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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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雨季が終われば

 大荒れの天候は翌未明まで続いたが、陽が昇るにつれ少しずつ小降りになっていった。昼頃にはシトシト雨に変わり、時おり日差しを感じもした。けれどそんなシトシト雨は止むこともなく、それから四日に渡って降り続く。そしてメルデカの予見通り五日後は快晴、フェニカリデの雨期が終わった。


「明日には行ってしまうのね」

魔術師の塔・筆頭魔術師の執務室で、恨み言を言うのはバチルデア王女ルリシアレヤだ。

「おや、わたしがいないと姫ぎみは寂しいのかな?」

揶揄(からか)うような物言いはこの部屋の(ぬし)、筆頭魔術師サシーニャ、執務机の前でルリシアレヤと向き合って椅子に座り、その両手を両手で握っている。


「フン! 後見が不在だと思うと少し心細いだけよ」

「ちゃんとチュジャンに頼んであります、ご安心を」

「チュジャンじゃ頼りないわ」

「おや、チュジャンを見縊(みくび)ってはいけません。グランデジアが誇る魔術師の次席なのですよ?」

「チュジャンを頼りなく感じるのは魔術師とかってんじゃなくて、男としてよ」

「本人の前でよくそんなことが言えますね?」

辛辣(しんらつ)なルリシアレヤにサシーニャが苦笑する。テーブルで調べ物をしていたチュジャンエラがクスリと笑った。


 チュジャンエラをチラリと見て、少し気まずそうな顔でルリシアレヤが言い訳する。

「だいたい、グランデジアが誇るって言われても……魔術師って、フェニカリデに来て初めて会ったのよ。どれくらい凄いのか、凄くないのかなんて判らないわ」

「あぁ、バチルデアには魔術師はいないのでしたね――ところで、昨夜は何をどれほど召し上がりましたか?」


 握っていたルリシアレヤの手を放してサシーニャが問う。

「わたしが向こうを出る数日前に、バチルデア国でも初めて魔術師を仕官させたんですって。お兄さまに仕官を願い出てきた人がいたの。わたしはフェニカリデに来る準備で忙しくってまだ顔も見てないけど、魔術師がどんなものなのか聞いておけばよかったわね――昨夜は(フザン)の丸焼き。胴の中に砕いた肉や色んな野菜、茹でた卵やらが詰めてあって、とっても美味しかったわ。で、頑張って全部食べたら調理係が喜んでた。作り甲斐がありますって」

「エリザには?」

「ちゃんと分けたわよ。でも、エリザはそれほど食べないから、ほとんどわたしが食べたの」


「ふぅん……で、今朝は何をどれくらい?」

「朝は何を食べたっけ?……そうそう、鹿肉を薄く切って焼いたのをたくさん食べたわ。掛けてあるソースが甘辛くってとっても美味しかった。他に野菜スープとか果物とか蒸餅(パン)もあったわよ」

「で、やっぱり全部食べた、と。なるほどね……」

溜息をついて立ち上がったサシーニャが、執務机の横の薬品棚から一瓶(ひとびん)出すと再び腰かける。


 机の奥の方にあった天秤を手前において瓶の中身を計り始めたサシーニャに、不安げなルリシアレヤが問う。

「ねぇ、サシーニャ。わたし、どこが悪いの?」

「うん? お(なか)が痛いのでしょう? 薬を二包ほど出しますからすぐに一包飲んで、夕食後にも飲んでください。食事の量は少し控えて」


「サシーニャが帰ってくるまでに治るかしら?」

「治るも何も、ルリシアレヤはどこも悪くありませんよ。ただの食べ過ぎ、お腹が痛いのは、腸を働かせ過ぎているからです――これは消化を助ける薬です。少しは考えて、食べる量を調整なさい。子どもじゃないんだから」

「そんな言い方、酷いわ!」


 真っ赤になったルリシアレヤに、薬包紙に包んだ薬を渡すサシーニャが不機嫌を隠さず続ける。

「まったく、国王の主治医のわたしに食べ過ぎで相談だなんて。王女さまはやっぱり過保護なんですね」

「なにそれ!? 出されたものは好き嫌いせず食べなさいって育てられただけよ。それに残せば、どこがいけなかったんだろうって、作ってくれた人を悩ませるんじゃないかって心配なだけ!」


「ふぅん……バーストラテ、お住まいに戻ったら調理係に料理を作り過ぎないように指示を――お帰りになって大丈夫ですよ、王女さま」

「ちょっと待って!」

サシーニャの言葉にルリシアレヤが慌てる。

「お願い、調理係を叱ったりしないで」


 フン、と鼻で笑って立ち上がり、瓶を元の棚に戻してサシーニャが言う。

「誰が調理係を叱ると言いました? 耳がちゃんと聞こえているか調べたほうがいいのですかね?――調理係はあなたがいつも全部食べるから、ひょっとしたら足りないんじゃないかと心配になって作り過ぎているのでしょう。それを教えてあげるだけです。判ったらさっさと退出を」

