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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第6章 春、遠からず

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探索する者たち

 使者を待たせたまま、バイガスラからの書簡を読んだジッチモンデ国王ジロチーノモが考え込む。

「バイガスラはなんと?」

尋ねたのはテスクンカ、ジッチモンデ王宮・王の居室、部屋にはジロチーノモとその婚約者テスクンカの二人きりだ。


 手にしていた書簡をテスクンカに渡し、

「サシーニャが仕組んだ……のだろうか?」

とジロチーノモが呟く。


「金貨がなくなった? 盗難ってことですかね?」

書面に目を落としたテスクンカが疑問を口にする。

「理由までは書いてなかったな。今頃、大童(おおわらわ) で探しているんだろうさ」

「三千枚貸して欲しい……グランデジアに渡す分と同額ですね――あれ? 樹脂塗り器の引き渡しも二月(ふたつき)待って欲しい? 器もなくなったってことですか?」

「その件も、理由は書いてないよな」

「理由も告げずに? 金貨にしても器にしても、わけを言わないで貸せだの待てだの一方的ですね」

「うむ……なにしろ困った」


「えぇ、特に樹脂塗り器は二月(ふたつき)も待てません」

「婚礼の引き出物に使うのだ。そしてその婚礼まで一月(ひとつき)を切っている」

「今から同等の品を用意するのは無理です」

「上流貴族たちに引き出物がないなど、赤っ恥もいいところだな」

「はい……」


 考え込むジロチーノモ、見守るテスクンカ、やがて(おもむろ)にジロチーノモが立ち上がった。

「その使者に会おう。何か聞けるかもしれない」

「では、謁見の()に使者を呼ぶよう伝えてまいります」

部屋を出ていくテスクンカ、ジロチーノモは王に相応(ふさわ)しい衣装に着替え始めた――


 金貨が消えたと聞いて、まじまじとモフマルドの顔を見るゴリューナガ、

「それは、いつ?」

緊張した面持ちで問う。

「昨日の夕刻だ……朝は有ったんだ。ジョジシアスと一緒に枚数まで確認した。それが、いざ引き渡そうとしたら一枚残らず消えていた。箱は(から)っぽだ」


「魔法の形跡は?」

「ない……思わずサシーニャに詰め寄ったが、ジョジシアスに(たしな)められた。わたしとジョジシアスが金貨を数えている頃、サシーニャはラメリアス街道をビピリエンツに向かう途中だ。サシーニャの仕業はあり得ない」

「その場にいなければ何もできないだろうって?」


「魔法を使ったところで物を完全に消滅させることはできないし、何かを作り出すには素材(もと)になるものが必要だ。どこかに移動させるか、組み合わせるか分離するかして変質させるのがせいぜい。そんな魔法を使うにしても、あまりに離れていては術の効力が届かない。ましてどこに何があるかを掌握していなければ施術のしようもない。そんなこと、おまえだって知っているだろう?」


「いいや、時限実効って手もある。が、魔法の痕跡がないんだから除外だな。サシーニャが金貨をどうこうしたわけではないだろう。少なくとも()()()()()()な」

「だから、サシーニャには無理だって言っているだろうが」

「それがそうとも限らない」

「おまえ……物分かりが悪すぎるぞ」

呆れるモフマルドをゴリューナガがふふんと笑う。


「なぁ、モフマルド、金貨がないって騒いでいるところに火事の(しら)せが来たんじゃないのか?」

「えっ? あぁ、そうだが?」

「だったら金貨も火事も確実にサシーニャだ――自分じゃ全く手を下さず、部下、いや違うな、魔術師の塔のヤツらじゃない。きっと俺たちと同じように盗賊みたいな(やから)を使ったんだ」


