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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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揺れるフェニカリデ

 サシーニャの交渉が大詰めを迎えるころ、フェニカリデ・グランデジア王宮、魔術師の塔蔵書庫では国王リオネンデが難しい顔で絵本を睨みつけていた。リオネンデの真ん前には積まれた本がふた山と、いささか分厚い本が一冊置かれ、左手には低い山が二つある。目の前の山から一冊ずつ取っては各(ページ)をじっくり見てから、左手の山に積む、そんな作業を繰り返しているリオネンデだ。


 離れた場所でそれを見守るのはスイテアとジャルスジャズナ、そしてチュジャンエラの三人、リオネンデが絵本を独占してしまったから模写の手は止まっている。チュジャンエラに至っては、リオネンデに説明しようとしているのに『(うるさ)い! 向こうに行ってろ』と怒鳴られて(むく)れ顔だ。


 さらに離れた窓際のテーブルにはルリシアレヤとエリザマリが不思議そうな顔でお茶を飲んでいる。王宮本館と王館以外でリオネンデを見るのは初めての二人だ。そのリオネンデが怖い顔で絵本を見ているのだから不思議に思うのも無理はない。雰囲気に飲まれ、いつもは引っ切り無しのお喋りも、今は影を潜めている。ときどき見交わしては首を捻るだけだ。二人の傍らにはバーストラテが相変わらず無表情で突っ立っている。


 何冊目かの本を左に積み上げたリオネンデが溜息をつく。

「スイテア! 咽喉が渇いた、何か飲み物を」

すぐさまスイテアが立ち上がり水屋へと向かう。もう一度深く溜息を吐き、軽く首を振ったリオネンデの視界に、自分を見詰めるジャルスジャズナとチュジャンエラが入り込んだ。フンと鼻を鳴らし、リオネンデが立ちあがる。


「こんなに疲れるとは思わなかった」

隣の椅子に腰かけながら愚痴るリオネンデ、ジャルスジャズナがニヤッと笑った。

「絵本ごときで何を騒いでるって笑ってたくせに」

「俺はサシーニャから、変わった絵本を見つけたとしか聞いてない。で、絵の模写をさせているってな――どう見ても変わってるようには見えないぞ? 文字がなくて絵が描かれているだけの、ただの絵本だ」

「サシーニャには絵のない、文字だけの本に見えるんだと」

「そうなのか?」

説明しようとするチュジャンエラを退(しりぞ)けたリオネンデが、気まずげにチュジャンエラを見る。


 知りませんよと突っぱねたいところだが相手は国王、

可怪(おか)しいのはそれだけじゃありません……リオネンデさまって、サシーニャさまが言ってた通り性急(せっかち)なんですね」

仕方なく答えたついでに、皮肉ったチュジャンエラだ――


 スイテアが用意した茶菓を見て『また栗か』と文句を言ったリオネンデだが、

「すると何か、イニャって女は二度と出てこないってことか?」

口の中をモゴモゴさせながら尋ねる。説明のため、リオネンデが一人で見ていた本の山から数冊をチュジャンエラがこちらに持ってきていた。それを見ながら話すリオネンデとジャルスジャズナ、チュジャンエラだ。


「文字が読めるようになれば、また出てくるかもしれないってサシーニャが言ってたけど、イニャが語ったことは本に書かれてるらしいよ」

「この本も文字らしいものはないけどな」

リオネンデが分厚い本の、ページを(めく)る。


「その女が現れた時のサシーニャの様子はどうだった?」

少しだけ沈んだリオネンデの声、

「随分と取り乱してたね」

やはりジャジャが声を低めて答えた。


「この本、ヤツの先祖の国の物なんだろうか?」

「どうだろうね? サシーニャの推測は始祖の王の(めい)でイニャが(しる)したんじゃないかってのだけど」

「イニャもまた、サシーニャの祖父母のように海流に乗ってこの大地に辿り着いたんだろうか?」

「サシーニャはそう思ったんじゃないか? てか、そう考えるのが順当だよね。始祖の王も我らと同じ色の髪と肌と瞳なんだから」


「始祖の王の妻は白い鳳凰(ほうおう)、白い身体と金の冠羽(かんう)、瞳は夜明けの空の色――イニャは始祖の王の妻か?」

「サシーニャも同じことを考えたみたいだけど、そうなると青と赤の鳳凰は、皮膚が青や赤の人物がいたってことになるな、って迷ってたよ」

「一説に、青と赤の鳳凰は白い鳳凰が産んだ双子の王子ってのもある」

「あぁ、サシーニャもそう言ってた。それと、鳳凰の色は何かの象徴と考えたほうがいい、イニャは始祖の王の妻の可能性が強いけど、だからって簡単に鳳凰と結びつけると何かを見誤るって」

「ふぅん……」

ジロリとジャルスジャズナを見たリオネンデだ。


「サシーニャ、サシーニャって、ジャジャ、おまえの意見はどうした? サシーニャの考えは帰ってきたら本人から聞くからいい。おまえの考えを聞かせろ」

「そんなこと言われてもリオネンデ。難し過ぎてわたしには何がなんだか……」

「チュジャン、おまえはどうだ?」


 口中の物を茶で流し込んでからチュジャンエラが答える。

「僕もサシーニャさまと同じ、正直ジャジャと同じです――サシーニャさまが読めないのはイニャが隠されていた本だけで、指南書らしいのと王家の一員しか読めない本に書かれているのは見えないけど僕らが使っている文字、サシーニャさまには読めるんです。早く模写を終わらせお帰りを待つのが賢明、もしかしたらその中にイニャの謎を解く鍵が見つかるかもしれません。今あれこれ考えるのは無駄に感じます」


