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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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防虫剤の色

 ジッチモンデ王宮は壁と言う壁に彫刻が施され、あるいは壁画が描かれていた。それらには黄金や白金・貴石が埋め込まれ、なんとも(きら)びやかだった。が、控えめな照明が重厚さを演出し、浮ついた印象を受けることはない。


 長い廊下を文官に先導されていくのはサシーニャとグレリアウス、ワダとモスリムの四人、残りは居室で待たされている。ジッチモンデの兵士が二人、サシーニャの持参品を乗せた台車を押しているが、薄絹を(かぶ)せた品々の中には例の(うつわ)とワダが用意した()()()()()()()()()贈り物も乗せられている。


 ジロチーノモは謎めいた存在だった。


 前王が高齢になって初めてできた子で、溺愛されて育てられた。出産のとき、やはり出産には高齢過ぎた王妃は堪え切れず落命している。一粒種、しかも愛する王妃の忘れ形見、溺愛するのも無理はない。が、その溺愛も度が過ぎたものだった。


 数人の召使に(かしず)かせてはいたが、王宮の奥深くにジロチーノモを閉じ込め、他者を近づけさせなかった。父王が死の床に就くまで、数人の召使と父王以外はジロチーノモの顔を見たことがない。


 その父王が二十三年前に他界しジロチーノモが即位したわけだが、十二歳の新王には摂政が置かれ、政治に携わることはなかった。


 ジッチモンデの重臣たちがジロチーノモの顔を見たのは即位前後だけ、一連の儀式が終わったのち、またもジロチーノモは父が生きている頃と同じように数人の召使に囲まれて王宮の奥深くに閉じ籠った。そして滅多なことでは表に出てくることがなくなる。


 ジロチーノモが表に出てくるのは年に数回、国王の臨席が欠かせない儀式のときだけだ。そんな時もジロチーノモは面紗(ベール)を使い、人々にその顔を見せていない。


 政治の表舞台に出てきたのは十六の時、地位を利用し自分の都合のいいように政局を動かしただけでなく、私腹を肥やしていた摂政一派に鉄槌(てっつい)を下したのだ。


 摂政一派は(ことごと)く断罪され、処刑された。それ以後ジロチーノモがジッチモンデを牛耳ることになるが、それでもジロチーノモが面紗(ベール)を外すことはなかった――


 突き当りの大きな扉の前には立ち番が二人いて、サシーニャたちを見ると何も言わずに扉を開けた。奥に向かって真っすぐな敷物、その先が段になっている。上り切ったところに置かれた豪華な椅子は王座だろう、ゆったりと構えて座る人物が見えた。(うなが)されるまま前に進む。


 止まるよう言われた位置で王座を見上げる。案内してきた文官は王座に向かって一礼すると退出し、持参品を運んできた二人の武官も同じように出て行った。広間に残るのは、サシーニャたち四人と王座に構えるジロチーノモ、そして王座の下に控える側近らしき一人の男だけだ。


 こちらを見降ろすジロチーノモと目があった瞬間、僅かに目を細めてしまった。予想外のことをジロチーノモから読み取ったのだ。すぐに平静を装ったが、()()してしまった仕草……果たしてジロチーノモは気づいただろうか?


 ジロチーノモは噂通り面紗(ベール)を使い、眼元以外を隠している。切れ長の大きな目が吟味するようにこちらを見る。それを見返すサシーニャ、どちらも何も言わない。じりじりと火花を散らして睨み合う二人の気迫に周囲は気圧(けお)され、やはり何も言えず黙っている。


 どれほどそうしていたことか、焦れた側近がとうとう『何かお言葉を』と遠慮がちにジロチーノモを促せば、ジロチーノモがやっとサシーニャから目を離し側近をチラリと見た。が、サシーニャはジロチーノモから視線を外さない。


 サシーニャの視線を浴びたまま、ジロチーノモが気怠(けだる)そうに立ち上がる。ゆっくりと王座から降りて、そのままサシーニャの後方、持参品の前まで進む。すれ違いざま覗き込んできたジロチーノモを覗き返したところで、サシーニャも睨みつけるのをやめた。


「これはなんだ?」

やっとジロチーノモの声が聞けた。やや甲高いが落ち着いた声だ。グレリアウスがすぐさま動き、(かぶ)せてあった薄絹を取り去る。現れたのはいくつかの木箱、滑らかに白い象牙で出来た彫像、大きな筒状の物は毛織の敷物だ。


「書簡に『買って欲しいものがある』とあったが……この中のいくつかはバイガスラの物ではないか?」

「はい、バイガスラ――」

「バイガスラ国に立ち寄った証として、現地で購入したものです」

説明しようとするグレリアウスをサシーニャが(さえぎ)った。どうやらサシーニャはジロチーノモを見て策を変更することにしたらしい。どう変えたのか、知らされていないグレリアウスが黙った。


 ふぅん、と詰まらなさそうなジロチーノモ、チラリとサシーニャを見てから、

「で? わたしに買わせたいのはどれだ?」

と、台車に視線を戻す。サシーニャが頷き、グレリアウスが木箱を三つ台車から降ろすと、側近が慌てて用意したテーブルに並べる。


「お買入れいただきたいのはこの箱の品物です――バイガスラで購入したものを除いて、他はリオネンデ王よりジロチーノモさまへのご挨拶となります」

サシーニャの言葉を聞いているのかいないのか、

「箱を開けろ」

ジロチーノモが言った。


 グレリアウスが結んであった組紐を解き、(ふた)を取る。さらに(うつわ)を包んでいた黄色い布を上下左右に払えば、黒地に鮮やかな花が描かれた(つや)やかな皿が見えた。

