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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第6章 春、遠からず

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鍵のかかった部屋

 バイガスラ王都ビピリエンツ、予定の時刻に王宮に到着したサシーニャたちを王館の前で出迎えたのはモフマルドだった。


「おや? 馬車はどうしたのです?」

馬から降りるサシーニャに、モフマルドが疑問を口にする。


「これはモフマルドさま……馬車では足が遅くなると考え、金貨は革袋に分けで馬に背負わせることにしました。ご連絡を差し上げたほうがよかったですか?」

「そうでしたか。些少なこと、いちいちお知らせいただくこともありますまい。当方に支障の出る事でもありませんからな」

本音では、野盗に襲わせるには馬車のほうが都合が良かったと思っているが、それを言うわけにはいかない。


「金貨を入れる袋は持参しております。護衛兵二人を同伴させ、詰めさせたいと考えておりますが、いかがでしょうか?」

「どうぞお好きになさってください……護衛のかたが三人、騎乗のままですが?」

「はい、今回はすぐにお(いとま)し、そのまま帰路に()こうと考えております。(うまや)に入れるほどのこともなく、お手を(わずら)わせるのもどうかと思いまして……この三人にはこのままここで、馬を見させようと思います」

嫌な予感はするがダメとも言えないモフマルドだ。

「ジョジシアスがお待ちしております。どうぞ中へお進みください」


 通されたのは玄関の()、ジョジシアスを呼ぶから待って欲しいと接待用の長椅子を勧められ腰を降ろしたサシーニャとグレリアウス、護衛の兵は持参した箱をテーブルに置くと後ろに控えた。


「そちらは?」

護衛兵が置いた箱を見てモフマルドが問う。


「本日はブドウ果汁をお持ちいたしました。長期保存が()くものです。昨年の夏に果実を(しぼ)ったものですが出来立てと変わらぬ風味、ぜひお試しいただきたい」

小さめの箱を示してグレリアウスが答える。

「こちらは無色透明なガラスの杯、ブドウ酒やブドウ果汁を味わうにもってこいの品物です」

と、これは大きなほうの箱を示す。


「すぐにジョジシアスを呼んで参ります。ガラス杯はバイガスラでは珍しい。喜ぶことでしょう――金貨の受け渡しはブドウ果汁の試飲のあとでよろしいですか?」

「はい、そうなさってください。筆頭はともかく、実はわたしも飲んだことがないのです。ここでご相伴に預かるのを楽しみにしておりました」

グレリアウスが照れ笑いし、サシーニャを苦笑させた。


 いったん奥に行こうとしたモフマルドだったが、

「ガラス杯を先に見せていただくわけにはいきませんかな?」

とサシーニャに言った。

「構いませんよ――グレリアウス、箱を開けてください」

言われたとおりグレリアウスが蓋を取ると、中には整然と並んだ高足杯が六客、

「ほう……」

思わずモフマルドが声をあげる。


「これはまた見事な……随分とガラスが薄く作られているのでは?」

「モフマルドさまはグランデジアのご出身でしたね。ガラス製の器もご存知でしょうが、こちらは最近開発された製造法によるものです。ガラスが薄く透明度も上がっています。ジョジシアス王にもお気に召していただけると自負しております」

「早速給仕係に言って、すぐ使えるよう清めさせましょう」

箱を手に、奥に消えたモフマルドをサシーニャが内心笑う。毒が仕込まれてはいないかと、モフマルドが危ぶんだことを見抜いていた。


 モフマルドがジョジシアスとともに玄関の()に戻り挨拶も済んだ頃、給仕係が高足杯を盆に乗せて持ってくる。六客全部だ。給仕係からグランデジアの護衛兵が盆を受け取り、それをグレリアウスに渡している。受け渡すたびに盆は回る。もし奥で何か仕込んでいても、これでどの杯か見分けがつかなくなった。内心笑うのはモフマルドの番だ。


