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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第5章 こいねがう命の叫び

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魔法使いの住処

 チラッとサシーニャを見てから、恥ずかしそうにチュジャンエラが答える。

「あぁ……サシーニャさまに『そろそろ遊びは終わりにしなさい』って言われたんですよ。次席魔術師の趣味が女(あさ)りじゃ困りますって」

「なんだ、おまえ、趣味で女の子にちょっかい出してたんだ?」

「僕は真剣に(・・・)配偶者探しのつもりだったけど、周囲はそう見ないって言われた――これからは()()()()相手を見て、それから付き合うかを決めなさい、だって」


「へぇ、なるほどね。それで今日の舞踏会でも誰とも踊らなかったんだ?」

「サシーニャさまに言われてエリザマリのお相手で一曲だけ踊ったよ――それもあるけどさ、まだ整理がついてないんだ」

「整理?」


「今日の舞踏会には三人来てた……全員と別れるつもりだけど、まだ話がついてなくて。で、その中の誰かと踊るわけにも、他の誰かと踊るわけにもいかなかった。揉め事になるのが目に見えてるからね」

「そりゃあ、おまえ、『遊び』って言われるわな」


 呆れるジャルスジャズナ、気にすることもなくチュジャンエラが話を変える。

「それよりさ、ジャジャのお館ってそんなに大きいの?」

「まぁね。わたしの親父が筆頭魔術師だったってのは知ってるだろう? 食客を抱えることもあったし、魔術師の街の中にある館の中では大きい部類に入るよね」

「そうだった。ジャジャって、つい忘れそうになるけど大貴族のお嬢さまだった」

「お嬢さまなんて上品なものじゃないけどな。それがどうかしたかい?」

「うん――次に付き合う相手ができたら、その()と結婚しようって思ってるんだ。結婚したら住むところが必要じゃん。僕も館を持ったほうがいいかなって」

「結婚したくなったんだ?」


「簡単に言っちゃうとね。()()()()たった一人が欲しくなった。その人に僕の子を産んで貰って、家族を作りたいって思うようになったんだ――サシーニャさまの街館の半分くらいの規模がいいなって思ってる」

「なんだ、一人暮らしが寂しく思えてきたってことか。チュジャンの生家は兄姉(きょうだい)も多くて賑やかそうだよね……庭もあんなに広いほうがいいんだ?」


「庭はどうでもいいかな」

「だったら、魔術師の街にいいのがあるんじゃないか? 一時期より魔術師の数は減ってるんだ。()き館があるはずだよ」

「でもさ、相手が魔術師だったらそれもいいけど、そうとは限らないでしょ? 僕がいない間、彼女は魔術師の街で心細いんじゃないかな?」

「だったら、街中か……サシーニャ、チュジャンが街中に館を持つとしたら、場所はどのあたりがいいと思う?」


 読んでいた本から目を離し、サシーニャがチュジャンエラを見る。

「そうですね……なんだったら、わたしの館でどうですか?」

「えっ?」

驚いたチュジャンエラとジャルスジャズナが顔を見交わす。少し笑ってサシーニャが、

「ジャジャの館のように大きな館ではありませんが、それなりの部屋数があります。で、わたし一人には広すぎるのでチュジャンが嫌でなかったら、()いているところを好きに使っていいですよ」

と続けた。


「まぁ、サシーニャも昔はうちに住んでたわけだし、あの大きさの館なら四家族くらいは行けそうだけど――部屋数は幾つだった?」

ジャルスジャズナの質問に、

「わたしが使っている部分を除けば、バス付きの寝室が続き()になっている居室が六つ、厨房は二つあります――チュジャンが子だくさんになっても充分な広さなんじゃないかな?」

とサシーニャが答え、

「サシーニャさまは何部屋使ってるの?」

チュジャンが問う。


「ほかの居室と同じ規模で、水屋がある部屋を使っているだけです。書庫は別にあるし、厨房は滅多に使いません。ほとんど無駄なんで、庭がなければ手放してますね」

「なるほど。お父上が大切にしていた庭だしご両親のお墓もあるもんね。でも……チュジャンなんか住まわせたら館が荒れないかい?」

「なにそれ!?」


 ジャルスジャズナの心配にチュジャンエラが抗議する。サシーニャが苦笑し、

「わたし一人では使用人を雇い入れるほどでもなくて自分で済ませていたけど、実のところ負担に感じてたんです。チュジャンも住んでくれるなら、それなりに雇い入れるので館が荒れることはありませんよ。でも……使用人の管理はチュジャンにお願いしたいな」

と言えば、

「僕なんかでいいんですか?」

チュジャンエラは嬉しそうだ。


「チュジャンは休暇の時も、サーベルゴカの実家に行っているのでしょう? 住処をわたしの街館とすればサーベルゴカまで行かずに済みますよ」

「僕としては願ってもない話だけど、いいんですか?」

チュジャンエラは信じられない様子で、それでも乗り気だ。


「いやぁ、わたしが口出しすることじゃないけどさ、サシーニャ、あんたって弟子に甘すぎるんじゃないか?」

やめた方がいいと言いたげなジャルスジャズナ、

「チュジャンが結婚して子どもができて、なんてことになったら、どっちが館の主か判らなくなりそうだぞ? おまえが女房を貰うならともかく、使用人はチュジャンの女房を女主(おんなあるじ)って見るだろうしね」

と言えば、

「かまいませんよ」

サシーニャが笑う。


「どうせほぼ()き館状態なのだし、わたしは自由に庭に出入りさせて貰えれば、あとはどうでもいいんです。それに、もしわたしに何かあった時はチュジャンに館を受け継いで貰いたいと思っています」

