剣の舞
いつの間にかリオネンデがいない。すっかり明るくなっていて、小鳥のさえずりが煩いほど聞こえてくる。
食事を済ませ、衣装を整え、王の執務室にスイテアが行くと、リオネンデ・サシーニャ・ジャッシフが食事を終えたところだった。今日のスイテアの衣装は黒い生地に金糸が僅かに織り込まれ、ところどころに光る直線が現れている。髪は結い上げられているが、髪飾りは使われていない。
すぐさまリオネンデが手招きするが横を抜けて、剣を台座に立てに行く。面白くなさそうな顔をしたリオネンデだが、スイテアが戻って隣に腰を降ろせば機嫌も直る。
「スイテアさまを捕らえれば、王を意のままに操れそうですね」
サシーニャの言葉にジャッシフも一緒になって笑う。
「そうならないよう、ジャッシフ、しっかりスイテアに剣を仕込め。万が一そんなことになった時は、ジャッシフに責めを負って貰うからな」
そんな殺生な……ジャッシフが情けない顔をする。
「仕込めと言われても、どうしたらよいものやら。剣の持ち方すら知らないのでしょう?」
と、ボヤく。
するとリオネンデ、クスリと笑う。
「サシーニャ、なんとかしろ」
「またわたしですか?」
もちろんサシーニャ、苦笑する。
「スイテアさまは確か、素晴らしい踊り手だとか……」
サシーニャが呟けば、
「あぁ、リオネンデに近づいた時の舞はなかなかのモンだった」
ジャッシフが答える。
「身体を軽快に動かしながらも力強く、サッと足を頭より高く蹴り上げたり」
「ならばそれを生かしたらいかがでしょう。そのように踊れるのなら柔軟で、身のこなしも早かろうかと。リズム感も剣を振るうには必要なのでは?」
「なるほど、剣の舞……」
黙って聞いていたリオネンデが、
「それもいいがまず、自分の手を切らずに剣先を鞘に収める事から教えてやれ。そうだ、サシーニャ。手袋を使うのはどうだ?」
と言えば、サシーニャが、
「保護手袋ならすぐにでも用意させましょう。夕刻にはお届けいたします」
と答え、
「そこからですか。まぁ、そこからですね」
ジャッシフが頭を抱えた。
そう言えば、とリオネンデが敷物に地図を広げる。
「サシーニャ、ジャッシフが北部山地を抜けるニュダンガへのルートを探しあぐねている。何か良い案はないか?」
ジャッシフが苦虫を噛み潰したような顔をし、サシーニャが地図を覗き込む。臨席していたスイテアもつい地図を見た。
「うーーん……ジャッシフさまがお困りになるのも道理。北部山地は険しい上に、ところどころに湿地もある。木々に覆われ道らしきものは一切ない。獰猛な獣が生息していても奇怪しくない」
「やはり無理か?」
「ニュダンガに攻め入るほどの大軍を動かすのは無理かと思われます」
「北部山地と峰続きのマニシエ山地なら、幾分標高が低い。ここもダメか?」
「マニシエ山地を経由して、ですか? 北部山地の湿地を避けられるのがせいぜいと言ったところかと」
「そうか……」
リオネンデが考え込む。
するとスイテアが
「大軍とはどれほどの人数を言うのですか?」
と、横から口を挟んだ。
「ニュダンガの兵力は推定一万。一万五千で攻めようと思っている」
答えたのはジャッシフだ。
スイテアが身を乗り出し、地図を指さした。ニュダンガ側の山間だ。
「このあたりには、小さな村が点在しております。十三から十五。そこに千ずつ兵を忍ばせる……」
リオネンデが地図を睨み付け、ジャッシフとサシーニャがスイテアを見る。
「ふぅん。それで、その村まではどう動く?」
「マニシエ山地から北部山地の西と東に回り込める獣道があります。旅芸人の一座が使っていた道です。また、北部山地の南、ドスタム湖を取り巻く林から北部山地へと入る事も可能です。こちらも沼と湿地が多く足元は危ういものの、人を飲み込むほど深いものはありません」
「ふん、それで?」
「マニシエ山地かドスタム湖のどちらかを経由して北部山地に入って、獣道を行きます。北部山地は麓こそ、木がうっそうと茂っておりますが、高度が上がれば上がるほど、木間が開いています。そしてニュダンガ側は、山の幸を得るため村人が分け入るため、中腹を過ぎればどのように進むことも可能です」
ここでサシーニャが、
「数人でニュダンガの山間の村を制圧させ、そのあと千人規模で兵を送り込む。兵力が揃ったところで、一斉に攻め込む、か」
真剣な顔で地図を睨み付け始める。
