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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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死神の素性

 距離を取ってスイテアとジャッシフが対峙(たいじ)する。


 スイテアは両足を揃え、(しゃ)に構えると顔をジャッシフに向けた。ジャッシフはゆったりとそれを眺めている。


 タタン! ステップを踏み、スイテアがジャッシフに近寄る。ジャッシフは動かない。斜めに構えたまま、スイテアは右に左に移動する。


 タン! タタン! タン! タタン! リズムを踏んでジャッシフに近寄っていく。


 手を伸ばせば剣が届くという距離に近づいた時、スイテアがジャッシフの左を狙って枝を持つ手を伸ばした。涼しい顔でジャッシフが右に避ける。するとそのジャッシフを右からスイテアの足が狙った。


 もちろんジャッシフが蹴られることはない。一歩後ろに回避する。すると、蹴り上げたスイテアの足に絡んだ衣裳がジャッシフの視界を遮る。そしてその衣裳の隙間から、サッと枝が飛び出した。体勢を崩しかけたジャッシフ、手にした枝で、スイテアの枝を払う。


 見物(けんぶつ)していたサシーニャがリオネンデにひっそり(ささや)く。

「これは……案外行けそうですね」

「れっきとした死神に育ちそうか?」

リオネンデは難しい顔をしてスイテアを見詰めていた。


 ジャッシフは面白がって、スイテアの突き出す枝をことごとく弾いていたが、やがてスイテアの枝が折れる。終わりにしましょうとジャッシフが言えば、スイテアが後宮の入り口で、『何か飲み物を』と(めい)じた。ニヤッと笑ってリオネンデは見ていた。


 敷物に腰を下ろしながらジャッシフが言う。

「なかなかスジ(・・)がよろしいかと……王がお考えの死神に仕立てるのに、それほど時間はかからないかもしれません」

「うん、今までにない剣の使い方、対戦相手は戸惑うだろう。その混乱が覚める前に相手を(つぶ)せればスイテアの勝ち。こんなところだな」

「ただ、筋力と持久力はもっとつけていただかないと……」


 戻ってきたスイテアがリオネンデの隣に座る。

「戦地に連れて行く際は男の衣装を着せるかと思っていたが、女物でもよいかもしれんな」

「それには王、少し工夫が必要でしょう」

そう言ったのはサシーニャだ。


「まあスイテアを戦地に連れて行くのはまだまだ先だ。なにも今決めなくたっていい」

そこにレナリムが現れる。飲料の壺と杯を四つ、盆に乗せて運んできた。ジャッシフが見惚れている。


 レナリムはすぐに下がり、スイテアが杯にアセロラの果汁を水で割ったものを注ぎ分けた。

「さて、そろそろだな」


 杯を手に、リオネンデがサシーニャに目配せする。廊下が先ほどから、何やら騒がしい。目通りを願うなら、明日、太陽が中天を過ぎてから――サシーニャの言葉に従った者どもが、王に会いに押し寄せ始めているのだろう。


 支度(したく)するか、とリオネンデが立ち上がり、ジャッシフが後宮に向かって『お支度を始めるぞ』と声をかけ、サシーニャは敷物を元の大テーブルに戻す。


 レナリムが布を張った箱を捧げ持って現れ、襟飾(えりかざ)りや(ひたい)飾りを王に手渡し、レナリムについて出てきた女たちが、王の後ろに回ってマントの肩止めをつけたりしている。


 ジャッシフは王の座の近く、廊下への出入り口側に片膝をついて控え、サシーニャは壁際の椅子に座ってリオネンデの様子を眺めている。


 王の装飾品の世話が終われば、すぐさまレナリムは後宮に戻り、今度はスイテアの装飾品を持って現れ世話にかかる。


 ジャッシフと動き回って乱れたスイテアの髪を整え、(ひたい)飾り・髪飾・、(えり)飾りをつけていく。今日はそれに加え、右の手首に、薄く()ばした白金(しろがね)で作られた幅広の腕飾り(バンクル)をつけた。よく見れば、白金に彫り込まれているのは例の死神――こちらを見ている不気味な目は、ルビーでできた血の涙を滴らせている。


 身支度を終えたリオネンデがサシーニャに近寄り、何か耳打ちしている。ジャッシフは部屋の外に注意を払っているようだ。廊下はどんどん騒がしくなっていく。


 整いました……レナリムが告げ奥に下がる。リオネンデがスイテアに『自分の座に腰かけていろ』と(めい)じる。サシーニャとの打ち合わせはまだ終わらないようだ。


 リオネンデとサシーニャが(うなず)き交わし、リオネンデが王の座に向かう。腰かける前に自分とスイテアの剣の位置や向きを確認した。柄に(えが)かれた紋章を、きっちり正面に向かせたようだ。


