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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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名もなき山の ふもと

 一大事業と聞いてジョジシアスが考え込んだ。

(うつわ)以外? さっき言っていた新たに開発中の名産品とかかな?」

「それに加え、我が国の広い平野を利用して産出した農産物……今はまだ荒地で、農作には向かない土地に水を引くことを考えております。それが実現すれば国内では消費しきれないほどの収穫が見込めるものと――」

サシーニャを(さえぎ)ったのはやはりモフマルド、

「そんな夢をリオネンデ王は見ておられるか?」

と嘲笑する。


「その平野、モリグレン荒野を言っているのだろう? あの荒れ地は人が住むのもままならず、歴代の王も放置している。農作ができるようになるとは思えない」

「確かに今はモフマルドさまの(おっしゃ)る通りの土地。ですが、あの広い土地を利用しないのはなんとも惜しいとリオネンデは申しております」

「惜しい気持ちは判らないでもないが無理なものは無理だ」


「まぁ、そう決めつけるな」

ジョジシアスが愉快そうな笑いを見せて言えば、モフマルドが鼻白(はなじら)んで黙る。

「いいじゃないか、やってみるといい。やってみて初めてできない事にも納得いくだろうし、もし実現できれば(もう)けものだ――リオネンデの健闘を俺は応援するぞ、サシーニャ」

「ありがたきお言葉……リオネンデにしっかりと伝えさせていただきます」


 うん、と頷くジョジシアス、しかし、と煮え切らないモフマルド……この時サシーニャは、ジョジシアスはおおかた落とせたと感じている。モフマルドは今回の申し出に迷っているが、バイガスラに益があれば飲んでもいいと考えていると見た。あとは具体的な話を進め、バイガスラにも損はないと示せばいい――ここは攻め時だ。


 だがどう攻める? 〝数字〟は判り易いがそのぶん話が下卑(げび)てくる。モフマルドはともかく、対面して語らえばジョジシアスはやはり王族、品の良さ、育ちの良さを強く感じる。まずはジョジシアスを完全にその気にさせるため、数字の話は後回しだ。


「想像してください、ジョジシアスさま――どこの国でも食卓に自国の器や食物が供されている。それを旨いと食べる笑顔がある……リオネンデはそのすべてをグランデジア産の物で、などとは思っていません。グランデジアが成功すれば他国もすぐに追随するでしょう」

「自国だけでなく?」

「はい。グランデジアの器に盛られる料理はバイガスラ名産の牛肉をグランデジアの橄欖(オリーブ)油で焼いた物、付け合わせにはコッギエサ産の禿頭芋(ポテト)鈴菜(カブ)、それにバチルデアの麦で(こしら)えた蒸餅(パン)も添えましょう。飲み物はフェニカリデ産のブドウ酒でいかがですか? 食後にはプリラエダの鳳梨(アナナス)を――自国の特産品を売り(さば)き、他国の名産品を購入する、そんな関係が築ければ、リオネンデが目指す(いくさ)のない世も実現する。そうお思いになりませんか?」

「ふむ……それが実現されれば全ての国が富み、戦などなくなるな」


 今度こそ合点が行ったという顔つきのジョジシアス、何か反論したいモフマルドだが、言うべき言葉が見つけられない。ここでサシーニャ、ジョジシアスの自尊心を(くすぐ)った。

「グランデジアがその先駆けになるというのがリオネンデの考え、でもそれには貴国の協力がどうしても必要。グランデジアだけではダメなのです――ジョジシアス王、リオネンデとともにこの改革を推し進めてはいただけませんか?」


 サシーニャにジョジシアスが力強く頷いた。だが、さすがに飛びついたりはしない。

「うん、いい考えだ。この試み、是非とも実現して欲しい――協力しよう。が、我が国に不利益になることは出来兼ねる」

それを聞いてモフマルドがほっとする。リオネンデと一緒になって夢を見て貰っては困る。


 いっぽうサシーニャはジョジシアスの言葉に、心の中でニヤリとしている。『協力する』と言わせたらこちらの勝ちだ。あとはバイガスラに有利な条件を、つまり数字を並べればいい。

「グレリアウス、お二人に計画書をお見せしろ」


 手渡された書面を眺めるように読み始めたジョジシアスが『ん?』と顔色を変えて熟視する。モフマルドもいったん視線を上げ、サシーニャをじろりと見てからやはり熟読し始める。


 読み終わると顔を見合わせた二人に、

「決して貴国に不利な条件ではないはずです」

と、したり顔のサシーニャ、

「いや、これでは我が方に旨味があり過ぎる」

困惑するのはジョジシアス、

「グランデジアは、商売に利益は不要と考える主義なのですかな?」

モフマルドは厭味を口にする。


「今回は製造元への支払いが(まかな)えればよしと考えています――価格はフェニカリデ市中に出回っている物と同価格、運送費はグランデジア持ち、保管料と仲介料として売り上げの六分の一をバイガスラ国の取り分とします……だがこれは初回取引のみ、一年先までの計画書ですが、以降は商品価格を上げることも考えています。その場合、値上げ分はグランデジアの取り分となります」

「しかし……この条件、ジッチモンデ国は飲むかな?」

「ジッチモンデ国が心配するのは貴国バイガスラの動きだけ、商品さえ気に入って貰えればジロチーノモ王は取引に応じるものと考えております」


「確かに、今回の商品、この(うつわ)はジロチーノモが欲しがりそうだ」

クスリと笑んだのはジョジシアスだ。

「なるほど、(おっしゃ)る通り我が国に損はない。商品を受け取って引き渡しまで保管し、国境まで運べばよいだけ。それでこれほどの身入りなら国庫が満杯になるのにそう何年もかからなさそうだ――せいぜい頑張ってジロチーノモに売り込むのだな」


