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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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失われた言葉

 光柱の中で(きらめ)めく粒はだんだんと集まり、ぼんやりとした人の姿へと変わっていった。不思議さに見守るだけしかできない三人を、最も驚かしたのはその姿だ。ゆったりとした衣装の女が、輝く黄金の髪を長く背中に垂らし、青い瞳で三人を見降ろしていた。そして穏やかな微笑みを浮かべると嬉しそうな表情で話し始める。

「……!?」


 茫然と見つめる三人の魔術師に、喜びを隠さずに語り続ける女、だが返答を求めるわけではなく一方的に話しているだけだ――三人はただ黙って女の声を聴いている。語り終えた女は満足そうな笑顔を見せるとフワッと光の粒に戻り、光柱とともに本の中へと吸い込まれていく。光を全て飲み込むと、パタリと本は閉じられた。


 驚きですぐには動けない三人、最初に声を発したのはチュジャンエラだ。

「あの女の人、なんて言ってたの?」

「いや……判らないよ、チュジャン。聞いたことのない言葉だ――サシーニャは判ったかい?」

ジャルスジャズナが恐ろしいものを見たかのように答え、サシーニャに話を振る。だがサシーニャは答えず、茫然と本を見詰めているだけだ。

「さすがのサシーニャにも判らないか」

ジャルスジャズナが言い終わる前にサシーニャが動く。


 本に飛びつき、再び表紙を(めく)った。が、何事も起こらない。

「なぜだ? もう一度出て来い!」

サシーニャの叫び、

「おい!?」

ジャルスジャズナがサシーニャのいつにない乱暴さに驚き、チュジャンエラが呆気(あっけ)にとられる。


 蒼白な顔で表紙を閉じては開き、動きがないと知るとまた閉じては開く。そして(ページ)を捲ってみる。だが、やはり何も起きない。

「なぜだ? もう一度聞かせろ! なんと言ったのだ?」


 必死な面持ちで繰り返すサシーニャの肩にジャルスジャズナが手を置く。

「やめろ、サシーニャ。本を乱暴に扱うな」

それでもサシーニャは、本を閉じたり開いたりをやめることなく食い入るように本を見続ける。

「サシーニャ!」


(うるさ)い!」

ジャルスジャズナの手を振り払ってサシーニャが叫ぶ。

「ジャジャにはあの女が言った言葉が判ったのか?」

自分の声がサシーニャには届いていなかったとジャルスジャズナが悟る。それほどサシーニャは動揺している。ジャルスジャズナがチュジャンエラに頷くと、チュジャンエラも頷いてテーブルの本に手を伸ばす。


「待て、チュジャン! その本をどこに持って行く?」

怒りを(あらわ)にサシーニャが、チュジャンエラに本を取られまいとする。が、ジャルスジャズナが後ろから抱き着いてサシーニャの邪魔をし、本を手にしたチュジャンエラは蔵書庫の奥の書架へと向かっていく。


「待て! チュジャン!」

「落ち着け、サシーニャ」


 チュジャンエラを止めようとするサシーニャを、抱きついたままのジャルスジャズナが制止する。

「落ち着くんだ、サシーニャ。そんなに取り乱してどうする? 部下がおまえを見たら不安になるぞ?」

「だけど、ジャジャ……」

サシーニャの目にじわじわと涙が溜まっていく。


「深呼吸してみろ。それに座れ。なにしろ落ち着くんだ」

ジャルスジャズナが穏やかにサシーニャを見詰めれば、その顔を見たサシーニャが抵抗をやめる。ジャルスジャズナが押さえつけていた腕を緩めると、サシーニャが椅子に崩れ落ちた。本を書架に返したチュジャンエラが戻ってきている。


