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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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荒地にて

 フェニカリデ・グランデジアには東西南北に門がある。それぞれに門番を立たせているが、さして厳重にしているわけではない。国境に面してはいないのだ。夜間は閉ざされるものの、あきらかな不審者はともかく、事実上王都は出入り自由だった。


 地方から出て来た者も多く住むフェニカリデには、王都と言えど王の顔を知らぬ者も多い。だが、都を出れば王の顔を知る者など皆無と言っていい。もしいたならばそれは誰か(・・)が送り込んだ刺客だ。


 朝、まだ明けやらぬ中、王宮の裏手から街に出た者たちがいた。旅装束に身を包んでいる姿は、貴族の若者たちが馬を駆り、どこかへ物見遊山にでも行くかのように見える。ジャッシフが王のために用意した護衛はみな若く、王と同年代の者ばかりだった。体力と戦闘に(たけ)けた者を()り抜いたのだろう。サシーニャが一緒だ、経験よりは戦力と踏んだジャッシフだ。


「西の門まで駆け抜けましょう。今なら人通りもそう多くはないはずです」

サシーニャが小声でそう言った。(うなず)いたリオネンデが馬の腹を()ると、サシーニャがそれに続き、その後ろに次々と五人の若者が続いた。


 白みゆく大通りを走り抜け中心部から離れれば、働き者たちが起きだして畑の手入れや、家畜の世話を始めているのが見えてくる。みな一様に、(ひづめ)の音に驚いて、駆け去る後姿を見送っていた。


「どぉどお……」

手綱(たづな)を引いてリオネンデが馬を止める。追いついたサシーニャも馬を止め、リオネンデの横で足踏みさせる。続く五人が揃うと、サシーニャが頷く。すると五人の護衛の内、二名が頷き返して先頭に出て馬を歩ませた。


 その後ろにサシーニャ、次いでリオネンデ、その後ろを三人の若者が護った。近づく馬の気配に西の門の守衛が、閉ざされた門を慌てて開き始める。リオネンデがこの時刻にこの門から王都を出ると、通達済みの事だ。守衛は王が通る時には開けるよう指示されている。


 まっすぐ前を向いたままゆっくり門を抜ける先頭、続くサシーニャが、

「ご苦労」

と守衛を労う。リオネンデも、その後ろの三名も守衛には目もくれない。どうせ守衛は深く(こうべ)を下げていて、通り過ぎる者たちの顔を見ることなどない。


 あらかじめの指令通り、七頭の馬が門を抜けて守衛がホッとする。そしてすぐさままた門を閉じた。あと(しばら)くこの門は封鎖されていなければならなかった。


 門を出れば次の街まで荒れ地が続く。門を出て、すぐの場所には野盗が多い。だが早朝で、門が閉ざされているはずの時間にはさすがに獲物もいない。何者も潜んでいなかった。


「そろそろ先を急ぎましょう」

サシーニャの声に先頭が早駆けに変わる。隊列を崩すことなく五頭が続く。


 街道を下ればやがて道は二股に別れ、一方はリッチエンジェ、もう片方はサーベルゴカに向かう。


 リッチエンジェからベルグまでは馬でも一日がかりとなる。その間、小さな集落はあるものの、適当な宿がない。昼過ぎにはリッチエンジェに着くはずだが、今日はそのままリッチエンジェに宿泊する予定にしている。


 リッチエンジェとサーベルゴカの分岐点が遥か前方に望める丘の上で、先頭の馬が急に止まった。後続も慌てて手綱を引く。


 馬を(なだ)めながら、リオネンデが先頭の一人に近づいた。

「どうした、ペリオデラ」

「野盗かと……」

ペリオデラと呼ばれた若者が前方を見詰める。


「向こうもこちらに気が付いたようですね」

サシーニャも馬を並べ、道の行く先を見た。

「おやおや……(あみ)を張っている。馬を(から)め取ろうとでもいうのでしょうね」

「駆け抜けるのは無理そうだな」

「剣のほかに(やり)を手にする者もいます。ほかに弓を背負っている者も……」


「ただの野盗か?」

「野盗でしょう。馬が現れて、さぞかし喜んでいる事かと」

「ならば、馬を傷付ける事はないな。売り物にならなくなる」

「でしょうね。だが、我々はヤツらにとっては不要。(おんな)子どもなら売り飛ばすでしょうが、我らでは売ろうにも手間が掛かるだけ。奴隷商人ではなさそうだから、どうすれば言う事を聞かせられるかなど考えることすらしないでしょう。金目(かねめ)の物を奪うついでに(いのち)も奪う、そうなると思います」


