襲撃された部屋
ペリオデラの様子にクスリとリオネンデが笑う。
「いいや、ジャッシフにしては気が利いている。小煩いジジイどもを寄越すのではと冷や冷やしていた――それにしてもおまえたち」
今度は護衛たちに向かってリオネンデが言う。
「食事の時は何も喋らないものなのか? このテーブルだけ、飯屋の中で浮いているぞ?」
するとサシーニャが顔を顰める。
「確かにネオの言う通り。おまえたち、なんでもいいから話せ」
「いや、いや……」
急に話せと言われても王の前でなにを話して良いものやら、ペリオデアが慌てる。
「お、そうだ! カッシネラ、おまえの息子はもう歩くようになったか?」
「あ、あ、はい。先日、掴まり立ちを……」
「おお。もう歩いたか――」
リオネンデがニヤニヤ笑う前で、ぎこちない会話に段々と笑い声が混じるようになっていく。宿への帰り道は護衛たちの笑い声を聞きながらの道行きとなった。
深夜――
サシーニャが寝台で上体を起こす。リオネンデが手元に剣を引き寄せる。足音を忍ばせてサシーニャがドアの前に行き、耳をそばだてる。サシーニャの前にはペリオデラともう一人、剣を構えてすぐにでも飛び出していける体勢だ。
バン! と、隣の部屋のドアが蹴破られた。
「い、いない!」
ドアを蹴破った者共の狼狽える声とともに、隣の部屋の一つ向こうの部屋のドアが勢いづいて開き、バラバラと隣室に駆け込む音が聞こえる。それに呼応して、ペリオデラも飛び出していった。逃げ出そうとする賊を挟み撃ちだ。
激しく剣を打ち合う音が隣の部屋と廊下から聞こえてくる。誰かが大声で、『来るな! 巻添えになるぞ!』と叫んだ。他の客に向けたものだろう。
「賊は何人だ?」
リオネンデがサシーニャに問う。
「物音は三人ほど。あの狭い部屋を襲うのです。大人数で来はしません」
「やはり、目的は俺か?」
「あるいはわたし――リオネンデを操っているのは王の従兄と言うだけで幅を利かせる魔術師ともっぱらの悪評をいただいております」
「しかし……今夜襲ってくると、よく気が付いたな?」
するとサシーニャがクスリと笑う。
「お茶を持ってきた女ですよ――宿に入った時、従業員の様子を見ましたが、女性がいるようではなかった」
女はお茶を三部屋に配り歩いた。そしてすべての部屋の扉を叩いている。
「扉を開けなかった真ん中の部屋に目指す相手がいると当たりを付けた。だから中央の部屋から、最奥の部屋へ移っていただいたのです――案の定、もぬけの殻とも知らず刺客はやってきた……」
と、真ん中の部屋からどよめきが起きた。
「何事?」
慌ててサシーニャが向かう。リオネンデは部屋に残り、成り行きを見守った。
すると戻ってきたサシーニャが、やられました、と悔しげに言う。
「縄を打って尋問を始めたところ、急に苦しみ出して、そのまま息が止まったようです」
時間が来ると効くような毒を飲まされていた。成功しても失敗しても、どのみち護衛に捕らえられることを見越してのことだろうと、サシーニャが推測する。
「遺体の始末をしなくてはなりません。街の役人を呼ぶよう宿の主に頼みました。わたしは暫くそちらの対応に……今夜はもう、誰も来ないでしょう」
サシーニャが部屋を出て行く。
ムカつく胸を鎮めながらリオネンデが寝台に横になる。いつから人の命はこうも安くなったのだろう?