 サシーニャの頭を抱えるようにしてジャルスジャズナが(ささや)く。

「そう、ゆっくり息をして……大丈夫、何か手掛かりはあるはずだ」

「何も……何一つ判りませんでした」

震える声でサシーニャが答える。激昂は収まったものの、次の動揺にサシーニャがとうとう涙を(こぼ)し始める。

「何を言っているのか、ほんの少しも判りませんでした。でも、あの言葉をわたしは知っている」

「えっ?」


 驚いたジャルスジャズナがサシーニャを離し、その顔を覗き込む。(かたわ)らではチュジャンエラもやはり驚いているが、黙って二人を見守っていた。


「あの音の響き、強弱、高低……幼い頃、父から教わった言葉です」

「サシーニャ?」

「父はわたしに教えようと、生活の中に取り入れてもいた。わたしだってあの頃は会話できていたはずなのに――もう、判らないんです。忘れてしまった」

「だって、それは……」

「仕方ないよ、サシーニャさま。だって五歳だったんでしょう?」


 ジャルスジャズナは口籠り、チュジャンエラはなんとか慰めようとする。サシーニャは項垂(うなだ)れて、両手で顔を(おお)ってしまう。


「とりあえず、蔵書庫を出よう。誰かに見られるのはまずい」

ジャルスジャズナが抱きかかえて立たせようとするのをサシーニャがそっと払う。

「大丈夫。自分で歩けます」

涙で潤む瞳でサシーニャが(つぶや)いた――


 ジャルスジャズナの居室に甘い香りが漂った。実芭蕉(バナナ)桂皮(シナモン)で香り付けし、椰子(ココ)(ナツ)油で焼いた匂いだ。それにハチミツをかけ、干しブドウを散らしている。

「ジャジャ、すごく美味しそうだね」

水屋で調理するジャルスジャズナを覗き込んでチュジャンエラが(よだれ)を垂らす。


「チュジャン、わたしに惚れるんじゃないよ」

「ジャジャに僕が? いくつ違うと思ってるんだよっ?」

(とし)なんか関係ないさ。男も女も旨いモンを食わせてくれる相手には好感を持ち易いんだ――年上の女もいいもんだよ? 十歳下の男と付き合ったことがあるけど、向こうのほうがわたしに夢中だったんだ」

「それってジャジャがいくつの時さ? 間違っても二十歳(はたち)の時だなんて言わないでよ?」


 ケラケラ笑いながらチュジャンエラが盆に実芭蕉(バナナ)の皿と茶を乗せていく。自分で運ぶと言うジャルスジャズナに、

「重いから僕に任せて」

と取り合わないチュジャンエラだ。


「あんたとサシーニャは正反対のように見えて、実はよく似ているよね」

「正反対とは思わないけど、似てるとも思えないよ? どのあたりが似てるの?」

「気を使うところだよ。サシーニャは相手に判らないように気を使うけど、チュジャンは判り易く気を遣う」

「それ、僕のこと小聡明(あざと)いって言ってる?」

「さぁねえ?」

ジャルスジャズナがクスクス笑う。


 二人が居室に戻ると、長椅子でぼうっとしていたサシーニャが慌てて居住まいを正し、何か言おうとするが、

「まずは食べてからにしようよ」

とジャルスジャズナが微笑めば、

「そう言えば、美味しそうな匂いがする」

目が覚めたように言った。


 嵐はさらに激しさを増し、すべてを蹴散らかす勢いで吹き荒れる風と、打ち寄せる荒波のような雨が窓を揺らす。雷鳴は間隔を縮め、ひっきりなしに空が明るく光った。


「魔法を使ったのはジャジャ?」

本来ならもっと騒がしく外の音が届くのに、部屋の中にはそれほど響いていないのを(いぶ)ったサシーニャが問う。

「いいや、チュジャンだよ、サシーニャ――大したもんだよね、嵐から受ける影響だけを()いで、こちらから外の気配を見渡す妨げになってない。サシーニャが教えたのかい?」

