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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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仲介依頼

 サシーニャの申し出にジョジシアスとモフマルドが顔を見合わせる。樹脂を塗り込めた木製の器をジッチモンデに売り込もうと考えている。ついては是非とも手助け願いたい――リオネンデからの言伝だ。


 先に口を開いたのはジョジシアスだ。

「我が国に売り込みに来たのかと思ったが……バイガスラではなくジッチモンデに売りたいのはなぜだ?」

抑えてはいるものの、不快が隠しきれていない。サシーニャが穏やかな口調を変えることなく、それに答える。


「もちろん、貴国にお買い上げいただけるならありがたいことです。素晴らしいものだと言う事はご納得いただけたと思います――リオネンデはこの器に大層惚れこんでおりまして、グランデジアだけではなく、貴国を含めた友好国、さらには対立する国に至るまで、食事にはこの器を使って欲しいと願っております」

「まぁ、確かに素晴らしい物ではあるな。だがなぜ敵対国にまで分けてやる必要がある? それに敵対国はジッチモンデだけではない」

「リオネンデが目指すのは国民が心穏やかに暮らせる豊かな国。そのために(いくさ)のない世を実現したく考えています」


 ()みついたのはモフマルドだ。

「戦のない? 交易を盛んにすれば戦がなくなるとお考えか? 世の中、そう甘くはありませんぞ?」

「モフマルドさまの仰る通りです」

サシーニャが平然と答える。

「まして交易は人の欲と密接に絡みついています。誰もがより己を有利に持っていきたい。下手をすれば戦の火種にもなり兼ねないものです」

「おやおや……この器で平和を実現したいのではなかったのですか?」


 モフマルドの嘲笑に、

「はい。目指しております、モフマルドさま」

にこやかにサシーニャが答えた。

「食は暮らしに欠かせないものです。そして少なからず喜びを伴うもの……食物を旨いと感じれば笑顔が浮かび、食卓を囲む人々に和が生まれる。この器がその一助になれば――」

「甘すぎる!」

サシーニャの言葉を、怒りを感じさせるモフマルドの声が(さえぎ)る。


「そんな簡単なことで平和が守れるのならなんの苦労もない。器とて、これでなければならないわけではない。それに良品であればあるほどあなたが口にした通り、さらなる(いさか)いの種にもなる」

「なにもこの器のみで、諸国と手が携えられるとは考えておりません」

表情を変えることなく穏やかにサシーニャが答える。


「グランデジアではこの先、新たな名産品を数多く生み出すべく、日々研鑽(けんさん)しております。今回はお持ちできませんでしたが、その中には食品もございます。この器は切っ掛けに過ぎません」

「ふぅん。販路を開いて後々はそれらをも売り込む考えなのだな?――リオネンデは随分と積極的な王になったな。ゴルドント、ニュダンガと立て続けに領地を拡大したと思ったら、今度は交易か?」


 サシーニャの言い分に皮肉で答えたのはジョジシアス、和平を考えていると言うなら、なぜその二国に攻め込んだのだ、と言っている。これにもサシーニャが微笑んで答える。


「戦を起こしておきながら、と(おっしゃ)りたいのでしょう? 言い訳に聞こえるかもしれませんがゴルドントは再三に渡る講和交渉に応じず、ニュダンガはゴルドント終戦ののち、グランデジアの仕業に見せかけて庶民を虐殺しました。とても許せるものではありません。両国がある限り、この大地に平和を築くのは難しいと判断したのです」


「そう言えば、シシリーズは虐殺を認めたと聞いている。しかも妻子や家臣を身代わりにすることで己の助命を願ったとか……」

納得しそうなジョジシアス、

「侵攻は正当だとしても、その二国を排除したところで、またぞろ同じことをする国が出てこないとも限りませんぞ?」

負けるものかとモフマルドは言い募る。


「今、グランデジアに敵対しているのはプリラエダのみです、モフマルドさま」

「ん……」

己に向けられたサシーニャの、レシニアナにそっくりな微笑みにモフマルドがつい(ひる)む。それをどう受け止めたのか、その笑顔をモフマルドに向けたままサシーニャが続ける


「なに、プリラエダは小国。まして同盟国のニュダンガをグランデジアに滅ぼされました。自国の存続に必死でしょう。そこにこちらから手を差し伸べれば、講和条約を結ぶのもそう難しくないと考えます」

「うぬ……」

「プリラエダとも手を結ぶのか?」

サシーニャに見詰められ言葉を失ったモフマルド、代わりにジョジシアスがサシーニャに尋ねた。


 サシーニャが視線をモフマルドからジョジシアスに移す。

「いずれは、と考えております。実は先方と調整中で未定なのですが、この外遊の最後にはプリラエダ王宮に足を延ばそうと思っています」

「それは講和条約のために?」

「いえ、個人的な要件になります――ジョジシアスさまは妻帯なさっていない聞いております。お寂しくありませんか?」

「んん? なんだ、突然?」

「わたしはこのところ、独り身の寂しさをひしひしと感じておりまして……ここにいるグレリアウスは二人の子の父、それを羨ましいと思うようになりました」


「うん? それがプリラエダとどう関係す……いや、まさかプリラエダから妻を迎えるつもりか?」

「プリラエダからと決めたわけではないのです。わたしと一緒になってもいいと言ってくれるかたがいたらお迎えしたいとは思っていますが――もし成婚に至ればプリラエダもグランデジアと安心して講和条約を結べるのではないか、そんな思いもございます」