 サシーニャが一段高く設えられた王の座に近づき、段には昇らず王の右側前に立つ。そしてジャッシフに目配せする。ジャッシフが立ち上がり、廊下へと出て行った。


 廊下にジャッシフの声が響く。

「王はお疲れだ。使いの者には会わぬ」

集まった者どもが(ざわ)めくのが聞こえる。


「用件は王に代わって、このジャッシフが聞こう。必ず王にお伝えする」

暫くざわついたが、

「不満がある者は帰るがいい」

再びジャッシフの声が響けば、騒ぎは収まった。


 そのうち、護衛兵の一人が王の執務室に何やら捧げ持って入ってきた。

「グルホムさまから、お祝いの品でございます」

サシーニャが『これへ』と大テーブルを指すと、護衛兵が捧げ持った品をそこに置いて退出した。するとレナリムが現れ、護衛兵が置いていった品を後宮へと運んでいった。それが幾度(いくたび)か繰り返される。


 と、騒がしかった廊下が、急に静まり返る。

「来たな……一番手は誰だろう?」

ニヤリと笑んでリオネンデが呟いた。


 ジャッシフが入室し、

「一の大臣マジェルダーナさまがお越しです」

と告げ、頷くリオネンデを見てから部屋の入り口で、『王がお会いになります』と声をかけてから部屋に戻り、サシーニャの対面に控える。


 (わず)かに間を置いて、男が入ってくる。初老というにはまだ間がありそうな男は眼光鋭く、威圧的な面構(つらがま)え、がっしりとした体つきは戦に行ってもまだまだ一線で活躍できそうだ。ただ、黒髪に混じる白髪が、下り坂に差し掛かっていると知らせている。


 男が王の正面に(ひざまず)くと、男の従者二人は更にその後ろに控える。それぞれに捧げ持つのは王と片割れへの祝いの品だろう。


「王と王の片割れさまにはまことにめでたく、このマジェルダーナ、さっそく祝いに駆けつけました。こちらはお祝いのお品でございます」

「大儀であった――品は後ろの台に乗せ、従者は即刻退出させよ」


 サシーニャの指示にマジェルダーナが従者に目配せし、従者は捧げ持った品を大テーブルに乗せると逃げるように部屋を出た。


「時にリオネンデさま――」

従者を見送ってマジェルダーナが口を開く。

「お祝い事に水を差す気は毛頭ございませんが、片割れさまは我ら臣下にとって王と同じ。その片割れさまがどのようなおかたか判らなければ、臣下の中には動揺する者もありましょう。せめて片割れさまのご素性を、(うかが)いたい」


 リオネンデがサシーニャに頷く。

「片割れさまの名はスイテア、ピカンテアの豪族の娘だ」


「ピカンテアの? かの地の豪族は十年ほど前に滅ぼされましたね」

「ピカンテアを滅ぼした際、後宮に連れ帰った娘の一人だ。前王の王妃さまが慈しまれておられた。それがあの火事騒ぎで所在不明となり、このたび無事に後宮に戻られた――前王は後宮の女に手を付けたことがない。リオネンデさまの後宮に(はい)るに問題はなかった」


「なるほど、マレアチナ妃が大事になされた娘……これで臣下の者共も、片割れさまへの忠誠を固くすることでしょう」


 マジェルダーナが立ち上がり、退出の意思を示す。サシーニャが頷いて(ねぎら)いの言葉を向ける。マジェルダーナが部屋から出ると、リオネンデが溜息(ためいき)()いた。


 ジャッシフが再び廊下に戻り、

「二の大臣クッシャラデンジさまがお越しです」

と告げた。


 クッシャラデンジはマジェルダーナよりも年配なのが一目で判る。完全な白髪を長く後ろに垂らし、(あご)には白い(ひげ)をやはり長く垂らしている。針金のように細い身体、顔も(ほほ)がこけて細長い。ただ、眼光だけはマジェルダーナと同じく鋭い。


 クッシャラデンジもマジェルダーナ同様、祝いの品を届けに来たといい、マジェルダーナと同じ質問をした。ただ、マジェルダーナがスイテアの素性を訊いただけで帰ったのに対しクッシャラデンジは、所在不明の四年間、どこに居て何をしていたかを追求してきた。

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