 一瞬ハッとしたものの、自分の中で打ち消したのだろう、モフマルドが鼻で笑う。

「もしそうだとしても、どうやって金貨を盗む? 部屋の鍵はわたしが肌身離さず持っていた。その部屋には窓も暖炉もなく扉は一つきり、中に置かれていたのは金貨を入れた箱だけ、他に調度は何もない。壁にも天井にも損壊の形跡はなく、もちろん魔法で修復された痕跡もない――金貨を入れた箱は残っていたのに金貨だけが無くなっていた。確かにわたしが用意した鍵の掛けられる箱だった。そしてその箱の鍵もわたしが持っていた。部屋も箱も鍵は壊されてなかったんだぞ? どんなに腕のいい盗賊だって、部屋に入れなければ盗みようがないだろうが」

「だから! その仕掛けを探るんだ。仕掛けが判ればサシーニャを追及する手段も見つかる!」


 そう言いながら、もしも仕掛けを見付けたとしても、サシーニャの尻尾は掴めないとゴリューナガは思っている。だとしても、必ず存在するカラクリを、まずは探すほかはない。


 なにしろ調べようと、倉庫の奥に進もうとしたゴリューナガが急に振り返った。背後に近寄る何者かの気配を感知したのだ。

「なんだ、倉庫主の息子か」

開け放たれた扉の向こうから、男が顔を覗かせている。二回目の商品をこの倉庫に納めるとき、車箱を倉庫に入れる様子を見物していた男だ。自ら倉庫主の息子と名乗って挨拶し、車箱の噂を聞いて珍しいから見に来たと言っていた。


「焼けたと聞いて見に来たんだけどね……酷い有様(ありさま)だ。 これ、修復費用は出して貰いますよ?」

「あぁ、失火原因が倉庫自体の欠陥でなければな」

苦々(にがにが)しげにモフマルドが答える。

「倉庫に欠陥!? 言い掛かりをつける気ですかい?」


 顔色を変える男に、ゴリューナガが笑う。

「言い掛かりなどつけるもんか。ちゃんと調べるさ。そのためにここにいるんだ」

「だったら俺も一緒に! この倉庫の事をよく知ってる俺なら、旦那(だんな)たちが気付かない事にも気が付くかもしれねぇ」

そう言うと、許しが出る前に男はずかずかと中に入ってきた。モフマルドが止めようとしたが、『気が済むようにさせてやれ』とゴリューナガに言われ黙る。


 こりゃあ(ひで)えな、と呟くと、キョロキョロしながら男はどんどん奥へと向かう。

「おい、気を付けないと天井が落ちてくるかもしれないぞ?」

ゴリューナガが注意しても聞く耳はないようだ。

「だって旦那、一番燃えたのはどう見たって奥の壁、そこから調べなきゃ判りっこねぇ――それにしてもヘンだよな。よく空気が足りたこった。どこかに空気穴でもあるのかな?」


 男の呟きにゴリューナガが唸る。扉に隙間はないとモフマルドが言った時から感じていた疑問だ。これほど燃えるには空気の供給があったはず。が、石壁にそんな隙間はなかった。扉の隙間から煙が出ていたらしいが、内部の圧力に無理やり押し出されたのだろう。


「どうもここに油を()いて火を()けたみたいだね――おっと、(あぶ)ねぇ。床石が割れてら」

体勢を崩しかけ、一歩後退した男が笑う。

「床石が割れたのはここだけかなぁ? まぁ、壁に使ってる石よりは薄いんだ。焼かれて割れても不思議じゃないか」


 安い石を使っているからだと思うモフマルド、が、別の事に気が付いた。今、倉庫主の息子は一歩後ろに下がらなかったか? それって……


 勢い込んでモフマルドが男の傍に駆け寄る。ゴリューナガが、

「だから危ないって!」

と小さく叫び、自分も奥へと向かう。


退()け!」

男を押し退け、モフマルドが床石を見る。そしてそっと床石の端を踏む。沈み込んだ床石は、向こう側が浮き上がった。追いついたゴリューナガが『これは……』と小さく(うな)る。