チュジャンエラがカップと実芭蕉(ばなな)の皿をそれぞれに配するのを眺めているだけで、サシーニャは答えない。

「サシーニャさまに教わったんですよ、ジャジャ。少し調整しましたけどね――サシーニャさま、お茶にハチミツか砂糖を入れますか? 柑橘のジャムもあります」


 気遣うチュジャンエラを見上げてからサシーニャが目を伏せる。

「父は庭に巣箱を置いてミツバチを飼っていました。魔術師にハチ除けの魔法をかけて貰ってミツを絞るのですが……陽光に輝くハチミツを見て、幼かったわたしは『僕たちの髪に似てるね』と(はしゃ)いだものです」

「あぁ、〝シャルレニさまのハチミツ〟だね。兄貴が貰ってきたことがある。手伝いに行った魔術師に一瓶ずつ配ってくれたんだって」


 戸惑いを見せるチュジャンエラと違い、ジャルスジャズナは()()()()()答える。金色の髪の話が、本の女に繋がらないはずはない。サシーニャをあれほど動揺させたのだ。迂闊なことは言えないと思ったチュジャンエラだ。


 小さな溜息をつき、熱いお茶を一口(すす)ってから

「わたしと父以外で、初めて見ました」

サシーニャが呟く。髪や瞳の色を言っている。これにはジャルスジャズナもどう答えていいか迷う。『わたしもだよ』とは言えない。『他にもきっといるよ』とも言えない。


 サシーニャに、チュジャンエラだけでなくジャルスジャズナまで無言になったことを気にする様子はない。その二人がこっそり目配せしあっていることに、気づいているのかいないのか? 表情を変えることなくゆっくり茶を口に運ぶ。


 ややあって、実芭蕉(バナナ)を口に入れ、

「うん。美味しく仕上がってますね」

ジャルスジャズナに微笑んだサシーニャに二人がほっとする。


「だろう? わたしの料理は捨てたもんじゃないんだ」

「で、ジャジャ。その料理の腕で、何人男を騙したのさ?」

途端に軽口を叩く二人、だがサシーニャは話に乗ってきそうもない。冗談の応酬も尻(すぼ)みになっていく。


 またも押し黙ってしまった二人に、サシーニャが静かに言った。

「あの本……女が現れたあの本には、複数の魔術師によって魔法が掛けられていました。少なくとも二人の魔術師によるものです。一人は本から姿を現した女、そして女を本に閉じ込めた魔術師、他にも手助けした者がいるのか、そのあたりはなんとも言えません――閉じ込めたのは始祖の王で間違いないでしょう。『王家の一員になってから読め』と言った本の魔法と同じ波長を強く感じました」


「それって、あの女も魔法使いだってこと?」

チュジャンエラの問いに、サシーニャが静かに(うなず)く。

「始祖の王は二つの事を言ってきました。女に()われて本に閉じ込めたこと、女は己の言葉を解する者を待っていること――わたしは期待に応えられなかった」

「サシーニャ……」


 慰めるべきか励ますべきか迷うジャルスジャズナとは違い、チュジャンエラは現実的なことを尋ねた。

「サシーニャさま、始祖の王はサシーニャさまに、いつそう言ったんですか?」

「うん? 最初に表紙を開いて(ページ)()ろうとして弾かれた時、頭の中に声が響いたのです。黙って〝イニャ〟の話を聞けとも言っていました」

「女の名?」

「名か、あるいは渾名(あだな)かと……意味は白」

「え? 言葉は判らないんじゃ?」

「サシーニャは、自分の名の意味は知ってるんだよね?」


 チュジャンエラの疑問にジャルスジャズナが答え、サシーニャが頷く。

「わたしの名の意味は白い(つぼみ)……〝サシ〟が蕾で〝イニャ〟が白です。続けてサシーニャ……ちなみにレナリムは春の息吹、シャルレニは光の源と言う意味になります。三人の名の意味だけは覚えています。生涯忘れたりしません」

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