「一緒になってもいい? サシーニャさまなら引く手あまたでいくらでもお相手候補がいるのでは?」

「とんでもない――理由はモフマルドさまからお聞きください。自分で言うには少なからず抵抗が……モフマルドさまならそのあたりの事情、よくご存知かと」

「そうなのか、モフマルド?」

「え? いや、まぁ、判らなくもないですが……」


 内心〝やられた〟と思ったものの、この場でサシーニャに明確な敵意を示すわけにもいかないモフマルドがお茶を濁す。見た目への偏見に釘を刺されたと感じている。悔しいが、話題を変えたほうが無難だ。


「ジョジシアスにはあとで説明しておきます――で、サシーニャさま、貴国の、諸国と手を携えて平和な世の中を目指したいという考えは判りました。それが実現するかどうかは別として、なぜジッチモンデなのです?」

「貴国バイガスラとは長らく友好関係にあり、我が国王リオネンデはバチルデア王家から正妃を迎える。コッギエサとは講和条約が成立し、いずれプリラエダとも和平が成立する――残るのはジッチモンデのみ」

「うむ……」


 サシーニャの言わんとするところを察したモフマルドが唸る。

「ジッチモンデと仲良くなれば敵対する国はなくなる。が、ジッチモンデは我がバイガスラと小競り合いが絶えない。リオネンデ王は裏切りに目を(つむ)れと(おっしゃ)るか?」

モフマルドがメラメラと怒りを(たぎ)らせる横でジョジシアスが

「そう言う事なのか、サシーニャ?」

ジョジシアスが不安そうにサシーニャを見る。


「滅相もございません。リオネンデ王が貴国やジョジシアス王を裏切るなど、考えられないことです」

安堵するジョジシアス、

「ならばなぜジッチモンデとの交易を願う? 辻褄(つじつま)が合わないではないか?」

詰問口調はモフマルドだ。サシーニャが平然と答える。

「ジッチモンデ国に、取引条件としてバイガスラ国に手出ししないと約束させる、それがリオネンデの考えでございます」

「はっ!? そんな事をジロチーノモが――」

「まぁ、待て、モフマルド」

憤慨するモフマルドをジョジシアスが止める。


「その約束、どう取り付けるか、考え有っての事だろう?」

「はい。ここで貴国にお願いしたい儀が出てまいります」

サシーニャとグレリアウスが居住まいを正す。

「ジッチモンデ国との仲介を、なにとぞお引き受けいただきたい」

「はぁ?」


 思いもよらない申し出に顔を見交わすジョジシアスとモフマルド、呆気に取られてサシーニャを見ると、どうやら冗談ではないらしい。

「いや……仲介しろと言われても、繰り返しになるがジッチモンデ国は我が国に敵対している。それは貴国もご存じのはず」


「なにを突拍子もない事をとお思いでしょう。ですがよくお考え下さい。敵対の原因はジッチモンデ国が港を欲し、貴国の領地ラメアリスへの侵攻を幾たびも試みるからではありませんか? バイガスラ国の仲介を承知すればジッチモンデ国もラメアリスを諦めるはずです」

「確かにジッチモンデは港が欲しいだけでバイガスラそのものを滅しようとは思っていないだろうが」


「この器、船便にてラメアリスに運び込もうと思っています。この点もご了承いただきたいところですが、まずはジッチモンデ――ジッチモンデとの取引条件に、貴国の仲介を呈するつもりでおります。グランデジアはバイガスラ国に商品を預けます。ジッチモンデ国が代金を納めたのち、貴国に商品の引き渡しをお願いします。もちろん充分な仲介料をご用意する所存です」


「船便? そう言えばゴルドントの造船技術を手に入れたのだったな……」

「はい、その船を活用します――実はこの器、傷が付き(やす)いという短所がございます」

「傷?」

「ご覧いただくのが早いかと……」


 サシーニャが置かれた器を二つ手に取るとカンカンと(たた)き合わせ、

「このように、簡単に塗りが()がれてしまいます」

と、驚くジョジシアスとモフマルドに、手にした器を見せる。


「うん、確かに……確かに木材で出来ていると判るな。が、その器は俺への土産ではなかったか?」

樹脂が剥がれた部分は下地の木材が丸見えになっていた。それをサシーニャが指先で一撫(ひとな)でして、元の樹脂塗りを(よみがえ)らせる。

「魔法使いがいれば修復も簡単ですが、どこにでも魔法使いがいるわけではありません……いくら修復しようと、この器は既に傷物、宿舎には予備がございます。そちらをのちほどお届けしますので、どうぞご容赦を」

軽く頭を下げるサシーニャ、魔法の不思議に感嘆するジョジシアス、モフマルドはフンと鼻で笑う。


「船であれば一度に大量に運べ、馬車ほどガタガタと揺れることもなく、このような傷がつく可能性も激減します。それを見込んでの船便の利用です」

サシーニャの言葉に納得するジョジシアスに対し、

「それほど傷つき易くては使用にも支障があるのでは?」

と、疑問を口にするモフマルドだ。


「通常の使用で傷がつくほど(もろ)くはありません。わざわざ叩き合わせたりしないでしょう? 落とせば傷もつきますが、従来の焼き物の器とて落とせば割れます。そのあたりは同じです――それに、リオネンデの考えには先があります。ジッチモンデ国との貴国を仲介しての取引を器以外に拡充し、一大事業を展開したいのです」

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