 グレリアウスがブドウ果汁の封を開け、四つの高足杯に注いだ。


「高足杯は六客あるのだ。せっかくだからそちらの二人にも飲ませてやるといい」

ニコニコ顔のジョジシアス、

「それは……バイガスラ国王のご相伴に預かるなど、外で待たせている三人と不公平になりますので」

グレリアウスが辞退するが、

「なに、黙っていれば判らない。そこの二人、口外無用だぞ――モフマルドから話は聞いている。その二人が金貨を数え、袋に詰め込み、馬まで運ぶのだろう? その褒美と思えばいい」

上機嫌のジョジシアスは聞く耳を持たない。サシーニャが頷くのを見て、グレリアウスが果汁を注いだ杯を二人の兵に渡す。


「しかし……グランデジアは器を作ることに力を入れているのか?」

ブドウ果汁が注がれた高足杯を手にジョジシアスが呟く。グレリアウスがそれに答える。

「ガラスに限って言えば、器以外の物も手掛けていきたいと思っております。(じつ)はジッチモンデと技術協力の話があり、技術者の派遣が決まっています。受け取ったジッチモンデ金貨は、派遣員がジッチモンデ滞在中に使用する約束です……さあ、どうぞ。ブドウ果汁の風味をお楽しみください」


「これほど美しいと、飲んでしまうのが惜しいな」

「では、お先にいただいても?」

「おう、遠慮はいらんぞ」

グレリアウスがニッコリ笑んで杯に口を付ける。微笑んだままでそれを見るともなしに見るジョジシアス、毒見をさせたに過ぎない。当然グレリアウスも承知だ。


「うん! まさしくブドウそのものですね!」

満足そうにグレリアウスがサシーニャに微笑んだ。

「そうでしょう?」

それに微笑み返し、『おまえたちもいただきなさい』と後ろの護衛兵に声を掛け、サシーニャも高足杯に手を伸ばす。と、その時――


 ドン! と地響きとともに大きく地が持ち上がりすぐさま落ちる。地震だ。縦揺れは一度、一瞬も間を置かず横揺れが始まる。驚いた護衛兵は身構えるが、手にした杯からブドウ果汁が僅かに零れ落ちる。


「あっ!」

小さな叫びをあげたのはサシーニャ、手に取ろうとしていた杯を弾いてしまった。杯は床に落ち、パリンと音を立てて割れ、ブドウ果汁が床に広がる。

「これは……失礼を」

慌てて割れた杯に手を伸ばそうとするサシーニャだが、揺れはまだ収まらない。


「いや、そのままで……揺れが収まったら片付けさせる」

ジョジシアスがテーブルを抑え、他の杯を(かば)うような仕草をする。モフマルドは平然とその様子を見ているだけだ。


「いや……このところ地震が多い。でもまぁ、今のは随分と大きく揺れましたな」

揺れが収まりポツンと言ったのはモフマルドだ。これくらいで慌てるなと言いたいのだろう。


「グランデジアでこれほど揺れれば大地震です」

苦笑したサシーニャが割れた杯に手を伸ばす。

「サシーニャさま、手を傷つけます」

グレリアウスが止めるが少し遅かった。


「あっ……」

急に手を引っ込めたサシーニャ、見ると指先に血の玉ができている。


「言わんこっちゃない。どうしてあなたはこういうことには不器用なのか……退()いてください、わたしがやりますから」

サシーニャを押し退()けるグレリアウスが

「いや、給仕係を呼ぶから」

ジョジシアスに止められ、(ばつ)の悪そうな顔をする。押し退()けられたサシーニャが、そんなグレリアウスをクスリと笑う。そして出血が気になったのか、なんの気なしに傷ついた指先を口に含んだ……その様子にモフマルドが息を飲む。


(レシニアナ……)