「まっ! それってつまり、すべてわたしがいけないって言いたいのね? サシーニャの意地悪!」


 バン! と乱暴に立ち上がったルリシアレヤ、

「お世話さま! お偉い魔術師さまのお手を(わずら)わせてしまい申し訳ありませんでした!――行くわよ、バーストラテ! ここにいたら邪魔なんですって」

(とげ)のある口調でサシーニャを(にら)みつける。


 扉の前に待機していたバーストラテが、表情を少しも変えずに扉を開いたのに出ていこうとはせず、

「わたし、怒ってるんですけど!?」

とサシーニャに訴えるが、サシーニャはチラリとルリシアレヤを見ただけで引き留めようとも(なだ)めようともしない。

「もう! 意地悪なサシーニャなんか大嫌い! 二度と来ないわ!」

捨て台詞を()いてルリシアレヤが部屋を出るとバーストラテも出て行って、外から扉が閉められた。


「嫌いで結構、二度と来るな」

ボソッと口の中で(つぶや)くサシーニャに、黙って見ていたチュジャンエラがクスッと笑った。

「ちゃんと聞こえるように言えばいいのに」

「聞こえたら戻ってきて、ぐずぐず言い出しますよ? ただでさえ今日は忙しいってのに……」


「ですよねぇ――そろそろジッチモンデに同行させる魔術師を呼びますか?」

「その前に少し休憩しようかな?」

「ルリシアレヤさまのお相手でお疲れですか?」

「魔力を使って胃痛を止めましたからね――ったく、もっと厳しく『食べ過ぎるんじゃない』って言えばよかったかな?」

「あれで充分でしょ? サシーニャさまの皮肉はしっかり伝わってますよ」

チュジャンエラの言葉にサシーニャがムッとする。不要な皮肉だったと言われた気がした。そんなサシーニャをチュジャンエラがクスクス笑う。


「ルリシアレヤさまがいらしたときのサシーニャさまの慌てようったら……」

「真っ青な顔でバーストラテに支えられてくれば驚きもしますよ」

「で、診てみるとただの食べ過ぎ――安心が怒りに変わっちゃいましたね」

「バチルデア国から預かっている王女、しかもリオネンデの婚約者。悪い病だったらどうしようと思っただけです――もういいから、さっさとお茶を淹れなさい。無駄話してる暇はないんだから!」


「はぁい、ただいま――お茶菓子はスイテアさまにいただいた栗の糖衣掛け(グラッセ)でいいですね?」

スイテアの糖衣掛け(グラッセ)と聞いて、思わず笑ったサシーニャだ。とてもじゃないが食べきれないと、スイテアは栗をあちこちに配っているらしい――


 ジッチモンデに同行させるのは魔術師の塔にいる一等魔術師二人、さらにニュダンガにて上級魔術師のグレリアウスと合流する予定でいる。


 ニュダンガからバイガスラに出国するのは自分を含め四人の魔術師だけと決めていたサシーニャに、リオネンデが難色を示す。

「護衛兵を最低五人は連れて行けと、言ったはずだぞ、サシーニャ」

王館・王の執務室、塔での打ち合わせを終えてからチュジャンエラを伴い、リオネンデに会いに来たサシーニャだ。


「そうでした。うっかり失念していました――しかし、バイガスラにもジッチモンデにも、随行三名と連絡してしまいました」

苦々しげに舌打ちするリオネンデ、サシーニャは涼しい顔だ。


「おまえ、俺に逆らったことなどないと言ったよな?」

「逆らってなどいません。うっかり間違えただけです」

「忘れていたから仕方がないと?」

「はい、申し訳ございません。このところ雑事が多くて……商談に行くのに護衛兵は不要との考えもあって、間違いを引き起こしたのかもしれません。どちらにしてもサシーニャの落ち度、ジッチモンデより帰国ののちは、どんな罰も甘んじてお受けします」

「うぬ……」


 バイガスラ・ジッチモンデ両国に通達済みの事項、今さら変更するにしても中止するにしても、それ相応の理由が必要だ。サシーニャに任せきりにして、出立前日まで細かい打ち合わせを怠ったリオネンデの負けだ。

「いいだろう。どんな罰を与えるか、おまえがフェニカリデに帰ってくるまでじっくり考えておく――必ず無事に帰って来い。罰を受けて貰わなくてはならないからな。いいな、サシーニャ?」


 苦々しげに言い放つリオネンデ、北叟笑(ほくそえ)むのはサシーニャ、無事に帰国しさえすれば、どうせリオネンデは罰すると言ったことなど忘れてしまう。少なくとも忘れたふりをするはずだ。


 随行員を無理やりリオネンデに納得させ、次には行程の委細説明に入ったサシーニャだ。手渡された行程表を見てリオネンデが『ん?』と首を(かし)げた。


「十五日? 十日間ではなかったか?」

「思いついたことがあったので伸ばしました――ついでなのでバチルデアとプリラエダも訪問しようかと。ただこちらは先方に了承が取れていません。調整をチュジャンエラにさせようと思っています。両国との調整がつかなければ、また機会を設けるつもりです」

「ちょっと待て、十日でも長いと思ったが、十五日? 筆頭魔術師が十五日もフェニカリデを留守にしてどうするつもりだ?」

「おや、リオネンデ()わたしがいないと寂しいのですか?」


 クスリと笑うサシーニャにムッとしたリオネンデ、だが次にはニヤリと

()と言う事は、他にもいると言う事だな?」

と言えば、

「チュジャンが寝込みそうなほど寂しいと言っています。ただ、ヤツは口だけですけどね――チュジャンが筆頭不在のフェニカリデをしっかり守ります。そのための次席です」

とサシーニャが微笑む。

「まったく……おまえには敵わないな」

(なか)(あき)れるリオネンデだ。


「しかしなんだってバチルデアとプリラエダに? 理由によっては許可できない。だいたいなんで出立前日になって言いだした?」

「今朝、知り得た情報によるものだからです」

「知り得た情報?」

「はい……」


 バチルデアが魔術師を仕官させたとの情報を、今朝ルリシアレヤから聞いたのですとサシーニャが説明する。

「しかし、忍び込ませた間者(ネズミ)から、そんな報告は受けていません。仕官させたのはルリシアレヤがバチルデアを出国する前のことだそうです」

これを聞いてリオネンデがサシーニャをジロリと睨みつけた。

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