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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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白昼夢

 サシーニャたちが宿に戻ってからもジョジシアスの機嫌は変わらない。

「気持ちの良い若者ではないか」

と、ニコニコ顔でモフマルドに言う。


「確かに見た目はおまえが言うように我らと違う。だがそれも色だけだ。しかも見ようによっては我らより美しいと言えるかもしれない」

「あぁ、光るものを美しいと感じる傾向は人間にもありますな! カラスなどは輝く物を集めて巣に運び込む習性があり、人間は(きん)や宝石などをありがたがる」

「人間もカラスと同じか?」

イライラと答えるモフマルドをジョジシアスが笑う。


「モフマルドはサシーニャを嫌うが、サシーニャはリオネンデが一番頼りにしている従兄(いとこ)(とし)より落ち着いて見えるが時おり子どものような面を見せる。なかなか魅力的な人物と見たぞ」

「子どものような面?」

「うん。俺が申し出を承諾した時の喜びようを見ただろう? 可愛いもんだ。それによくよく見ると、長髪で誤魔化しているがあれは童顔だな」

「童顔……」

モフマルドが先ほどまで見ていたサシーニャの顔を思い出そうとするが、ツンと澄ましたレシニアナが被ってしまう。

(いや、そうじゃない……)


 頭の中からレシニアナの面影を振り切って、見たままのサシーニャを思い浮かべれば

(あぁ、そういう事か)

ぐっとモフマルドの胸が詰まる。

(雰囲気が変わったと感じたのは、サシーニャにシャルレニが出始めたからだ)


 シャルレニは丸顔の、人懐こさを感じさせる顔つきだった。その面影が(とし)を重ねるにつれサシーニャに現れてきたのだ。幼児のころは父母、祖父母など、血縁の誰に似ているかが目まぐるしく変わり、それがある程度成長すると安定する。そこからは緩やかに、顔つきや体つき、嗜好などがまた誰かに似てきたりする。気が付くと父親に後ろ姿がそっくりになっていたりする。それだったかとモフマルドが思う。

(いっそ、レシニアナを感じさせないほどシャルレニに似ればいいのに……)


 サシーニャの微笑みにレシニアナを感じ狼狽(うろた)えたモフマルドだ。迂闊(うかつ)にも、胸に込み上げる恋慕を感じてしまった。もしサシーニャが女なら、今度こそ躍起になって自分のものにしただろうと感じた。サシーニャが男なのはサシーニャとモフマルド、双方にとって救いなのかもしれない。


「モフマルド?」

黙り込んだモフマルドをジョジシアスが不審がる。

「……ジロチーノモ王への書付をどんな文章にしようかと考えておりました」

サシーニャの顔、そしてレシニアナとシャルレニの思い出を消してから、モフマルドが答えた――


 グレリアウスが案内係と御者(ぎょしゃ)に心付けを渡し、明日も頼むと声を掛ける。今宵の宿に到着したサシーニャたちだ。お安いご用と快く承知した案内係と御者(ぎょしゃ)は迎えの時刻を確認するとそそくさと帰っていった。


 バイガスラ王宮からほど近い高級宿、所有者は勿論ワダだ。が、ワダはまだ姿を現していない。たぶん明日の朝には顔を見せるだろう。


 飯屋(めしや)や食堂もあったが、夕食は部屋に運ぶよう宿に頼んである。菜食主義の魔術師向けの食事だ。今日はもう(しま)いでいいと、二人の一級魔術師には部屋で待機するよう指示した。グレリアウスは打ち合わせもあることから、食事はサシーニャの部屋に運ばれることになっている。居間の椅子にグレリアウスが腰を降ろし、

「グランデジアの宿屋と変わりませんね」

と部屋を見渡した。


 広い居間は寝室に続き、寝室には浴室が設えてある。

「調度はグランデジアから運び込んだと言っていました」

座りもせずにサシーニャが答える。緩く編んで後ろに(まと)めた髪を解くのに忙しいようだ。それをニヤニヤとグレリアウスが眺めている。

「モフマルドの顔ったら……サシーニャさまに見惚れていましたね」

「言わないでください。思い出すと虫唾(むしず)が走ります」


「自分で招いた結果じゃないですか――それにしてもモフマルドの魔力はかなりのものですよね? なんで媚薬を仕込んだ香水に気が付かないかなぁ?」

「媚薬と言っても大して効果がないものです。ジョジシアスには程よく効いていたようですがモフマルドは随分やられていたようですね。しかも自分でそれに気が付いていない――魔術師に相対(あいたい)した時、魔法には神経を尖らせるものの非魔法にまでは気が回らない。魔術師にありがちな(ミス)です。グレリアウスも気を付けることですね」

「はい、心しておきます――食事の前に湯を使いますか? その香水、早く落としたほうが良さそうです。わたしまで惑わされて、二人きりだと口説(くど)き始めるかもしれない」


 笑うグレリアウスにサシーニャが苦笑する。

「えぇ、そうしますよ。自分でも酔いそうですし」

「あれ? ひょっとして気分がよくない? 真っ青になったのは地震のせいじゃなくて、媚薬に酔ったせいですか?」


「さぁ? (こら)えていたのに揺れで酷くなったのかな? 違うと思うけどそうなのでしょうね」

クスリと、サシーニャが苦笑ではなく笑う。

「それじゃ、媚薬に酔ったグレリアウスに襲われる前に流してきます――食事の用意が出来たら遠慮せずに先に食べ始めてください」


 湯船にたっぷり湯を張って、静かに身体を沈めていく。滔々(とうとう)(あふ)れていく湯が、湯船の外に垂らした髪を濡らしていった。ふぅ、と息を吐くと(ふち)に肩を乗せて天井を見上げる姿勢でサシーニャは目を閉じた。

