないんじゃ、妹だと思えない』とも言っていたね」


生家(いえ)でもそうだったんだろうね。だからバーストラテはあんなに無表情になっちゃったんだ」

「わたしもそう思うよ。でもさ、見習いで入ってきたときよりずっとよくなった」

「そう言われればそうかな? 彼女、僕より半年後に見習いで塔に来たんだけど、その時はなんて暗いヤツ、って思ったもん。今じゃ暗いって感じはないよね。とっつき(にく)いけど」

「チュジャンに比べたらみんな暗いヤツになるだろうさ」


 なにそれ、と拗ねるチュジャンエラをジャルスジャズナが笑う。

「チュジャンもそうだけどバーストラテもサシーニャに救われた一人さ。チュジャンと同じ時期に塔に入った子は、何かと問題を抱えた子が多くってね。サシーニャは頻繁に見習いさんたちの様子を見に行ってた。チュジャンもそれでアイツに拾われたんだろ?」

「ジャジャ、拾われたって言い方はやめてよ。まぁ、弟子にして貰えたから僕は魔術師に成れたけど」


「当時の見習いの指導担当者はバーストラテに『とにかく笑え』って言ってたらしい。それをサシーニャはやめさせた。笑わなければと思う気持ちは焦りになる、焦れば焦るほど巧く笑えなくなって、それが自己否定へと繋がっていく。今の彼女に必要なのは自分の存在を許すことだ、ここにいてもいいんだと、心の底から思えるようになることだってね」

「ここにいなさいって、弟子にして貰った頃、サシーニャさまによく言われた……()()っていうのが、塔のことなのか、サシーニャさまの(そば)なのか、よく判らなかったけどね」

「だけど、ゴリューナガがバイガスラにいることをいつまでも隠しておけない。サシーニャはどうするつもりなんだろう?」


 独り言のようなジャルスジャズナ、禿()()()の揚げ物を頬張るチュジャンエラ、答える気はないようだ。


「サシーニャはゴリューナガに会ったのかい?」

「ん?」

これははっきりとした質問、無視できないチュジャンエラが慌てて揚げ物を飲み下した。


「グレリアウスから三回目の商品受け渡しに同席したって聞いて、ひょっとしたらって金貨の受け渡しに同席するかもってサシーニャさまも思ったんだけど、来なかったって」

「うん、それで?」

「本当なら、なぜゴリューナガがモフマルドと一緒にいるのか、何か目的があってのことなのか、そのあたりを調べたいけど時間がない。だからこのままいくって」

「放置ってこと?」


「だから誰にも教えるなって言うんじゃないの? バイガスラ王宮で、対戦する魔法使いがモフマルドだけじゃなく、ゴリューナガも加わることを考えて対策を練るって言ってた――やっぱり僕も行こうかな?」

「おまえはフェニカリデでの仕事がある」

「じゃあ、グレリアウスを連れて行くのかな?」

「それはない、万が一を考えて、彼にはニュダンガを守らせるはず」

「それじゃあ――」

「魔術師の名前を順番に言うなって。サシーニャはリオネンデと二人で()()って決めてる。マレアチナさまの件を知ってる人間をこれ以上増やしたくないんだよ」

「……サシーニャさま、一人でモフマルドとゴリューナガを抑えきれる?」

「サシーニャが対策を練る、って言ったんだろう? 信じるしかない」


 うん、と頷いたものの、心配そうなチュジャンエラが、ふと何かを思い出して明るい顔になる。

「マレアチナさまで思い出したけど、レシニアナさまは我儘だったってクッシャラデンジさまが言ってました」

「クッシャラデンジなら、レシニアナさまのこともよく知っているだろうね」

「美人だけど性格が悪くって誰も近寄らなかったって。それでつい、どうしてシャルレニさまは? って訊いちゃって……そしたらマジェルダーナさまに『おまえのほうがよく知っているだろう』って。あの二人の仲は険悪だったんじゃ?」

