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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第6章 春、遠からず

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港を離れた船は

 天井から(したた)り落ちる水を気にすることなく中に入ったモフマルドが、(ぼう)(ぜん)と車箱だった黒い(かたまり)を見おろす。(わず)(うし)ろに立つサシーニャが、

「ジッチモンデに送るはずの荷がこれですか?」

と静かに問う。やはりモフマルドは答えない。


 倉庫内は奥の壁が一番燃えていて、火元と断定できた。そこから天井へと火の手が広がったのが判る。舞い散る火の粉が車箱に着火すれば、雨に備え、防水のため表面に油を染み込ませてある車箱だ、良く燃えたことだろう。どこまでが車箱で、どれが積み荷なのか、見分けもつかない。これほど変質してしまっては、サシーニャの魔法をもってしても修復は不可能だ。


 溜息をついたサシーニャが、

「フェニカリデに帰り次第、代わりの商品を手配しなくてはなりませんね」

とグレリアウスに(ささや)き、

「代替品の代価はお支払いいただけますね?」

とモフマルドに向かう。


「代替品に関しては粒金でお願いします。ジッチモンデ金貨千八百枚相当の粒金をご用意ください……品の用意に二月(ふたつき)掛かります。粒金はそれまでにお願いします」

サシーニャの申し出を飲むほかないモフマルド、力なく肩を落とし、焼け跡から外に出る。


「しかし、いったいどうして火が出たのか……」

(つぶや)くモフマルド、やはりこの現場にも魔法の痕跡はなかった。魔法を使わずに、どうやって中に入り、火を放てるというのだ?


「お館の金貨も、こちらの火事も、魔法の痕跡を感じませんよね?」

モフマルドの気持ちを察してか、サシーニャに尋ねるグレリアウス、

「えぇ、まったく……魔法でないのなら、通常の方法を使ったのでしょう――モフマルドさま、ここに高額な品物があることや、ジョジシアスさまのお館に多額の金貨があることを、知っていたのは何人いるのですか?」

サシーニャはグレリアウスに答え、モフマルドに話を振った。


「いや、わたしとジョジシアス王だけ……」

ついサシーニャに答えたモフマルドがギョッとする。まさかゴリューナガ? 少なくともヤツはこの倉庫を知っている。でも、火をつけてなんの得がある? とにかく帰って確かめよう。それに野盗、馬車がなくても標的と判るだろうか?


「とりあえず王宮に戻ります……なんでしたら、ジョジシアスの館に部屋を用意しますぞ? このままニュダンガに戻るにしても方向は同じ、ご一緒しましょう」


 馬に乗りながらモフマルドがサシーニャに申し出る。やはり馬の背に乗ろうとしていたサシーニャが、しっかり(またが)ってからモフマルドに答えた。他の従者はグレリアウスを含め、すでに騎乗してサシーニャを待っている。


「ありがたいお申し出なのですが、帰路は船旅に変更しました。ガッシネに戻る船がラメアリスで我らの到着を待っています――では、今日はここでお別れです。ジョジシアスさまに良しなにお伝えください」

「えっ?」


 止める間もなく去るサシーニャ一行、モフマルドがどんなに悔しがろうが、夜の闇に(まぎ)れるのにそう時間は掛からなかった――


 一気に港まで走り抜け、舷梯(タラップ)の手前で馬を乗り捨てる。置き去りにされた馬はワダの手下が面倒を見る手配が付いている。すぐさま物陰から何者かが現れ、馬の手綱を引いて連れて行った。


 甲板(かんぱん)に出るとワダが待っていて、

「やあ!」

声を掛けてきた。

「すぐに出港を」

サシーニャの声に、グレリアウスが操舵室に向かう。


「巧く行ったかい?」

「はい、ワダのお陰です。火事の(しら)せが届けられた頃合(ころあ)いも絶妙で、向こうに疑う暇を与えずに済みました――金貨のほうはそうもいかなかったのですけどね」

「有ったものが無くなってるんだ。魔法で消したって思われても仕方ないさね」

「それが、疑ったのはジョジシアスではなく、魔法の使用はないと判っているモフマルドのほうなんですよ」

「あぁ、例の魔術師か?」

「そう、その魔術師です――ジョジシアスにサシーニャには無理だと指摘されて黙り込んでいましたね」


「実際、サシーニャはなんもしてないからなぁ……で、どれくらいで向こうは仕掛けを見破りそうだ?」

「早ければ明日、ですかね。モフマルドは今夜は王宮に戻ったので、この夜は持つでしょう」

「埋め戻したほうが良かったんじゃ?」

「そんな時間はないと思うし、埋め戻したところで一度掘り返されているのはすぐ判ります」


 買い込んだ古館の地下室から、ジョジシアスの館とモフマルドが借りた倉庫の下へと、手下に命じて穴を掘らせたのはワダだ。サシーニャの依頼に(ほか)ならない。


 ビピリエンツの建物は、脆弱な地盤を砕石で強化し、煉瓦で固めた上に石板を敷いている。目的地まで横穴を掘り、崩落しないよう慎重に砕石と煉瓦を取り除きさえすれば、あとは石の床板を持ち上げるだけで屋内に出られると考えたのはサシーニャだった。それを聞いたワダが、ダム工事の技術者や、盗人だった手下の中から同じような手口を使ったことのある者を集めて実行させた。


 掘削作業で出る物音や振動が気付かれないかと危ぶんだが、地震が頻発したこともあり、幸い気付かれずに済んでいる。掘り出した土は古館に放置した。館はこのまま捨てることになる。もちろん、古館から足がつくことはない。もともと放置されていた建物、前の持ち主はワダの素性を確かめることなく売り渡してくれた。