「えっ?」

「ええっ!?」


 驚くよりも呆れるジャルスジャズナ、チュジャンエラは驚き過ぎて()頓狂(とんきょう)な声を出す。サシーニャは涼しい顔で、

「この先多分、わたしは妻を持つことはない。当然、子を生すこともない。と、なれば、心残りは館の庭、庭を守ることを条件に託したい――チュジャンが嫌でなければの話です」

と言う。


「だって……それこそレナリムがなんて言うか?」

「レナリムの子どもたちはジャッシフを継承します。そこへ()()()()()()ではジャッシフにも迷惑かと思うし……とりあえず、今度の(いくさ)を念頭においての考えです」

「今度の戦?」

「はい、今度の戦で、もしわたしが帰って来なければその時はチュジャンに館の権利を譲りたい。生きて帰ってきたら……その時はまた考えましょう」

「ちょっと待ってよ!」


 チュジャンエラが抗議する。

「今度の戦? サシーニャさまにもしもの事があれば、その時は僕だって危ういってことだ。継承できないよ?」

「チュジャン、おまえはフェニカリデに残りなさい」

「えっ?」

「わたしは前線に赴きます。フェニカリデはおまえに任せたい」

「そんな!? 僕だって王家の――」

「これは命令です」

サシーニャがきっぱりと言い放つ。

「今度の戦は王と筆頭魔術師が前線で指揮を執ります――おまえを次席としたのは、フェニカリデを守らせるため。その権限を与えるためです。嫌とは言わせません」

「そんなぁ……ジャジャ、なんとか言ってよ?」


 チュジャンエラに助けを求められる前からサシーニャを見詰めていたジャルスジャズナが、視線をサシーニャから外すことなく、

「二人で行くって決めてるんだ?」

とサシーニャに問う。

「もちろん、ジョジシアスとモフマルドに辿り着くために国軍を動かします。が、わたしもリオネンデも、自分の手でジョジシアスとモフマルドに(とどめ)を刺したいと思っているんです」

「そうか……そりゃそうだよね」


「ジャジャまで納得しちゃうし! 僕はお供しますからね!」

怒るチュジャンエラにジャルスジャズナが、

「おまえ、フェニカリデを任された意味が判らないのか?」

と珍しくきつい口調で言う。

「おまえやわたしがフェニカリデを守っていると思うから、リオネンデとサシーニャは思い切り戦えるんだ。それが判らないのか?」

「ジャジャ……」


 考え込むチュジャンエラにサシーニャが微笑む。

「次席魔術師になる覚悟はできましたか?」

「えっ? あ、はい」

「ならばフェニカリデを守る覚悟もできましたね?」

「サシーニャさま……」

「おまえにはフェニカリデでやって貰いたいこともあります――遠隔伝心魔法を使って連絡が取れるようにしたいと考えています」

「遠隔伝心魔法?」

「遠く離れての意思の疎通――集中力と強い魔力が必要なものです。おまえなら習得できると信じています」


「ちょっと、サシーニャ!」

驚いてジャルスジャズナが横から訊く。

「そんな魔法、聞いたことがないぞ?」

「えぇ……実は実験段階で、なにしろ一人ではできない事ですから。今のところヌバタムを呼び寄せるのには成功しています。あの子は特殊だからできたのかもしれません。もっともヌバタムから返信があるわけではないのですけれど」


「はっ!」

感嘆の声を上げるジャルスジャズナ、

「サシーニャ、あんたは魔術師になるべくして生まれたんだろうね。わたしの父も筆頭だったけど、新しい魔法なんかひとつも編み出してない。古い魔法を復帰させるのがせいぜいだった」

と、溜息をついてからチュジャンエラを見て、

「猫に負けてられないね。頑張るんだよ」

とニッコリした。


 困惑するチュジャンエラに

「ほかにも習得して欲しい魔法がいくつかあります。わたしが鍛えるので心配はいりませんよ。一年以内には使いこなせるよう教え込みますから」

サシーニャが笑えば、

「そろそろ次席就任の儀式もしなきゃね。いつがいい?」

とジャルスジャズナが問う。


「そうですね――バチルデア一行がフェニカリデを発ったらすぐにでもお願いできますか? リオネンデの考えも同じだと思います」

「あと十日だったっけ?――ララミリュースの話し相手をしなくてよくなると思うと、凄く気が楽になるよ」


 豪快に笑うジャルスジャズナの横で沈んだ顔のチュジャンエラ、

「なんだ、魔法の事が心配かい?」

気付いてジャルスジャズナが問う。

「いや、そうじゃなくって」

「なんだ、まだ戦場に(こだわ)るか? おまえはフェニカリデで活躍しろって言われたんだよ?」

「そうじゃないよ――バチルデアの事なんだけど、サシーニャさまに言ってないことがあるんだ」

「バチルデアのこと?」

聞き返したのはサシーニャだ。


「バチルデアがどうかしましたか?」

「うん……ルリシアレヤが帰りたくないって言いだしたんだ」

「帰りたくないって、バチルデアに?」

ジャルスジャズナも驚いて問い(ただ)す。

「うん、このままフェニカリデに残れないかって、相談された」


 チュジャンエラを見て少し笑ったサシーニャが

「あちらから正式な申し入れがあったら、その時は考えましょう――リオネンデがなんと言うかな?」

と言えば、少しだけチュジャンエラの表情が明るくなった。

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