「ふぅん」


 テーブルに近寄ると、グレリアウスに『どけ』と指図し、ジロチーノモが器に手を伸ばす。

「随分と軽い」

「木材で出来ております」

ジロチーノモのすぐ後ろでサシーニャが答え、ジロチーノモが再度サシーニャをチラリと見た。


「木材? フン、樹脂を塗ったか? この(つや)は樹脂を塗り込め磨いたものと見た」

(おお)せの通りです」

「グランデジアでは建物は石材と木材で作る、その木材に樹脂を塗るが、樹脂の製造法は秘密なのだとか? で、この器に塗られている樹脂はそれだな? グランデジアでは日ごろからこのような器を使っているのか?」

「確かに建築に使う樹脂を食器用に改良したもの、ですが近頃開発されました。グランデジアでもまだあまり流通しておりません」

「ふぅん……」


 裏表とじっくり皿を見分するジロチーノモ、三枚を見終わると

「いいだろう、買ってやる。いくらだ?」

と、サシーニャに向き直った。


 自分を見詰めるジロチーノモをサシーニャも見詰める。

「買っていただきたいのは三枚だけではありません」

「ほう? どれくらい買って欲しいんだ?」

「皿だけではなく椀や杯、そのほかも含め、船三艘分。品数にすればザッと千点ほどになるかと」

「ふぅん……」


 驚くかと思ったジロチーノモは大して態度を変えずサシーニャを睨み続ける。

「グランデジアは数年前に港を手に入れ船も保有するようになった。それを使ってみたくなったか? が、我がジッチモンデに港はないぞ? 何を企む?」

「寄港するのはバイガスラ国ラメアリス港、そこから陸路で貴国に運び入れることを考えております」

「ラメアリス? 確かにあそこからなら我が国との国境まで平坦で運ぶのも容易、だがバイガスラが許すかな?」

「貴国とバイガスラには講和していただきます」

サシーニャがジョジシアスから預かった書付と向こう一年の計画書をジロチーノモに渡し、〝取引条件〟の説明を始めた――


 説明が終わり、書付と計画書に目を通したジロチーノモが

「ふぅん……なるほどね」

と、またもサシーニャを睨むように見る。

「平和な世がリオネンデ王の望み? ふぅん……聞かされた取引条件ではグランデジアの持ち出しになるのではないか?」

「多分赤字もいいところです。ですが他にも売り込む品は幾つもございます。それらが利益を生んでくれることでしょう」


「ほかの品? 今回の取引を成功させて次に繋げる気なのだな?」

「グランデジアでは他国では手に入らない品物の開発に力を入れております。その中にお気に召したものがあればお買い上げいただけると考えておりますし、そのような品でなくても貴国に不足しがちでグランデジアには豊富にある物品をお分けすることも可能です」

「ふぅん……我が国の不足品を高値で売るか?」

「そんな足元を見るようなことは致しません。適正な価格を、まぁ、少しは当方にも利益が出る価格を提示させていただきます」

「ふぅん……」


 サシーニャを見詰めつつ、ちらりと残りの木箱を見るジロチーノモ、

「テスクンカ、他の箱を開けて見せろ」

と側近に声を掛ける。側近の名はテスクンカらしい。すぐさま箱を開け始めた。サシーニャから離れ、テスクンカに並んで立ったジロチーノモが、横から箱を覗き込む。


「魚皮の外套(コート)はバイガスラの物……フェニカリデ産ブドウ酒、橄欖(オリーブ)油、うん? この組紐が掛けてあるのは?」

慌ててテスクンカがジロチーノモの()した箱を開ける。そこにはやはり黄色い布で包まれた樹脂塗りの器が納められている。

「そちらはお買い上げいただく品の見本でございます」

サシーニャがサラリと答える。


「見本? さっきより上質に見えるが?」

「はい、その見本は一流の絵師による絵付け、お買い上げいただくのは職人による絵付け、どうしても絵の質に違いが出てまいります。()って、一流の絵師の手によるものは非売品といたしました」

「ふぅん……量産できないから売らないと? ではなぜここに? あぁ、そうか、リオネンデ王のご挨拶、(まいない)だな。ん? それは?」


 テスクンカが次に開けた箱の中は透明な瑠璃(るり)色の杯だった。やはり黄色い布に包まれて二脚入っている。

「それはフェニカリデの特産品、ガラスで(こしら)えた杯でございます――とても製作が難しく量産の目途(めど)が立っていないばかりか、割れ易く運送が難しいものです」

「ふぅん……ところでさっきから黄色い布を多く見る。これは? おまえの髪の色に合わせているのか?」


 さすがのサシーニャも苦笑する。

「わたしの髪は関係ありません――防腐や防虫に使われる鬱金(クルクマ)で布を染めるとこんな黄色になります。効果は染色後も持続されるので、木材ゆえに虫の付き易い樹脂塗りの器の保管には最適です。ガラスの杯に虫が付くことはございません。割れや(ひび)を防ぐための緩衝材でございます」

「ふぅん……」


 ジロチーノモは瑠璃杯を(かか)げるように持つと光に透かして眺めている。

「美しいものだな……量産できぬとは残念だ。できるようになる見込みは?」

「今のところはなんとも……」

「ふぅん……」

思う存分、杯を眺めたジロチーノモがサシーニャに視線を戻す。


「計画書通りに買ってやらんでもない。今夜は瑠璃の杯で酒盛りだ。付き合え、サシーニャ――で、おまえの金色の髪にも()()()()があるのか? あってもいい。一人で来いよ、サシーニャ」

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