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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第6章 春、遠からず

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描けない笑顔

 後宮・王の寝室でリオネンデはスイテアの寝顔を眺めていた。滑らかな(ほお)、ふっくらと(ふく)らんだ唇、長い(まつげ)――容姿は時の流れとともに幾分変わっているのだろう。けれど慕わしさは自分の気持ちに気付いた時から変わっていない。


 この娘が好きだ、生涯の伴侶を選ぶならこの娘しかいない、誰にも渡さない――十六の若者が初めて知った異性への執着、その思いは強烈でリューデントを突っ走らせた。心のままに相手を求め、欲望のままに愛を望んだ。愛し合うようになっても想いはさらに募るばかり、きっといつかは妃にしたいと、言葉にすることはなくとも、心では誓っていた。


 だが、それも今では無理な話、王である自分がなんの身分も持たない娘を妃にすることはできないと思った。だから王家の一員とし、王の片割れとした。

(スイテア……)


 あのまま何事(なにごと)もなく平和な日々が続いていたら、しかるべく貴族の養女とし、妃に迎えることもできたのに――王の片割れという身分が与えられた今、今度はその身分が邪魔をして妃にすることを(はば)んでいる。王の片割れは王と同一視される。自分を自分の妃にはできない。判っていながら片割れにした。そうしなければ(そば)に置けないと思った。()()()後宮の女にはしたくなかった。


 こうして寝顔を見ているだけで愛しさが込み上げてくる。繰り返し愛し合っているのに、欲望が尽きることもない。むしろまだ足りないと感じる事すらある。好きで好きで仕方ない。なのに別の女を妃にしようと自分はしている。愛を与えるつもりのない女を妃にしようとしている。


 サシーニャは『形に(こだわ)る必要はない。思う相手と添えれば幸せ』と言った。それは正しい。確かに今、俺は幸せを感じている。スイテアが、俺を幸せにしてくれている……


 スイテアの(まつげ)が揺れて、眠そうな眼差しがリオネンデに向けられた。

「起きてらしたの?」

「うん? 可愛い寝顔に見入ってしまった」

「そんなことを言う時って大抵、嘘よね」

クスッとスイテアが笑う。

「嘘じゃないさ。まぁ、見入ってたってのは言い過ぎかも」

「何か考え事をなさっていたんでしょう?」

「うん……ジッチモンデのジロチーノモ王なんだけどな――」


 ジロチーノモとテスクンカの事、きっと正式な婚姻はできないだろうとサシーニャが言った事などをリオネンデがスイテアに話して聞かせる。すると

「サシーニャさまが?」

とスイテアがリオネンデに聞き返えした。


「サシーニャさまが『正式な婚姻に拘らない』と仰った?」

「あぁ、そうだが、それが気になるのか?」

「だってリオネンデさま、こないだ(おっしゃ)ってたじゃないですか。サシーニャさまはお父上から配偶者に渡すよう言われた髪飾りをルリシアレヤさまに差し上げたって」

「うん、それで?」

「わたし、てっきりサシーニャさまはどうにかしてルリシアレヤさまを奥方にお迎えになるつもりだって思ったんです」

「どうにかしてって、どうやって?」

「それは判らないわ。でもサシーニャさまは賢いおかた、どうにかするんだろうって思ったんです」

「まぁ、そうなるといいと俺も思うけどな」


「でも『婚姻に拘らない』ってことは、奥方に迎えられなくてもいいってことですよね?」

「いや、待て。サシーニャは『形に拘らずとも好きな相手と添えればいい』って言ったんだ」

「それってまさか?」

「まさか?」

「王妃との密通?」


「んーーー、それはない。サシーニャが人の妻を盗むなんて有り得ない。王妃に限らずだ」

「じゃあリオネンデ。どうやって添うの? ルリシアレヤと結婚できない、つまり彼女は王妃になる。そうなると人知れず愛し合うしか添う方法はないでしょう?」

「それって添うって言えるのか?」

「添うって言い方をしているけれど、要は思い思われるって事なんじゃない? 違うかしら?」


「俺はさ、スイテア――おまえと同じようにサシーニャの言葉に引っ掛かりを感じたんだけど、アイツ、きっとあの髪飾りの意味をルリシアレヤには言ってないんじゃないかって思うんだ。添うって言うのはあいつにとっては自分の思いを貫くって事じゃないか?」

「うーーん、そうね、サシーニャさまは相手に負担に思われないよう、髪飾りの由来を言わないかもしれない。でもね、添うって二つの物に使う言葉だと思うし、リオネンデさまの言う通りなら二人は幸せになれないわ」

「ルリシアレヤはともかく、サシーニャはそれで幸せらしいぞ?」


「そんなの強がりでしょう? そう思い込みたいのよ。それにリオネンデさまはそれでいいの?」

「いいとは思わないけど、どうすればいいのか思いつかない。おまえもだろう?」

「そりゃそうなんだけど……リオネンデさまは心が痛まないの? サシーニャさまとルリシアレヤさま、二人が幸せから目を背けるようになったのはリオネンデさまのせいですよ」

「だからどうにかしたいと思っているさ――でも、ルリシアレヤはもう気持ちを切り替えたんじゃないのか?」


「あら、どうして? あんな豪華な髪飾りを貰ったら、余計に気持ちが傾くはず」

「それって宝石に目が(くら)んだだけで、愛情じゃないだろうが」

「宝石ではなくって、そこに込められた思いに心が騒がされるんです。ましてサシーニャさまの性格を考えれば、よほどの思いが込められてるってルリシアレヤさまは思うはずです」