(それにしても……)


 ジョジシアスにしろモフマルドにしろ、自分のしたことが恐ろしくないのだろうか? ジョジシアスは己の異母妹を犯し、死に至らしめたのに飽き足らず、あたりに火を放ち無関係な人々の命をも奪っている。モフマルドはその手引きをしているはずだ。それはグランデジアの王宮での出来事、そのグランデジアからの客に平気な顔でいられるとは。ましてモフマルドはそれだけではないはずだ。


 レナリムが生まれた当時、シャルレニの館に仕えていた女をやっと見つけた。その女が『お産は順調だった。それなのに突然、レシニアナさまの出血が尋常ではない量となり、しかもそれが止まらなくなって……』と涙ながらに話してくれた。


 妊娠中に変わったことはなかったかと問えば、(しばら)く考えてから『そう言えば、(つわ)()が重く、お苦しみでした』と思い出してくれた。『でもそれも、マレアチナさまからいただいたお薬ですっかり治っていたのです』


 マレアチナ……前グランデジア王クラウカスナの妃にしてバイガスラ王女、そして双子の王子の母親、ジョジシアスに凌辱されて自ら命を絶ってしまった。


(血の道の(のろ)い、あるいは条件付き実効呪文……きっと血の道の(のろ)いのほうだ。あれなら無事に出産しても、()え無く流産や死産だったとしても発動される)

グランデジア王妃に納まっていた自国の王女マレアチナにモフマルドは、(のろ)いを仕込んだ悪阻薬をなんらかの方法で送った。それをレシニアナに飲ませるよう、マレアチナに勧めたのではないか?


 モフマルドがサシーニャの両親を憎んでいることは判っている。その憎しみをサシーニャに肩代わりさせるつもりがあるのも察している。だが、モフマルドが両親を殺傷した証拠は見付けられない。


 レシニアナに(のろ)いの掛かった薬を飲ませたというのはサシーニャの憶測だ。シャルレニの暗殺もモフマルドが何かしら仕組んだのだとサシーニャは考えているが、それとてなんの証拠もない。


 多分フェニカリデの民の誰かに暗示魔法を使い、条件が揃った時に決行し、その時以外は意識に現れないようにした。当然、その誰かが犯人と判るような証拠は残らないよう決行内容も細かく指示しているだろう。証拠がない上、実行者自身、自分が罪を犯したと知らない。いくら探しても犯人は見つからないはずだ。


 証拠はない。が、サシーニャのモフマルドに向ける疑惑が消えることはない。そして今日の反応から、ますますモフマルドで間違いないと感じていた。


 つけていた香水は近頃フェニカリデの庶民の間で流行している物だった。恋人同士が思いを強めるために使うと、持ってきたワダが言っていた。

『大して匂わないが、ほんのり甘い香りがする。ま、気のせいかもしれないが、この匂いを嗅いでいると恋しい相手がますます愛しく思えるんだとさ』

ワダはそう言って笑ったが、サシーニャは成分を分析し、さらに効果のほどを確認している。どこの薬剤師が調合したものか、確かにワダが言っていた効果がある。気のせいなんかじゃない。


 媚薬に酔わされたモフマルドは、明らかにサシーニャにレシニアナを見ていた。さり気なく微笑んで見せるサシーニャに狼狽(うろた)え、うっすら頬を染めていた。未だ我が母に執着しているという事か……うんざりする心持(こころもち)がサシーニャにモフマルドで間違いないと教える。両親の仇はモフマルドだ。


 ふぅ、と溜息をつき、湯船の中で寝返るように今度は縁に重ねて置いた腕に頭を(もた)せ掛ける。湯に温められた背中が(あらわ)になれば、肩の少し下あたりに薄紅に染まった(ほう)(おう)が現れている。


(それにしても、あれは何だったのだろう?)

ジョジシアスの玄関の()、地震の揺れに驚いたのは間違いない。一瞬、いつかのように魔力を暴走させたのかと思った。すぐに地震と気付いたが、同時に目の前に現れた景色がサシーニャを愕然とさせた。


 あの時、あの場はちゃんと見えていた。それに重なるリオネンデの微笑み、そしてリオネンデが視線を動かすと、そこに生前のリオネンデ、つまりリューデントではない本物のリオネンデが、やはり微笑んでいた。双子の王子が二人揃ってサシーニャを見て微笑んでいる。


 そして耳に響く女の悲鳴、あの声はスイテアか? その声が鳥の鳴き声に変わると双子の王子は消え、代わりに三羽の鳳凰、白・青・赤の鳳凰が大きく翼を広げて(たわむ)れていた。そして大地が揺れ、赤い火花が弾け飛んだ――


(白昼夢というものか? 媚薬のせいとは思えない。あの薬はそんなに強い物じゃなかった――それに魔力は全く感じなかった。モフマルドの仕業でもない。たまに起きる〝予感〟とも違うものだ)

見えた時間はほんの一瞬だった。緊張や疲れが見せた幻だろうか?


(チュジャン――聞こえるか?)

ふと思いついてチュジャンエラとの交信を試みる。チャキナム山脈を越えてから、伝心は(ことごと)く弾かれている。それでもチュジャンエラの気配はしっかり捉えられる。どうやら魔術師の塔の蔵書庫にいるようだ。だとしたらリオネンデもフェニカリデも無事だ。


 安堵すると次にはフェニカリデで待つ(ひと)が脳裏に浮ぶ。面影を振り切るように立ち上がれば、作り付けの鏡に背中が映る。それにチラリと目をやって、サシーニャは浴室から出て行った。

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