遠いあの日、グランデジア王宮の庭、バラの棘を指に刺した少女を運命の相手だと思い込んだ少年は誰だった? もう戻らない。時も、少女も、そうだ、あの少年の運命も……


「魔法で高足杯は直せますが、いかがいたします? 一度割れた物をお使いになるのもどうかと……」

グレリアウスがジョジシアスに意向を訊いている。

「替わりの物を後日お届けいたしますよ」

そう補足したのはサシーニャだ。


「いや、気にするな。割れた物は始末させよう。五客もあれば十分だ。まずは傷の手当てをしよう」

「それには及びません」

ジョジシアスの申し出に、サシーニャが微笑む。

「ほんの少しの切っただけ、もう治りました」

実はこっそり魔法で治している。


「そうか、それは良かった――では、果汁用に他の杯を持って来させようか?」

「それより、そろそろ金貨を見せてはいただけませんか? 果汁はグランデジアに戻ればいくらでも楽しめます。今は、なるべく早く出立したいのが本音です」

「おう、そうだな。すぐにニュダンガへ戻りたいのだったな……モフマルド?」

「えっ?」


 ついサシーニャを見続けていたモフマルドがハッとする。

「どうした? 金貨の受け渡しだ。準備はできているな?」

「はい、今朝、枚数の確認も致しました。確かに三千六百枚ございました、間違いありません」

「うん、それには俺も立ち会った――箱に入れておいたから、そのまま持って行って貰おうと思っていたが、箱は不要になったな」


 館の奥に向かうジョジシアス、サシーニャが並ぶように進み、モフマルド、そしてグレリアウス、二人の護衛兵が続く。

「ここが俺の居室だ。中には寝室が三つ、二つは俺とモフマルドの部屋だが、もう一つは窓も暖炉も塞いである。使っていない部屋だ。その部屋に金貨を入れた箱が置いてある」


 背の高い扉をジョジシアスが開く。中は暖炉のある広い部屋、なるほど、奥には扉が三枚、間を取って並んでいる。ジョジシアスに促されて前に出たモフマルドが左の扉に向かう。(ふところ)から鍵束を出し、ガチャガチャと音を立てて開錠した。


「どうぞ」

モフマルドが開けた扉の中へジョジシアスが(いざな)う。壁に囲まれているだけでなんの調度もない部屋の中央に大振りの頑丈そうな箱が置かれていた。


 再びモフマルドが前に出て、箱の鍵を開けに掛かる。ガクッと重い音がして鍵が外れ、箱の蓋にモフマルドが手をかける。重さで軋む音を立て、箱の蓋が持ち上げられた。


「えっ!?」

叫び声はモフマルドのものだ。

「ええっ!?」


「どうした?」

モフマルドの様子にジョジシアスが箱を(のぞ)き込む。

「なにっ!?」


 モフマルドよりも大きな叫びをあげるジョジシアスに、サシーニャとグレリアウスが不思議そうに見交わす。

「どうかされたのですか?」

問うサシーニャに、

「いや、ちょっと待ってくれ」

動揺を隠さないジョジシアス、キッと振り返ったモフマルドは声を荒げ、

「サシーニャ、きさまっ!」

掴みかかりそうな形相だ。すかさずグレリアウスが立ちはだかり

「あまりに無礼、お控えください!」

と抗議する。


 首を(かし)げていたサシーニャが、さっとグレリアウスの横をすり抜け、箱を覗いた。そして蒼褪め、ジョジシアスの顔を見る。

「ジョジシアスさま、これはいったい?」

「サシーニャ、おまえの仕業だろうが!?」

ジョジシアスが答える前にモフマルドが決めつける。


「わたしの仕業? 何を言いだすのです、モフマルドさま?」

戸惑うサシーニャ、ジョジシアスが

「モフマルド、落ち着け――今朝、一緒に箱を(あらた)めたじゃないか。サシーニャたちは日の出の刻にグリッジ門を通過しているんだぞ」

と震える声で言った。


 箱の中には一枚の金貨も入っていなかった――

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