「物は言いような気が……」


「それにそんな事がなくっても、蔵書庫でのルリシアレヤさまを考えればサシーニャさまを思い続けているのは判ります」

「あぁ、俺がルリシアレヤに謝った時の? 名ばかりの王妃でもいいって言ってたな」

「それは建前と言うか、まぁ、王女としてのご発言です。肝心なのはグランデジアに幸せがあると言ったこと」

「グランデジアとはサシーニャを指す?」

「わたしはそう感じましたよ――やっぱりリオネンデ、復讐を終えたらわたし、あなたを殺さなきゃいけないのかも?」

自分が言った冗談に、クスリと笑うスイテアだ。


「うん? なんだかんだで忘れてた。そう言えばおまえとそんな約束をしたな」

リオネンデが苦笑する。そしてふと真面目な顔になる。

「そうだな、その約束、必ず果たせ」

「リオネンデ……」

「計画通り進めば、俺とルリシアレヤの婚姻は復讐のあとだ。俺が死ねば、婚約は実質的に破棄される。するとサシーニャとルリシアレヤが一緒になるのも無理な話じゃなくなる。俺の代わりサシーニャに、って事ならバチルデアもイヤとは言わない。むしろ当ての亡くなった王妃の座、舞い戻る可能性が出たと喜ぶかも――スイテア?」


 不意に胸元に潜り込んできたスイテアにリオネンデが戸惑う。

「本気でそんな事を? わたしからリューデントさまだけでなくリオネンデさままであなたは奪うの?」


 リオネンデはスイテアに愛されている――リューデントの復讐を考えていたスイテアはどこに行ったんだろう、とリオネンデの中のリューデントが思う。スイテアに愛されているリオネンデに嫉妬を感じるリューデントがいる。それでも(すが)ってくるスイテアを抱き締めてしまう。『好きだよ、愛してる』と耳元で(ささや)いてしまう。


 スイテアを愛しているのがリューデントなのかリオネンデなのか、判らなくなってきている。スイテアを愛撫しながら『早くリューデントに戻らなくては』と思うリオネンデだった。


――深夜。魔術師の塔の不寝番が、思わぬ時刻に現れた筆頭魔術師に姿勢を正す。ご苦労と言葉を残し、筆頭は塔を上っていく。向かうのは蔵書庫だ。


 まずは手掛かりのある指南書から調べることにしたサシーニャだ。表紙を開くことさえさせなかった本は書かれていた文章を推測することすら難しい。異大陸の文字で書かれた本は、文字を(よみがえ)らせることに成功しても読めないのだからどうしようもない。


 だけど指南書なら一度は文章を読み取っている。もちろん完全に記憶しているわけではないが、絵を見ているうちに思い出せるかもしれない。


 指南書を一冊手に取って魔力の有無を確認する。それから本をテーブルに置く。

(……経過事象異文ではない)

腕を組んで目を閉じる。時間の経過や出来事により文章の内容が変わる魔法かもしれないと思いつき、それを確認した。だが違った。


(それにしても魔力に変化を感じるのは気のせいだろうか? まるで髪の長さを昨日と比べるような違い……)


 もし髪と同じような変化なら数日後には顕著になる。そのときには判るだろう。そう思って目を開くと(ページ)(めく)った。


 サシーニャが魔法の指南書と断じた絵本は全部で四十二冊、チュジャンエラが同じ本が三冊ずつだから十四冊って思っていいのではないかと言っていた。だがサシーニャはそれをそのままには受け入れていない。その三冊も実は違う意味が隠されているのではないかと疑っている。


 最初に一冊、ジャルスジャズナの模写と見比べ、それから三冊を調べてみるしかない。が、今夜は『多分これが物語の始め』とチュジャンエラが判断した本を、模写と照らしあわせるだけにしようと思った。


 早朝にはワダが街館を訪ねてくる予定だ。それにチュジャンが起きる前に帰らなくてはまた怒られるし、きっと監視が(きつ)くなる。弟子に監視されるなんて情けないが、まんざら居心地も悪くない。


 テーブルに置いた本の表紙を開く。見返しは艶消(つやけ)しの()に穏やかに光る繊維を()き込んだ白、(めく)ると扉は中央に縦長の楕円(だえん)が縁取りを(ぼか)して黒く染められ、その中にバラが一輪、白抜きで描かれていた。


「白いバラ……」

つい(つぶや)いて、自意識過剰だと自分を笑う。茎にも葉にも彩色はない。やはり白抜きだ。〝白〟バラとは限らない。


 最初の(ページ)に描かれていたのは魔術師の塔によく似た建物だった。遠景で全体が描かれている。草原に建つ白い塔が青空を貫いている。


 次の(ページ)からは見開き、左右の(ページ)で一枚の絵だ。

(三羽の鳳凰(ほうおう)……)

白・青・赤の鳳凰が前の(ページ)の塔の屋上と思える場所で(たわむ)れている。次の絵ではその鳳凰が赤い鳳凰を先頭に太陽を目指して飛んでいるように見えた。(ページ)の上方にやや小さめに描かれた三羽、下方には鳳凰を指さす二人の人物、どうやら鳳凰を追いかけているようだ。

(これが双子の王子か)


 (ページ)(めく)ると、地上に降り立った鳳凰たちと、それに近寄る二人、二人の顔には目や口、鼻が描かれていない。だけど、

(楽しそうに笑っている……)

と感じた――


 うかうかしてると夜が明けてしまう。自分の館に入るのに気配隠しの魔法を使うなんて、と苦笑いしながらサシーニャは街館に入っていった。チュジャンエラはまだぐっすり眠っている……

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