「難しいのは、兵が揃うまで村を制圧されたと、どうやってニュダンガに気付かれずにいられるかだな」
ジャッシフがそう言えば、リオネンデが、
「サシーニャ、魔法使いは何人動かせる?」
サシーニャに訊ねた。
「軍用の魔法が使える者は十名ほど。が、この場合、人心を惑わせる必要がある。そんな魔法に長けているのは三名――ですが、いったん取り込んでしまえば他の魔法使いと交代させられます」
「ジャッシフ、ニュダンガの山間の村の場所と規模の確認。それとスイテアの知っている道が実際に使えるか、使えるとして何人規模で移動させられるかを調べろ」
かしこまりました、とジャッシフが言う横で、
「それにしても、よく獣道などご存知でしたね」
サシーニャがスイテアに微笑みかける。スイテアは地図に目を落としたまま、
「四年ほど、旅芸人の一座に世話になっていたので……」
と、答えた。
「旅芸人を入国させるとき、高額な税を取り立てる国があります。それを免れるため、旅の一座は人の通らない道でもどうにか抜けて、次の興行地へと渡るのです」
「スイテアさまは旅芸人の一座におられた?」
ジャッシフがスイテアに尋ねる。
「匿って貰いました。王宮の火事で逃げたと話したら座長が身を隠したほうがいいと言ってくれて――何もしなくていいと言われたのですが、それでは心苦しいので、奥の手伝いをしていました。一座と一緒にいろんな国を回りました。四年目、やっとフェニカリデ・グランデジアに辿り着き、一座とはお別れしました」
「なんという一座で座長の名は?――褒美をつかわしたほうが良かろうか?」
ジャッシフの言葉は、最初はスイテア、あとはリオネンデに向けたものだ。
「一座の名はガンデルゼフト、座長はジャジャ」
スイテアの答えにサシーニャがスイテアの顔をハッと見る。そして問う。その様子を見てリオネンデが密かに笑う。
「その一座、今はどこに?」
「今頃は既にフェニカリデを出て、リッチエンジェに向かっているかと。そこで三日の興行、その後はベルグに向かうと言っていたかと」
「ふぅん……」
リオネンデが面白そうに言った。
「ベルグで遭遇できるかもしれんな」
サシーニャがリオネンデを盗み見る。なにも気が付かないジャッシフが、
「やはり褒美をつかわしますか?」
と問う。
「いいや、それはそのジャジャとやらに会ってから考える。会えたら、の話だな。それよりベルグからマニシエは近い。余裕があれば足を延ばそう」
「帰都が遅くなるかもしれませんよ?」
サシーニャがぽつりと言うのをリオネンデが聞こえないふりをした。
「そうだ、ジャッシフ」
リオネンデが思い出したという態で話を変える。
「昨夜、スイテアに剣を振らせてみた。大振りで、肩を傷めたんじゃないかと思ったら、本人は肘の内側が伸びた感じがしただけだって言う」
「えっ?――いきなり真剣を振らせたのですか?」
いけなかったか? とリオネンデが鼻白む。
「最初は模造刀とか、いっそ木の枝などを使ってですね……」
呆れ顔のジャッシフ、横でサシーニャがクスっと笑う。
「あれ、そうだったっけ? 剣の稽古を始めた時は――」
リオネンデが記憶を辿っていると、サシーニャが、
「そうだ、枝を持ってスイテアさまに踊っていただいたら? それを見れば、どう指導するかジャッシフさまもイメージしやすいのでは?」
と、提案する。
すぐにレナリムが呼ばれ、凡その長さを指定して、庭から枝を切ってくるよう命じられる。
レナリムが持ってきた枝は、スイテアのために作られた剣とほぼ同じ長さ、なにに使うか知らないレナリムは気を利かせて、二本用意していた。
「音楽がなくても踊れるのですか?」
心配するサシーニャに、
「なんとかなると思います」
とスイテアが答える。
「なんだったらジャッシフ、せっかくレナリムが二本用意したのだ。相手をしてみたらどうだ?」
とリオネンデが言えば、
「そうですね、スイテアさま、ジャッシフを的にするといいですよ」
サシーニャが笑う。
スイテアが枝を持って立ち上がると、ジャッシフも渋々立ち上がり枝を手にした。
「スイテア、ジャッシフの胴体を狙え。あるいは枝を持つ手。手首を狙え」
リオネンデが面白がる。
「枝が折れたら座興は終わりにしますからね……さぁ、スイテアさま。どこからでも掛かってらっしゃい」
ジャッシフが枝を構えてスイテアに向き直った――