「奴隷? 我が国は人身売買を禁じてるぞ?」

リオネンデの怒声にサシーニャが苦笑する。

「悪人は、悪事を大っぴらになんかしませんよ。露見すれば死罪かもしれないんですから」


「ベルグ街道にはそんな(やから)が多いのか?」

「奴隷商はともかく、通行料を取る連中がいるとは聞き及んでおります。街道を通る多くは庶民、殺すより少額でもせしめた方が得。だが、金持ちと見れば襲って全てを奪う。一年程度、食べるに困らない(がく)で売れる馬はどうしても欲しい事でしょうね」


「ふむ……街に住んでいるのか?」

「さぁ、そこまでは。山中に潜んでいるのかもしれません」

女房(にょうぼう)子どもはいないのだろうか?」

「リオネンデさま?」

「生まれた時から野盗をしていたわけではないだろうと思ったのだが、どうなんだろう?」


「……捕らえて訊いてみましょうか?」

サシーニャが呆れて言う皮肉を、リオネンデが真に受けた。

「そうだな、本人たちに訊くのが早い――ペリオデラ!」

「リオネンデ!」


 リオネンデがペリオデラを呼ぶのとサシーニャがリオネンデの名を叫ぶのが重なった。リオネンデの悪い(くせ)が始まったと、サシーニャは(ひたい)に手を当てる。通行料の話をしたのは拙かったかと(ほぞ)()む。きっとリオネンデは、食い(あぐ)ねての仕業と感じたのだ。


 なぜ食い倦ねたか……幾度となく繰り返される(いくさ)で焼け出され、家族を失った者が多く含まれるはずだ。もともと戦を嫌うリオネンデをサシーニャは知っている。しかし王位を継承した今、立場がリオネンデを変えた。変えてはいるが、そう簡単に性根(しょうね)まで変えられない。


「ペリオデラ、あの野盗ら、捕らえられるか? そろそろ向こうは用意が整ったようだが」

「それは生け捕りにしろと?」

「多少痛い目にあわせても構わん。(いのち)を奪ってはいけない」

「かしこまりました」

ペリオデラが他の四人を引き連れて、野盗に向かい丘を駆け下りる。


「リオネンデ……まったくおまえという男は――」

サシーニャが困り顔で訴える。周囲に誰もいなくなったのをいいことに、気取りのない言葉遣いに変わっている。

「なにかにつけては子どものころから、わたしを困らせてばかりだ――スイテアの時もそうだった。物入れなんかに隠して、よくぞ連れ帰ったものだ」

リオネンデが薄笑みを浮かべる。フンとサシーニャがなおも言い募る。


「そしてわたしになんとかしろと言う。困ると必ずわたしだ――あの時は王妃さまが慈悲をくだされたから良かったものの……あなたの代わりにわたしが罰を受けようと覚悟したものです」

「また遠い昔のことを……それにその話、誰かに聞かれたら拙いぞ」

「ほかに聞く者がいないと判り切っていなければしはしませんよ――あぁ、あの野盗ども、自分たちが用意した網に絡め取られましたね」

「うん。剣も弓も使い慣れていないのが一目で判る――通行料とは、いかほどなんだ?」

「さぁ、そこまでは……多分、相手を見て決めるのでしょうね。多く持っていそうなら多く、持っていなさそうならば少なく」


「ならば、サシーニャ。おまえが適当と思う(がく)をあの者らに与えて逃がしてやれ。今後、街道を通る者に危害を与えるなと忠告してな――行くぞ、ペリオデラが上手くやった」


 言いたいことだけ言ってリオネンデはさっさと馬を走らせる。逆らえないサシーニャは、仕方のない人だ、と後を追う。ヤツ等が言うことを聞くはずなんかない。(かね)は無駄になるだろう。


「ペリオデラ、一人を自由の身にしてやれ」

野党が(まと)められて、(しば)られている場につくとリオネンデが(めい)じた。えっ? と言いながらペリオデラは野党の一人に剣を向けると、『この男の縄を切れ』と部下に指示を出す。


 サシーニャがペリオデラを手招きし、何やら耳打ちすると、またも驚いた顔をしたが『承知しました』と呟いた。そして小さな袋をサシーニャから受け取った。


「伏せろ」

ペリオデラが縄を解かれた男に(めい)じる。(おのれ)に向けられた剣を恐れて男が従う。


「いいか、動くなよ。動けば、おまえの背中に乗せた物が業火を放つぞ」

そう言いながらペリオデラが男の背にサシーニャから受け取った袋を乗せた。男がガタガタ震え出す。


 その様子を見てリオネンデが馬を駆り、サシーニャがそれに続く。残りの四人も騎乗してあとを追う中、ペリオデラも馬に乗る。

「いいか、これより後、街道を通る者を襲えばどこまでも追い続け、必ずおまえたちの首を落とす。それがいやなら悪事を働くな。心せよ――背中に乗せたのはリオネンデ王の御慈悲だ。動いても火を発したりしない。みなで分けよ」

そう言い残し、王のあとを追った。

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