「けどさ、バイガスラ王とその魔術師はサシーニャさまの狙い通り、床の下を調べるかね?」

「気付かなければ、その時はこちらから宣戦布告するだけです――手がかりは言ってきましたよ。『魔法を使わないのなら、普通の方法だ』ってね」

「そんなんで判るんだ?」


「金貨が保管してあった部屋も、車箱を保管した倉庫も、どちらも窓もなければ暖炉もない。壁と天井に囲まれ扉があるのみ。壁や天井、扉にも侵入の痕跡がなければ残るは床、そう考えれば床の下にも気が向くでしょう――ところで器の回収も巧くできたようですね」

「おうさ、それは昨夜の内にしておいたからね。船倉にあるさ、見るかい?」


 ゴトッと大きく船が揺れる。舷梯(タラップ) はとうに引き上げられていた。


「出港だね」

「港を出たからには、次の港に向かうほかありません――ガッシネ到着は明後日、海を眺めるのに飽きたら器を見せて下さい。それまでのお楽しみとしましょう」

どこか意味不明なサシーニャの言葉に、いつものことだと自分を納得させるワダだ。それじゃあそうするか、と(つぶや)いて苦笑した。


 操舵室から戻ってきたグレリアウスがサシーニャに微笑む。

「船室にご案内します――お疲れでしょう? 朝も早かったことですし、あとは明日にして休みませんか?」

「グレリアウスはこの船に乗るのも三度目?」

「いいえ、四度目ですよ。荷物に付き添って三回、サシーニャさまに付き添って、これで四回目です」


「荷物扱いされてる気がする……」

(むく)れるサシーニャ、

「気のせいですよ」

ワダがサシーニャの口真似をし、さらに剥れるサシーニャに、笑うワダとグレリアウス、それを見てサシーニャも失笑した。が、それは冗談を笑ったのではなく、無事に終わった安堵からのものだった――


 翌早朝、グランデジア王宮では塔の魔術師たちが走り回っていた。本日、王の謁見は中止、替わりに同時刻より緊急閣議が開かれる。その(しら)せに奔走している。指示したのは次席魔術師チュジャンエラ、走り回っているのは一級魔術師たちだ。


「何かあったのかしら?」

王宮内のいつにない慌ただしさにルリシアレヤが首を(かし)げる。ルリシアレヤが住んでいる貸与館とは離れているとはいえ、周辺は同じように貴族に貸し与えられた館が建ち並ぶ。その館の様子がそれとなく、ルリシアレヤに届いても不思議ない。


「なんでも緊急閣議が開かれるようです。それで王の謁見は中止なのだとか」

部下に様子を見に行かせたバーストラテが報告する。

「緊急閣議って? ただ事ではなさそう……」

ルリシアレヤの問いに、閣議の内容は知らされていないそうです、とバーストラテが答える。

「まさか、バイガスラで何かあったんじゃ?」


 バイガスラで変事となればサシーニャが案じられる。蒼褪めるルリシアレヤに、

「心配は不要です」

平然とバーストラテが答える。訊かれもしないのに発言するとは、バーストラテにしては珍しい。


「なぜそう言い切れるの?」

不安に震えるルリシアレヤ、

「落ち着いて……バーストラテはルリシアレヤさまを安心させようと、あぁ言ったのよ」

エリザマリがそう言って、ルリシアレヤの手を握り締める。バーストラテは表情を動かすことなく何も言わない。


「あとで塔の蔵書庫に行ってチュジャンを待ちましょう……きっとチュジャンなら話してくれるわ」

エリザマリの提案に、ルリシアレヤがそっと頷いた――


 チュジャンエラがサシーニャの進言書を読み上げる。緊急閣議が始まってすぐの事だ。いきなり呼び出された大臣たちは、ある者は何事(なにごと)? と浮足立ち、またある者は迷惑そうな顔で座を占める。サシーニャの進言書は早朝、伝令鳥(カラス)によって届けられたと公表された。


――約定の金貨をジッチモンデ国より預かり、樹脂塗り器を我が国から引き受けたことについてはバイガスラ国も認めている。だが、預かっていた金貨を紛失しただけにとどまらず、ジッチモンデ国に引き渡すべき樹脂塗り器を保管場所にて焼失したと判明した。どちらもジッチモンデ国並びに我が国に非のないところ、ひとえに管理者であるバイガスラ国に責のあることと考える。


 当初、バイガスラ国はあろうことか我が国に金貨奪取の疑いをかけ、即時にその疑いは晴れたものの、侮辱された感が(いな)めない。また、我が国の樹脂塗り器を粗雑(ぞんざい)に扱ったことは、焼失事故を見るに明白なり。適正なる補償を求めるも、難色を示している。補償については先方の回答を待っているところだが、場合によってはバイガスラの態度が豹変する可能性を考慮する必要を感じる。


 求めた補償は樹脂塗り器の我が国に渡される約定金額だが、これはバイガスラ国の財収の半額相当、さらに焼失した樹脂塗り器の代替品の代価を合わせれば四分の三に当たる。国を揺るがしかねない(がく)である。平和裏の解決を望むものだが、バイガスラ国もそうであるとは言い切れない。


 金貨の紛失、そして樹脂塗り器の焼失が自然現象であるはずがない。何者かが意図をもって起こしたことと考えるのが妥当である。それが何者か、何が目的かが判明するまで、厳重なる警戒を国王に進言する。すなわち、国境に兵を集結し、バイガスラ国による侵攻に備えよ――


 読み終えたチュジャンエラが着席した。

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