幼い頃から、父からも母からも命の尊さを言い聞かされて育った。王位を継いでもそれを忘れてはいけないと教わった。
それが王位を継いだからにはと、サシーニャに言われる。実際、いちいち気にしていては、身動きが取れなくなる。世の中は矛盾に溢れている――
朝まではまだ間がある、少しは眠ろうと閉じた目を、いくらも経たないうちにリオネンデは開いた。そして身を起こす。
「天井に潜んでいるのは誰だ?」
すると女の声で、
「怪しい者ではありません」
と応えがある。茶を配った女とは別の声に聞こえる。
「天井に潜むこと自体、充分怪しいと思うのは間違いか?」
リオネンデが苦笑すると、
「確かに……ご無礼をお許し下さい」
と答えてきた。
「国王リオネンデさまとお見受けし、お尋ねしたいことがございます――わたくしは王にお目通りを願えるような身分に非ず、それでもどうしてもお教え願いたく、弁えもなく参りました」
「ふむ……なにが知りたい?」
「……スイテアと言う娘をご存知でしょうか?」
「なるほど――さてはおまえ、ガンデルゼフトのジャジャだな?」
「どうしてそれを?」
「スイテアから聞いた」
「……それでわたしをどうしますか?」
「どうする? まだ考えていなかった。家臣は褒美を取らせろと言っていたな」
「褒美? 罰ではなく?」
「罰を受けるようなことをしたのか?」
「スイテアを匿いました。そのスイテアは――王、あなたを殺すと息巻いておりました」
「うん、そうだったな――それは失敗に終わったぞ。まぁ、言わなくても俺がここに居るのだから判るか」
そうですね……とジャジャが溜息を吐く。
「無謀だと、やめさせようとしたのです。四年経ち、もう大丈夫だろうと思って王都に戻ったのに。あの娘は諦めていなかったようです。気が付いたら姿が見えなくなっていました」
「うん。俺をかなり恨んでいたな」
「それでスイテアは、牢に入れられているのでしょうか?」
「牢に入れていたら、助けに来るのか?」
「それは……」
「おまえ、スイテアを心配しているのだろう? 無事かどうかを知りたかったんだよな?」
「仰る通りで」
「それならスイテアは無事だ。心配ない。多少の不満はあるかも知れないが、大切にされている――それより俺もおまえに聞きたいことがある」
「スイテアに関しては、この四年のことしか存じません」
「いや、スイテアのことではない――ジャジャ、おまえ、魔術師のサシーニャとはどんな関係だ?」
天井に潜む人物が俄かに緊張する。それと同時に気配が消えた。
フン、とリオネンデが鼻を鳴らす。
「自分の聞きたいことだけ聞いて消えたか。俺はよっぽど訊かれたくないことを訊いたようだな」
クスリと笑ってリオネンデは寝台に横になった。
サシーニャは街の役人に金を掴ませたらしい。王の身分を明かすわけにはいかなかった。明かせばどんなに口止めしても、どんな高額を掴ませても、必ず漏れる。承継争いで狙われている上流貴族の御曹司だと、ありふれた話で誤魔化した。
宿の主人にも同じように金を渡し、他の客にも何か振舞って欲しいと、また別に金を積んだ。
お陰で朝から上機嫌の宿屋の主人、朝食に豪華な肉料理を出してきた。茹でた鶏卵や、手間も時間もかかることから王宮でもめったに出ない、麦を粉にして練って発酵させてから焼いたものさえある。
いったいいくら掴ませた? とサシーニャに訊いたリオネンデが、その額を知って苦笑する。こちらは賊からなんの情報も得られなかったうえに、後始末までさせられた。儲けたのは宿の主人だけだな、と笑う。
「笑っていられるのは今の内かもしれませんよ」
サシーニャがリオネンデを脅す。
「ベルグにつくのは夕刻。その道行にまた誰かが潜んでいないとも限りません」
「そうだな――頼りにしているよ、サシーニャ」
ニッコリ笑うリオネンデに、またわたしですか、とサシーニャが溜息を吐いた。
昨夜、天井に潜み、スイテアの安否を訊いてきた女のことをリオネンデはサシーニャに話していない。凡その見当はついていた。だが確信はない。
ガンデルゼフト一座はベルグで興行しているはずだ。旅の一座の出し物を見たいと言えば、きっとサシーニャはいやいやながら応じるふりをして足を運ぶことだろう。
リオネンデは自分の推測が当たっていることを、心の奥で望んでいた。