「グランデジアへのご協力、お受けいただけると考えてよいのですね? 仲介をお引き受けいただけますね?」

「まぁ、そうだな。一考の価値はあるな。な、モフマルド?」

「ふむ……しかし我が国が仲介するとなると、グランデジアは勿論、ジッチモンデとも証書を取り交わすのでしょうな? 口約束では信用できませんぞ?」

「もちろんです!」


 了解を得たと受け取ったサシーニャがグレリアウスと顔を見交わし微笑みあう。その様子にジョジシアスもニコリとする。当然サシーニャの芝居だ。察しているモフマルドだが根拠もないのにそうは言えない。顔を(しか)めるだけだ。


「こののちは文官の行き来、もしくは書簡にて話を進めたいのですがよろしいでしょうか? 勿論ジッチモンデ国の取引の意思を確認してからになりますが……それと、これは()()()()でいいのですがジッチモンデ国ジロチーノモ王あてに、グランデジアの要請に応じ、仲介を引き受けたと、一筆お(しる)しいただけないですか?」

「それくらいすぐにでも書いてやる」

「ジョジシアス!」

二つ返事のジョジシアスをモフマルドが怒鳴りつける。


「いいじゃないか、それぐらい。ジロチーノモだってサシーニャの話を(にわ)かには信じられないに決まってる。俺の一筆があれば話が早い――そのための書付なのだろう、サシーニャ?」

(おお)せの通りでございます」

嬉しそうに答えるサシーニャにジョジシアスが満足して頷けば、モフマルドもそれ以上は止めようがない。こうなったら取引の約定(やくじょう)書作成で妨害、もしくはサシーニャが不利になるよう持って行くしかなくなった。


 すっかり気を良くしたジョジシアスがあれやこれや(しゃべ)りまくる。サシーニャとグレリアウスが巧みにジョジシアスから話を引き出し、話題に困ることもなかった。浮かれ気味のジョジシアスの隣でモフマルドは不貞腐(ふてくさ)れたまま、話を振られれば答えもするが自分からは何も言い出さない。


 夕刻が迫り、(いとま)を告げるサシーニャに、ジョジシアスが名残を惜しむ。

「明日の朝、出立のご挨拶に参ります」

微笑むサシーニャに

「その足でジッチモンデに向かうのか?」

とジョジシアスが問う。


「はい、明日中にはジッチモンデ王都シルグワイザに到着する予定です。王宮からの迎えが国境で待っていてくれる約束になっています」

「ならば遅参はまずい。心証が悪くなる――例の書簡は夜の内に(したた)めておくから安心しろ」

例の書簡とはジロチーノモあての仲介を引き受ける(むね)を書いたものだ。


 玄関の()までお送りしようと、ジョジシアスたちも一緒に館内を移動する。馬車を用意したので宿まで送らせるというジョジシアスの好意を何の迷いもなく受け入れるサシーニャに、モフマルドが苛立ちを募らせる。何かサシーニャを(はずかし)める手段はないものか?


「そう言えばサシーニャさま」

モフマルドが口を開いたのは玄関の()に入った時だった。

「宿では一人ずつ別の部屋を取ったのですか?」

唐突な質問にサシーニャとグレリアウスが困惑する。


「えぇ、サシーニャさまとわたしはそれぞれに部屋を、一級魔術師二人は相部屋でございます」

答えたのはグレリアウスだ。


「それがどうかしましたか?」

「以前、リオネンデ王とサシーニャさまが同部屋だったことで、あらぬ噂が立ったと聞いたものですから」

「バイガスラにまで届いている? 噂とは恐ろしいものですね」

クスリと笑うサシーニャに、モフマルドがこそっと言った。

御入用(おいりよう)なら、無聊(ぶりょう)を慰める女性(にょしょう)のご用意もできますよ?」


「えっ?」

一瞬、言われた意味に迷ったサシーニャ、だがすぐに気が付き笑顔を消した。顔に笑顔が戻るのはモフマルドだ。


「もちろん王族の相手をするに相応(ふさわ)しい者を行かせましょう」

グレリアウスも怖い顔に変わり、何か言おうとするのをサシーニャが押し(とど)める。ジョジシアスが慌ててモフマルドを(たしな)めるが、それを無視したモフマルドだ。

「それともサシーニャさまのお好みは女より――ん!?」

「あっ!?」


 モフマルドが最後まで言わずに言葉を止めて身構える。身構えたのはモフマルドだけではない。サシーニャ、グレリアウス、ジョジシアス、玄関の間に控えていた二人の一級魔術師、迎えに来ていた案内係、それに馬車の御者(ぎょしゃ)か? みな一様に緊張し、あたりの様子を(うかが)っている。


 地響きがした。地がゆらゆらと揺れ始め、それが徐々(じょじょ)に、いいや、急激に強まっていく。

「今日のは少し大きいな。最近地震が多い――名もなき山が噴火しなければいいのだが」

ジョジシアスが苦笑した。


 揺れはすぐに収まり、グレリアウスがふぅと息を吐く。

「フェニカリデでは地震は滅多にありませんし、これほど揺れることもないので少し驚きました」

と照れ笑いしたが、サシーニャを見てその笑いを引っ込めた。

「サシーニャさま?」

「いや、なんでもない……」

真っ青な顔でサシーニャが答えた。


 そんなサシーニャを見て、

(サシーニャは地震が苦手と見える――いつか使えるかもしれない)

北叟笑(ほくそえ)むモフマルドだった。

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