 結局はジャルスジャズナとチュジャンエラが言うように、サシーニャの帰国を待つしかないと結論付けたリオネンデが、

「でも、なぜだろう? 早く意味を知らなくてはいけない気がする」

(つぶや)く。


「意味を知る?」

リオネンデの微妙な言い回しにチュジャンエラが首を傾げた。

「うーーーん、この一連の、王子らしき人物が二人出てくる続き物の絵本な――この二人が俺たちの事に思えてならないんだ」

「リオネンデさまとリューデントさま?」

「自意識過剰だとサシーニャに言われそうだが……どちらかが何かの理由で消えても必ず一人は残る。そして消えた一人が戻ると残っていたほうが消えている。そのあたりがどうも気になる」

「そんな見方があったんですね」

チュジャンエラが本を手に取り改めて中を見る横で、

「リオネンデ……本の中の絵空事だ。リューデントは戻って来ないよ」

ジャルスジャズナが静かに言った。


 チラリとジャルスジャズナを見たリオネンデが薄く笑う。

「サシーニャも死者を(よみがえ)らせる魔法はないと言い切った。自然の摂理に魔法で影響を与えるのは禁忌だとな」

「あぁ、雨を降らせない魔法も同じ理由でないって言ってたね」

「本心じゃサシーニャも、蘇らせたい相手がいるだろうに」

重くなりそうな空気を散らそうとチュジャンエラが明るく笑う。

「やっぱりリオネンデさまもサシーニャさまの名をよく口になさいますね。みんなサシーニャさまが大好きらしいや」


 フン、と片頬で笑ったリオネンデが、

「そろそろ交渉を終えるころだろうな」

と窓を見る。釣られてその場にいた誰もが窓を見た。陽は随分と傾いて夕刻が近い。


 窓を見れば当然その近くにいるルリシアレヤたちも視界に入る。少し迷ったリオネンデが立ちあがった。

「ルリシアレヤ。困っていることはないか?」


 急に近くで聞こえたリオネンデの声に、窓を見ていたルリシアレヤが振り返る。

「リオネンデさま。わたしにお声がけとは珍しい」

にっこり笑うルリシアレヤに厭味はない。


「なんにも困ってなどいませんよ。怒られてしまいそうだけど、サシーニャさまがよくしてくださいますから」

「怒る?」

「またサシーニャかって」

「そんな事? ご安心を、本気で怒ったわけじゃないから……アイツは(そつ)がない、いい後見を見つけたね」

「はい」

真っ直ぐにリオネンデを見るルリシアレヤ、すぐそこにいるスイテアがさりげなく視線を外しているのを感じてリオネンデが意を決する。やはり伝えておかなければならない。


「ルリシアレヤ、あなたに謝らなくてはならないことがある」

「リオネンデさまが? いったいなんでしょう?」

「俺はあなたと婚約している。二年近く先にその約束は果たされることになる」

「はい」

「でも俺は、約束が果たされたのちもその……」

口籠(くちごも)るリオネンデにルリシアレヤが再びにっこりと笑んだ。


「わたしを寝所に呼ぶことも、わたしのもとにリオネンデさまが(おもむ)くことも(けっ)してない?」

「えっ?」

「サシーニャさまからお聞きしています。リオネンデさまは愛のすべてをスイテアさまに捧げていらっしゃると」

「サシーニャが?」

狼狽(うろた)えるリオネンデ、スイテアが顔色を変え、神妙な面もちでルリシアレヤに視線を向ける。


「はい。あなたはそれに堪えられますかと、お尋ねになりました。わたしは王女として生まれたとお答えしました」

「ルリシアレヤ……」

「名ばかりの王妃で構いません。王の子を産むのもお役目かもしれませんが、それが全てではないはずです。父や母の思惑とは少し違ったものになりますが、バチルデアとグランデジア、両国(りょうこく)を平和に導けるよう、わたしなりに尽力したいと思っています。それに……」


 そこまで言ってルリシアレヤが窓に目を向けた。見あげるように空を見て、その先を口にしない。いつかの夜、サシーニャのバラ園での出来事、そこでした約束を思い出していた。

「それに?」

リオネンデの催促に、フッと微笑んだルリシアレヤだ。

「フェニカリデが気に入りました。ここで暮らせばきっとわたしは幸せになれる。そう信じております」


 ルリシアレヤに答える言葉を持たないリオネンデ、スイテアがゆっくりと目を伏せた。誰もが黙っている中で、

「あっ?」

チュジャンエラが小さく叫び、みなの注目を浴びる。


「地震じゃないですか?」

「えっ?」

ジャルスジャズナが身構え、リオネンデが周囲に神経を向ける。

「うん、地震だ。少し揺れている」

微かな揺れはすぐに収まった。


「フェニカリデに来て初めての地震だわ。言われなければ気が付かなかった」

クスクス笑うルリシアレヤ、

「そうですね、バチルデアはもっと揺れますよね」

エリザマリがルリシアレヤを愛しげに見る。リオネンデとの会話の余韻が消えていない。


 ジャルスジャズナが

「バチルデアはよく地震があるのかい?」

と尋ねれば、

「バイガスラほどではないし、ジッチモンデほどでもないわ」

ルリシアレヤが答えた。


「ジッチモンデはたびたび揺れるそうよ。それにときどき立っていられないほど揺れるのですって。その揺れがバイガスラに伝わり、バチルデアに伝わるうちに勢いが()げるらしいわ」

「名もなき山の影響かな?」

チュジャンが心配そうに言えば、

「あの山が噴火すれば、フェニカリデでも相当揺れるはずだ。それに……噴火の兆候があれば、ジッチモンデが警告を発する。それがないのだから心配ない」

リオネンデが穏やかな笑みを見せて言った。

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