 むむっと唸り、モフマルドが男に尋ねる。

「この床の下はどうなっている?」

「へっ? そりゃあ旦那、ここも他と一緒さ。床石の下には煉瓦(れんが)、その下には砕石だ。バイガスラの建物や道はどれもそんな造りだって知らないのかい?」

「この床石の下に穴はあったか?」

「穴? なんのために? もし穴があれば、倉庫を作る前に埋めるに決まってら」

馬鹿にしたように答える男を無視し、モフマルドがゴリューナガを見る。ゴリューナガは難しい顔でモフマルドに頷いた――


 よく晴れ渡った空、中天は鮮やかに青いものの、遠く水平線のあたりでは白っぽく(かす)んでいた。だが海は遠ざかるにつけ、青さに深みが増すようだ。


「こちらにいらしたのですね」

甲板(かんぱん)で、海を眺めていたサシーニャに声を掛けたのはグレリアウス、サシーニャが視線を動かさずに微笑む。

「ここまで海の広さを感じられるなんて滅多にないでしょうから、じっくり見ておこうと思ったんです」

そう答えながら、いつか海の広さにうんざりするかもしれないと思っている。


 祖父母はこの海のどこかから流れついた。その『どこか』には同じ体色の人々が暮らしているという。そこでなら、なんの遠慮も引け目もなく、自分も暮らせるのではないか? そんな思いを捨てきれない。


 船は港を離れてから沖に出ると、そこからは陸との距離をほぼ保って進んでいた。それ以上陸から離れると、船は沈むと船乗りは信じている。静かな海を見詰め、なぜ船乗りはそう信じているのかと思いを馳せるサシーニャだ。


「不思議なものですね」

唐突なサシーニャに、グレリアウスが首を(かし)げる。

「船に乗り込んだ時、(むせ)そうなほどの潮の香りに感じ入ったものですが、もう何も感じないんです」

「嗅覚は慣れるのが早いですからね」

「……そうですね」


 そんな事が言いたかったんじゃない、感じなくなったのは潮香(しおか)だけじゃないんだ。そう思いながら、それがなんなのか明確に言葉にすることができない。サシーニャが微笑んだのは自分に対する嘲笑だ。


 それをグレリアウスが誤解する。

「チュジャンエラが苦戦していますか?」

王宮での緊急閣議の様子をチュジャンエラが遠隔伝心術で伝えてきているのだろうと考えたグレリアウスだ。チュジャンエラとの遠隔伝心術に成功していることはサシーニャから聞いている。


「そう言えばそんな時刻ですね。まぁ、成るようになりますよ。チュジャンだけでなくリオネンデもいます。二人で巧く会議を誘導するでしょう」

(いくさ)する気はないが臨戦態勢に持っていく、そんな矛盾した提案を大臣たちは受け入れますか?」

「こちらからバイガスラに攻め込むと考える勢力を阻止すればいいだけですから、なんとかなるでしょう。いざとなればリオネンデが王権を発動します」

「閣議の様子はどうなのですか? チュジャンはなんて?」


「それが、今朝からまるきり応答がないのです。出港した時に術を切って、朝、こちらから送ってみたのでが……」

「まさか、フェニカリデで何かあったのでしょうか?」

「それなら伝令鳥(カラス)を飛ばすはずです――術がチュジャンに届いているって感じもしないんです。きっと、わたしの魔力不足が原因でしょう。海上では魔力の減退が起こるのかもしれませんね」

「魔力の減退を感じますか?」

「うん? グレリアウスは感じない? 減退と言うか、停滞のほうがピッタリくるかな? わたしは感じていますよ?」

「持っている魔力の大きさで感じ方も変わってくるのかもしれませんね」


 ガッシネには予定通りに着くだろう。海も空もどこまでも穏やかだった――


 その頃、グランデジア王宮・王の執務室では、 言い争う大臣たちをリオネンデが呆れ顔で眺めていた。

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