「あの二人って、クッシャラデンジとマジェルダーナ? よく言い争うってのは聞いてるけど?」

「なんかね、二人で懐かしいってシミジミしちゃってた」

「年齢的に、二人がシャルレニさまやレシニアナさまと懇意でも可怪(おか)しくないよ」

「僕、クッシャラデンジの笑顔、初めて見たよ」


 そりゃあ貴重な経験したね、とジャルスジャズナがケラケラ笑う。

「でもさ、モフマルドの名が出れば、マジェルダーナかクッシャラデンジのどちらかが反応するはずだってサシーニャさまが仰っていたけど、まさかシャルレニさまやレシニアナさまの名前が飛び出すとは、さすがのサシーニャさまも予想していなかったんじゃないのかなぁ?」

「サシーニャはどんな反応だった? 遠隔伝心術を使ってたんだろう?」

「いや、それがね、ジャジャ……」


 遠隔伝心術が使えないと聞いたジャルスジャズナも深刻な顔になった。

「まぁ、心配ないよ。リオネンデが言ってる船酔いの線はないだろうけど、何かあればグレリアウスだっているんだ。伝令鳥(からす)を飛ばしてくるさ」

「まさか、船が沈んだりしてないよね?」

「上級魔術師が二人ついてるんだよ? 魔法を使ってでも沈ませるもんか」

「そんな魔法があるんだ?」

「いや……ちょっと待って」


 立ち上がると書棚に向かったジャルスジャズナ、

「有った」

と呟いて一冊の本を手に取る。


「その本は?」

「海に関する魔法の本だよ。嵐に遭遇した時に使う魔法、船体に穴が開いた時に使う魔法……いろいろ載ってる。うん、大丈夫じゃないか?」

「その魔法、サシーニャさま、ご存知でしょうか?」


 ギョッとしたジャルスジャズナ、気まずげにチュジャンエラを見て、すぐ本に視線を戻す。


「これから出港だってサシーニャが言ってきて、そこで術を切ったんだよね? それが昨夜のことで、今朝から術が繋がらないんだっけ?」

「うん、それがどうかした?」

「何か載ってないかなと思って。海の上では使えない魔法とかね。ん? これはなんだろう? 潮風は始祖の王の魔力を喜び、鳳凰(ほうおう)の魔力に歌を口ずさむ……」

「詩みたいだね」

「古い本だからね。魔法のことも詩篇みたいに書かれてる」

「始祖の王の訓戒書みたいな? それも何かの魔法?」

「違うんじゃないかな? 最初の(ページ)にポツンと書いてある。サシーニャが帰ってきたら見せてみるよ――なにしろサシーニャは心配いらない」


「説得力に欠けるけど、とりあえずジャジャを信じるよ」

「言いたいように言ってくれるねぇ……明日の早朝にはガッシネに入港だっけ?」

「早ければ、だね。まぁ、遅くても昼には着くんじゃないかな?」

「それでも術が届かなければ、その時は慌てよう――明後日にはフェニカリデに帰ってくるってことだね?」

「ガッシネから馬で一日半、どこかで宿をとるか、仮眠するだろうから早ければ明後日の夜だね」


「帰ってきたらサシーニャが、よくやったってチュジャンを褒めてくれるよ。閣議を思惑通りに(まと)めたってね……明日には軍を動かし始めるんだろう?」

「筆頭が帰るまで待とうってマジェルダーナさまが最後まで粘ったけど、他はみんな賛成だったし、最後にはリオネンデ王が『サシーニャの進言に従うのに、何を待つ必要がある?』って言って黙らせたんだ。僕の手柄じゃないよ」


「チュジャンの働きも大きいよ――それよりルリシアレヤたちに会ったかい? 蔵書庫でチュジャンを待ってるって言ってたよ?」

「あぁ……塔の立番(たちばん)から聞いてる。帰ってきたら(しら)せてくれって言って貸与館に戻ったって。報せなくていいって答えたけどね。王宮内が慌ただしかったから、なんだろうって思ったんじゃないのかな?」


 食事を終えたら今日はもう帰ろう……ルリシアレヤの貸与館への寄り道を考えているチュジャンエラだった。

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